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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第十五章 十字軍編

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第220話 決戦 前編

 眼下に広がる王都北の荒れ地には、敵の大軍が展開していた。


 味方の死体を乗り越え、遥かここまで歩んできた敵の大軍は、今肩を並べて整列している。

 地面に模様を作るもやのようになっているその軍勢は、人間の密集であり、その一人ひとりが意思を持って、今まさに決戦に挑もうとしているのだった。


 彼らの多くは、戦争などせずとも平和に人生を全うすることができる。


 外敵の侵略、餓死者の多く出る食糧危機、大規模な経済封鎖による産業の破壊。

 そういった切実に身に迫る危機があるわけでもないのに、彼らはここにいる。


 彼らの数多くは、今日か明日のうちに傷を受け、(はらわた)を溢れさせ、のたうちまわって死ぬだろう。

 その危険を承知していながら、彼らは望んで、あるいは望まずとも徴兵され、ここに来ている。


 平和に人生を過ごし、そして終えることもできるのに。


 それは、どうにも説明できかねる、とても理屈に合わない、不可思議な超常現象のようにも思われた。

 その一方で、社会の仕組みを知る頭の中の一部分は、それが当然に起こり得る自然現象だとも考えている。


 彼らは、兵法的には至極スタンダードな形に展開していた。


 真ん中にそれなりに広く、厚みのある横隊を作り、両翼に騎兵を配分するというものだ。


 ただ、敵左翼には騎兵が存在していない。

 後背3キロほど先に広がる森の中に隠れているのだった。


 それらは、伏兵として気づかれぬように隠れているわけではない。

 大集団が存在することは、鷲による偵察で知れている。


 エピタフ・パラッツォも、隠れられているとは思っていないのだろう。

 通常左翼に騎兵が存在しないというのはありえないので、隠れるとしたら、俺と同じように少量の騎兵を置いて偽装とするはずだ。


 ただ、森に隠れていれば、少なくとも樹冠によって姿が隠れ、どれほどの数の騎兵が展開しているのかは読めなくなる。

 実際に、読めていないのだった。

 最初に揃えた十二万という兵力は、今は少なくなっているだろうが、最初の数を考えると一万騎ほど残っていてもおかしくはない。


 地形は、森が切れるところからほぼ平坦で、草木も王都北方の住民が薪に切るせいで広い範囲で刈り取られており、目隠しとなるものがない。


 俺は敵陣の真上を通りながら、カバンに用意してあった紙を少し撒いた。


 ぱらぱらぱらと落ちてゆく。

 南から北に向かって、気づかない程度の風が吹いているようだ。


 流される距離を計算に足し、もう少し南から流すと、上手いこと伝単(ビラ)が敵頭上に降ったので、次々と大量の紙を風に流し始める。


 後ろに続く十の鷲もそれに続き、異なった位置からバラ撒きはじめた。

 戦場の空が紙吹雪に覆われる。


 綺麗だった。





挿絵(By みてみん)






 俺はホウ家の本陣に戻ると、カケドリに乗って最前列に出、陣の端から端までを駆け抜け、閲兵をするように、隊列を改めて見直した。


 いちいち立ち止まって激励する時間はないが、ホウ家の将旗を供回りに掲げさせながら、できるだけ堂々と駆け抜けた。


 右翼にホウ家軍、左翼はティグリス・ハモン率いる軍と、ルベ家の軍団が展開しており、中央にはディミトリ・ダズ率いる精鋭部隊と、とジーノ・トガの銃兵部隊が展開している。

 五キロメートルほどの戦列は、長いようで短い。


 軍団と軍団との合間も、幅が開くことなく狭まっており、特に問題はないようだ。

 再び駆け抜けて引き返した。


 この中で一番弱いのは、恐らくティグリス率いる軍だろう。


 この軍は、ノザ家の半分を吸収したが、猛訓練は結局一ヶ月と一週間前後しかやっていない。

 血反吐を吐かせたといっても、その程度の期間では知れたものだ。


 最も薄いディミトリの軍より不安な要素だった。

 まあ、抜かれたら予備隊がなんとかしてくれるかな、といった感じだ。


 途中まで戻ったところで、敵のほうからラッパの音が聞こえてきた。

 カケドリの腹を足で叩き、鞍から尻を浮かせる。


 増速し、シビャクの北の際にある本部建物に戻った。

 ただの民家だが、建物の外には、伝令を行うべく多数のカケドリと鷲が繋がれている。


 ここを選んだのは、ホウ家本陣に近い位置で、一番高い建物だからだった。

 屋根を壊して平らにし、階段が据え付けてある

 高さ六メートルほどとはいえ、自陣を飛び越して敵陣まで見るには十分だ。


 兵にカケドリの手綱を預けると、


「おい、旗係! 全軍徒歩進軍! 作戦変更なし!」


 そう大声で伝えた。

 スタンバっていた旗係が戦場に立てたポールに、予め用意していた旗を掲げる。

 それを見た戦場上空の鷲が、ポンとロープを落とした。


 ロープの先端には鉛がついており、鷲と鉛の間の紐には、連続して取り付けられた旗が翻っていた。

 鷲の飛行速度がもたらす緩い慣性でロープが曲がるが、おおむね予行練習通り旗竿の役目を果たしているようだ。

 右翼、中央、左翼と三羽飛んでいる鷲が、それぞれ伝言ゲームのように旗を落としてゆくのが見える。


「待ってください! 誰か! 彼女を逮捕してっ!」


 本部建物の中で、何かの騒ぎ声が聞こえる。


 ミャロの声だ。

 何かあったのか。


 俺は、本部建物の中に入った。


「寄るなっ!」


 中で騒いでいたのは、ティレトだった。

 一体何の騒ぎだ。


 部屋の真ん中で、黒い刃を抜いている。

 危ねぇ。


「衛兵っ! 早く彼女を連行してください! 狂乱していますっ!」


 建物の中で、ティレトが黒い短刀を持って構えており、周りをホウ家の衛兵たちが囲っていた。

 ミャロはその外側におり、衛兵たちに指示を飛ばしている。


 なんだ?


「なにやってんだ。ティレト、裏切りでもしたのか?」


 まさかと思いつつ、俺は尋ねた。


「ユーリく――っ! そうですっ! 早く捕まえて!」

「違うッ!」


 まるで逆の言葉が二人から発せられる。

 一体どういうこっちゃ。


「なんなんだ、おい。戦争中だぞ」


 反乱や暗殺ならともかく、内輪の喧嘩を見せられてる場合じゃないんだが。


 事ここに至ってティレトが俺を裏切るなどということは、国家への反逆に等しい。

 ありえないということはないが、ちょっと考えられなかった。


「私は報告をしたいだけだ!」

「なにを考えているんです!! 莫迦なんですかあなたは!!」


 ミャロは、これまで見たこともないような剣幕で叫んでいる。

 冗談でやっているようではなさそうだ。


 もしミャロにティレトに匹敵する膂力があったら、力づくで黙らせることを迷いなく選択していただろう。

 そんな感じのキレ方だった。


 最初は喧嘩でもしてるのかと思ったが、よく考えたら、ティレトとミャロが喧嘩しているというのもおかしなことだ。


「報告があるというのなら、聞けばいいだけだろ。なんなんだ一体」

「二人で話す。ここでは問題がある」

「駄目です! 危険です! やめてください!」


 どちらかというと、ティレトのほうが冷静な感じだ。

 ミャロだけが怒り狂っている。


「ミャロ、少し静かにしろ。ここは決戦最中(さなか)の本陣だぞ。怒鳴らなくても、提案なら聞く」

「くっ……」


 ミャロは苦悶に顔を歪めた。

 苦虫を噛み潰したような顔、というのはこういうものかな、という表情だった。


 相変わらず事態が飲み込めない。

 ミャロが他の誰かだったら、大それた裏切りでも計画していて、それを暴露しようとしているティレトを必死に止めようとしている、という構図なのかと思ってしまうくらいだ。


「それで、なんだ。こうなった以上、二人で話すというのは難しいかもしれないぞ」

「分かった」


 ティレトは黒い短刀を鞘に納め、鞘ごと部屋の隅に投げた。

 武装を解除したということだろう。


 そして、その場で服を脱ぎはじめた。


「おい、一体何のつもりだ」


 ティレトはそれに答えず、上着のみならず下履きまで脱ぐと、サラシで縛った胸と下着の姿になり、床の上に裸足で立った。


「これでいいだろう。ほら、手を縛れ」


 後ろの衛兵に、後ろで組んだ手を振っていた。


 俺は衛兵が縛るのを待たずに、ティレトに近づいて、二の腕を掴んで部屋の隅まで連行した。


「一体何のつもりだ。どういう時だか分かっているのか」


 戦争中の司令部の中だぞ。

 何をしたいのかしらんが、ストリップを始めるな


「さっさと喋れ。覚えているのか知らんが、俺はこの決戦の総指揮官なんだ。忙しい」


 まだ両軍の接触までには時間があるとはいえ、こんなことに時間を取られていていい場合ではない。


 騎兵の戦いなどは、指令のタイミングは精妙を要する。

 一分の判断の遅れが自軍に致命的な損害を与える場合もある。


 演奏の真っ最中だというのに、指揮台から降りて痴話喧嘩の仲裁をしている指揮者のようなものだ。

 俺は一刻も早く建物に登り、指揮に戻るべきだ。


「キ」


 ティレトが口を開いた瞬間、横合いから何かが飛びついてきて、俺の頭を抱え込んだ。


「うおっ」

「あーーーーーっ! あーーーーーっ!」


 なにしてやがる。


 俺は、飛びついてきたミャロを無理やりひっぺがすと、突き放さずに体を後ろ向きにし、頭を腹に抱え込む形で、口を無理やり押さえた。


「んーーーーっ! ンムーーーー!」

「ほら、今のうちに話せ」

「キャロル様が危篤だ」


 ――は?


「なんだ、もう一回言ってくれ」


 聞き間違いか?


「キャロル様が危篤に陥った」


 ティレトがその言葉を吐くと、ミャロは諦めたように抵抗を止めた。


「今、この時にか?」

「一週間ほど前から、体調は酷く悪かった。だが、今朝方ついに意識をお失いになられた」

「馬鹿かてめえ。なぜ体調が悪化していることを報告しなかった」


 体調が悪化したらすぐさま報告をするように言っておいたはずだ。

 なぜそれが守られず、今ここで危篤の報が来るのか。

 嘘をついているのかもしれない。


「キャロル様のご判断だ。お前の決戦前の一日を、見舞いで潰すのは、国家への裏切りに等しいと言っておられて……」

「てめえは、今からキャロルのところに行けってのか。六万の大軍をほっぽって」

「私は国家に尽くしているわけではない。キャロル様に尽くしているのだ」


 国家など滅びてもどうでもいい。この決戦の勝利よりも、キャロルの一時の幸福のほうが大切だということか。


「だから莫迦な真似と知りながら伝えた」

「馬鹿野郎」


 俺はミャロの口から手を離した。


「ユーリくんっ! きっと大丈夫ですから。気を確かに持ってください」


 頭が痛いほど回っていた。


 今、この時、六万の兵をほっぽってキャロルのところに行く?

 馬鹿な。

 俺がここまで引っ張り出してきた兵どもだぞ。


 俺がこの国を救おうと東奔西走した集大成が今まさに成ろうとしている。

 それを投げ捨ててキャロルのところへ行くのか?


 キャロルが生きていたとして、会話ができたとして、俺に決戦に勝てたか聞くだろう。

 嘘を吐き、虚偽で末期(まつご)を彩って、なんとか幸せのまま逝かせるのか?


 そんな馬鹿な。


 迷うな。

 迷うな、迷うな、迷うな。


 最初から結論は決まっている。悠長に悩んでいる時間は俺には与えられていない。

 一分一秒悩むごとに戦況は悪化してしまう。決めるんだ。

 納得なら後でしろ。後悔の少ない方を選べ。それはたった一つだ。決まっているだろう。


「てめえら」


 俺は、部屋の中にいる全兵をくるりと見回した。


「今聞いたことは他言無用だ。これから外で一言でも口外してみろ。この戦を勝利に終えたとしても、必ず後悔することになるぞ。命が少しでも惜しいなら、口は閉じることだ」


 俺の臨時的な王権は、キャロルに全権委任されたものだ。

 ホウ家軍の指揮系統には関係のない事柄だが、左翼を任せたティグリス軍とルベ家軍は違う。


 キャロルが死亡したという知らせでも飛び交えば、一部の指揮系統にくさびが入り込みかねない。

 それは、こちらに敗北を運んで来かねない重要なことだ。


「部屋の外で聞いている者がいたら、そいつも覚悟しておけよ。銅貨の一枚にもならない軽い口のせいで、命を失うことはない……」


 俺は意識的に、先程ティレトが喋った時より少し大きめな声で喋っていた。

 そこまで気が研ぎ澄まされていた。


「分かったものは返事をしろ」


 俺がそう言うと、兵たちは次々と返事をした。


「ティレト」

「……なんだ?」


 望みを託すような目で俺を見ているティレトの頬を、握りしめた拳で思い切りブン殴った。

 俺と比べれば小柄なティレトの体がふっ飛び、壁にブチ当たる。


「くっ――なにを」

「今のはキャロルの怒りだ。お前は今、キャロルの想いを踏みにじった」


 こいつは、キャロルが死の淵に際し、耐えに耐えていたなにかを踏みにじった。

 キャロルは、俺に迷いを抱かせまいと、何の報も俺の耳に届かぬように気を配っていたのに、こいつの暴走のせいでこのザマだ。


 こいつらは仕える主のこととなると正気を失うからな。

 キャロルが危篤になり、思い極まって暴走してしまったのだろう。


「俺の知るキャロルは、ここで兵を見捨てて自分に会いに来ることなど望まない。さあ、指揮を執るぞ」


 俺は階段を登り、屋上へ上がっていった。

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