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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第十一章 帰宅編

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第144話 闇に潜む人

 それは、勝鬨の祝宴が、眠る者の急増で自然消滅するように終わりかけ、火も消えそうな深夜のことだった。

 俺は座っていた丸太から立ち上がり、森の中に入っていった。


「おい、こっちにこい」


 森の影から唐突に声をかけられた俺は、ビクっとなった。

 まるきり音がなかった。


 それに加えて、先ほどまで明るい火を見ていた俺の目は、声のかかった方向をむいても、暗闇以外なにも見えない。

 森の中でも、闇の濃い場所を選んで潜んでいるようだ。


「驚かせるなよ」


 声からして、王剣の女なのは分かった。


「上手くやったようだな」

「用があるなら、ちょっと待ってくれ。俺は小便をしに立ったんだ」


 影の中から、眉を顰めるような気配がした。

 考えてみれば、こいつも女社会で生きているような女だから、立ちションの文化に馴染みがないのかもしれない。


「早くすませろ」

「ああ」


 俺は森の中に十歩ほど入って、適当な木の根元に勢いよく放尿を始めた。

 酒は飲んでいないのだが、ふりをするのに水を結構飲んだからな。


 出し切ると、軽く切ってものをしまった。

 戻ってきて、


「済んだぞ。なんの話だ」

 と言った。

「はあ……呆れたやつだ。私のような者が背後にいるのに、よくもまぁ」

「遠慮するような相手でもないからな」

「普通、緊張するものだろうに」


 音が聞こえたのだろうか。

 ちょっと恥ずかしい。


「お前は敵ではないからな」


 女王に敵視されるようななにかをした覚えはない。

 味方――まあ俺の言う通り動いてくれるわけではないから、味方と言うのも変なのだが、間違いなく敵ではない。


 俺個人との関係性としては、変な話だが、知り合いというのが最も正しいのかもしれない。


「今のところは、な」


 王剣の女は挑発するように言った。

 明日はどうなるか……ククク……みたいな雰囲気を出したがっているらしい。

 すべってるぞ。


「早いとこ、本題に入れ。女王陛下がなにか言っておられたか」

「一足先に戻ってきて、戦果を報告するように、とのことだ」


 戦果の報告か。

 別に、言うほどの戦果はないがな。


 敵を大勢殺したには殺したが、そのことになにか戦略的に意味があったわけではない。

 報告するにしても、大勢殺してきました。橋壊してごめんなさい、くらいしか言いようがないのだが。


「丁度、ここを離れる理由付けができたろう」


 確かに、それはありがたい。


 俺もだいぶ王都を留守にしていたせいで、主に社のことがかなり気にかかっていた。

 ここにきて、戻るだけの作業に一週間かそこら時間が潰されるというのは痛い。


 それに、足のこともあった。

 傷を考えると、早いところ本格的な治療をして、療養をしたいところだ。


 女王陛下に呼ばれたのが、それを見越しての心遣いなのかは分からないが、王命という理由付けを貰ったのは、正直言って助かる。


「キャロルも連れてか」

「当然だ」

「まあ、いいだろう」


 隊のほうも指揮がこなれてきているし、キャロルがいなくても何とかなるだろう。

 それに、ここはルべ家の領になる。

 リャオにとっては勝手知ったる自分の領地なわけで、実家のほうも何かと融通を利かせてくれるはずだ。


「そういえば」

 俺はこいつに聞かなければいけない事柄があったのを、思い出した。

「テルル殿下を預かったのは、お前らなんだろうな」


「……そうだが。貴様には分かるよう、仲間の者に伝えておいたはずだ」


 あー。

 大方、こいつらのことだから、ちょっと隠語めいた言い回しで、それとなく分かるように言ったんだろうな。

 この感じだと。


「伝えた相手が悪かったな。詩を詠むようなタイプじゃないぞ、あれは」

 誰も彼もが言葉の使い方に詳しいわけではない。

 特にあいつは。

「……次からは気を付けて、手紙でも預けるとしよう」

「まぁ、保護しているならそれでいいんだ」


 俺がそう言って次の言葉を待つと、ただ沈黙が流れた。


 さしあたり、話すことはもうない、という意思表示のようなものを感じる。

 どうやら、もう本題は終わったらしい。


 が、王剣はもう少し雑談をしたいのか、口を開いた。


「お前が相手した敵どもは……ルべ家の鳥にさんざん追い回されて逃げ帰ったそうだ」

「そうらしいな。おまえらは、敵さんの指揮官名なんかは掴んでるのか?」

「……? いや……」


 気になっていた情報だったのだが、どうもまだらしい。

 まだ、というか、そういう発想がないので、未来においても調べないのだろう。


 俺の方も、敵方の軍団にスパイを潜入させているわけではないので、わからない。

 だが、そういった情報は時間が経つほど入手が容易になるものだ。

 時間が経つにつれ、人の口から洩れ伝えられてくる情報は広まっていく。

 十字軍が終わったころになれば、アルビオ島経由でいくらでも入手可能だろう。


「今、王都では貴様の勝利に沸き立つ声に、冷や水をかけようと必死な奴らも多いらしい」

 俺が会話に水を差したのを構わずに、話したい話題を続けるらしい。

「冷や水? どういう風にだ?」


「これ以上、難民を増やしてどうするのか、とな。その分飢え死にしてしまうのでは、意味がないだろうと」


 あー。

 一理ある。と反射的に思ってしまった。


 この戦争が始まる前から、ただでさえシヤルタ王国は人口流入で人口過剰気味なのだ。

 人口の減少要因としては、シヤルタが出した援軍のうちで死亡した分が、多少減った計算にはなるだろうが、本当に誤差の範囲内程度でしかない。


 もともと軍人口というのは、総人口のうち一割に満たない程度のものだ。

 徴兵して男を全員兵隊にすれば、人口の半分は男なのだから、幼児や少年、老人を抜いて計算上四割くらいは兵隊にできるわけだが、それをしても軍を支える基盤がなくなってしまい、戦争にならない。


 女と幼児と少年だけの社会では、自分たちが食っていくだけで精一杯だからだ。


 そんな社会から、行動する度に大量の物資を消耗する大軍隊を支えられる、大量の余剰生産物をひねり出すのは、どうやったって無理な話だ。

 例えば、どこかの集落が山賊にでも襲われた時、食料庫には十分食料があるので、男手は全員武器を持って戦う。というようなシチュエーションであれば、集落人口のうち四割、五割が戦闘要員……というのはあり得るかもしれないが、行軍を伴う通常の戦争では難しい。


 仮に援軍に行ったのがシヤルタの全人口のうち一割を占める総戦力だとして、その中の一割が戦闘で死亡したと考えても、それでも総人口に対しての死亡比率は1パーセントになる。

 実際には、援軍に出たのは総戦力でもなければ、一割死ぬほど踏ん張ったわけでもない。

 恐らくは0.2パーセント以下程度だろう。


 対して、難民たちの数ときたら、それはもう人口が何割か増えるようなレベルとなる。

 冷や水ぶっかけている奴らがいう「そんなに頑張ったみたいだけどさぁ、助けて意味あんの?」というのは、一定以上の説得力はありそうだ。


「別に、それほど期待はしちゃいない。誰もが諸手を挙げて歓迎する勝利じゃないのは知ってるしな」


 こいつがこの話をしてきたのは、魔女どもの巣の中にはそういう連中もいるから、失望しないよう前もって心の準備をしておけ、ということだろう。

 ありがたくも戦勝で浮かれた少年の心を気遣ってくれたわけだ。


「ほう……ならいいのだがな」


「話はそれだけか?」

「ああ。鷲を準備してやる必要はないな?」

「どうにかするさ」


「それと、そこの者に気づいていないようなら、これからは間者の盗み聞きに気を付けたほうがいい」



 *****



「あいつは、俺たちが話し終えるのを待ってんだよ」


 誰かは知らないが、俺が小便をしに立ったのを追ってきたやつがいたのは気が付いていた。

 何か話があるのかと気が向いていたから、唐突に別のところから声が飛んできてびっくらこいたのだ。


 俺は聞かれて困る話をするつもりはなかったし、逆に王剣が機密の入った話を振ってきたらどうしようと、心配していたくらいだ。

 まあ、俺が気づいてるんだから王剣が気づかないわけがないか。


「ふっ、では、去るとしよう」


 王剣はそういうと、カサリと枯れ葉を踏む音を薄く残して、どうやら消えたようだった。


 それにしても、今日はなんだかフレンドリーだったな。

 あいつも、一段落ついて気がほぐれているのかもしれない。


「それで、誰だ?」


 俺がそう言うと、焚火の明りの方の木陰から出てきたのは、リャオだった。


「すまんな」


 リャオは、バツが悪そうに言った。


「趣味が悪いといいたいところだが、話が早く済んで助かるな」

「……なんのことだ?」

「明日からの行軍のことだ。お前とミャロでなんとか頼む」

「ああ、そのことか。わかってる」


 そのくらいのことはなんでもない、とばかりに、リャオは言った。


「それで、何があった?」


 俺を追ってきたからには、何か話があるのだろう。

 まさか、王剣の気配を気取って、最初から盗み聞きするつもりで出てきたわけではあるまい。


「少し話したいことがあった。いいか?」

「構わんよ」


 なんの話だろう。

 なんだか嫌な予感がする。


「端的に言うが、ユーリ殿は王女殿下といい仲になったのか?」

「………」


 そう来たか。

 なんでバレたのだろう。


「なぜそう思う」

 と素直に聞いた。


「俺も、どちらかというと女遊びは好きな方だからな。リフォルムで戻ってからこっち、なんとなく距離が近くなっている気がした」


 マジか。

 遊び人の直感というのも、侮れないものだ。


 といっても、俺は別にキャロルとイチャイチャしてたわけではない。

 確信を持って言っているわけではないはずだ。


「それは、二人で過酷な経験を切り抜けたからだろう」

「肌を重ねた距離に見えたんだがな」

「勘違いだ。それより、それを俺に言わせて何がしたい」


 録音機器など存在しないわけだから、言質にそれほどの価値があるわけではないが、それを俺の口から言わせることに、なんのメリットがあるのだろう。

 それを言わないことで、道義的な責任を感じるような関係でもない。

 少なくとも、俺はリャオに正直である責任は感じない。

 ドッラあたりとは話が違う。


 そんなことは、リャオとて分かっているだろう。

 意図が分からないので、明言を避けるしかない。


「もしそうなら、もう一人の女は俺が貰い受けたい」

 とリャオは言った。


「もう一人?」

 俺はとっさにはわからず、オウム返しに聞き返した。


「ミャロのことだ」


 は?


「ミャロがどうした」


「あれを俺の妻にしたい」


 あー。

 どういうことだろう。


「なんだ、まさか、ミャロに惚れたのか?」


 リャオは、考えてみればこの遠征中、ずっとミャロとくっついて行動していた。

 というより、ミャロはリャオの秘書官的な立ち位置であった。


 同時に、ミャロは俺の意見の代弁者として、ある意味でリャオにつける首輪のような存在でもあったわけだが、リャオが俺の意思に大幅に反した行動を取らない限りは、ただの秘書官としてリャオの役に立っていたはずだ。

 普通に考えて、ただならぬ関係になっていてもおかしくはない。


 が、様子を見ている限りでは、仕事上の会話以上の話をしている様子はなかった。

 それは、俺の前だったからなのだろうか?


「そうだ。あれが妻になってくれれば、これほど頼もしいことはない」


 リャオは肯定した。

 惚れている、ということだろう。


 だが、その口調からは、どうものぼせた感じがしなかった。

 恋愛にのぼせているような、ふわついた感じがない。


 本当に惚れてるのか? こいつ。

 好きだから付き合いたい、というより、部下兼妻が欲しい。といった感じに聞こえる。


「どちらにしろ、ミャロは俺の所有物じゃない。貰うだのくれるだのって話は、違うだろう」

「そんなことは分かっているさ。ただ、ユーリ殿が先に唾を付けていると思ったからな」

「口説くくらい、好きにしたらいい。俺には――」


 あー。

 嫌な感じだ。


「それをやめろという権利はない」


 権利というより……。

 自分にはその資格がない。

 誰が決めたわけでもないのに、そんなことを考えるのは馬鹿らしいが、どうも自分ではそう思っているらしい。


「それなら、遠慮なく」

 リャオは、きざな所作で、婦人に礼をするように頭を下げた。


「ただ、そこらの酒場女をひっかけるのとは、わけが違うぞ」

「分かっている。たぶん、女性遍歴はユーリ殿より多い」


「そういう意味じゃねえ」


 思いのほか、頭の中が苛々していた。

 怒りが(たぎ)っているわけではない。

 ただ、小さな虫が頭の中を這っているような苛つきがあった。


「口説くのは勝手だが、無理強いはするな。もし、強引な手管を使った時は……」


 俺は少し考えた。

 もし押し倒して、ミャロを強引に我が物にするような男がいたら、どうするだろう。


 リャオは、怖気づく様子もなく、言葉を待っていた。


「命があるとは思うな」


 殺すだろう。

 やはり、それ以外には考えられなかった。


「……ふっ、分かっている。無理に従わせたりはせんさ」


 そう言うと、話は終わったとばかりに、リャオは俺に背を向けた。


「おい」


 と、その背中に、俺は声をかける。


「ん? なんだ」


 と、リャオは、まだ話があるのかとばかりに、体を半分こちらに向けて振り返った。


「俺の懐刀を使ってみたら、思いの外出来が良くて欲しくなった、ってところか?」


「いや……当たらずとも遠からずだが……そこまで無味乾燥じゃない。俺は煩い女は嫌いでね。抱く分には気にしないが」

 説明になっていないが、リャオなりに、好みのタイプではあるらしい。

「あれはいい。線が細いのは玉に瑕だが」


「あの懐刀は、使い手を選ぶぞ」

「なに?」

 リャオは、意味が分からない、といったように、声を返した。


「刃を錆びさすような退屈な主人には、間違っても従わない。認められるといいがな」


 ミャロは、俺の命令に従っていただけだ。

 俺が別の仕事をしろと言えば、当然仕事を中断して、別の仕事に移っただろう。


 リャオは、自ら選ばれたわけではない。

 俺に与えられていただけだ。


 だからというか、リャオは、ミャロを普通の人間だと思っている。

 市井や騎士家の女や、雇われ人と同じように、高給や待遇を約束して、あるいは聞き心地のよい口説き文句を吐き、また安楽な環境を用意すれば、なびいてくると思っているのだろう。


 ミャロは違う。

 安楽な環境を得たいのなら、実家を継いでいれば、これ以上なく安楽でいられたのだ。

 それをゴミのように捨てて、こんな土地で血と汗と泥に塗れている人間の……著しく偏った感性を、リャオは理解していない。


「なるほど、参考にしてみるよ」


 理解しているのか、していないのか、リャオは言った。


「そうか。ならいい」


 俺がそう言うと、リャオは去っていった。

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