新番組「R45オールザットらじヲ」の「柳田光司」と申します。
「柳田?誰やねん?お前?」というクレームを少しでも解消するため
「長~い長~い自己紹介」をさせていただくことになりました。
#3『Anytime Woman』(2017年11月17日OA)
今週、私に課せられたのは将棋界の重鎮。
「加藤一二三(九段)」への応援ソング。
今回私が、推薦した曲は…
≪キャロル 解散ライブ 燃えつきる≫より
『Anytime Woman』
高校時代、地元のレンタルビデオ屋でアルバイトをしていました。
まだ、蔦屋や激安チェーン店が出そろうずいぶん前の話です。
一泊二日のビデオレンタルが、『¥800』也。
アダルトビデオは、100円上乗せの¥900也。めちゃ高い時代でした。
それでも、売り上げは「1日、20万円」はありました。
商品棚には「VHS」と「ベータ―」がダブルで陳列されていました。
伝票はすべて手書き。作品名も住所も顧客名もすべて手書き。
ある時、バイトのひとりが『股間で★ウィンク』という作品名を
笑いながら書いてしまい…恥かしめを受けたお客さんと大乱闘!
まぁ~毎晩、毎晩 エピソードに事欠かない 訳アリの店でした。
店内には二台のモニターが天井から吊るされていました。
ひとつは「名画」。もうひとつは「ミュージックビデオ」
水と油。決して交わってはならない「混ぜたらキケン」が融合されていました。
「黒澤明」と「マイケルジャクソン」
「小津安二郎」と「レベッカ」
「アルフレッド・ヒッチコック」と「ハウンドドッグ」
…もうこれが、嫌で 嫌で ガマンできない。
暇な時、ボォーっと見ていると、気分が悪くなるんです(笑)
気がつけば、店内に流すビデオ映像を編集する事にハマっていました。
黒澤明の『生きる』。
志村喬さんがブランコに揺られる場面にKUWATABANDの『ONE DAY』
当時未だビデオ化されていなかった『仁義なき戦い』の銃撃シーン。
スローモーションで倒れていく組員と…ビリージョエルの『Honesty』
『ジミヘンドリックス VS オーディスレディング』という
謎?のミュージックビデオと『川谷拓三』
『県警対暴力団の川谷拓三』と『死刑台のエレベータ』
「マイルスデイビスが吹くトランペット」と「拓ボン」怪しげで良かった。
時給¥450。「…何、やってんだ!?俺。勉強しろよ!」(苦笑)
しかし、そんなお遊びも閉店50分前には終了。
『キャロル ラストライブ 燃えつきる 1975.4.13』が定番でした。
ラスト1曲前「Anytime Woman」で4人が打ち解けるグルーヴ感。
「これで、青春も終わりだなぁ…。いろいろあったけど楽しかったよ」と
言いたげな永ちゃんの表情。艶っぽさ全開の腰ふり。琵琶ベース。最高でした。
最近、知ったことですが…この楽曲は、ジョニー大倉(ヴォーカル。サイドギター)が仕事を飛ばした時、急きょ穴埋め的に作られたものだそうです。
永ちゃん自身も語っていますが…
冒頭の「any time Woman」から英語の歌詞はすべてデタラメ(笑)
歌詞は、「語感」と「メロディー重視」。…でも、これがイイんです。
(注釈1)
1992年「エニータイム・ウーマン」は、松本隆さんの作詞がつけられ晴れて新曲として発売されました。
ちなみに、キャロルの曲はほとんど永ちゃんが作曲。サイドギターの ジョニー大倉が歌う曲が多かった。
ジョニー大倉の失踪事件。京都へ移動中。新人のキャロルが、まだレコード店や地方のラジオ番組にキャンペーンまわりをしていた頃の話。
ふつう、このような緊急事態であれば…演奏可能な曲をやりくりしながら…
数十分のステージをこなす選択でも 誰も文句を言わなかったと思うんです。
でも、永ちゃんは その小さな綻びを黙視することが許せなかったのでしょう。
焦る永ちゃん。迫る時間。すでに客も入っている。
しかし、音を合わすことはできない。
お客は、東京からやって来たキャロルを見にやって来ている。
そんな中 永ちゃんは「A」→「D」→「A」→「D」→「E」の循環コードと永ちゃんの曲イメージを「ギター」と「ドラム」にクチ三味線で伝えた。
曲のあちこちには、苦肉の策が散りばめられています。
当時ブルースが盛んだった京都という土地柄もあったのでしょうか!?
ギターは、キャロルにしてはたいへん珍しいボトルネック奏法を採用。
おそらく少しでも、曲を間延びさせたったのでしょうね。
何度も、何度も、コードが循環される中 ソローパートもいつもより長い。
偶然から出た産物。ひょうたんから駒。
いつしか、この曲はキャロルのライブには欠かせない楽曲となりました。
曲と曲の間奏。ベースの永ちゃんは、客に向かって叫びかける。
80年代、日本のロックコンサートでは定番となった「コール&レスポンス」
座席に座らずオープニングから「立ちぱなしの客」
親衛隊が 睨みをきかせる「警備ありきのステージ」
キャロル時代。永ちゃんが残した日本語ロックの功績はあまりにもデカい。
キャロルのラストツアーが始まる直前。
1975年1月19日。日大講堂。
おそらく水面下では『E・YAZAWA』プロジェクトが始動していたと思われる。
ベーシストでもあった永ちゃんは、琵琶型のベースを使い始めました。
「キャロル」って、演奏の上手さを全面的に押し出さないバンドでした。
でも、理屈抜きで「カッコいい」んです。
キャロル時代の永ちゃんが奏でるベース。
あまり評価されませんが… 実はこれが、めちゃ上手い。
コンサートのMC(曲と曲の喋り)も、
ラジオやテレビ番組に出演する時も…司会者と喋るのは永ちゃんだけ。
未だ、アーティストという言葉が音楽界になかった頃にもかかわらず
永ちゃんは誠心誠意、ゆっくりした口調で伝えます。
ラスト2曲。永ちゃんがセンターに踊り出て腰をふる。完全燃焼も大詰め。
♪「エニータイム・ウーマン」からの♪「ファンキーモンキーベイビー」が、
日本語のロックが誕生した瞬間のように思え…飽きずに毎晩見ていました。
お世辞にも、当時のフォークミュージシャンほど達者ではありませんでしたが
今も永ちゃんの「愚直」で「真面目さ」がひょっこり顔を出す喋りが好きです。
ラストの「ファンキーモンキーベイビー」終わりの「エンドロール」。
日比谷野音の舞台に火が放たれ、セットが崩れていく。
その映像に、映画『エデンの東』のサウンドトラックがミックスされます。
ほぼ毎晩。このキャロルの映像に、本物の『エデンの東』の映像がリンクするよう同時に流すことに小さな幸せを感じていました。(笑、恥)
先日、ひさしぶりに そのシャレた 編集をぼんやり見ました。
「バンドって、プロアマ問わず やっぱり一番輝くのは20代半ばだなぁ…」
「結局、俺は なんも“燃えつきなかったなぁ…”」なんて思いながらしんみり。
な~んか その空気感が…
現役62年10ヶ月を勤め上げながら…
棋士続行を断念せざるを得ない「加藤一二三」(九段)の虚しさと重なりました。
はたして、私のほろ苦い思いは みなさまに 届いたのでしょうか!?
結果が気になる方は、ラジコのタイムフリー(1週間無料サービス)でも
番組をお聞きください!
50歳を目前に、まさかのラジオデビューした私「柳田光司」が、
谷口キヨコと共に、人生の後半戦を楽しんでおります。
次回の『R45 ALL THATらじヲ』は、
11月24日(金曜日)夜9時から。
第4回のテーマは、オペラ記念日ということで
『このボーカリストの声は、すごいぞ!ソング』
時間があれば、ぜひ聴いてくださいね~!
「R45 ALL THAT 補足」も読んで下さいね~!
メール、ハガキ、郵便なんでも結構です。
一行メッセージでもかまいません。必ず目を通させていただきます。
谷口「わー、わー、言うてます!」
柳田「お時間です!」
2人「さようなら!」 …(つづく)