鉄塔一本の分かれ目

ところで、前記の解説でも触れられていたが、今回の事故で空恐ろしいのは、4年前の2007年に起きた柏崎原発の事故を受けて大前氏が書いた指摘が、そのまま今回の経過を予言するような内容になっていることである。

それによれば、中越地震が直撃した新潟の柏崎刈羽原発においても、設計想定をはるかに超える強烈な地震振動を受けたにもかかわらず、原子炉本体は立派に設計どおり停止した。

今回の想定外の大地震では、最初の防波堤である制御棒の対処で、ちゃんと原子炉は止まった。加速度は600ガル、3号機の上部では2058ガルにもなった、と報道されたので、実際に設計されていた当時想定していた上限の200ガルよりもはるかに強い地震だったことは間違いない。わたしは、「これだけ大きな地震だから、もしかしたら制御棒だけでは止まらず、状況によっては炉心変形、配管のギロチン破断の可能性もあるのではないか」と注目していた。ところが、わたしの心配をよそに、制御棒だけで原子炉は止まった。想定の何倍もの大地震であるにもかかわらずだ。これは、設計どおり、仕様どおりのことであり、原子炉にとって未曾有の地震であっても無事原発の事故は未然に防ぐことができたわけだ。科学者として見たら、これはとてもうれしいことであり、"最高"と言いたい。発電所の敷地内では、最大1.6mもの段差ができたり、変圧器のパイプが外れて油が流れて火災を引き起こしたりしたが、肝心の原子炉の中は正常に機能した、ということになる。


しかしその一方で問題点としては、周辺施設が原子炉本体ほどの堅牢性を持っていなかったために、原子炉本体がきちんと停止しても、その後に冷却機能を全喪失してしまう可能性があることだと、次のように指摘している。

まず第一の点であるが、炉心の耐震設計と、その配慮の細かさに比べて、原子力発電所全体、あるいはプラントとして一貫した地震対策がなされていなかったことが判明した。その最大の問題は"7基の原子炉が全部停止した"ことであろう。地震発生時は、もともと3基は定期点検などで止まっていて、稼働していたのは4基である。その4基が、地震の揺れを感じて一斉に停止したのだ。この柏崎の原発では、7基の原子炉のうちどれかが動いていることを前提とした作りになっている。どれかが動いていたら、そこから電気を送ってもらい、炉心停止後にも発生し続ける原子燃料の崩壊熱を除去する。また、この電気は停止後も何年にもわたって発生する崩壊熱を冷やすことに用いられる。原子炉を止めても放射線を大量に出す物質が作られてしまっているので実はこの熱の除去をずっと行わなくてはいけない。

もちろん個々の原子炉にはディーゼルの緊急発電装置が付いており、今回も一斉にこれが立ち上がった。しかし、ディーゼルに対する信頼性はイマイチである。またそれほど長い時間動くようにも設計されていない。全部が止まってしまったら、冷却水を回す電気をよそから持ってこないといけない。しかし、地盤が1.6メートルも陥没するような事態になれば、送電線が切れたり、鉄塔が倒れたりすることも想定しなくてはならない。だから外部電源が取れない状況で、内部に安全度の高い小型の火力発電所のようなものを併設する、あるいはもう少し本格的な自家発電装置を設ける、などを考慮しなくてはならないことが判明した。(同上)


また、ロイターのレポートによると、IAEAでも柏崎事故の教訓として同様の警告を各国の原発事業者に発していたらしい。

Marin Kostov, an earthquake engineering expert in Bulgaria and a member of the IAEA expert team sent to Japan after the 2007 quake that hit the Kashiwazaki-Kariwa plant, said one of the main problems is not how plants are built but where they are built.(略)"At the same time you have a situation like what has happened (in Japan) where although the building is safe -- nothing has happened after the tremor, after the shaking everything is there -- but then you do not have infrastructure, you do not have water, you do not have power, you have nothing."

In February last year, the IAEA posted a report on its website about the 2007 Japan quake, saying it was a "wake-up call that reverberated around the globe." "There has been a misconception since the early days of nuclear power that human error or mechanical failure, in other words risk factors within the plant itself, are the most significant variables regarding possible radiological release to the environment," the story read. "In fact, the greatest threat to a plant's operation may lie outside its walls.

(大意)昨年2月にIAEAは2007年の柏崎刈羽原発で起きた地震災害について、これは世界中に鳴り響いた「目覚ましベル」だとする報告書を公表した。それによれば、原発の放射線漏洩に関する最大の脅威は、これまでずっと考えられてきたような、プラント設備の内側のもろもろの要因にあるのではなく、その壁の外側にある。地震の振動で建物が無事であり、すべてがそのままだったとしても、周りのインフラが失われ、水が失われ、電源が失われたら、手になにも持っていないのと同じになる。


今回の災害では、地震振動そのものは中越地震のそれを下回り、原子炉本体も設計どおり停止したという。しかしその振動で、周囲に置かれていた原子炉に給電する重要な鉄塔が倒れてしまった。原子炉も全基停止し、バックアップ電源も津波で失われたので、これで冷却機能を動かす電源がまったくなくなってしまった。

東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所で記録した揺れの最大加速度が、経済産業省原子力安全・保安院が同原発の耐震安全の基準値として認めた数値の4分の3に過ぎない448ガルだったことが18日、わかった。(略)同原発の2台の地震計で記録された今回の地震の最大加速度は、448ガルと431ガル。東電は同原発で予想される揺れの最大値を600ガルと想定していた。しかし、東電関係者の証言によると、この揺れによって、送電線を支える原発西側の鉄塔が倒れた。その結果、自動停止した原発に送電できなくなり、1~3号機の冷却機能がストップした。続いて襲来した津波は海水ポンプを水没させた後、タービン建屋にぶつかり、原子炉建屋の脇を抜けて西側にある小山の麓までを水没させた。緊急炉心冷却装置(ECCS)などを動かす非常用ディーゼル電源も海水に漬かり、6号機を除き使用不能になった。

また、女川原発では、福島第一原発とは違い、外部電源が失われなかったことも大きかった。東北電力によると、女川原発につながる2系統の送電幹線のうち、片方は地震の影響で止まったものの、もう一つは電気を送り続けた。同原発1号機は変圧器の故 障でこの外部電源が使えなくなったが、2、3号機では維持された。福島第一原発で外部電源が喪失したことについて、東電側は「送電鉄塔が地震で倒れたため」と説明している。


もしも柏崎の教訓を反映して充分な対策が取られ、この鉄塔がぎりぎり生き残っていたら、どうなっていただろうか。事態のその後の経過とそれへの評価は、正反対のまったく違ったものになっていた可能性もある。M9.0という巨大地震にもかかわらず、原子炉本体は正しく停止して冷却も開始され、原子炉建屋が次々と加熱爆発するという衝撃的な映像が全世界に生中継されるというような経過をたどることもなかったはずだ。そうなれば、正常に停止した他の沿岸地域の原発とともに、40年前に建てられた古い最初期の原発ですらも、傷だらけになりながら巨大地震になんとか持ちこたえたという評価になり、(それがよいことかは別にして)世界の原発推進にとってはむしろ追い風の方にさえなったかもしれない。

その意味で、この鉄塔が耐震想定以下の振動でぱったり倒れてしまったことは、しかも、4年前の前振りで自然が「脆弱性」をわざわざ教えておいてくれ、気づいて通知した人もいながらそれを放置したことは、すべての原発関係者にとって悔やんでも悔やみきれない痛恨事だった。象徴的にいえば、この鉄塔一本が倒れたことに、これまでの事業者の姿勢と宿業が凝縮されており、それが今後の原子力産業の命運を分けたのである。





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2011/04/08 | TrackBack(0) | マネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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