IDという屍(しかばね)

ところでこの屍姫を見ていて思い浮かんだのが、ネットで使うIDのことである。

ご存じのようにネットではSNSを中心にユーザIDを通して参加し、それを人形浄瑠璃の人形のように操って、実際にはそれがネットの中で自分のエージェントとして活動することになる。このIDは「本体」とは切り離された、ある程度距離をとった遠隔操作の存在でもある。

そのため、そこでは生々しい、あるいは痛々しい本音や、生身の相手には振るわれることのない容赦ない全開の暴力も飛び交う。IDはその肉弾戦の中でみるまに傷つき、腕がとれたり足がもげたりもするが、基本的に本体には影響のない分身で、またそれ自身は生気のないゾンビなので、その姿のままに躊躇なく戦闘を続行、いよいよ二進(にっち)も三進もできないただの肉塊みたいになってしまったら、悔いなく廃棄されて、また新品の別の着ぐるみが血と汚泥の海原に向かって射出される。

「超人的能力を有した忠実なる侍者」という物語人物の元型は、超能力奇譚の変種として荒木飛呂彦氏が打ち固めて、さまざまな派生を生みながら日本の漫画界に定番として定着させたものだが、中でもそれがこのように「死体」であるということは、とりわけ突出していて、特異である。なぜ「死体」か。

ここに来てそれが視る側に受摂可能なものとして登場した土壌の変化に、ネットでの活動の定着ということがあるのでないかと思う。

死体だから無茶もできるし、死体だから壊れたらうち捨てて乗り換えればいい。ユーザはIDを使ってネットで活動する時、この物語の僧侶たちのように自分も自分の「屍姫」を帯同し、「屍姫」を棍棒のように振り回して闘う。そしてそれはただ醜いことばかりでもない。それにしかできない、それだけが持てるよきこともまたある。おぞましくも美しい存在。

この一見奇怪な物語がわれわれの側に何らかのリアリティを呼び起こして響くのだとしたら、その心理的背景はそういうあたりにあるのではないか、そんなふうに感じた。


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赤人 義一
スクウェア・エニックス




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2009/05/24 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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