その中でまず注目されるのは、ここでの論考でも最初に注目した、原発に外部電源を送る送電鉄塔の重要性を指摘している点だ。福島の事故では、この鉄塔が地震で壊れてしまい、外部電源がなくなってしまった。
今回の福島原発の事故、ポンプを動かす機器冷却系に外部から電気をもらうための鉄塔が地震で崩れてしまった。これで外部電源が失われた。津波が想定外と清水社長が言っていたが、仮に、想定外の津波で内部電源が破壊されても、想定内の地震で鉄塔が無事ならば、事故は起こらなかった。女川原発も、津波でディーゼル発電機が破損した。女川原発の2号機には1500トンの海水が入っていた。津波の被害は同じように受け、5箇所から受けていた外部電源の内、3箇所やられ、1箇所は点検中、かろうじて1箇所だけ無事だった。そのおかげで、機器冷却系を動かすことが出来た。そういう点でいかに、東京電力が対策をしていなかったか、政府が対策をさせなかったのか浮き彫りになった。今回の事故は人災だったと言う事だ。
事故の内容からすれば、燃料プールの問題とともに、この送電鉄塔がきわめて重要だが、安全強化策の中でこの鉄塔に触れたものが、いまだにほとんどみられない。たとえば先に関西電力が大飯原発を強引に再稼働して大騒ぎになったが、当該の施設でこの肝心の部分がもともとどうなっていて、どう変えたのか、国民は教えられただろうか。大きな地震が襲うと、それがどうなってしまうのか、防災地域の住民は知っているのか。大飯原発の再稼働では、首相自身が記者会見して自分で説明するというので、これらの明確に問題になった箇所については、当然それなりに具体的な言及があるのかと思ったが、なにひとつないまま根性論みたいな話に終始したので、この人間はこの後に及んで何しに出てきたのかとたいへんに驚いた。
また、特に印象深かったのは、吉井氏が東京電力の組織運営をもって旧ソ連のようだ、と評している点である。
海外メディアの方に取材を受けるときに、「なぜ東京電力や、政府は情報隠しをやるのですか?」と聞かれる。結論から言うと、原発利益共同体が作られているから。これが最大の問題。原発利益共同体とは、まず東京電力の地域独占。原発のコストは全て電気代の原価に乗せられるという法制度。原発促進税も取れる。電力会社というのは、原発にいくらかかろうと困らない仕組みになっている。(略)
原発の建設にはだいたい10年かかる。資金調達するのはメガバンク。銀行にとっては、不良債権になる心配も無く、金利収入がしっかり入ってくるおいしい仕事。この仕事のために、各企業は政治家に献金する。お金や労働組合から票をもらった政治家は官僚に圧力をかける。「原発推進のためにこういう制度、法律を作りなさい、予算を組みなさい」と。それを受けて官僚は仕事をする。官僚はお金を貰うと賄賂になってしまうので、天下りという名の汚職の先物取引を受け取る。そして、財界、政党、官僚から学会へ研究費用が出る。東京電力や電気事業者連合会から宣伝費として、マスメディアが潤う。自治体は立地交付金という麻薬のようなお金がもらえる。これがなくなると困るから、「原発は安全です、どんな事故があっても5重の壁があります」と原発安全神話を振りまいてきた。この話を海外のメディアにしたら、「東京電力は旧ソ連と同じ社会じゃないか」と驚いていた。
これは、福島県の前知事の佐藤栄佐久氏も同じことを言っている。
参議院議員だった私は、首相だった中曽根康弘さんの随行で解放前の東ドイツ、ユーゴスラビア、ポーランドなどを訪問しました。その際、行く先々の晩さん会で肉料理が出されたのですが、必ず、「(チェルノブイリ原発事故で)汚染されていない肉です」と言い訳がついた。大ごとだなと思うとともに、ソ連の60年続いた全体主義がチェルノブイリ原発事故を引き起こしたのだと確信しました。公開・自主・民主とかけ離れた国家体質が事故を招いたのです。 あの事故の結果、ソ連はますますペレストロイカ(再構築)、グラスノスチ(情報公開)が叫ばれるようになり、東欧民主化革命、ソ連邦崩壊へと続きます。原発の大事故は、歴史的に大きな意味を持つ。そしてチェルノブイリに次ぐ事故が福島で起きた。日本にも似た病巣が拡がっていて、国家的な転換点にさしかかっているのです。
ここでも何度も繰り返し書いてきたとおり、事故に対するこの評価は、自分のものとまったく同じであり、同時に、世間の生ぬるい左翼メディアが言っているものとは正反対に違っている。すなわち、事故の根本要因は、彼らがそう言いたがっている資本主義の行き過ぎだとか、商業主義だとかではなく、社会主義的な事業運営にあり、市場の失敗ではなくて、政府の失敗だということだ。
共産党の議員からソ連のようだと笑われてしまう形ばかりの民間企業、東京電力の情けなさや、彼らが社会主義の宗主であるソ連邦をダメな失敗事例のレッテルとして躊躇なく使っていることなど、二重三重の意味で、びっくりしてしまうような皮肉が重なっているが、今重要なことは、政党助成金の問題のときと同じく、共産党の議員が自分の中の矛盾などものともせずに、自らの信ずるところを敢然と言い切っていることであり、正しいことを正しく言える人が一人でも二人でも増えることだろう。
それを踏まえたうえで、逆に共産党のひとに聞いてみたいと思うのは、ではソ連的運営でダメだったのであれば、どうやったらそれがうまくできると思っているのか、ということである。共産党の公的なスタンスとしては、(経済を発展させていくうえでの技術の重要性というのは認めている党であろうから)、「反原発」とはいっても原子力という技術そのものを感傷的に拒絶するのではなく、本質的にはその使用のあり方を問題視しているのであり、これも自分の考えと同じである。そこから先で立場が分かれるのは、自分の方は、「国営・国家独占(社会主義)」でやってこのようにダメなことがはっきりしたのだから、純粋に民間(自由競争)でやれ、国は今後一切手はだすな、民間でできるようになるまでは(保険適用ができるようにほど技術が成熟するまでは)無闇にやるな(と言わなくても国がちょっかいを出して自分で保険をつけない限りできない)、というもので、すっきりしている。共産党はどうなのか。
現在、私たちは、原発の段階的撤退などの政策を提起していますが、それは、核エネルギーの平和利用の技術が、現在たいへん不完全な段階にあることを前提としての、問題点の指摘であり、政策提起であります。しかし、綱領で、エネルギー問題をとりあげる場合には、将来、核エネルギーの平和利用の問題で、いろいろな新しい可能性や発展がありうることも考えに入れて、問題を見る必要があります。ですから、私たちは、党として、現在の原発の危険性については、もっともきびしく追及し、必要な告発をおこなってきましたが、将来展望にかんしては、核エネルギーの平和利用をいっさい拒否するという立場をとったことは、一度もないのです。現在の原子力開発は、軍事利用優先で、その副産物を平和的に利用するというやり方ですすんできた、きわめて狭い枠組みのもので、現在までに踏み出されたのは、きわめて不完全な第一歩にすぎません。人類が平和利用に徹し、その立場から英知を結集すれば、どんなに新しい展開が起こりうるか、これは、いまから予想するわけにはゆかないことです。
ですから、私たちは、エネルギー政策の記述では、現在の技術の水準を前提にして、あれこれの具体策をここに書き込むのではなく、原案の、安全優先の体制の確立を強調した表現が適切だと考えています。
東電が旧ソ連的な、疑似国営でやって失敗したにもかかわらず、共産主義、社会主義(当然全部国営・公営の世界)の中で、原子力その他の先端技術の活用がなおありうるのであれば、われわれが社会主義として理解しているソ連タイプのものとは違う、よりスマートな、新しい国営の中での技術革新と運営のあり方が存在するはずだ、ということになる。自分が知りたいと思っていて、左翼陣営に期待しているのは、同時にそれがなかなか出てこないことで苛立ってもいるのは、まさにその点である。もしそのようなものが実際に考えられるのなら、それこそは旧社会主義陣営の挫折に学び、それを超克した、バージョンアップした社会主義であって、生き延びた資本主義の有力な対抗軸になりうる、充分に検討に値する経済思想になる。資本主義の強力な原理に簡単に打たれ負けない、互いに切磋琢磨できる、いい勝負になる敵になる。共産主義の始祖であるカール・マルクスの刻励を思うとそれが容易にはいかないことは想像できるが、萌芽でもいいから、そういうものが提示できるなら、是非それをみてみたいし、逆にその努力すらしないなら、ソ連崩壊後にのうのうと社会主義者であり続けることは、恥辱以外のなにものでもないだろう。その意味でも、東電のやってきたことはソ連と同じだ、というこの出発点の共有は、重要であるはずだ。
問題の根幹は、吉井氏も的確に指摘し、また、多くの国民もまざまざと思い知ったように、「国家独占(公的独占)」と自由競争の欠如にあり、東京電力の場合は、それでやって、このように官製談合の中で甘い汁を吸う醜い「利益共同体」ができてしまい、まったくソ連そっくりのぼんくらになってしまったのだが、「新しい国営」では、自由市場を廃し、集団権力と経済テクノクラートの指導による公営の経営を行いながら、それを防ぐことが可能だろうか。どうやったら、水の中に火をつけるような、そんな奇怪なことが可能だろうか。ソ連崩壊後も、あるいはこうして原発と東電の失敗した後も、なお社会主義的価値観に共感をよせる人は大勢いるが、そんなに社会主義が好きなら、それを示してもらいたいし、自分もそれを知りたい。
話をはじめに戻すと、これは別の記事になるが、吉井氏の仕事でもうひとつ注目されるのは、今大きな問題になっている火力の燃料調達費用の問題で、東京電力が自分の海外子会社から、他国への売値の数倍の値段で天然ガスを買っていた、というものである。
日本共産党の吉井英勝議員は27日の衆院経済産業委員会で、東京電力が、同社の子会社が設立した貿易会社から、火力発電用の液化天然ガス(LNG)を対米販売価格の8~9倍の超高値で購入している実態を示し、東電言いなりに電気料金値上げを認可した政府の姿勢をただしました。問題の会社は、東電の子会社「TEPCOトレーディング」と三菱商事が共同出資し、オマーン産LNGの購入・販売権を有するセルト社。同社は米国向けに百万BTU(英式熱量単位)あたり2ドルで販売する一方、東電には9倍も高い18ドルで販売しています。
これがその通りの内容なら、中東のオマーンから日本に輸出するのも米にするのも同じで、現在言い訳として言われているような液化・海上輸送コストがどうとかパイプラインの整備がどうとかの違いはなく、条件は完全にイーブンであるから、原発の発電費用を火力より安くみせかける一方、原価とそれに基づく国内の電気料金を高く引き上げ、グループの利益を水増しするためにやっていたということになる。また、税務会計としては、海外子会社を使った経費の水増し(法人税の脱税)を問われるものになるだろうし、消費者金融の「過払い請求」と同じように、不正によって過剰に徴収した電気料金をすべての利用者に返還すべきだろう。
この件に関するその後の情報は見つからないが、国会審議で東電の社長は(利用者には値上げを強要しておきながら)守秘義務だといって逃げ、政府は調べさせるといってそのあとどうなったのか。事実関係をはっきりさせてほしい。これがそのままの話なら、たいへんなスキャンダルである。