「葬儀」というレモン市場

事業内容に対する情報格差の大きさから、中古車を売る時と同様に、われわれが事業者の選択に困難を感じる代表的な分野に「葬儀」がある。ここでは中古車ビジネスの検証を通じて得た知見を援用しながら、応用問題の一つとして、この分野におけるサービスのあり方について考えてみよう。

葬儀は見ようによっては中古車売買以上に事業者に対する情報の非対称性が強烈に存在する分野である。車の売却は自動車ユーザーなら日常の中の経験として一定の頻度でありうるものであるが、葬儀は一人の人間にとってそう滅多にあるものではなく、それに遭遇する時にはたいていの人はなんの経験も土地勘もない、まったくの素人である。また、心構えと準備をして自分から能動的に引き起こす行動では当然なく、たいていは不意打ちで突発的にいきなり向こうからやってくる。しかも時間的期限がタイトに決められているために、ゆっくり調べたり比較したりする余裕もない。そして多くの場合は、近親者の死という非常事態に見舞われて、気の動転した、正常からほど遠い混乱し興奮した精神状態の中で段取りをしなければならない。事業者も土地ごとにばらばらで、ほとんどは小規模事業者であり、全国サービスを展開する名の通った大手があるわけでもない(というより普段の日常生活の中で使用するサービスではないので名など通らない)。死を期待するようで事前に先回りして調べておくことも強い躊躇に引き止められる。このように利用者が事業者について正確な情報を得ることへのおよそ考えうるあらゆる遠心力が集中し、事業者が情報の真空の中に放置されるような形になることから、葬儀は従来からいろいろなサービスの中でも最も苦情の多いサービスのひとつである。葬儀業者を選ぼうと思って検索すると、われわれは「安心」とか「納得」とか「後悔しない」のような客引き文句がやたらに並ぶのを見ることになるが、これは逆にこの業界にいかにそれらが欠乏しており、またそれが自覚されているかの現れだろう。

葬儀の契約やサービスについて、全国の消費生活センターに寄せられた苦情や相談が07年度、過去最高の384件に達した。国民生活センターによると、02年度までは年180件前後だったが、5年で倍増。今年度も07年度を上回る勢いで増えている。契約・解約に関する苦情が全体の70%を占める。「契約と違う異常に高額な祭壇が使われていた」「費用の明細を業者が説明しなかった。サービスに不満があり一部返金してほしい」などだ。このほか「基本料金プラスアルファで100万円程度の見積もりだったが、実際と違った」「葬祭業者に言われて払ったお経代と戒名料が、後から菩提寺(ぼだいじ)に聞いた額の2倍以上だった」など価格や料金に関する苦情が45%。「ひつぎを運ぶ際、部屋の壁を傷つけたが、弁償を断られた」など業者の接客・対応に関する相談も23%あった。


これについて、事業の側からも、いろいろな解決法が提案されている。有力かつ普遍的な方法は、事に臨んで余裕も知識も冷静さも欠けている利用者に代わって、信頼できるまともな事業者をあらかじめ調べておいて、耳打ちしてくれるというものである。これについて、ベンチャー企業の「アクトインディ」という会社がまさにこのような葬儀事業者の評価サービスを提供している(「葬儀サポートセンター」)。同社では葬儀事業者を一軒一軒調べあげて、良質な事業者をリストアップし、葬式を行う必要が生じた依頼者に、希望する内容であればどの事業者が適当かをコンサルティングして案内してくれる。



これはまさに「格付」の考え方であるが、情報の薄さを格付で乗り越えようとするこの手法の最大の問題は、そのサービスをどのような事業的基盤で行い、評価の中立性というサービスの中核的価値と両立させるかという点にある。その課題は、突き詰めていけば、サービスを維持するためにお代をもらう直接の相手を誰に設定するかという問いに集約されるだろう(とはいえこれは直接支払いをしてくれる相手を誰にするかということであって、どのような経路をたどろうと、最終的にはその便益を享受する最終利用者の負担に支えられることになるのに変わりはない)。ビジネスの文脈の中では、それはサービスの最終利用者から情報料として直接もらう形と、評価される側の事業者から紹介料としてもらう方法の二つがあるが、情報を直接販売する前者の形態は、格付のブランドがよほど浸透するまでは事業の成立がなかなか難しく、後者は事業者との癒着が生じて評価の中立性が損なわれやすい。金融の世界でも、先般のサブプライム禍や以前のエンロン事件では格付会社や監査会社の責任が大きく問われることになったが、起きていたことはまさにこのことだった。

ここに、格付け機関が抱える重大な問題が潜んでいる。すなわち、格付け機関は格付けを利用する投資家ではなく、格付けの対象である債券発行側から手数料収入を得ているという構造だ。彼らは最高格付けである"トリプルA"を獲得するための極意を債券発行体に伝授する一方で、格付けを決定する際にいわゆるデューデリジェンス(投資適正性の事前調査)をまともに行っていない。CDOを構成する個別のローンが投資適格水準にあるかどうかを検討しないで、もっぱら債券発行体が提供する情報に基づいて決定を下しているのだ。


葬儀についても、事業者を仲介して紹介するというあり方だけであればこれまでにも普通にあり、多くは需要が発生する病院がその役割を担ってきた。しかし葬儀に関する苦情で最も多いものの一つは、まさにこの病院によって紹介された事業者が良質のものではななかった、というものである。病院の仕事は、みもふたもない話、患者が亡くなるまでのもので亡くなった後のことは関心の外であるし、そこの空白に、まさに遺族が自分たちをよく調べず、情報を持たない状態で必要に迫られることにつけ入ろうとする葬儀業者が嵌まり込むと、その悪い組み合わせの「紹介」は、利用者の立場でそのニーズを汲み取って用立てられるものにならないからである。

病院でのことだった。父親が息を引き取ると、待っていた出入りの葬儀業者から、
 「ご遺体を移動しなければなりません。知っている業者がいるなら、呼んでください」
 と声をかけられた。心当たりがないので、その業者に遺体の搬送を頼んだ。
 3時間後に搬送が終わると、今度もまた同じ業者に、
 「葬儀店は決まりましたか」  と聞かれた。決まっていない旨を伝えると、
 「先ほどの搬送費はサービスします。うちでやらせてください」
 と擦り寄ってきた。自営業者は、準備をしていたわけでも、他の業者を知っているわけでもないので、声をかけてきた業者に任せてしまった。
 しかし、これが後悔を生むことに。葬儀の手順は話し合ったが、言われるがままに動いているうちに、見積書を見ることなく式は進行してしまったのだ。通夜・告別式は130人ぐらいの参列者だから1人当たり3000円としても、葬儀全体の費用は40万円ほどで収まってもおかしくないだろうと思っていた。しかし、実際に請求された金額は、その5倍強の220万円。お布施の150万円を加算すると、しめて370万円に上った。

 「あんなにお金がかかるものとは、思ってもみませんでした。父が亡くなって、どうしたらいいのかよくわからないときに業者から声をかけられ、そのまま、ベルトコンベヤーに乗せられてしまった感じ。何にいくら払ったのかも、よくわからなかった」
 身内の葬儀で、この男性と同じような体験をした人は、少なくないはずだ。


これに関し、上に取り上げた葬儀評価サービスでは、審査済みの葬儀事業者を単に紹介して終わりではなく、実際に葬儀が行われるまでのフォローも行い、葬儀サービスが提供できたことを見届けたうえで、事業者から一定の成功報酬をもらう、という形をとることでこの課題の解決を試みている。式に社員が同伴して遺族をサポートしたり、サービス内容について事後のアンケートもとって紹介リストにフィードバックするというところまでやっているようだ。これらはたいへん手間のかかる労働集約的なオペレーションであるけれども、上記にあるような従来からの問題点をおさえたうえで採用されているもので、評価サービスの品質を高めるためには必要なものであり、充分に戦略的に考えられた、うまいやり方といえる。成功報酬というのは、単純に最終利用者から情報提供料をもらうのでも事業者から紹介料をもらうのでもなく、利用者の許しを得て事業者から紹介料をもらうというハイブリッドな形態である。金融業界で金融危機からの教訓を反映させる議論の中でも、この情報の非対称性にからんで「金融機関の報酬(ボーナス)問題」というものがあり、報酬を得られるタイミングを債権販売の業績成果が発生した当年ではなくもっとうしろにずらす(ストックオプションとして支払って一定期間経過後に換金する権利を与える等)という有力な提案がある。

葬儀サービスに端的にみられる問題の本質は、精神状態や経験知識、あるいはその他の要素において弱っている人、弱い立場にある人が利用するサービスでは、相対的に強い立場にある事業者が、相手の弱みに乗じて顧客を食い物にすることが起こりやすいということにある。同じ状況に陥りやすい社会サービスとしては、住宅、医療(特に苦情が多いのが「入院」)、弁護士、保証人代行業などが挙げられる。これらの業種は、悪質な事業者がはこびりやすいだけでなく、競争原理が正しく働かず、利用者の選別の目に耐えて自己を律することへの動機付けがないことから、業界全体としてもサービスの品質が低く、発達が遅れていて時に唖然とするような原始的なレベルにとどまっている分野が多いようだ。

昨今いわゆる「貧困ビジネス」といわれるような社会的弱者を食い物にするような悪徳事業が増えていることが報道されている。情報格差のためにこうした悪質事業者がはびこる業界で、真に必要なもののひとつはこのような質の高い格付サービスであり、そのためには格付事業が誰から元手を得て事業を運営していくのかという基盤の部分の設計が特に入念に行われる必要がある





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2010/01/20 | TrackBack(0) | 商品・サービス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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