スマートなルール定着

学校給食費の未納、なかでも支払い可能な収入があるのに故意に踏み倒す家庭が問題になっているが、これへの対策として「前払い方式」に切り換える市町村が増えている(2008/12/29 毎日)。自校の設備で直営で調理する方式から業者の弁当に委託する方式に切り換え、クーポン購入で普通食かアレルギー対応食かの二つから選んで事前予約できるようにしたのだという。苦肉の策だが、これは未納対策としてはうまいやり方である。

ネットショップをみれば分かるように、品物を先に渡して後で代金を受け取る後払い方式は、買い手にとっては使い勝手がいいが売り手にとっては回収リスクの高い方法であり、モラルの低下などで買い手の信頼性が落ちてくると不払いによるコストが増大する。そのための余計な人をあてるわけにもいかないから、先生自らが「債権回収」を行ったり、なかには滞納が膨らんで料理の質を落とさざるをえない例まで出ているらしいので、前払いへの切り換えはやむをえないところであるが、サービス提供者側の都合による制度変更は、利便を損なうことと引き換えなので、利用者側は不満が高まる。そこをうまく受け入れてもらうために選択方式という別のメリットを組み合わせたところがなかなか出色だと感心したのである。

今はニ択だけだが、これを数種類に増やしてカフェテリア式に食べたいものを選べるようにしてもよい。事前予約で選べるというメリットはそのまま切れ目なく前払いとつながるので、単に未納が増えたから金を先に払えと強制適用するよりよほど受け入れやすい。コスト増にならない範囲で予約システムに栄養管理や食育の機能を組み合わせるなど、さらに付加価値を高める工夫も可能で、このことは民間のベンダーがシステム面での改善で問題解決の提案ができたことを意味する。上記の事例では調理とセットで業者委託でやっているようだが、これは本質的ではなく、自校調理でも同じことはできるはずだ。

また、この方法のもう一つの良い点は、悪意の踏み倒しを経済的な理由による未納から完全に切り出せることである。これまで後払いにしていたのは、後者の家庭の児童に精神的負担を与えないよう配慮していたことも理由にあったと思うが、悪質未納者はこれに乗っかって紛れ込もうとしたわけで、後払いだと両者を適切に区別できない(従って先生が足を棒にして回収に走り回るということになる)。予約方式であれば、経済困難のある家庭には、あらかじめクーポン付与で補助してやればいいので、効果的かつ目立たない形で対応できる。

これは給食のケースだが、これが優れたやり方だと思ったのは、給食に限らずいろいろな事例に広く応用可能だからだ。一般に集団の規律が乱れてルールを強化する必要が生じた時に、そのルール強化は成員の行動の自由度を下げるので、ストレスを高めることになる。あまりにそれが大きいと、反発を呼んで、最悪の場合ルールがまったく無視され、変更前よりさらに事態が悪化することもある。この例の優れた点は、そのルール強化に別の利用者メリットを自然な形で組み合わせることで自発的な参加意識を引き出しやすくしているところである。給食費の未納対策の一般的なものは、父兄から誓約書を取ったりすることらしいので、そういう恫喝的・短絡的で発想の欠けたやり方とくらべれば、この方法がどれだけ洗練されているかが分かるだろう。ちなみに「誓約書方式」は、ルールを初めから守る気のない者に何らの拘束力も持てないことの腹いせに、ルールを遵守する優良な所属者を必要もなく侮辱することで組織の一体感をさらに深く破壊する、何の効果もない最悪の対処である。

翻って今企業をみるに、コンプライアンスやらセキュリティやらで、従業員の組織での行動を大幅に制約するルール強化を行わざるをえない状況である。一方でまさにセキュリティ対策が端的にそうだが、組織の実情を無視して、起きた問題を直線的に規則に翻訳して適用しようとすると、ルールが有名無実化して全員を故意犯の状態に追い込んだだけという悲惨な結果に終わっている場合も多い。ルールを増やすのは組織の内部リスクを低減するためであるが、それが組織の構成員の満足度を下げて離反的・分解的に働けば、かえってリスクを増やして本末転倒になるという、多くの人が経験している本質的なジレンマがある。それだけに成員を縛るルールを新しく設けた時には、それに進んで参加してもらえるように水引きができるメリットがないか、あるいは利便性をできるだけ損なわない丁寧な工夫をしているか、変更が重大なものであるほど、規範の策定自体よりもそういった運用への目配りの方が重要になってくる。白線を引いて与えられた権限を乱暴に振るい、従えと要求するだけなら阿呆でもできるので、規範策定にかかわる部門はそこまでやって仕事だろう。

この行政の事例は、瓢箪からコマ的なところもあるけれども、そういう点で民間企業にとっても大いに参考にできる。





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2009/01/22 | TrackBack(0) | マネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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