占いサービスの生産

以前、あるコンテンツ・サービスの企画で、メニューのひとつに「占い」を盛り込んだらどうか、という話が出て、興味をもって少し調べてみたことがある。周知のように「占い」はテレビ番組やWeb・モバイルコンテンツなどの各種のメディアでもたいへん人気のある、存在感の大きな分野で、天気予報と同じくらいの定番といっていいものだ。しかし、自分がそれを提供する側になったとき、現代の事業者はどうやってそれを選んできて、誰に頼み、なにを契約すればいいのだろうか。

コンテンツとしての占いを供給するのは当然最終的には「占い師」である。だが、占い師をどうやって選定し、なにを契約すればいいのだろうか。「品質」を互いにどう担保するのか。そもそも占いの「品質」とはなにか――結局、諸般の事情でその話は途中で沙汰止みになり、下準備もそれ以上具体的に詰めることもなかったのだが、いろいろな点で興味のつきない、おもしろい話だと思った。

携帯コンテンツの世界では、占いのメニューをASP方式で組込みユニットとして提供する、いくつかの名の知れた企業がある。中には上場している企業もあり、人気ぶりを反映して業績も好調なようだ。最終的なポータル事業者はもちろんそうした事業者から部品としてサービスを購入してもよい。しかしそれらの事業者自身はどうしているのだろうか。占い師を選んで契約する時に、「相場」を決め、基準となるような、人気や腕前のランキングを決めるなにかの格付や流通マーケットのようなものがあるのか。

NECビッグローブ株式会社は、BIGLOBEの提供する企業向けWebマーケティングソリューション「WebEngine」で、企業サイト向けSaaS型サービス「占い・診断・Flashゲーム生成ASP」の提供を17日に開始した。利用料は占いコンテンツ生成ASP「占う蔵」で初期設定15万7500円~、月額2万1000円から。(略)「占い・診断・Flashゲーム生成ASP」では、おみくじなどの占いサービスから、顔などの画像をもとに診断する画像診断、リアルタイムアンケートなどさまざまなサービスを提供する。コンテンツ上で表示する画像およびテキストは利用企業が自由に変更できるため、企業独自の占いサービス、診断サービス、Flashゲームサービスが簡単に制作できるという。導入後のコンテンツ差し替えも可能。また、占いや診断で収集した情報はデータとして提供されるため、マーケティングデータ収集ツールとしての利用もできる。占いや診断の結果表示画面には関連する商品を表示させる設定も可能で、販促ツールとしての利用も考慮されている。

BIGLOBE 占い・ゲームASP 「占う蔵」
BIGLOBE 占い・ゲームASP 「占う蔵」 デモ画面


そもそも「占い師」っていったいなんなのか。よくネットの質問コーナーなどに、占い師になりたいのだが、なにかの資格があるのか、という類の問いがあがっていることがあるけれども、まさか現代の国家が占い師の品質にお墨付きを出すわけにもいかないだろうから、もちろん公的資格とかはないわけである。だから少なくとも法的には、自分は今日から占い師だ、と宣言して仕事をはじめたら、その日からその人は占い師である。とはいえ、そんな即席占い師を頼む人は誰もいなかろうから、いかにも占い師らしい風情になるような素養は身につけていかないといけない。そういう意味では、他のどんな職業よりも歴史の古い、世界最古の職業のひとつといっていいくらいのものであるから、それなりの膨大な知識の積み重ねがあり、勉強しようと思えばやることはきっとたくさんあるのだろう。調べると「占い師を養成する専門学校」というのも普通にあるらしい。そういう場所では、手相診(み)や易術占星術などの由緒ある技法の習得の他に、実際の職業として営業していくための実践的な勘どころとか、コールドリーディングのようなきわどい心理学的な裏技なども教えていたりするのだろうか。また、そういう場所を通じて、同業者との間のネットワークのようなものも形成され、その中に初業者として組み込まれていくのだろうか。

コンビニなどにいくと、テレビにもよく出ているような有名占い師の本が、ずらりと並んでいる。並んでいるのは強い需要があってよく売れるからで、その中のある占い師の本は出版団体によると累計8000万部も売れたのだそうだ。気の遠くなるような途方もない数で、そもそも出版点数自体が尋常な数でないのだが、興味深いのは、この人がいったいどうやってこれだけの数の本を量産したのかということである。自分でぜんぶ書いたのならなにも問題はなく、それはそれで驚くべきことだが、分量からいってちょっと想像しにくいことだろう。バックグラウンドで作家の名前を冠した製作チームで占い本というコンテンツサービスを(たとえば多数のアシスタントを指揮しながら漫画を書いている漫画家のように)ドライに、また工場のように「生産」している場合、どんなやり方、マネジメントでチームをコントロールし、それだけの読者の支持を集めるような品質を確保しているのか。知られているように、プログラム開発でもプラントエンジニアリングでも、複数の人間をまとめて一定の高さの品質を確保した製品を継続的に作り続けるのはなかなかに難しい。そのための専用の学問まであるくらいだが、生身の人間のやることであり、それでもなかなか教科書どおりうまくいくものではない。ことが占いというデリケートで得体の知れないものであるだけに、製品品質の維持という点では(もしチーム運営でやっているのなら)仕事の営みそれ自体の中から自然に生み出された、なにか面白い秘訣があるのかもしれない。合法的な縛りや公明正大な動機づけに頼ることのできない裏社会のビジネスの、意外に合理的で洗練された組織経営を描いた「ヤバい経済学」というベストセラー本が以前あったけれども、もちろん非合法なものではないといえ、この事例もどうやっているのか、個人的にはそちらが興味深い。

上にこれまでの知識の蓄積ということを書いたが、ITという点では、それらの膨大な情報をメモリーに全部詰め込んで自動で占いを出すソフトというのもある。文字通りの「機械仕掛けの神(Deus ex Machina)」だが、ソフトウェアが出す占いというと、明らかにありがたみがないような気がしてしまうのは、なぜだろうか。占いの基礎になる情報知識とそれを依頼者に媒介する占い師の中になにか特別な要素、味付けをわれわれが見いだすのだろうか。機械がただ確率的に出したおみくじでは、そこにぜんぜん神的なものが入り込む余地がないので、それでありがたみが感じられないのだろうか。占いの神性は、祭礼の神秘性と同様に、一連のプロセスの中のどの部分に宿っているのか、人間の水気のある肉体とその曖昧さの中にしか棲めないのか、考えてみるのも面白いことである。

以前、テレビの人気朝番組の今日の運勢コーナーで、専門の占い師に頼むのを面倒がって、番組スタッフが自分で適当に書き飛ばしていたのが表に出てちょっとした騒ぎになったことがあった。われわれが普段ありがたがって押しいただいているご託宣の中にも、ふたを開けてみたら存外こういう安っぽいものや、あるいはそれこそ占いソフトウェアで出力したものを切り貼りしているだけのものがけっこう混じっているのかもしれない。

ビジネスの世界でも、経済現象のひとつとして割り切って取り回しているものの他に、自分自身でそれに深くはまっている人もけっこういる。ビジネス雑誌などでも、ときどき口直し的な占いの小ネタが載っていることがあって、以前も日経ビジネスのWeb版で「風水」に関する記事が出ていたことがあったが、この筆者の人は、本業はERP(統合業務パッケージ)のコンサルタントにして、風水の研究も余芸としているのだという。ERPはご存じのように経営に関するあらゆる情報を掻き集めてきて経営の意思決定の手伝いをする情報システムで、いってみれば現代版のちょっと気の利いた全自動占い機械ともいえるようなものかもしれないが、この人の頭の中で、最先端の大規模コンピュータシステムと古色蒼然とした風水がどういう具合につながっているのか、もともとどういう変遷を経てそういう境地にまで至ったのか、想像するだけで楽しい。アメリカでは、風水の方位に関するコンサルティングは会計上経費に認定されるという話も、公的な制度とこの手のものとの接点という視点でおもしろい。

占いは、その知識の体系自体は、現代ではもちろん「非科学」的な、取るに足らないお遊びに類するものかもしれないが、こんなふうに何千万冊も本が売れたり、気にする人が多いということは、夢やまぼろしではなくて厳然たる一個の社会的現実である。その事実自体は、科学的、合理的な探究心によっても当然究められてしかるべきものでもあろうし、また、人間のもつあらゆる欲望、経済的需要をへだてなく、ある意味で平等に遇する事業人にとっても、それにふさわしいだけの好奇と興味の対象であり続けていくだろう。





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2010/10/26 | TrackBack(0) | 商品・サービス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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