「糸巻き遊び」と「死の衝動」

”飛んで行けぬものならば、足を引き摺ってでも行かねばならぬ”
― 快感原則の彼岸


まどかマギカ「叛逆の物語」で、物語のひとつの鍵となる小道具として繰り返し登場する 「糸巻き」「いないいない遊び(fort-da)」 は、S・フロイトの有名な論考「快感原則の彼岸」に出てくる同じ挿話を下敷きにしているとのことなので、内容をあらためて確認した。

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2014/06/15 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「叛逆の物語」を読む

”みんなを巻き添えにして、こんなありえない
世界に逃げ込んだ者がいる”
― 叛逆の物語


「まどかマギカ」で深い印象を受けるのは、いくつかの物語上の仮構を挟んだうえで、数学の巨大な証明やバロック音楽の大作のように、論理が偏執的といっていいくらい強固に組み上げられ、あとはそれが半自動的に自己展開していくところである。神や悪魔でさえ、それを前になすすべを知らないかのようであり、その絶対性、呵責のなさが、身に覚えのある何かを思い起こさせ、見る者を戦慄させる。それはわれわれの「運命」の模像である。

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2014/06/08 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神を救う悪魔 (魔法少女まどかマギカ「叛逆の物語」)

” いいえ、そんな幸福は、求めてない ”
― 叛逆の物語


この世の数多の神話に登場する神と悪魔の確執の物語は、その多くが、光と闇、聖と邪、清と淫、創造と破壊といった、正負が截然と分断され、裏返しに反転した価値の対立として存在することが知られてきた。その相克において、悪魔は神を嫌悪し、憎み、軽蔑するがゆえに、もう一方の極として、神のまばゆい軍勢の向こうを張り、底暗い陰謀を巡らして、神に抗し続けてきたのだった。

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2014/06/02 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「時間」を描く(「ヨコハマ買い出し紀行」を読む)

漫画の名作「ヨコハマ買い出し紀行」が描き出している主要なテーマのひとつ(隠れた「主役」といってもよい)は、自分の見立てでは「時間」である。時間というまったく抽象的な「概念」を、その抽象性をいっさい表に出さないまま、登場人物たちの具体的な生活の場面の集合体として描いているところに、この作品の他にあまり類を見ない特質と、また意義があると思う。

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2014/01/26 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

能力と超能力 (荒木飛呂彦を読む)

荒木飛呂彦作品の魅力の一つは、ご存じのように、登場人物たちの多くが「スタンド」と呼ばれる奇怪な異能を持ち、それを駆使して縦横に活躍するところにある。それらの力はみな、世間でいうところの「超能力」に相当するものなのだが、興味深いのは、作者も登場人物たちも、その力を必ず「能力」と呼んで、決して「超能力」とは言わないことだ。

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2012/12/09 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バーチャルスター発生学

― なぜなら、この入口はただお前のためと決まっていたからだ。
どれ、わしも出かけよう。そして門をしめよう
"DER PROZESS" F. Kafka


あるとき、一人の物語作者が、あてどもない自分の憂いごとにせめても小さな慰めを添えようと、心の赴くまま、問わず語りにひとつの物語を編んだ。物語の主人公にあわせて仮にその人物を「彼女」としておこう。

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2011/11/30 | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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