▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第十六章 回想・戦後編

237/287

第229話 ミャロの来訪

 コンコン、と寝室の扉がノックされた。

 時間は深夜だ。


「入れ」


 またエンリケかと思い、そう言うと、入ってきたのはミャロであった。

 なにかあったのか?


「……どうした? なにか大異変でも起きたのか」

「いえ、ユーリくんがお酒を飲んでいると聞きまして」


 確かに、俺は酒を飲んでいた。

 だからなんだ。


「別にいいだろう。もう二十歳になったんだ。解禁だよ」

「女中の話では一晩に蒸留酒を一瓶も開けるとか。飲み過ぎですよ」

「飲み過ぎに思えるか?」


 咎められるほど酔ってはいない。

 自分の金で買った酒だし、別にいいだろう。


「座っていいですか?」

「いいよ」


 ミャロはテーブルを挟んだ反対側の一人がけソファに座った。


「……キャロルさんとは、最後に話せたんですか?」


 ミャロが少し古いことを言った。

 キャロルが死んでから、ミャロとちゃんと話すのはこれが初めてだった。


「話せたよ。お前にすまないと言っていた」


 俺は自分でグラスにウイスキーを注ぐと、それをあおった。

 喉の焼け付くような熱さを感じる。


 水で割らないウイスキーは、すぐに酔いが効いてくるのがいい。


 ミャロは、それを咎めるように見ていた。


「……そうですか」

「なんだったんだ、例の手紙って」

「………」


 ミャロは沈黙した。


「……秘密です」


 秘密らしい。

 まあ、どうでもいい。


「……それにしても、まさか帝王切開をするとはな。どうせお前もグルだったんだろう」

「はい。それがキャロルさんの望みでした」

「リリーさんは、あれが初めての開腹手術だったのか」

「いえ、妊娠した死刑囚で練習しました。手配はボクが」


 なんとも酷い事をさせたものだ。

 リリー先輩だって、血まみれで他人の腹の中をいじくるなどキツい体験だったろうに。


「その死刑囚はまだ生きています。彼女の腕は悪くありません」


 大したものだ。

 ドレナージとかどうしてたのかな。


「まあ、どうでもいい。もう済んだことだしな」


 誉めはしないし怒りもしない。

 それで終わりだ。

 リリー先輩の手術でキャロルの寿命が縮んだとか伸びたとか、そんなことは考えたくもない。


「……申し訳ありませんでした。処分はいかようにも」

「いい」


 誰も処分する必要はない。


「誰が悪かったわけじゃない。キャロルはそれなりに幸せそうだったしな」

「なら、お酒は飲まないでください」

「そう目くじらを立てるな。誰でもやっていることだ。男でも、女でも」


 俺はもう一度グラスにウイスキーを注いだ。

 別のものも飲みたかったが、国産の蒸留酒というと大麦麦芽のモルト・ウイスキーしか選択の余地はない。


「……心配になります」

「心配するな。別に、昼間はちゃんとやってるだろ」


 昼間から浴びるほど飲んでるってならともかく。

 俺はグラスに注いだウイスキーを飲み干した。


「なら、ボクも」


 ミャロは、俺が机に置いたグラスを取って、なみなみとウイスキーを注いで、ぐいっと呷った。


「カッ、うッー――ゲホッ、ゲホッ」


 案の定というか、思い切り咳き込んでいる。

 ビールも通したことのないような喉に、いきなりウイスキーのストレートを流し込んだのだから、当たり前だ。


「なにやってんだ」

「だって……心配するな、なんていうから」


 ミャロはウイスキーを再びグラスに注ぎ始めた。

 まじか。


「やめとけよ」

「勝手でしょっ! 心配しないでくださいっ」


 ミャロはグラスの杯を再び呷った。


「一体全体、何のつもりなんだ。やめとけって」

「だって、だって……」


 なんかショボンとしてる。

 早速効いてきたっぽいな。


「心配するな、なんていうから……心配くらいさせてくださいよ……」

「そうだな、心配してもらってありがたいよ」


 俺は合わせておくことにした。

 同時に新しいグラスに酒を注いだ。


 いかなるときでも、ラッパ飲みは良くない。


「そうじゃなくて、お酒を飲まないでくださいったら」


 アルコールが舌や喉に効いてきて、声がふわふわになってきている。

 かなり効いてるようだ。


 酒に弱いタイプだったのか。


「飲むよ」

「じゃあ、あと一週間ですからね」


 なんかやべーこと言い出した。


「あと一ヶ月したら、ぼく怒りますから。落ち込んでいられるのもそこまでですからね」

「なんでだよ」


 一週間が一ヶ月になってるし。


「キャロルさんが全てなんですか? ぼくだって心配してるでしょ、リリーさんだって、シャムちゃんだって、みんな心配してるでしょ。そんなの無視ですか」

「好きなだけ落ち込ませろ」

「落ち込むのはわかりますけどね、心配するなって、そんなの酷すぎますよ……」


 なんか目に涙を溜め始めた。


 泣き上戸かなんかかよ……。


「泣くなよ……」

「ぐす……だったら、ひどいこと言わないでくださいよ……ユーリくんだって、ぼくが酒びたりになったら心配するんでしょ」


 ぐすぐす泣きながら、ミャロは俺がさっき注いだグラスを横から掠め取って、ちびちびと飲み始めた。

 味は好みでないようだが、酒の効用には味をしめているらしい。


「そりゃな」


 俺が言うのもなんだが、高アルコール度数のウイスキーを単体で飲み続けるのはあまり良くないので、チェイサーに水を用意してやった。

 ていうか、俺の酒取るなよ……。


「だったら、心配するななんて言わないでくださいよ……」


 ううん……。


「わかったわかった、酒は控えるから」


 どうせ朝になったら忘れてんだろ。


「酒だけじゃないですよ……」


 んん?


「知ってるんですからね、一週間くらい前にエンリケって人と寝たでしょ」


 ええ……。


「自暴自棄になってるからって、そういうことするのやめてください……順番ってものがあるでしょ……」


 ミャロはグラスに残っていた酒を、一気に飲み干した。


 なんか怒りのボルテージが上がってきてるぞ。

 妙な方向に舵を切ってきやがった。


「寝てねえよ」

「嘘でしょ……」

「うーん……」


 あれの特殊な性癖をミャロに上手く説明できる気がしなかった。


「とにかく、寝てねえよ」

「男の人って……ほんとに……」


 酷い誤解だ。

 こっちは踏んだり蹴ったりじゃねえか。


「ほんとに……ふざけてますよね。こっちがどれだけ思い悩んでいると……それなのに……」

「だから、寝てないって」


 こっちは通り魔に刺された被害者のような立場だというのに、なぜ被告のような扱いで不毛な釈明をしなければならないのか。

 意味がわからない。

 あまりにも酷いと思うよ。


「嘘つかないでください」


 これめんどくさいやつ……。


 寝てねーよ、殺して蘇生させたら動けないみたいだから別の部屋行っただけだよ。

 これをどう納得させろと。


「………」


 もう黙っとこ。

 沈黙は金なりって言葉はこういう時のためにあるんじゃないかと思う。


「なんとかいってくださいよ……」

「………」


 黙っとこ。

 俺は再びグラスに少し酒を注ぎ、少し飲んだ。


「なんで怒ってるんですかー……それに、なんで飲んでるんですか、飲まないっていったのに……」

 飲まないとは言ってない。

「寝ら……眠れないんだからしょうがないだろ」


 俺は話題の変更の端緒を掴んだ。


「眠れないんですか?」


 ミャロは、きょとんとした顔でこちらを見た。


「ああ、だから酒飲んでんだよ」

「じゃあ、ぼくが子守唄歌ってあげます」


 こ、こもりうた?


 やべー、さてはこいつ、酔ってやがるな。


「はい、はい、もうベッドに入りましょうねー」


 はあ?


 時計を見る。

 まだ夜中の二時半だった。


「ほら、ベッドに入りましょ」

「はいはい、わかったわかった」


 もう観念しよう。


 追い払おうにも、こんな酔っ払ったミャロを外に放り出したらなにをしでかすか分からん。

 ここは従っておいたほうがよさそうだ。


 明日出港だし、早めに寝ようとは思ってたしな。


 俺は掛け布団を捲りあげ、ベッドに入った。


「どうしたんですか? 詰めてくださいよ」


 ベッド脇で歌うつもりなのかと思っていたが、入ってくるようだ。

 俺が少し横にずれると、ミャロもベッドに入ってきた。


 仰向けに寝ている俺を、ミャロは横向きになって見ている。

 何が楽しいのか、ニッコニッコしている。


「えぴと川のー、ながれのー、めぐみはーしびゃくをうるおしてー」


 ミャロの歌いだしたそれは、子守唄ではなかった。


 これは民謡だ。


「かわのみずはー、うみにそそぐー、みずのみなもとーはーあんぶろしあーのそだつー、かみがみのくにー」


 ここまではっちゃけてるのは、あまりに仕事を割り振りすぎて精神が疲弊した反動なのだろうか……。

 疲れてるのに俺のところに心配して来てくれたんだもんな……。

 感謝しないと……。


「さんみゃくをあおげばー………」


 歌が止まった。


「眠くなってきちゃいました……寝てもいいですか?」


 ほんと、酒に酔うとやりたい放題するなこいつ……。


「いいよ、眠ってくれ」


 むしろ頼むから眠ってくれ。


「おやすみなさい……」


 そう言うと、ミャロは体を寄せてきて、抱き枕のように俺を抱擁した。

 そのまま寝息を立て始める。


 起きたらこいつ、どうすんだろ……。

 酒って怖いわ……。



 *****



 大声が耳元で鳴って、俺は目覚めた。


 ああ、なんだこの感覚。

 久々だ。この寝足りない感じ。


 寝足りないが、深く眠れたような気がする。


「ゆ、ゆ、ゆ、ユーリくんっ、ま、まままままま」


 上半身をベッドの上で起こしたミャロが、なんかバグっていた。


「まさか――」


 急いで下半身を確かめ始めたのが生々しかった。


「やってねえよ……」


 本当に記憶が飛んでいるようだ。

 酒って怖いわ。


「どこまで覚えてんだ」

「え、ユーリくんが心配するなーって言って……凄く腹が立って……そこまでです」

「それからエンリケがどーこー言い出して、俺が眠れないから酒を飲んでるって言ったらな、お前がじゃあ子守唄歌って寝かしつけるって言い出して」

「――はあ!?」


 自覚だけはあるらしい。


「一緒にベッドに入ったら、なぜか子守唄でなく”シビャクの山の恵よ”を歌いだして、途中で眠いから寝るって宣言して、勝手に眠りやがったんだ。やってねえよ」

「えっ……それ、ボクがですか?」

「お前以外に誰が居るんだ」


 いやお前以外に誰が居るんだよ……。


 柱時計を見ると、もう午前十時だった。

 なんてこったい。


「わっ! もう十時じゃないですかっ!」

「はー、俺も行くか」


 のっそりとベッドから起きた。

 久々に二度寝したい気分になっていたが、船を待たせることになる。


 それにしても、良く眠れた。

 体がだるい。


「あの、ユーリくん、すみませんでした……」

「いや、ありがとう」


 俺が言うと、ミャロはきょとんとした表情になった。


「なにがです?」

「気が楽になったみたいだ。そのうちまた頼む」

「勘弁してください……」


 ミャロは心底嫌そうな顔をして、急いで部屋を出ていった。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。