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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第十四章 開戦編

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第208話 お見舞い

 ノザ家がようやく完全に平定され、時間ができたので、俺はキャロルに会うため、鷲を飛ばしていた。

 カラクモから少し飛び、生家の前で白暮を降ろす。


 バサリバサリと降下し、地面に降り立ち、拘束帯を外していると、玄関から人が出てきた。


 例の、メイド見習いの少女だ。


「ユーリさま、すみません、すみません」


 何やらペコペコと頭を下げている。


「なんだ?」


 俺は白暮から降りながら言った。

 粗相でもしたのだろうか?


「ちょっとお待ちください。キャロルさまはお支度がございますので」

「お支度?」

「カフェティさんがお支度をしておりますので、お待ち下さい」


 カフェティ……?


「カフェティって誰だ」

「へ?」

「聞いた覚えがない」


 珍妙な名だ。

 呼びにくい。


「メイド長のことですが……?」


 え?

 マジかよ。


「初めて聞いた」


 メイド長さんは、カフェティさんだったのか。

 みんなメイド長としか呼んでなかったからな。


「役名でお呼びするほうを好まれますから。でも、カフェティさんですよ」


 なんで名を隠していたのだろう。

 いや、この子が知っているということは隠していたわけではないのか……。


「それはいいとして、お支度って……容態が悪化したのか?」


 俺はキャロルがいるはずの寝室を仰ぎ見た。

 カーテンが締まっていて、中は見えない。


「えっと……ううぅ……分かりません」

「分からないということはないだろう」


 一緒に暮らして看病しているのだし。


「それは秘密なので。キャロルさまとの約束なので」


 どんな約束だ。


「話せません」

「話せ」

「だめです。ユーリさまといえど。約束なので」


 そうか……。

 将家の天爵となっても、世の中ままならないものだな……。


 俺は少女の肩を掴むと、後ろに回り込み、両脇を掴んで持ち上げた。


「えっ」


 そのまま、白暮に近づく。


「ひえっ! 怖いですっ!」


 バタバタと手を振る少女に興味をそそられたのか、白暮はトントンと歩を進め、近づいてくる。


「白暮、食べていいぞ」


 俺がそう言うと、白暮は興味をそそられたようで、大きなクチバシを少女の鼻先に近づけた。


「ぎゃあ!」


 少女は大げさに驚き、軽く持っていた俺の手を振りほどいて地面に降りると、一目散に建物の陰に逃げていった。

 面白い。


「ご当主様、何をやっておられるのですか……」


 メイド長が呆れた様子で出てきた。


「いや……ちょっとな」

「子どもをからかうのはお止めください」

「すまんな、つい」


 子どもを見ると、ついからかいたくなる。


「それより、支度とやらはもういいのか?」

「はい。済みました。どうぞお入りください」

「鞍のバッグに餌の生肉が入ってるから、食わせておいてくれ。あの少女にやらせたらいいかもしれない」

「……お人が悪い」

「白暮は手を噛んだりしない。嫌がっていたらやらせなくていいから」


 そう言いながら、俺は家の中に入った。



 *****



 キャロルのいる部屋の扉を開けると、ふわりと香水の匂いがした。


 キャロルは、新品のように洗濯された白い病衣と、同じように洗濯されたばかりの寝具に横たわって、こちらを見ている。


「やあ、久しぶり」


 か細い声をかけてくる。


 頬がこけて、前に見たときより、更にやせ細っているようだった。

 肉体のイメージに、まるで以前のおもかげがない。


「あ、ああ……」


 俺はなんだか気圧されたような気分で、丸椅子に座った。


「ふふ、無理もない。どうも痩せてきてしまってな」

「食べていないのか?」

「いや、多少無理をしてでも食べるようにしているんだけどな……こいつに栄養を吸い取られているようで、太らないのだ」


 そう言いながら、キャロルは嬉しそうな表情で自分の腹をなでた。

 以前見た時より膨らんでいる。


「そうなのか……」


 栄養点滴をできればいいが、そんな技術はない。

 不純物だらけの砂糖水を血管から注ぎ込むなど、論外な話だ。


 栄養は経口摂取以外に方法がない。


「それより、今日は暇ができたのか?」

「ああ。国内は一区切りついたよ。あとは敵を待つばかり……ってわけでもないが」

「そうか……ボフ家とノザ家は協力してくれることになったのか……?」


 何も知らないのか。


「王剣からは何も聞いていないのか」

 カーリャが死んでから王剣には通行許可を与えたので、ここには来ていたはずだ。

「……話しにくいようでな。どうも私の心労を(おもんばか)っているようだ。言われないほうが気になってしまうのだが」


 そう言われてピンときた。


 王剣にはキャロルに言うと問題のある仕事も任せているのは確かだ。

 話してはまずいこともある。


 あいつらは何かにつけ極端なので、言うなら全部言う、言わないなら全部言わない、となってしまっているのだろう。

 カーリャの時も、王族は疑わないなどと妙なことを言っていた。

 そういうルールがあるのかは分からないが、Aは言ってBは言わないとか、自らの判断で情報を閉じる行為は王族に対してしないことになっているのだろう。


 キャロルには王剣に対する全権があるが、それは現在俺に貸与されている状態だ。

 その貸与を解けば喋るのだろうが、それをすると非常に問題がある。


「ボフ家とノザ家は平定したよ。少し面倒だったが……まあ、消えてもらった」

「……殺したのか?」

「オローン・ボフはな。ちょっと、まあ……色々あってな」


 嘘ではない。

 結果的に両方一家全滅になってしまったが、オローン・ボフ以外は俺が殺したわけではない。


「そうか……」


 キャロルは悲しそうな顔をした。

 嘘を言うよりは、話したほうが良いと思ったのだが、話さないほうが良かったのだろうか。


「気にするなよ。一つに纏まって、国は良くなった。必要な犠牲だったんだ」

「そうじゃない。ユーリには、手を汚させてしまっているなと思って……」


 イーサ先生のようなことを言い出した。


「別に、それが仕事だしな。辛くもない」

「本当にそうならいいんだが……」

「殺したやつが幽霊になって、それが見えるとなったら話は別だけどな。そういうこともないし……」


 昔から、亡霊のような存在があり、人の祟りがあるとすれば、虐殺をやってのけた独裁者が天寿を全うするなんて変だろうと思っていた。

 今見えないということは、やっぱりそういうのは存在しないのだろう。


 あるいは、自責の念で俺の心が壊れるようなことがあれば、そういうものが見えるようになるのかもしれない。

 ただ、それはまだまだ先の話だ。


「まあ、気にしないで、今は元気になることだけ考えてくれよ。そっちのほうがずっと心が楽になる」

「……そうだな。そうできればいいんだが……」


 キャロルのお腹は膨らんでいる。

 腹の中にいる子供をどうにかすることで、キャロルが元気になるのなら、どうにかしてしまうのだが、その方法がなかった。


 現状で最も安全とされる方法に、麦角(ばっかく)という有毒の汚染麦を使用した薬を用いるものがあるのだが、これは母体に甚大なダメージを与えた上で流産を促すもので、もちろん毒を飲んだあとのキャロルには使えるわけもなかった。

 今となっては体力が回復していない上、腹の子供が育ちすぎており、今更やるくらいなら自然分娩を待ったほうがダメージが少ないように思える。


「ぎゃあ!」


 唐突に、窓の下から声がした。


「ふふっ」

 窓際から下を見ていたキャロルが笑った。

「どうした?」


「リッチェが白暮に餌をあげたようだ。手でも舐められたかな」

 あの少女はリッチェというらしい。

「ああ、そうかもな」


 食べさせたあと、肉を持っていた手に血脂が残っていたりすると、舐められることがある。


「――ああ、そうだ。悲鳴で思い出した」


 悲鳴で思い出したとは。

 剣呑な語感だ。


「ドッラに会ったよ」

「ああ、そうらしいな」


 ということは、ドッラも彼女を驚かせたのだろうか……。

 俺のように少女にイタズラを仕掛けるタイプではないので、きっと容姿だけで驚かせたのだろう。


「恨まないでやってくれ、と言っておいた」

「あいつは大丈夫だ。バカだしな。そのうちにテルルと良い仲になるだろ」


 あのときの反応を見ると、ドッラのほうも満更ではなさそうだった。


「ふふっ、惚れられていた身としては、ちょっと複雑だな……」


 冗談を言うような口調だった。

 こんな言い方をするキャロルは、珍しい。


「おまえでも、そんなふうに思うのか」

「そりゃぁ、思うよ。新しい恋に生きてくれればと思っていたが、恋心が離れたと思うと、なんだか寂しくもある」

「複雑な乙女心だな」


 そうはいいつつ、分からないでもなかった。

 リャオがミャロを口説くなどと言いだした時には、俺も同じようなものを感じた。


 罪深いものだと思うが、心の動きまでは管理できない。


「そういえば、このあいだ、リリーとシャムちゃんも来てくれたんだ」


 リリー先輩も来たのか。


「リリーさんと知り合いだったのか」

「なにを言ってる。シャムちゃんとリリーを同室にしたのは、私じゃないか」

「そうだったか」


 そういえば、そうだった。

 シャムの入学デビューはキャロルにプロデュースしてもらったのだ。

 遠い昔の話のように感じる。


「あの二人を仲立ちしたのは、私の自慢の一つだな……。我ながら、いい相手を選んだものだ」

「そうだな。リリーさんが居なかったら……シャムの寮生活はあんなに上手くはいっていなかっただろう」


 シャムの才能を理解して、評価し、尊重できる人間というのは本当に数少ない。


 リリー先輩は、数学や自然科学に関してシャムほどの適性があるわけではないが、説明を受ければ表層を理解できる知能と、知識を現実に利用するための技術を持っている。

 機械工学の天才というのは少し違うが、技術者として間違いなく稀な才能を持っている。


 時計技師をメインにしていたころの経験からか、使い勝手を重視し、性能を求めるあまり故障率を軽視したりすることがない。


 シャムとリリー先輩をくっつけたのは、本当に良い判断だった。

 キャロルにとっては、星屑に乗るための簡単な仕事だったのだろうが、大げさに言えば歴史の流れを大きく変える判断だったのかもしれない。


「そうだろう。まあ、兄を奪ってしまって、少し嫌われてしまったようだが……」

「あとで良く言っておくよ。これから義理の従姉妹になるんだから」

「ふふ……そうだな。義理の従姉妹か。確かに……そうなったらいいな……」


 キャロルは、思ってもみなかったことのように、切なげに笑っていた。

 そうなったらいいな、ではなく、既にそうなのだが。


「お前らしくもない。気を弱くするなよ。産んで腹が小さくなったら、栄養も戻って、すぐに元気になる」

「ああ、分かっているよ。ちゃんと生きて、この子を育てなければ」


 そう言いながら、キャロルは自分の腹をさすった。


「当たり前だ。そうでなきゃ、頑張って十字軍を倒す甲斐がない」

「頼りがいのある夫を持って、私は幸せ者だな」

「……幸せになるのはこれからだ。今の状態で幸せなんて言ったら、将来幸せすぎて困るぞ」


 いや本当に。

 子ども生まれるんだし。


「――なあ、一つだけ我儘を言ってもいいかな」


 我儘?


「なんだ? なんでも言え」


 大抵のことは叶えてやれる。


「ミャロに逢いたいんだ」


 うわ。

 ミャロかあ……。


「ミャロは今、超多忙でな……」


 俺の知る人間の中で、現在最も忙しくしている人物だ。

 選挙前日の政治家と同じくらい多忙を極めている。


「頼む、なんとかしてくれ。白暮を貸して飛んでこさせるとか……お願いだ」


 キャロルは、強い目でじっとこちらを見つめている。

 寂しいので見舞いに来てほしいといった用件ではなさそうだった。


「分かった。どうにか来させるよ」


 ミャロが一日抜けると、その間麻痺してしまう部署がいくつもあるのだが、仕方がない。


「そうか……ありがとう」


 キャロルはそう言うと、力が抜けたかのように、ほっと脱力をした。


「これで、肩の荷が降りそうだ……」

「それならいいんだが」


 それで気が休まるなら、そのくらいの事はしよう。

 王都の管理は、俺が一日代わりをすれば、まあなんとかなるだろう。


 白暮なら日帰りできるからな。


「ふぅ……」


 ミャロが来ないことが本当に心配の種だったのか、キャロルは安心したようにため息を付いた。


「ふふっ」


 ふいに窓の外に目を向けると、笑い出した。


「どうした?」

「リッチェが白暮に興味津々のようだ。おっかなびっくり触ろうとしている」

「そうか」


 鷲はツツキ癖がある場合があるので、あまり不用意に近づくのは本来良くないのだが、まあ白暮なら害はないし構わないだろう。


「私が元気なら、乗せてやるんだがなぁ」

「怖がるかもしれないぞ」

 いい迷惑かも。

「構わないさ。一生に一度の経験なんだ……空を飛ぶなんてことは、大人になってからはできないんだから、怖がっても経験させてやるべきだ。私はそう思うな」


 まあ、確かにな。


 この世界の人々の殆どは、せいぜいが山に登って景色を見るだけで、空を飛ぶことなく人生を終える。

 空を飛ぶことで、人生が変わるほどの衝撃を受ける人間がそれほど多いとは思わないが、一生の思い出にはなるだろう。


「じゃあ、俺が乗せてやろう」

「えっ、いいのか?」

「彼女から土産話を聞いたら、お前も退屈しのぎになるだろ?」


 少女が興奮気味に空の上での感想をキャロルに話す様が目に浮かんだ。


「ふふっ、人が悪い」


 俺は椅子から立つと、窓の外を見るふりをして、キャロルの頬に手をやった。


 こちらに振り向かせて、さっと唇を奪い、顔を離した。


「ああ。人が悪いみたいだ」

「まったく、もう……」キャロルはそう言いつつも、嬉しそうだった。「唇は拭いておけよ。口紅がついている」

「わかってる」


 俺はそう言いながら、部屋を後にした。


 違和感を覚え、手を見ると、肌色をした油がついていた。

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