#5、投票開始
安田について書かれる。
【文化祭で出し物に限らず、複数の案が出た場合、全員に了承を得た後、多数決を執り行うこと、————————————と、学生証の後ろ、校則の部分に記載されている。学校で公平な視点を身に着け、国際的な人間を育成するがどうのこうの、とか、大袈裟な文言が続くのだが、長いので割愛する】
投票用紙が配布された。といってもそんな大仰なものではなく、大学ノートを四角く切って、三角形に畳んだ簡素なもの。
ずいぶんと偽造が簡単そうだな、これ。本当に大丈夫か?
まぁ、四十ちょいしかいない教室で不正表なんか出してもすぐバレるが。あの通称、鷹の目、学級長が目を光らせてるからな。…………………高峰をもじった言い方だけど、本人はどう思ってるのだろうか。
クラス投票の脆弱性や、学級長のあだ名について考えていると、右斜め前から、完璧学級長のアンチテーゼみたいな奴が話しかけてきた。
「おい、なぁ、よぉ。紙川。元気してるかぁ」
「急になんだよ。元気だが」
こいつは安田孝。別段リーダシップを発揮してるわけではないが、クラスのランドメークであるチャラ男だ。そうチャラ男。かと言って、そういった人間の集まりに参加してるわけではない。何処のコミュニティにも属してるから『チャラ男的グループにも属している』か。とにかく人望が広いので立ち位置が、フワッとしてる。分類不能、もしくは一属一科。
「賭けをしようぜ」
「賭け?」
「あぁ、アンケート調査と映画製作、この二つ。どっちが通るかで勝負だ。外したらジュース奢り。勝負だ!紙川!」
「し、静かにしろ」
教師にばれたらマズイ。賭け事はこの国ではグレーだ。インターネット上では合法らしいが。まず、有利になるため先手を取る。
「じゃ、映画にオールインで」
俺はなんとなく映画が勝つんじゃないかな、と思った。裏で蠢く策略、思惑を敏感に察知した、というのは大噓だが。だから、ただのあてずっぽ。
「おぉ!これは大穴だなぁ!じゃあ、俺もそれで。オールインだ!」
「……………………」
お前も同じのにオールインしちゃったら、どっちが勝とうか負けようが、得るものがないな!持ってる金額が違えばそれも策略だろうが、この場合は当てはまらない。まあ、コイツに奢らされるのは癪なんで、黙っとこ。
ん?さっきから女子どもが、前の方でヒソヒソしてんな。しかし、一番後ろまで聞こえるヒソヒソ話は『皆さん!私の派閥ではこうしますよ!』と言った同調圧力だと思う。いや、私見だが。またはクラスに、こんな流れがあるんだよ、と錯覚させる
「七咲ちゃん、どっちにする?うち、アンケート調査にしようと思うけど」
「う~ん、私は映画製作がいいかなぁー。ほら、合間に演劇部の宣伝を入れてもらいたいし」
「…………えっと、でもアンケート調査の方が楽そうだよ」
「へー、安中ちゃんもそうなんだ、へー。でもやっぱ映画製作だよね」
「……………………え、あ、うん。いいね、それ。賛成」
にしても演劇部ねぇ。演劇部と言えば、新入生への部活動紹介で変わった劇をして、強烈な印象を残したらしい。………………というか、強烈だった。安田の思い付きで休日見に行ったからな、知ってる。先生には内緒だった。こっそりと、体育館裏で、匍匐前進で。
そんで内容はなんと、SFだった。劇でだぞ。それこそ自作映画ならともかく、劇でSFなんて、少々無謀ではないだろうか。それでも形になってたんだから、脚本は凄腕に違いない。確か、タイムパラドックスを扱い、舞台では照明や効果音が忙しく、演出過剰ですらあった。
演劇を思い出してるうちに、猶予を過ぎたらしく『後ろから回収』と音叉を叩いたような、透き通った声が耳にデリバリーされた。
よし、最高のポジションに安住するペナルティーを消化するか。三角に折られた投票用紙を、前へ前へと、回収するのだ。
教卓に置かれた投票箱は、チープな票に比べると不釣り合いなほど、豪華なジュラルミン製。そんなのより、教室に空調を…………。そういえば、この箱、学級長が委員会へ立候補したとき見たな。真面目だから借りてきたんだろう。うむ、ちょっと前のいざこざ。なぜ学級長は委員会を辞退したか、それは置いておく。
箱の中に紙を落とすと『ご苦労です』とねぎらいの言葉を掛けられた。うん、真面目。絵に描いたような学級長だ。
席に帰還。すると右斜め前の住人が、
「さっきの賭けだが、やっぱ俺ぇ、アンケに変えるわ」
と伝えてきた。好きにしろよ。
「ダブルダウンだぁ!」
「それは、ブラックジャックだろ」
「ブラックジャックゥ?ブラックジャックってなんだよ」
「ダブルダウンを知ってて、それは無いだろっ!」
目標、読みやすい分を書く。