この発表で注目されるのは、金融市場もこれを好感して、フォードの投資格付が引き上げられたことである。なぜそうなったのか。
通常であれば、労働組合との円満な妥結は、生産活動が混乱していたのが解消された、というような状況でもない限り、ただちに投資判断にまで好影響を与えることは考えにくい。労働組合が駆け引きで満足して矛を納めたのは、それが自分たちにとって利益になり、交渉前の自然な需給水準より少しでも取り分が増えたと思えばこそだろうが、その増分とは生産の改良や価格の引き下げを通して顧客に与えられてもよかったものを自分たちの方に引っ張ってきたものだからである。それだけ労務費は上がり、製品の価値は落ち、それは業績に当然反映するだろうから、経営陣と従業員/労働者が、合意をテコに一致団結して結果でそれをはね返すというのでない限り、出発点としては不利に働く。労組が頑張りすぎてやり過ぎれば、頭にきた顧客は当然会社ごと見放して、その企業は倒産してしまうだろう。すぐ前でGMが実際にそうなったように。
では格付会社の判断は、なぜ今回それとは異なるものになったのか。それは今回の合意が、総人件費を逆に減らす内容だったからである。ではなぜ労組のUAWは、そのような、一見自分に不利に見える条件に同意したのか。
その理由は、UAWの組合員の人件費は削減されずに、逆に(いくつかの特典も追加されて)増えたからである。それならもちろん労組としても悪い話ではない。しかし、減ったはずなのに増えた、というその差分はいったいどこから出てきたのか。なにか狐につままれたような魔法じみた話で、そんなことができるなら、どこの会社だって同じようにしたいだろうが、どういう手練手管を使えばこんなことが可能なのか。この発表の興味深い点はそこである。
そのからくりは、減らされる人件費の相当部分が、これから採用される新規労働者のものとされたことにある。これによってフォードの今後の総人件費は抑制されることが見込まれ、だから格付が引き上げられた。それが常に顧客からの「監査」を受ける民間の事業会社で、経営者と労組が、双方の利益を両立させたうえで折り合うぎりぎりの妥協点だった、ということである。
米自動車大手3社と全米自動車労組(UAW)が協議していた4年に1度の労使交渉が26日、最終決着した。中長期的な労働コスト削減にメドがついたことを踏まえ、3社合計で2万人超を新たに雇う。同時に米国内での大型投資を再開、自動車関連の部品やサービス業など広く影響が及ぶ見通し。ただ、実質的な賃下げを前提にした新規雇用となっており、米国の消費喚起には力不足との見方もある。(略)3社は協約改定にあわせ臨時ボーナスなどを支給するため一時的にはコストが増える。一方で、高賃金の熟練工を減らし「低賃金の雇用を促進する」(フォード幹部)。GMの場合、ピーク時に医療保険も含め時給80ドル超とされた賃金を、新規従業員では最低で約20ドルに抑制。これら低賃金の新規雇用者は各社とも従業員全体の1割前後に達する計算だ。
フォードは全米自動車労組(UAW)との新たな労働協約により、実質的に人件費が抑制されると示唆しており、これを受けて、S&P及びフィッチ・レーティングスは、同社の信用格付けを最大「BBプラス」にまで引き上げた。(略)この労働協約には、コストのかさむ規定がいくつか含まれている。6000ドルの契約一時金、インフレ連動型の年次手当などである。フォードの北米・南米部門社長のマーク・フィールズによれば、これにより、約3億6000万ドルの新規コストが発生するという。/しかし、その一方で妥協も見られた。労組側は法的支援体制を縮小し、生産性向上を意図したいくつかの措置に合意した。セカンドティア(第2層)に相当する労働者は、契約終了までに1時間あたりさらに3ドルの賃上げを得ることになるだろうが、UAWはすべての労働者を、より好条件の単一のグループに統合するという要求は取り下げた。新規採用分の労働者は、ほとんどの場合、これまでより低い賃金で雇用されることになる。
フォードが新たに打ち出した追加雇用で重要な点は、その対象が未熟練労働者で、時給が17ドル程度と低賃金であることだ(UAW加入の熟練労働者の時給は28ドル)。この賃金は、トヨタ自動車やホンダなど外国メーカーの米国工場で働く非組合員の時給とほぼ同じ水準だ。投資調査会社モーニングスターの株式アナリスト、デービッド・ウィストン氏は「UAWが固定費抑制に前向きで、二重構造の賃金体系が導入されれば、UAWと自動車メーカーの双方にメリットがある」と語り、「UAWが加入員を増やす一方で、GMとフォードは人件費低下という恩恵を得て、米国内の工場の活用という点でより戦略的になれる」と指摘した。
だが、今仕事を見つけている人の大半にとっては、賃金水準は以前の景気回復局面の初任給をかなり下回ることになる。キャタピラーやクライスラーなど、新規採用する従業員については、賃金を古くからいる従業員の半分以下とし、手当も少なくしている「2層構造」企業が今では標準的になりつつある。
この例は、労働組合というものの本質が(独禁法上の意味での)「価格カルテル」であることを如実に示している。販売事業者の価格カルテルが非難されるのは、売り手がそれを懐に入れることの裏返しとして、釣り上げられた価格の差分だけ、誰かが必ずとばっちりの被害を被るからである。それが電気料金や公共サービスのように法定独占であり、それ以外の選択肢がないのであれば、顧客や納税者に全面的にそれが押しつけられるし、縛りが部分的なもので、顧客が逃げ出す足を持っているのであれば、企業は自分の販売価格に簡単にそれを転嫁できないから、増分は、他のステークホルダーへの出費を削ることで埋め合わされる。すなわち、購入側の従業員の給与や株主配当や、他の調達先事業者への発注の削減や値切りなどがそうである。それらの部外者は、カルテル組合に参加できなかったので、協定の外側にはじき飛ばされ、本来なら得られたはずの取り分を横取りされてしまったのだ。このように価格カルテルは、単に自分たちの取り分を増やすことを約定するだけではなく、常にその外部者の取り分を減らすことを(勝手に)約定することでもある。カルテル謀議者が、決まった分け前の中からより多くを自分にもってくるには、他人の皿に手を突っ込んでそうするほかはない。
(電気料金の)値上げは企業のコスト増に直結する。ホンダの池史彦・取締役専務執行役員は31日の決算発表記者会見で「我々だって原材料が上がっても、いきなり車を1~2割値上げしない」と不満をあらわにした。
今回の協定においても、UAWの既存の組合員は、これからフォードに入ってくる未来の労働者の取り分を彼らに断りなく先食いした。彼らは、現時点では学生だったり失業者だったりで、当然まだフォードの従業員ではないのだから、この協定に口を挟む権利はなく、そうしようといったってできない。その彼らにツケを全部回してしまうことにすれば、今の組合員は合意への褒美としての特別ボーナスももらっていい思いもできるし、一方でこれから入ってくるエントリー労働者にしても、途中から条件が悪くなったのであれば面白くもなかろうが、初めからその条件で雇われるなら不満も少なく、むしろ賃金抑制のために米国内に残った貴重な雇用を得て、さぞや喜んで働くことだろう。そう考えれば、かなりの程度に八方丸く納まる現実的な妥協点で、巧妙といえばたしかにたいへん巧妙な手品にはちがいない。
労働組合・民主議会というカルテルの「外部性(externality)」 あるいは「よい談合」論
ここまで書けば大方察しがつくだろうが、フォードのこうした例が注目されるのは、人口の高齢化と経済環境の成熟化の中で、この、「カルテル参加者が非参加者の契約条件を相談なく勝手に取り決める」という現象が、あちこちで数多く見られるようになっているからである。それはもちろん海の向こうの遠い話ではなく、この日本こそそれが大規模かつ多発的に行われている場所であり、その歪みがどんなに悲惨なことになるかも、身に沁みて実感できる場所であることは言うまでもない。たとえばこういう例がそうだ。今の民主党政権は、公務員人件費の大幅削減を公約にしたが、いざ政権に座ってみると当然ながら労組の抵抗でそれがなかなかできない。そこで彼らはまず新規採用を一気に半減させることで体裁を繕おうとした。この発表は公務員採用試験の直前に突然行われたので、試験に備えて長く準備してきた受験希望者たちは大混乱になった。
二〇一一年度の国家公務員の採用者数が採用試験直前の五月下旬に四割の大幅カットとなり、公務員を目指す大学生らに大きなショックを与えている。(略)入学時から準備を進めてきた私大四年の女性(22)は「いきなり採用を減らされて涙目。民間の採用は大方終わっている」と落ち込んだ。/原口総務相は「厳しい財政状況の下、総人件費を抑制するため」と説明するが、女性は「民主党は支持母体の公務員労組との関係で現役公務員の給与削減ができず、しわ寄せが私たちの世代に来たのではと感じる。公務員批判という人気取り政策を、選挙前にあわてて打ったとしか思えない」と批判する。
来春の国家公務員の新規採用数を、2009年度に比べ「おおむね半減」させるとした鳩山政権の方針を巡って、公務員志望の学生や、大学の就職担当者の間に動揺が広がっている。来年の新規採用を減らすのは、「天下りの全廃」という民主党の公約を受け、定年前に辞める官僚が激減しているため。(略)「国の試験なのに、今になって条件を変えるなんて」「中高年の公務員は安泰で、なぜ就職難の若者だけが苦しめられるのか」札幌市の資格試験予備校「LEC東京リーガルマインド札幌本校」で、公務員講座を担当する講師の小堀学さん(36)のもとには、大型連休以降、受講生から不安や憤りの声が20件以上寄せられている。政府が「おおむね半減」という方針を打ち出したのは4月27日。この時点で、すでに国家公務員1・2種や国税専門官などの試験は応募が締め切られており、5月2日の1種の1次試験まで、あと5日という本番寸前のタイミングだった。(略)「天下り」が多い1種の削減率は少なく、「天下り」があまりない出先機関の職員の採用が大幅に減らされるという矛盾も指摘されている。ある省庁の採用担当者は「天下り廃止のしわ寄せを、出先機関に押しつけた形で、理屈に合わない。今になって受験生を混乱させたことも申し訳ない思いでいっぱい」と話した。
もちろん民間分野だって似た話はいくらでもある。総体としては、正規労働者の解雇に法的制約があるため、新卒の採用量で雇用調整を行っている慣行がそうであり、また同時に正規労働者と派遣他の短期労働者の賃金格差もまさにそれである。派遣労働者は労働量の調整弁として頻繁に入れ換えられるため、労働市場の競争の中で、法規制と労組に厚く守られた正社員より一般に優秀かつ仕事熱心であるが、待遇はにもかかわらず正規の半分から三分の一である。まさにフォードの「二級」労働者と同じであり、新卒採用の事例でも、「生まれた年でその後の運命がほとんど決まってしまう」と嘆かれているところはそれと軌を一にしている。いわゆる「ロスト・ジェネレーション(ロスジェネ)」や「氷河期世代」などと呼ばれる、年齢による著しい不平等の根幹の病根がそこにあると考ええれば、このことは決して小さな問題とはいえない。
労働組合ではないが、今再び議論になっている年金他の社会保障の問題も、まったく同じメカニズムが働いている。年齢が下になるほど損になり、不利になるが、彼らの多くは、まだ子どもだったりこの世に生まれてすらいなかったりで、条件協議の場における投票権からは、あらかじめ外に締め出されている。
こうして、この議論がかなり普遍的な基盤を持つものであることを見越したうえで、最初の話に戻ると、一般に価格カルテルの有効性は、それが法的強制に支えられている限りにおいてのみ維持可能なものである。縛りなしの純粋なマーケット・メカニズム、自由市場であれば、それが供給の一部、あるいは大部分、あるいは全部ですらあっても、寡占・独占事業者による価格の不自然な引き上げは、買い手の不満と他の事業者に対する参入の呼び水になり、不正な密謀はすみやかに破壊されるからである。このことは前にも述べた。UAWとフォードの例でも、法的制約がなければ、フォードはそんなふうに徒党を組んで売り値を不当に釣り上げるような輩からはもう労働力(という商品)は買わないと宣言して、UAWの組合員を全員入れ換えてしまえばよく、それは、UAWによって勝手に差別的な待遇を押しつけられていた外側の新規労働者、未来のフォードの労働者にとっては、もっとはるかによい条件で、公正・平等に交渉できることを意味するので、諸手をあげて歓迎できることである。なんといっても、UAW組合員が余計にとって交渉成果に満足したおかげで、若い彼らの取り分一律には削り取られて低く切り下げられたのであり、ただ遅く生まれたというだけで、同じフォードの労働者で同じ仕事をしているのに、なぜ自分たちは格下の労働者なのか、分け前は早く生まれた者の数分の一なのか、という疑問を彼らが持つのはもっともなことなのだ。派遣労働や公務員採用の問題も同じであるし、年金についても、法で加入が強制さえされていなければ、新しい加入者は当然そんなでたらめな商品は買わないので、国会で永遠に決着のつかない不毛な議論を続けなくても勝手に自壊して消滅する。まさに市場の「見えざる手」によって、先に加入した者の支給額は(資金繰りが持たなくなることで)切り下げられ、後に加入する者の条件は(もっと良い商品に加入できることで)切り上げられるので、「自由放任」で不公正は自動的に是正され、解決する。学者や役人やジャーナリズムが足りない知恵で喧々諤々大騒ぎする必要はなにもない。水がうまく流れないのは人為でわざわざそれを塞き止めているからである。ならばその解は人為の堰(せき)を切って方円の赴くままにさせることであって、新たにつけ加えることではない。
年金の世代間不正は、制度設計の不備とかそういった瑣末な話でなく、他の選択肢を断って新規加入者の国営年金への加入を国家権力で強制するというただ一点によって成立し、存続している。ちょうどフォードの労働者間における一級二級の「二層構造」が、労働組合に対する不可侵の法的保護というただ一点に依拠して維持されているのと同じように。
労組をめぐる議論では、横並びで一斉にベア(ベースアップ)を経営側に強制することで、金が労働者にまわって消費が喚起され、景気に好影響を及ぼすという主張が一部のチアガール論者から連呼され、春闘でも連合が毎年同じ内容を繰り返している。ここまでの話に照らしてこれは本当だろうか。上に述べたように、価格カルテルとしての労組の割り増しの取り分は、必ず顧客・納税者か、その他の利害関係者の取り分の等量の切り下げによって償(つぐな)われる。部分的にそれを固定しようとすれば、その歪みは周りの誰かに押しつけられるだけだし、最低賃金のように全面的に網をかけたつもりでも、失業の増加という形でさらに強い不公正を産み出す。それならとばかりにさらに身を乗り出して指示規制を強めれば、誰が何をするかまでいちいち細かく設計、指定する北朝鮮型の社会主義になるか、あるいはいっそうひどいことに、まだこの世にいない未来世代に全部の歪みがつけまわされる日本型の先送り式経済運営になるだけである。従って、それらの主張のような、みんなで人工的に一斉にベアを引き上げれば景気がよくなるなどという虫のいい話は、自分の髪の毛を引っ張りあげて空を飛ぼうというのとおなじくらい望みが薄い。もしそんなことが現実に可能なら、寡占メーカーの価格カルテルや官製談合によっても、カルテル参加者への金回りがよくなって(実際にそうなっている)いくらでも景気がよくなるだろうし、談合まみれ、天下り団体と随意契約まみれの穢れた日本経済は、今頃絶好調で我が世の春を謳歌しているだろう。また、それをいっそう推進するために、労組をそうしているのと同じように、また、亀井静香氏らの政治家が実際に似たことをさかんに主張しているように、憲法と法令で談合権、カルテル権も、基本的人権のひとつに加えて保護奨励した方がいいだろう。