フラッシュ対HDD

日本電産の永守社長が中間決算の発表で、来年には低価格小型ノートPCの「ネットブック」にHDD(ハードディスク)が100%載ると豪語している(Tech-On! 2008/10/28)。半導体型のフラッシュメモリとの競合において、事前の予想に反して現在でも7~8割がHDD搭載になっているそうだが、これを来年は100%に引き上げるのだそうだ。

ハードディスクと比べれば、フラッシュメモリは後発のハイテクであり、利点も多い。機械駆動がないから衝撃にも強いし故障も少ない。応答速度も速く、電力消費も発熱も少なくてすむし、形状もかなり自由にとれる。ハードディスクで同じことをしようと思ったら、たとえば衝撃耐久では、落下を感知する重力センサーを付加するなどかなり工夫しなければならず、それでも同じレベルにはならない。フラッシュメモリの問題は、現状ではコストで、同じ記憶容量あたりの値段はまだハードディスクの10倍くらいするが、これも半導体製品の常で急激に下がっている。ハードディスクも容量あたりの価格を負けずに猛烈に低減しているので今後差が詰まるかどうか注視される。

ハードディスクを駆動する小型モーターは、関連製品も含めて日本電産をここまで押し上げた主力商品で事業の柱であるから、これがたとえば液晶に駆逐されたブラウン管のようなことになってしまったら、同社が受ける打撃ははかりしれない。だから上記の永守氏の宣言は好業績の中での強い危機感の裏返しであり、退くことのできない戦いに向けて自分と会社を奮い立たせるための言葉といえる。

この戦いは普通に眺めれば、新技術のフラッシュメモリが順当に追いついて勝利するように考えられるが、もちろんその可能性も高いけれども、必ずしもそれが約束されているわけではないところが事業の面白いところで、それゆえに日本電産の踏ん張りに注目している。

というのは、技術をめぐる企業間の闘争では、技術的に劣っているはずの方が勝って相手を圧倒してしまうということがけっこう頻繁にあるからだ。その場合ユーザはデファクト化した技術的に不便な製品の方を選んで使うことになるのだが、そういうおかしな話は案外ある。たとえば、技術力を誇った日産をトヨタが圧倒した例が端的にそうだし、(かつての)マックOSをマイクロソフトのWindowsを圧倒したのも、あるいはビデオテープの規格競争でベータがVHSに負けたのもみなそうだ。PC市場でデルコンピュータがIBMやNECや富士通のような先発の錚々たる面々に追いついて打ち倒した時にも、デルの商品に技術的な優位は何もなかった。

これらの事例は経営学者のクリステンセン氏が提唱した有名な「イノベーションのジレンマ」とは違う、純粋に経営的なレベルの話だ。すべての点で恵まれている前者に唯一欠けていて、後者が持っているのは、技術的な不利についての冷静な自己認識と、そこからくる強烈な危機感である。前者には技術的に優れているところを顧客が当然評価してくれるだろうという心のゆとりがまだあるのに対して、後者は文字通り背水であり、身の置き場を自分で勝ち取って前に出なければあとは死しかない。気持ちいいくらい何も持ってないのでできることといったら努力することだけである。闘いに臨む気魄がはじめからぜんぜん違うし、全身の神経も研ぎ澄まされている。前者が受け身で、動作も鈍く、顧客を軽視しがちなのに対して、後者は死にものぐるいで営業し、顧客サービスや生産管理のようなオペレーションも鍛え上げて、結局それが市場の評価を得るのである。そしていったん市場を制したあとは、トヨタに端的に見られるように、金にものをいわせて研究開発費を潤沢に投じ、技術的にもよい製品が作れるようになる。「リエンジニアリング革命」(この本のことはあとで取り上げる)ではこれを、「よい商品を作る者が勝者になるのではなく勝者がよい商品を作る」のだといっている。

情報技術の市場でも、OS戦争とともにその代表的な例がある。それは携帯電話対PHSの戦いである。PHSがモバイル市場の表舞台にあがった時には、ほとんどの業界人が、未来はPHSのものであることを当然視してしていた。私もPHSが昇り竜のように景気よく昇っていき、しなだれてフェードアウトする携帯電話の加入数と入れ替わっていく予想グラフを何度も見せられた記憶がある。技術的には後出しのPHSの方があらゆる恵みを受けていた。音質もはるかによく、端末も基地局も安く作れるから基本料も通信料も安い。はじめからデジタル化されていて(当時まだ携帯はアナログ)データ通信との相性もよく、当時の固定の新ネットワークであるISDNとの一体性も確保されていた。負ける要素はなく、当時誰もそんなことは想像もしていなかった。というよりそれは事実上携帯電話の次世代版という位置づけだったのでありえないことだった。

PHSの敗因はまさにその恵まれすぎていたことにあり、それに甘えて油断したことにある。PHSの唯一の欠点らしい欠点は端末出力が弱くて電波が届きにくかったことだが、基地局の整備を手際よく行えば十分埋め合わせが可能だったのに、それを怠った。正確にいえば怠けていたわけではなくて主観的には十分迅速に動いていたつもりだったのだが、競争者とは必死さが段違いだったため、相対的には怠けているような恰好になってしまった。携帯陣営の側は(というよりドコモの創業者の大星社長が)この点をユーザが思ったより重視していることを顧客調査から見抜き、常識的には考えられない規模の桁外れの設備投資を打って一挙に密度の高い接続エリアを先行整備してしまい、これが勝敗を決した。PHSは一時順調に流れに乗りかけたものの、これで潮向きが完全に変わり、いったん契約したユーザが口コミを通じ雪崩を打って携帯に切り換えていった。それはまるで権威に承認されたおっとりした公家が草まみれの野武士と戦っているかのよう、明日の勝利を今日の肴に飲んでいた今川義元軍が決死の織田信長軍に無残に打ち滅ぼされるのを見るかのようだった。その後「勝者がよい商品を作る」ようになったことは見てのとおりである。通話クーポンなども加えれば、通話料まで安くなってしまったので、今では固定電話すら電話で使う人はあまりいなくなってしまった。

話をもとに戻すと、そういう次第で実際にはハードディスクにもまだまだ勝機はあるわけで、永守氏も経営者としての直感的な嗅覚でその手応えを十分感じとって動いているのだと思う。逆にフラッシュメモリ側は、技術面での優位を過信せず、上の例で見たように技術的に優位な事業者は法則的にむしろ奢って負ける傾向があるというくらいに自分を戒めてあたった方がよいだろう。ここまでの戦績を見ても、フラッシュ陣営が半導体市況の相変わらずの暴れ馬に手こずって大赤字を出すなど惨をきわめているのに対して、日本電産は(こちらも市場的には負けず劣らずコントロールは難しいものの)安定的に業績を拡大し、利益を伸ばしている。鼻先一寸の差をめぐって争うこの種の総力戦においては、リングにあがる前のボクサーの体調管理の成否のように、こういう基礎体力の部分もあとで大きく効いてくる。財務が悪いということは、それだけ試合をなめている、(それでも勝てるとの)気の弛みが隠れていることの表れでもあろう。それが果たしてなるものかならぬものか、この激闘の行く末を見守りたい。





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2008/11/13 | TrackBack(0) | マネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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