値上げの仕方

新興国の経済拡大と原料高で、今年前半は食品を中心に大幅な値上げが続いた。当面金融収縮と景気反転で一服入れているけれども、長期的には資源不足で、事業者はこれからも製品の値上げに直面しないといけない場面が増えることが想定される。ところが長くデフレが続いたおかげで、企業は値上げの仕方というのをすっかり忘れてしまったように見える。名の通った大手企業が卵を壁にたたきつけるような粗暴な真似をして討ち死にしているケースが多い。消費者は誰だって当然値上げはいやだ。それでもしないといけない時にはしないとこっちが死んでしまうのが値上げである。うまくこなすにはどうやったらいいのだろうか。それを振り返ってみたい。

値上げには、直球勝負の単純なやり方としては以下の3つがあり、現に多くやられている。まず単純に今の製品のまま価格を棒上げすること。次に、価格は据え置くが同じ製品の量を減らして「実質値上げ」をすること。麺類などでは購入者が気づかないほど一本単位で減らすような涙ぐましい例もあるようだ。3番目は製品の質を落として原価を減らすこと。

しかし、もちろん単純にこの3つのどれかを取るのはうまくないやり方である。同じ製品のまま価格を棒上げすれば、消費者の側は説明もなく一方的に事業者の都合を押しつけられた、無視されたという被害感情が必ず高まる。その説明が原料価格高騰のテレビニュースを見てくれというのでは芸がなさすぎるだろう。事業者へ抱いていた信頼感の絆が切れてしまい、それといわないまでも事業者への嫌厭と処罰感情を抱き、購入量を減らして値上げの効果を台無しにしてやろうと動くか、ちょうどよい代替品があればさっさとそちらに行ってしまい、値上げをする前より事態はさらに悪化する。

価格と製品をそのままにして量を減らすのもよろしくない方法である。消費者は同じお金で買えるのがこれっぽっちになってしまったことを手のひらの上の重みで身に沁みて実感し、戦時インフレ(貨幣の価値の低下)でも起きたらこうなるのか、というわびしい気持ちになって、日常の買い物行動の中でそういう思いをさせた事業者へやはり深い恨みの感情を抱く。また3番目の製品品質を落とすというのは、顧客に対する侮辱以外のなにものでもなく、最悪であり論外である。が、まるで相手が木石でそれでも何も起きないとでもいうかのようにこれに手を出す事業者もあとをたたない。もちろん必ず消費者から手ひどく罰せられ、多くは利益の確保どころか尻を蹴り飛ばされて市場から出て行かされる羽目になる。

ではどうするか。身の回りで見た中では、なかなかうまくやっているなと感心するのはセブンイレブンである。たとえば「おにぎり」を値上げしたくなったとする。セブンイレブンはその場合、価格も上げるが必ず製品の質を上げてくる。もちろん値上げであるから、値段「以上」に上げたら値上げにならないので錯覚といえば錯覚だろう。それでも値上げといういやな選択を承認するにあたって今までより上質の商品が手に入ることで、そこに取り引きの感覚が生まれ、参加感、自律感が生ずる。当然目立つような目玉商品を混ぜることでアンカリング効果が生じ、一般の商品についても同じ過程を小規模に踏んで全体を底上げしやすくなる下地も作られる。

より高い付加価値という選択肢を提供し、消費者は自分の判断で選ぶのであるから、事業者は謝って、あるいは告知して値上げする必要もない。気に入ってもらえれば買ってもらえ、見合う価値がないとみなされれば袖にされて在庫が積み上がる。通常の商品展開のサイクルと同じであり、その中でトライアンドエラーを繰り返しながら粛々と実施するだけの話である。謝って、あるいはお願いして値上げしないといけないのだとしたら、出発点からして間違った「悪い値上げ」である。謝らないといけないのは何の見返りもなく金だけ余計取ろうとしているからだろう。自由な経済活動の中でそのように顧客につけを一方的に押しつけるようなことをするのは邪道であり、どっちみち受け入れられない。値上げをする時に謝って、あるいはお願いしてしているかどうか、それが正道を踏んでいるかどうかを判定するための一つの目印である。

セブン社は、「値下げ」でも同じことをしている。最近PB商品をたくさん出しているが、消費者が割安なPBだったら品質も落ちてもしょうがないなと感じるレベル以上に製品の質を維持しているし、値上げしたメーカー品より高品質のものさえある。そこに意外感があり、値下げしながら商品の質が上がっている感覚がある。値上げラッシュの中でのPB展開は、単なる割安品の提供というよりも、小売りとして受け入れざるをえないメーカー品の価格引き上げに対して別の答えを用意することで、それらメーカー品の値上げが本当に認められるものであるかどうかを顧客に判断してもらうために、つまり値下げというよりむしろ値上げ戦略をメーカー品の領域でも貫徹するために、行っているものと推察される。

近隣にあってそちらもよく利用するので対照に引かせてもらうと、その反対は某大手SCである。このスーパーもPBを大量に出しているが、こちらは典型的な「安かろう悪かろう」である。値段も割安な代わりに品質もそれ以上に落としているので、買う方はババを引かないように注意しながら買わないといけない。ブランドに特に意味はなく、封を切って中を開け、実際に口に入れてみるまで、使ってみるまで信用ならない。顧客にそういうギャンブルをさせることが真っ当な対応といえるだろうか。かつてのダイエーと同じ轍を踏んでおり、先行き危険な道だと思う。

セブンイレブンの社内で、このやり方がどういう形で形式知として方法論化され、共有されているるのかまでは知らない。ただ、価格に手を入れる時には必ずこの手順を踏んでいるようなので、意識してやっているのだろう。

値上げする時は一緒に製品価値も上げること。これは食品・日用品だけでなく、どんな製品やサービスでも何でも広く通用するテクニックのように思われる。言うまでもないけれども、資源高の中での製品値上げプロセスの成否は、日本のような輸入原料を加工して最終製品を輸出することで生きている国にとっては、大げさにいえば国の死命すら制する。原料価格の増分を転嫁してちゃんと値上げできなければ、マージンの中から人件費、つまり国民の給料を削ってしのぐしかなく、スタグフレーションになってどんどん貧乏になる。マクロ的にはそのためにもちろん競争力の強い製品を作ることが一番だけれども、ミクロ的には、製品を通した消費者との対話の中で納得して受け入れてもらう、こうした細やかな、心理面での配慮も大切ではないか。また、社会により高い価値を提供することは企業の根本的な目標であるから、物価全般の上昇下降の局面がどうであれ、このことはある意味で経営の本質的な営みでもある。そう考えると、現下はあまり上手な例が見られないけれども、値上げという企業にとって非常に危険な橋を渡るに際して、社長さんたちはどんな勉強をしているのだろうか。あるいはコンサルタントたちはどのように指導をしているのだろうか。





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2008/10/23 | TrackBack(0) | 小売り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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