輝く闇 (「少女革命ウテナ」をやっと観た)

名作の誉れ高い作品で、機会があればそのうち見たいという気持ちは持っていたのだが、なんとなく延びのびになり、ずっとそのままになっていた。それにはちょっとした訳もある。

この作品の意匠のひとつになっている、「宝塚歌劇的なもの」が、ニガテなのである。理屈以前に生理的に受けつけないところがあって、別に嫌っているものに無理に近づく理由もなかろうから、この手のものはみなあたまから避けていた。

しかし先日たまたま、動画サイトでその一部を目にする機会があって、これはダメだと観念した。柱に突然ぐるぐる巻きに縛りつけられ、矢で思いっきり射たれて胸に穴が空いてしまった。それは自分の「絶対運命」になった。もう逃げられない。

それで大人しく首根っこをつかまれて連れてこられ、座布団の上に座らせられて今さらながらに観ているのだが、みるまにその奇天烈で、浮薄で、おどろおどろしい作品世界に引き込まれてしまった。だが、一方で自分の印象を正直にそのまま書くと、これはいったいなんという荒廃した、破壊された、陰惨な話なのだろうか、と墨に塗れたような暗澹たる気持ちにもなった。相当の傑作であることは間違いない。凡庸な作品はそういう印象すら観る側に呼び起こすことはできない。しかしそれは見終わって心が晴れやかになるようなポジティブなものでは決してない。一通り見終わってから、これに匹敵するほどの不毛感、堂々巡りの寒々しさを与える作品が今まであっただろうか、と記憶をたぐってみたけれども、いちばん匂いが近いと思ったのは、フランツ・カフカの「審判」である。宝塚がどうとか、ぱっちりした目にピンク色の髪といった少女漫画風の華やかな演出だとか、そういうものはみんな吹っ飛んでどうでもよくなってしまった。それらは言ってみれば砂糖だ。苦くてそのままではとても飲めない毒にまぶしてごまかすための砂糖。

エヴァンゲリオンと時期的に重なる作品で、当時の時代背景が色濃く反映されているところも同じだけれども、こちらの方がそちらよりもさらに数段、というより、問題にならないくらいに暗く、底が抜けてしまっている。この作品の登場人物に比べれば、向こうのあのいじいじグズグズした主人公の方が、地面に踏ん張ってなにかを得ようともがいているだけまだよほど前向きだ。対してこちらの主人公たちが到達しようと闘っているのは、その水面のゼロの水準に対してである(目標の地である「城」が空中からこちらに向かって逆さまに生えていることを、そのように感得した)。スタート地点からどこかのゴールに向かって走っているのではなく、とにかくまずスタート地点に立たなければならない、立ったあとでなにがどうなるかなんてまるで分からないけれども、とにかくまずそこに行き着かないとなにも始まらない気がして、それだけははっきりしている――その一念でひたすら水面を目指して水中でもがいて、というより溺(おぼ)れている。ひどい精神的外傷を受けたひとが繰り返しうなされては飛び起きる悪夢のように、物語全体の時間もはじめから止まっており、壊れた時計のようにいつまでも同じあたりを秒針が行ったり来たりしている。これと並べて比べると、(あの)エヴァンゲリオンが驚くべきことに、よっぽど健康的な、風通りのいい、爽やかな青春小説に思えてくる。

よく分からないが、自分のこうした感想は、どうやら観た人たちの一般のそれや、作った人たち自身の意図ともまったく違っているらしい。ギリシャ悲劇や日本の能においてそうであるような、むしろそちらこそが作品の霊感の本体であり、上物の方が「映像特典」だとすら思わせるほどの、あの地の底から精霊たちの怨念が沸き上がるがごとき、異様きわまるこの作品のバックコーラスの合唱曲が流し込んできた驚きのせいだろうか(それらの朗誦とこの作品について表面的に言われている内容は明らかにずれていると思えるのだが)。とはいえ、してみると自分の見たもの感じたものは、幸いにもすっかり間違っていて、きっと自分はこの作品を完全に誤解しており、いずれそれらは川面に漂う泡沫(うたかた)のように消えてなくなってしまうものにちがいない。ちょうど、この作品の中で出てきた調度や人間が次から次へと、記憶の痕跡すら残さずに消えていき、最後にほとんどのものが消え、主人公とその敵すらもまるで憑き物が落ちるように消えて、なにか大事なものを見た気がしてそれを思い出さないといけないのだがどうしても思い出せない、という微かな疼痛だけを頭の芯に残してはじめからなにもなかったことになり、すべてが無に帰った、それと同じように。


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幾原邦彦 (監督)
キングレコード




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2011/11/27 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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