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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第十八章 ガリラヤ後編

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第263話 クルトス解放のための軍議*

 ガリラヤ連合及び援軍をまとめた軍は、その日、決戦地と見込まれる地南方の村から村民を退去させ、そこの教会を借り切って本部としていた。

 教会には高く作られた鐘楼があり、絶好の観測点として利用できるからだ。


「偵察からの情報では、敵軍はこのようにして布陣している」


挿絵(By みてみん)


 ガリラヤ連合軍上級大将のオルセウスが、大テーブルに大きな紙を広げた。

 会議用の大テーブルが置かれた、各国の軍の長が集っている。


「まずは、このあたりの地形についてだが」

「その前に」


 と、フリッツが口を挟んだ。


「軍議に移る前に、私から状況の概略を説明しましょう。おそらく、ここに居る皆様方の中には我が国についての知識に疎い方もいらっしゃるかと思うので」

「ああ、そうですね」


 フリッツより年上となるオルセウスが、敬語を使って言った。立場上、ガリラヤ連合軍の最高指揮官は統領(コンスル)であるフリッツ・ロニーとなる。

 もちろんフリッツは軍人ではないので、実際の指揮は高位の軍人に任せることになる。だが、その任命権は統領にあり、また無制限の解任権もある。

 上官というのはそぐわないが、権力の構造上敬語を使うのはおかしくはない。


「ここにあるクルトスは、連合都市(ユニオン・シティ)の中でも比較的大きい、国内第八の都市です。見ての通り、九角形の城壁を持っており、三方に街道が通じています。

 こうして地図で見るとやや小さく見えるかもしれませんが、これは城壁のせいで市街地の拡大が抑制されているためで、城壁内部は建築物が密集しています」


 クルトスはシャンティラ大皇国を起源とする都市ではなく、カンジャルの略奪騎行が激しかったころ、ガリラヤニン近辺の国家中枢部を守るために作られた城郭都市である。

 元々は防衛のために作られたわけだが、なまじ要衝に置いたため、やがて交易都市として機能するようになった。


 現在では内部が建物でぎゅうぎゅう詰めの状態で、クルトス市議会は十三年前から城壁拡張のための予算を積み立てている。それどころではない状況になってしまったが、予定では三年後から工事に入ることになっていた。

 ただ、そのあたりのことは軍事に関係がないので述べる必要はないだろう。


「また、みなさんもここに来るまでに広大な田園地帯を眺めてきたと思いますが、このあたりは国内有数の穀倉地帯となっております。クルトスを取られるということは、周辺の広大な沃地を失うということをも意味します。

 我々連合(ユニオン)は、これまで国境地帯にある二つの都市を、いくらかの援軍しか出さず、ほぼ見捨てる形で敵軍に譲り渡しました。ですが、クルトスにはそれとは比べ物にならないほどの……都市そのもの以上の戦略的価値があると考えていただきたい。

 クルトスはガリラヤ連合にとって譲れない都市であり、なんとしてもここで食い止めねばなりません。概略は、以上です――オルセウス殿、どうぞ続きを」


 フリッツは言い終わって、座った。代わりにオルセウスが立ち上がる。


「さて、続きだが……まず、地形としては、このあたりはフリッツ殿が先程おっしゃったように、畑が広がっている。季節柄、刈り取りが終わったところなので見通しがよい。

 畑には、この地図には一々書かれていないが、それぞれの境界に人がすれ違えるほどのあぜ道が通っている。だが、一枚の畑の面積が大きいし、あぜ道には柵が巡らしてあるわけではないので、人でも馬でも簡単に跨ぐことができる。軍行動の支障になることはないだろう。

 鎧をまとった重騎兵は、畑の土に馬の足を取られてしまうかもしれないが、収穫が終わった後で畑の土は締まっている。季節外れの大雨が降らなければ、基本的には問題はないと考えていい。

 まとめると、このあたりは見通しのよい軍行動に適した地帯であって、行動に支障が起こるような要素は、雨が降らない限りは現れてこないだろう。ということだ。

 線で表している道については、説明の必要はないと思う。諸君が通ってきた石畳の道と同じものが、そのまま三方に通っている」


 と、オルセウスはそこで区切り、水を飲んだ。

 彼は、前回の戦争の時には既に上級大将になっていたので、本土の守りに残り戦争には参加しなかった。

 ただ、前々回のキルヒナ地域の制圧戦と、さらにもう一つ前の戦争には参加して、シャン人と戦ってきた経験がある。


「さて、クルトス南西にある島のように浮いた森林地だが、ここは若干土地が高く、丘のようになっている。クルトスの住民が共有地として利用している部分だ。木々はやや太く育っていて、まあ、森というイメージで正しいだろう。

 敵軍は、ここに相当数の兵を置いている。丘の頂上には物見櫓を建てているようだ。薄い右翼の端を守る簡易的な防衛拠点として利用する意図があるものと考えられる」


 この丘は天然のもので、三十年ほど前まではぶどう畑が広がっていたそうだ。

 その頃、上流の森林地帯で山火事がおき、クルトスに薪が届かなくなったことがあった。

 クルトスは都市内で消費する薪や木炭を河川上流の地域に頼っていたので、大変困ったらしい。その時に、あまり評判のよくないワインを生産するぶどう畑をやめ、非常時のために木を蓄えておこうということになった。

 そういった森は、ただ遊ばせているだけの遊休地ではなく、木を選んで植えればドングリなどを豚に食べさせ太らせることもできるので、立派に産業に利用できる。


 だが、今は敵軍に利用され、裏目に出てしまっている。


「敵軍は、進路を東に取りながら、騎兵を使って奇襲的にクルトスを包囲し、大軍を旋回させて南に下りてきた。クルトスは奇襲的に攻撃された格好となり、兵は二千ほどしか入っていない。住民は疎開が進んでいたので平時の六割ほどに減っているが、食料庫も少ないので兵糧攻めを続けられれば厳しい状況になるだろう。基礎的な情報としては、こんなところだが、気になることはあるか?」


 オルセウスがまとめ終わると、ガートルート・エヴァンスがぱっと手を上げた。


「どうぞ」

 オルセウスが言う。

「敵軍は、包囲といっても城壁から近い位置に布陣しているようですが、矢は届かないのでしょうか?」


「答えよう。クルトスの城壁はそれなりに高く、特に丘に向かう南西部は、カンジャル騎兵が丘に登って射掛けてきた場合を想定して、さらにもう一段高くなっている。

 だが、クルトスには矢がない。敵軍の包囲が始まってから既に十五日が経過しているが、その間何度も屋根付きの破城槌を繰り出され、躍起になって防衛した司令官は、ほとんどの矢を使ってしまったようだ。

 銃弾は十分に残っているが、知っての通り、銃は射程外から撃っても意味がない。届く頃には速度が遅くなってしまい、殺傷能力はなくなってしまう。

 中では住民に鉄を供出させて鏃に変えているというが、城壁からの遠距離攻撃は、ほとんど期待できないと思っていただきたい。もちろん、城壁を開いて打って出て、後背を衝くという攻撃は可能だ。それを要請する符合は用意してある」

「ありがとうございます。もう幾つか質問をさせてください」


 と、ガートルートは質問を続けた。


「クルトスは、包囲されてから本格的に攻撃されたのですか? 例えば、思い切り攻められて大規模な戦闘が起こったが、跳ね返した、というような」

「それはない。先程言った破城槌のような、ちょっかいをかける程度の散発的な攻撃で焦らしているようだ」

「鷲は? これまでの攻城戦では、爆撃をして抵抗の意思をくじき、開城させるというのが常套手段だったようですが」

「住民の動揺を狙ってか、城壁上に限って何度か使ったようだ。狙いがそれて一度ボヤが出たそうだが、本格的な攻撃ではない」

「な、る、ほ、ど………ありがとうございました」


 ガートルートは意味深に質問を打ち切った。


「誘い込まれている、とイルハームは申しております」


 そこで、若い声が響いた。

 各地から来た将軍たちは、いずれも思い思いの格好をしている。だが、際立って目立つのは彼らだった。

 クルルアーン竜帝国から来た、イルハーム将軍とアーディル、そして通訳の男だ。


 イルハームは、齢七十を超えているだろうか。彼の国の伝統通り、顎髭をぞんぶんに蓄えた偉丈夫だった。

 対してアーディルは、端的に言えば少年であった。十七歳になったばかりの彼は、本来ここに居るような能力はないのだろう。

 態度としても堂々とはしておらず、不安そうにキョロキョロとしている。ほっそりとした体つきに、母親譲りなのかハンサムな顔が乗っている。王宮で孵化し、育ってきた生物という感じで、戦地に連れ出されると場違いで、やや軟弱そうな印象を受けた。


「もし敵軍が全力で攻めれば、一日と持たず落ちる都市であろう。とイルハームは申しております。――はい。

 敵軍は、貴殿らが拘泥しているのをいいことに、その都市を餌にしている。とイルハームは申しております」

「それでは、イルハーム殿、どうするのが良いとお考えですか?」

 フリッツは言った。


 彼らを連れてきたのはフリッツで、他の者はこの異国の人々に戸惑いを覚えている。軍議に水を差したくはないが、扱いを知る者から会話を始めるべきだろう。

 アーン語で質問することもできたが、諸侯のためにテロル語を使った。


「クルトスという都市はどれほど食料の備蓄があるのだ? ――はい、はい。こちらは防衛側で、補給の面で有利のはず。準備万端整えている虎口に飛び込むよりは、相手から攻めて来るのを待ったほうがよい。とイルハームは申しております」

「それはできない」


 オルセウスが即座に返す。


「クルトスは先程説明したとおり、内部が建物で埋まっている。大きな穀物庫が幾つもあるわけではない」


 皮肉なことだが、クルトスが建市当時備えていたはずの防衛拠点としての機能は、交易都市として平和を貪るうちに失われてしまっていた。

 国土が広がるにつれ、カンジャル騎兵の脅威は別のところに移ってしまったからだ。そのため、籠城のための穀物庫などは潰されてしまっている。

 穀物取り扱いの商家は多いので、そこの倉庫には幾らかあるだろうが、都市全体を養うには心許ないだろう。


「また、このあたりは季節柄、刈り取りの時期にある。敵軍は進路上の村々で徴発を行っているから、兵糧に関しては十分な備蓄があるだろう。先に食料が尽きるのは、クルトスのほうだ」

「そうか。とイルハームは申しております。――はい。以上です」


 と、一人立っていた通訳は椅子に座った。


「イルハーム殿の言う通り、誘い込まれているようですね」


 ガートルートが、イルハームの発言を継ぐように言った。


「だとしても、こちらは誘いに乗るしかない。ですが、こちらは敵に対して有利な軍量を持っています。下手に敵軍の思惑に乗ることなく、豊富な兵数を生かして戦うべきでしょう」

「具体的にはどのように?」

 オルセウスが尋ねた。

「具体的と言われると困りますが……考えてみましょうか。まず、敵軍は、斜線陣を作っているように見えますね」


 斜線陣とは、左右のどちらかに兵力を偏重させて置く陣形で、厚くした方の兵力で、フラットに布陣した敵陣を打ち破ることを目的としている。

 という知識はフリッツにもあった。大昔、何年のことか忘れてしまったが、古代ニグロスの有名な戦いで用いられたはずだ。


「斜線陣というのは、やや古びた陣形です。当時の騎兵には鐙がなかったので、今ほど打撃力のある存在ではなかった。現在の兵法では、騎兵を集中運用されると薄くした方を抜かれ、容易に包囲されてしまうので、危険のほうが大きい時代遅れな陣形とされています」

「そうだな」オルセウスが言った。「だがこの場合、薄い方の右翼には防御陣地の抑えが効いている。後ろには、騎兵も控えさせている。これは後ろにある城門へ抑えを効かせているのもあるのだろうが、予備部隊としての性格も強いだろう」


 予備部隊とは、陣形の後ろに待機させ、柔軟に運用するための兵力である。戦列が抜かれそうになったところに駆けつけ、陣形が破れないよう蓋をしたり、今が攻め時となったら突破点に加勢したりもする。


「斜線陣のように見えるのは見かけだけで、用兵としてはまったく違ったものを考えているのかもしれん。我が軍を受け止める形にも見えるぞ」

「そうですね」

「右翼は厚くするべきだ。とイルハームは申しております」


 通訳の男が発言をした。


「敵軍の攻勢点は、やはり兵の厚い左翼以外には考えられない。こちらの軍は敵軍の倍もいる。とイルハームは申しております。――はい。敵左翼に対応する右翼を厚くし、更に後備に予備戦力を待機させ、突破点をなくせば、敵兵がどれほどの精鋭であろうと抜くことは難しい。とイルハームは申しております」

 通訳が言い終わると、イルハームはもう一度アーン語で喋り始めた。

「右翼に兵力を注いでも、左翼に兵を充実させられるほど、彼我の戦力差は大きい。相手が油断ならぬ将ならば、撤退を装っての誘導に乗って陣に穴を開けぬことと、あとは突破力のある騎兵の動きにだけ注視しておればよい。とイルハームは申しております。はい。以上です」


「それは………確かに」

 ガートルートは、唸るように言った。それは不安を押し殺しているようにも、フリッツには見えた。

「豊富な予備戦力を用意すれば、どのような攻撃にも柔軟に対応できます。ユーリ・ホウがどのような魔術的用兵を行おうとも、対処できるでしょう」


「私も同意見だ。あまり奇抜な陣を張る必要はない。王道で、しかし油断せず、あらゆる敵の動きに対応できる陣形で当たるべきだろう」


 オルセウスが言った。上級大将らしい発言だ。

 フリッツも同じような意見だった。素人考えではあるが、悪い考え方をしているようには思えない。


「……ただ、私は、敵になにか秘策があるのだとすれば、やはり薄くしている右翼が怪しいと思うのです」

「ガートルート殿。賢将を相手にして、そういったことを危惧したくなる気持ちは分かるが、その秘策が具体的に分からない以上、考えすぎるのも問題だ。誘いに乗ってしまうことになるぞ」

 オルセウスが言った。

「分かっております。ただ、どうしても気になるので……左翼は私の軍に任せてもらっても構わないでしょうか?」


 ガートルートは左翼を担当したいようだ。

 どうやら、なにか強く感じるものがあるらしい。


「なるほど。そこまでいうのなら……フリッツ殿、問題はありませんね」

「はい。ガートルート殿、よろしくお願いします」

「教皇領と我が国の軍は肩を並べて戦わぬほうがよいかも知れぬ、とイルハームは申しております」

 通訳の男が言った。

「分かっている。では、クルルアーン竜帝国軍は右翼、我がガリラヤ連合軍は中央、教皇領軍は左翼としよう――フリッツ殿、それでよろしいでしょうか」

 そもそも、オルセウスに全権を委任した以上、そういった裁可を求める必要はないのだが、最終的な大決定ということで、顔を立ててくれているのだろう。


「よいかと思います。皆さん油断なく戦局に対しておられたので、何も言うことはありません」


 こういったことは専門家に任せておくに限る。

 やる気がなかったり、手抜きをしたりしているのなら別だが、真面目にやっているのであれば素人の口出しは害にしかならない。


「では、その他のフリューシャやペニンスラの軍、そして予備部隊の配置についてだが――」

「オルセウス上級大将、大きな決定も済んだことですし、ここで少し休憩を入れましょう」

「あ、ああ……そうですね」


 フリッツが休憩の提案をすると、オルセウスは我に返ったように頷いた。

 彼も、祖国を守る決戦に際して力が入っているのだろう。少し前のめりになっているようだ。


「それでは、ここで三十分の休憩を挟むこととする。では、解散」

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