集中審査とクレジット・スコアリング

前回の記事で、ガリバー・バイク王のような中古車販売業の買取審査が内包する課題は、金融業における融資審査に通じるものがあると述べたけれども、金融業の方はそれではこの点どういう現状にあるのかをふりかえってみよう。そこからは、この融資審査の問題が、昨今の金融業をめぐる各種の動きの中で隠れた中心的な役割を演じていることが見てとれる。

まず最近金融業界においてこの融資審査の工程に大きな焦点があたったのは、なにより新銀行東京の事例だろう。当時既存金融機関からの貸し渋りによって苦しんでいた多数の中小企業に融資の道をひらこうと東京都庁によって設立された同行が、たちまち行き詰まって、不良債権の山を築いてしまったことと、同行がそのために採用した、国内ではあまりなじみのない特殊な審査方式との関連がさかんに取り沙汰された。

すなわち同行では、急拵えの小さな組織で、最大限多くの中小企業を救済し、迅速に融資実績を積み上げるために、これまでの銀行のような、厚い経営資源を要する濃密な人的接触による融資審査ではなく、マニュアルによって細かく企業を評点化して審査するスコアリング融資方式を採ったのだが、これが大失敗だったという言われ方をされた。人に大金を貸すのにそんな書類ばかり見て粗く判断するようなやり方はダメに決まってる、やはり経験を積んだ熟練の融資担当者が現地現物にあたって一件一件丁寧に審査する必要があるのだと。しかしこれは本当にそうだろうか。金融の専門家の見方は違っている。たとえば、元国際通貨研究所のチーフ・エコノミストの竹中正治氏は、この新銀行東京の問題について、次のように述べている。

日本では、大企業と中堅企業向けに低利な融資を行う商業銀行と、零細企業、個人事業主相手に無担保・高利で融資する商工ローンなどに事業金融が2極化しており、無担保で融資するミドルマーケットが欠落している。これは金融エコノミストの間では広く共有されている問題認識だ。この2極化構造を解消し、ミドルリスク・ミドルリターンの貸出債権とその証券化に道を拓くのが、スコアリング方式の融資なのだ。(略)また、銀行の中小企業への無担保融資が伸びないことを「銀行の審査に十分な専門性、目利き能力がないからだ」と言うのはトンチンカンな批判だ。既に述べた通り、情報の壁を乗り越える作業のためには、コストと手間がかかり、一定規模以下の企業を対象にした融資ではコストに見合わない。そうした小規模取引にはスコアリング方式が有効なのである。


このようにスコアリング融資自体はアメリカを中心に広く行われて実績も上げている、奇手ではない現実的な選択肢の一つであり、同様の考え方から日本の金融庁自身も、当初は貸し渋り問題打開の切り札の一つとして金融機関に導入を奨めていたという。これに関し、日銀が2001年に公表した経済・金融情勢に関する検討レポートでも以下のような記述がみられる。

銀行による中小零細企業向け貸出の審査は、従来、多くの部分が各銀行の独自のノウ・ハウに基づき人の手によって行われてきた。しかし近年、クレジット・スコアリング・モデルという新たな手法を使って、財務諸表等の信用情報を基にデフォルト・リスクを計算し、実際の貸出を行うという動きがみられている。この結果、従来に比べ、貸出審査に要するコストが格段に低下している。こうした新手法の開発もあって、中小銀行だけでなく大銀行でも、中小企業向け融資を積極化させる動きがみられている。特に、米国では、こうした動きが顕著であり、例えばサンフランシスコ地区では、銀行間の合併の影響を調整してみても、大銀行が融資額10万ドル未満の中小・零細企業向け貸出を大幅に増加させている


また、次に商工ローンについてみると、公認会計士で著名ブロガーの磯崎哲也氏が、融資審査だけでなく顧客開拓すらも末端の現場から取り上げて中央で集中的に行うというユニークな事業スタイルをとることでミドルリスクの中小企業向け金融の中で事業を成立させてきたという注目すべき指摘をしている。

これに対して商工ローンでは、基本的に飛び込みで来た客には絶対に貸付を行わないのが原則。つまり「顧客のニーズに対応しない」という変わったビジネスなわけです。店舗も、消費者金融の店舗が駅前等の一等地や郊外の車通りが多い道沿い等にあるのに対して、商工ローンの店舗は、市街地からややはずれた場所、地方ではバイパス沿いのへんぴな場所などにあって、目立つ看板も出してなかったりします。これはそもそも客の来店を想定していないからです。

銀行などの金融機関では、 基本的には各支店で業績管理が行われ、しかも低リスクな融資を基本にしているので、ミドルリスクの案件は取り扱いづらい。本来は、銀行全体でミドルリスク分野に対して貸倒れ額以上に利鞘が取れれば利益が出るので取り組むことが経済合理的なはずですが、評価単位が支店毎・個人毎になると、将来のある優秀な支店長や行員としては、貸倒れのリスクがちょっとでもあるような対象に貸して万が一本当に貸倒れた場合には、大きな失点になります。(略) これに対して、商工ローンのある大手では、銀行等から転職して来た審査経験者を工場のように本部に並べ、その社員が、全国の企業の中から融資ができるであろう企業を信用情報などを元にピックアップし、全国の支店にFAXでそれを送信していました。各支店では、担当者がそのリストをもとに一軒一軒アタックして必要とされる書類を徴求し、それを本部に送って、本部の審査部門で融資ができるかどうかの判断を下す、という完全な中央集権型モデルです。


磯崎氏は、日本でスコアリング融資をいちはやく導入したのは消費者金融であり、既に80年代から大規模な情報システムを用いた高度な融資管理が行われていたとも述べている。

このように見てくると、中央集中型、およびスコアリング(評点化)型の審査というのは、金融業界においても、リスクテイクにおけるコストとの釣り合いをはかるうえで十分原理的に成立しうる現実的な手法であり、実際に広く使用されてもいることがわかる。

その認識のうえで中古車業界に話を戻すと、前回取り上げたガリバー・バイク王のような企業は、中古車販売の世界で、この中央審査式の事業スタイルをはじめて大がかりに取り入れ、そこに挑戦したところに新しさと、競争力があるのではないかということが推察できる。

もちろんこの手法は、それ自体は単なる道具だての一つに過ぎず、導入することが即成功を約束するものではない。成功するかどうかは買取客の側の総体的な満足度も含め、ひとえに実運用の能力の長短次第である。それは金融業における新銀行東京の顛末を見ても明らかで、中古車販売の両社のこれからの事業展開にとってもまた同様だろう。しかし一方で、それは採用すること自体が失敗を意味するものではないし、方法論自体は十分挑戦しがいのある、試みる価値のあるものでもあるわけだ。

この両社の事業モデルの根幹部分を少し突っ込んで点検してきたのは、消費不況の中で同社が業績を好調に延ばしていることの背景にどのような動きがあるのか、その意義というものに関心を持っているからである。以上までの体馴らしをしたうえでにその点に進んでいこう。





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2009/12/12 | TrackBack(0) | 小売り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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