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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2015年5月号より

ヒト・カネ・チエの生態系 グロービスの育成哲学
堀  義人 グロービス社長

堀 義人 グロービス社長

ほり・よしと 1962年生まれ。京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事を経て、92年グロービス設立。96年グロービス・キャピタル、99年エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)を設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学、学長に就任。

いまやMBA(経営学修士)の取得を希望するビジネスマンは珍しくない時代。海外留学ではなく、国内で働きながら経営大学院で学ぶ人も多くなってきた。グロービス経営大学院は2006年の開学ながら、社会人のための大学院として、仕事と両立しやすいカリキュラムが注目され、認知度は飛躍的に高まっている。グロービス社長で、経営大学院の学長でもある堀義人氏に、グロービスの取り組みとリーダー論について聞いた。

オンラインでMBA

〔日本でも屈指のビジネススクールであるグロービス。その経営大学院の学生数は年々増加し、2006年度に78人だった生徒数は、14年度は598人を数えるまでになった。通算では1400人の卒業生を送り出し、MBA(経営学修士)を目指す社会人の学びの場として定着しつつある。そんななか、昨年10月にはオンラインMBA(単科)を開講するなど、新たな学びのスタイルの提供を積極的に仕掛けている〕

現在、グロービスでは、日本語のMBA講座を東京・大阪・名古屋・仙台・福岡の5キャンパスで開いています。また英語でのMBAも、世界40カ国から生徒が集っています。ここに新しく始めたオンラインMBAを合わせ、3本柱の形になっています。

オンラインの本科コースは今年4月からスタートしますが、昨年10月に始まった単科コースでは、日本語での講座にもかかわらず、アメリカ、韓国、マレーシア等々世界から集まっています。国内では、大都市圏以外の方が受講される、あるいは子育て中の女性の方も来られている。高い評価をいただいて、予想をはるかに超える願書が届いています。

〔「グロービスのMBA」は、ケースメソッドに重きを置いた講義を行っており、当然、生徒同士による議論や意見交換も活発に行われている。オンラインでもそのカリキュラムは変わらないのだという〕

私自身、リアルのクラスで教えて、オンラインのクラスでも教えていますが、感覚的なものはどちらも変わらない。授業を進めていくなかで、生徒の能力が上がる手応え、感覚が同じなんです。生徒のほうも、得る感触は変わらないそうです。そうであるなら、長い時間をかけて通学をしなくても、ネット上でオンラインでアクセスしてもらえばいい。必ずしも1カ所に集まる必要はなく、自宅や工場、事務所、出張先でも海外からでも、決まった時間にアクセスして学び合うことができますので、これがこれからの方向性になるのではないか。

世界的な潮流として、レクチャー形式の授業では、すべて動画にしてアーカイブにできますから、どこからでもアクセスし、教科書はダウンロードして読み、それをネットのスカイプやチャットで議論しながら学んでいく。オンライン上ですべてを学べるようになったことは、大きな変化だと言えます。これらは企業等の研修にも使えるものですから、人材の教育がオンゴーイングで、日々行われるようになっていく。この方向性は加速していくでしょうね。

トレンドとしては、いつでもアーカイブから閲覧できるMOOCs(Massive Open Online Courses ムーク)が注目されていますが、グロービスではSPOCs(Small Private Online Coursesスポック)です。30人程度の少人数でディスカッションを通して能力の向上を促す。だからこそ教室での授業と同じ学習効果が上げられます。ゆくゆくは英語でのオンラインMBAも始めたいと考えています。

〔グロービスは1992年に創業、マーケティングの1講座からスタートしている。経営大学院は06年に開学されたが、「ヒト・カネ・チエの生態系を創り、社会に創造と変革を行う」という創業以来のビジョンは掲げ続けている〕

グロービスは、大学院としてアジアナンバー1のビジネススクールになることを目標としています。創造と変革の志士を育成していく、志を持ったサムライを育成していくんだと、常に言ってきています。

ヒトの面では、経営大学院と「グロービス・エグゼクティブ・スクール」でビジネスリーダーを輩出する。企業内研修等の法人向け人材育成サービスにも力を入れています。

カネの面では、我々はベンチャーキャピタル「グロービス・キャピタル・パートナーズ」を持っています。新しい産業を、VCを通してつくっていく。

チエについては、「GLOBIS知見録」というウェブサイトを通じて、日本をよくすることを目的に知恵の発信を行っています。また、「G1サミット」を09年に立ち上げました。政治・経済・ビジネス・科学技術・文化等、様々な分野の第一線で活躍する同世代の仲間が、互いに学んで議論し、他領域の知恵を自らの糧として、さらにリーダーが成長していく。日本を担っていくリーダーたちが学び、交流する場です。

リーダーに必要なもの

〔昨今、大手企業が経営者を外部から招聘するなど、日本のリーダー不足が懸念されるようになっている。次世代リーダーの育成を標榜するグロービスで、堀氏はこの状況をどのように考えるのか、リーダー論について聞いてみた〕

リーダーについては、勝手に育つものではなく、育てるものだと思っています。育てるという意識を持たなければリーダーは生まれない。では何が必要か。

(1)意思決定できる力 経営判断をするためには、適切な戦略を描き、何が重要かを認識し、そのために必要な知識・理論を知っていることが重要。囲碁で言う定石を理解して、形勢判断をして意思決定をする。1つしか選べないならどれを選ぶか、考えて先読みしていくという能力。

(2)人間関係能力 言ってみればリーダーシップ能力。自分が考えていることをコミュニケーションしていく力、人のモチベーションを高める力、必要に応じて交渉しながら、みんなが納得する結論に持っていく、人間を繋ぎ合わせていく力。

(3)それらを元に自分なりの哲学を持つ力  価値観や人生論、何のために生きているのか、自分の歴史観や世界観を持たなければならない。

この3つの能力は、勝手に育つかと言えば、そうではない。たとえばリーダーシップを発揮する場合に、組織にどのような構成員がいて、どういった媒体を使い、どういったメッセージを、どういったトーンで発するべきなのか。場合によっては自らが出ないという選択肢もある。こういったことを判断する力は②の部分に入ってくる。シチュエーションに応じたリーダーシップの発揮の仕方には体系化された考え方があるので、経営学を学んでいくことで身に付けられます。

(1)の意思決定をする方法論も、実際にあった事例をもとに意思決定をする訓練をすることによって、年齢に関係なく、疑似体験を積み重ねることで力が増してくる。

自分の生き方を見つめなおす、自分なりのミッションを考えていくことを(3)として捉えれば、体系的に学ぶことでリーダーは育成されると思います。

私はハーバード経営大学院でMBAを取り、29歳の時に卒業したわけですが、入学する前と後では、自分の考え方が様変わりしていました。それまでは人間関係を体系的に学ぶことはなく、どう組織が動いていくのかを考えたりすることもなかった。友達とともに夢を語り合って自分の人生を考えることもありませんでした。しかし、こういったものを体系的に学び、凝縮することで得られたものがあります。

私の同期には、新浪剛史さん(サントリー社長)がいて、2つ下には三木谷浩史さん(楽天社長)、1つ上には南場智子さん(DeNAファウンダー)がいた。少人数にもかかわらず、これだけの人が活躍しているのを見ると、体系的に経営を学ぶことによって、リーダーが育成されていくことが理解できると思います。

〔海外には、GEのように、社内でのリーダー育成に力を注ぐ企業は多い。日本企業の現状はどうか、どうすればリーダーは育てられるのか〕

人材を輩出する会社とそうでない会社の違いは、体系的に経営を学ぶ組織、訓練の場があるかどうかが重要になってきます。

例えば、IBMやGEといったリーダーを輩出している企業は、体系的な教育研修機関を使っていながら、コア人材を選出し、彼らに様々な経験を積ませて、だんだんと責任範囲を広げながら成功体験を積んでいける。そのなかで育成された者のなかで1人だけがトップになる、それ以外の人たちは外に出て、他の会社の社長になったりする。これらの流れを体系的に行っていない企業は、いつまでたってもリーダーがいない。人材を輩出する会社は、常に育てる意識があるわけです。

日本の企業でも、英語が非常に上手なトップが増えてきました。武田薬品会長の長谷川閑史さんや新日鉄住金相談役の三村明夫さん、日立製作所会長の中西宏明さん、丸紅会長の朝田照男さん等々、みなさん本当に英語が上手い。そして海外で子会社の経営をして、立て直す等の体験をして、それを本社に持ち込むケースも増えてきました。従来だと、国内の事業部や部門で経験を積んで本社のトップになるケースが多かったのですが、最近は海外子会社のトップを経験した人が本社のトップになることが増えています。

それは非常にいいことですが、それが体系的に研修や人事制度が結びついて、意識的に行われているかというと、まだまだ足りない。しかし、リーダー育成に対する意識は高まってきていると思います。

〔MBAを目指す若者は確実に増えているが、一方で日本人特有の、自己アピールに弱い謙虚すぎる人も多い。育てられる側の意識はどうなのだろうか〕

実は、私も自分がリーダータイプになるとは思ってなかったんです。日本人の多くの人は、自分が参謀タイプだと思いたがる。私もそう思っていました。でも、自分がリーダーとしての自覚を持たなければ、リーダーにはなれない。自覚を持つのは、そういった場に置かれるか、自分が志すのか、どちらかです。現代というのは、リーダーとしての自覚を持つ機会は、以前に比べて増えてきたように思います。たとえば月刊BOSSのような雑誌もそうですし、インターネットでリーダーの話を読んだり、あるいは動画で観たり、グロービスのような経営大学院ができたことで、リーダーというものが、身近に意識されるようになってきたのではないかと思います。


草食系経営者は世界の潮流

〔近年、草食系経営者という言葉が出てくるほど、おとなしい経営者が増えてきた。いわゆる大法螺は吹かず、メディアで吠えることもない。起業家でもスポーツカーに乗ることもなく地味な存在が増えている〕

世界的な流れとして、草食系と言いますか、インターフェイスが柔らかくなってきています。昔は、「俺について来い」という体育会的な、親分肌の人がリーダーとして見られてきたのが、最近は違っている。いわゆる調整型、多くの人の考え方をまとめ上げながら、違いを認識して、その違いがどこにあるのかを考えて、ソリューションという解決策をもってコンセンサスを得ていくというリーダーシップの形が増えてきたんですね。これは世界的にそう。

上意下達的なリーダーシップが成り立たなくなって、命令されたくない、価値観も押し付けられたくないという社員が増えている。インターネットが普及してネットを使ったコミュニケーションが増え、ネットを使って営業をするということも増えて、口頭でのコミュニケーションの量が減ってきています。逆に考えれば、ネットにおける集客の方法論を考えることでお金になりはじめているわけですから、必然的な変化だと言える。私自身、昔に比べればソフトになったと思いますね。

働く側にしてみれば、どういうリーダーのもとで働きたいかということが大きい。自分のことを尊重してくれて、自由があって、違いを認識してくれて、様々なライフスタイルに合わせた働き方ができるほうがいい、雇用形態も自由なほうがいい。違いを尊重するダイバーシティな方向に進んでいくのだろうと思います。それに合ったリーダーシップに移行してきている。

いま世界ではマイノリティがトップなんです。世界で一番パワーを持っているのはアメリカ大統領ですが、オバマさんはアフリカ系です。欧州で一番力を持っているメルケルさんは女性。世界銀行の総裁ジム・ヨン・キムさんは韓国系。ハーバード経営大学院学長のニティン・ノーリアさんはインド出身等々、そういう時代になってきた。もはや価値観を押し付けてはいけない。価値観を押し付けると、ハラスメントになってしまう。価値観の違いを認識して、感情を考慮しながら、そのなかでいちばんよい方法を模索する。リーダーシップの変化だと言えます。

〔とはいえ、リーマンショック後の世界的な金融危機のような場合は、スピードある経営判断が求められる。いわゆるトップダウン型の経営にシフトすることが必要だ。日本企業も経営陣の交代や簡略化が進んだ時期でもある〕

求められるリーダーシップは場合によって変わる。クライシスの時はトップダウン、平時はボトムアップの調整型。これを自由自在に変えられなくてはいけない。1人の人間がどちらもできるようにする。グロービスでも、97年のアジア経済危機、08年のリーマンショック、11年の東日本大震災の時は、クライシスマネジメントとして、私が全部決めると宣言しました。でも、平時まで自分が決めていたら、ほかの人材がいらなくなってしまう。場合に応じた意思決定、経営スタイルを柔軟に考えなくてはいけないですね。

両方をできるようにするために、教育が必要なんですよ。リーダーは構成員に対して、どのような形でコミュニケーションすべきかを学ぶ。最初からすべてうまくいく必要はありません。間違えながら成長していくわけです。

私は29歳でリーダーとしての思いを持った。だから早く自分でベンチャーを興したくて、30歳で起業しました。リーダーの自覚を持って進めていくことが、自らの成長にも繋がります。意識を高く持つことで年齢は関係なく、リーダーとしての能力が備わるわけです。

(構成=本誌・児玉智浩)

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