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亡びの国の征服者~魔王は世界を征服するようです~ 作者:不手折家

第八章 逃走編

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第102話 追跡

 仕事を終えて、キャロルのところに戻った時には、夜はもうすっかり明けてしまっていた。


「ユーリ」


 顔を上げたキャロルは、寒さで震えているようだった。

 俺は歩き続けていたから体が温まっているが、キャロルは火も焚かず風に晒されたまま夜を過ごしていたのだ。

 一睡もしていないのだろう。


 俺は、持っていた荷をドサドサと落としていった。

 べつに必要な荷物ではなく、単なるウェイトとして背負っていった荷物だ。


 キャロルと荷物の両方を置いていってしまうと、体重が半分以下になることから、足あとが不自然になるかと思い、背負って行った。


「なにかあったか」

「あった。三十分ほど前、叫び声が……」

「そうか」


 自分でも驚くほど心が動かなかった。

 事実を受け止めている。


 もう、手は震えていない。

 震える気配もなく、眠気もなく、体の力は適度に抜けている。


 過度の緊張は神経を過敏にさせ、筋肉の制御を失わせる。

 手が震えるのは、神経が興奮物質に侵され、筋肉が勝手に動くからだ。

 そんな状態では、火事場の馬鹿力は出るのかもしれないが、精妙な動きは失われてしまう。


 今は、そんなことはない。

 体は自分の思った通り、自由自在に動く。

 覚悟を決めたからなのか知らないが、よかった。


「悪いが、短刀はお前の分も借りて行くぞ」

「……うん」

「代わりにナイフを置いていくからな」


 俺は料理に使っているナイフをキャロルに渡した。

 刃渡りは短く、さほど鍛えられたナイフではないが、もしものときに自害する程度の用には足りるだろう。


「………」

「?」


 無言で顔を見つめる俺を、キャロルは疑問げに見つめ返した。

 何か言葉をかけようと思ったが、見つからない。


「……じゃあな」


 結局、特に言うことを思いつかず、短い言葉だけ残し、軽く手を振った。


「……うん、頑張って」


 俺は、返事をせずに歩き去った。



 ***



 キャロルのところから、足あとを隠しながら少し歩くと、昨日寝ていた場所にたどり着いた。


 昨日、俺はここからキャロルを背負い、あらぬ方向に向かって移動し、キャロルを置いていった。

 そして、手作りのたいまつを片手に、足あとを丁寧に手で消しながら、元の場所まで戻った。

 そうして、改めて森の奥へ歩いた。


 連中は、俺たちが昨夜寝ていた場所を見つけるだろう。

 そこで荷をおろし、眠ったことも解るはずだ。


 そこから足あとが残っていないのであれば、消した痕跡も見つかるだろう。

 だが、それとは別に、くっきりと残った足あとが野宿の痕跡からさらに先へと伸びている。

 そうであれば疑いはしない。


 現実に、大量の足あとが、昨夜俺の歩いた先へ向かって進んでいるようだった。

 そうでなかったら、先ほどキャロルが無事ではいなかっただろう。


 そして、俺は昨夜、アラーム代わりになるかと思い、そこに罠を一つ仕掛けておいた。

 こっそりと近づくと、その罠には引っかかった痕跡があった。


 まず、細い(より)紐が、木と木の間にスネの高さで張ってある。


 その紐は跨いでいったようだった。

 急いでいたのか、足を引っ掛けて罠を作動させることを恐れたのか、切断もされずにそのまま残っている。


 だが、この紐は本当に横に張ってあるだけで、足を引っ掛けても転ぶだけなのである。

 本命となるのは、これを跨いだ向こうにある穴だった。


 シャベルで軽く掘ったあとに矢尻を立て、その上から枯れ葉を乗せただけの穴は、踏めば矢尻がザックリと足裏に食い込む。

 ロープを跨いだ大股の一歩目は、体重が乗っているはずなので、余計にぐっさりいくはずだった。


 二個作った穴は、片方に明らかに踏んだ痕跡があり、鮮血が土に滲んでいた。

 踏んだ後、その場にぶっ倒れ、もんどり打ったらしく、ごちゃごちゃと地面を荒らした形跡が見受けられる。


 もう片方は、踏む前に察知されたのか、軽く掘り返されて矢尻を撤去してあった。

 まあ、二個とも踏んだら馬鹿すぎるわな。


 二つ穴を作ったのは、穴が一つでは右足で跨いだ場合と左足で跨いだ場合とで、両方をカバーすることができないからだった。

 なので、一つが不発なのは想定内だ。


 刺さらなかった方の矢尻は、そこらに放り投げでもして処分したのか、見当たらなかった。

 だが、もう一方の矢尻は、鮮血にまみれたまま、近くの地面に落ちていた。


 ボロ布で軽く拭いて、物入れに回収しておく。

 ついでに、より紐も回収した。


 改めて足あとを見ると、その場で軽く止血をして、怪我をした人間も帯同して歩いていったようだ。


 止血といっても、きつく縛っただけなのだろう。

 完全ではないらしく、血の痕跡がスタンプのように足跡をつくっていた。


 それを辿って、俺は更に進んでいった。



 ***



 数百メートルほど歩くと、そこに人がいた。


 負傷をかかえた足をおして、しばらくの間はついて行ったが、結局置いて行かれたのだろう。

 一人の男が、木に背をもたれかけて座っていた。


 右足からは血が出て、地面に血溜まりを作っている。

 キッチリと縫合していても、足の裏に矢傷を負った状態で道を歩くなんてのは、かなり無理がある。

 ただ縛っただけでは、なおのこと無茶だ。


 人間は一リットルも血液が流出すれば、血圧が相当下がる。

 二リットルも出血すれば、死んでしまう。


 傷口が開いた状態の足で、とめどなく血を流しながら歩いていれば、そのくらいの血液が流出するのはすぐだろう。

 死んでこそいないものの、すでに意識はかなり朦朧としているはずだ。

 顔色もずいぶんと悪い。


「よう、置いて行かれたのか」


 俺はそうクラ語で話しかけながら近づいた。

 男は顔をあげると、俺を見る。


 俺は耳を隠し、服は竜騎士から奪ったものを着ている。

 意匠は違うが、同じクラ人の服なので、シヤルタのものほど異質には見えないだろう。


 元より多種多様の軍隊の寄せ集めなのだから、さほど違和感は感じないはずだ。

 感じるとしたら、むしろ若すぎるという年齢の点だろう。


 男は窮地にあって疑いもせず、パッと顔を輝かせて俺を見た。

 おそらくは三十代にさしかかったようなおっさんだ。

 だいぶ髭が伸びていた。


「おう……悪いが助けてくれ」

「そうだな。その役目だ」


 俺がそう答えると、男は再びうつむいた。


 男に近づく。

 俺は短刀を鞘から抜くと、


「おい、大丈夫か。俺の目を見ろ」


 と言った。

 男が顔を上げた瞬間、刃を喉に差し入れる。


 鋭く研がれた名刀の刃は、殆ど何の抵抗も感じさせずに、つぷっと男の喉を貫いた。


「オッ……カッ」


 横にして差し込まれた刃は、気道を閉塞する。


 叫ばれては困る事情があった。

 大声が届く範囲に、まだ連中がいる可能性は、十分残っている。


「……ッ…」


 男は剣の柄に手をかけた。

 だが、男の剣は抜けない。


 俺が空いた左手で柄頭を押さえ、剣を抜けないようにしていたからだ。


 剣が抜けないことがわかると、男は俺の腕を掴み、精一杯抵抗をしたが、元より血を失った状態で、窒息までしていては、ろくに力はでないようだった。


 そうしているうち、ジタバタもなくなり、完全に息の根が止まった。

 それからさらに十秒待ち、短刀を引き抜いた。

 心臓が止まったあととはいえ、喉に溜まっていたのか、短刀を抜いた穴から、血がどろりと溢れてきた。


 だが、噴水のように吹き上がったりはしない。

 血糊がべったりついて、分厚いなめし革のようになった服では、戦うにも問題がある。

 苦しい思いをさせてしまったが、敵の死に方にまで思いを馳せている余裕はない。


 これで正解だった。



 ***



 死体漁りのようで若干気分が悪いが、俺は早速といわんばかりに、男の持ち物を漁った。

 まずは剣だ。


 短刀のほうが使い慣れているが、剣を使っても良いかもしれない。

 そう思って、剣を鞘から抜いてみると、やはりというか、両刃の直剣だった。


 長さが短めである以外は、厚みも広さもこれといって特徴のない、普通の剣だった。

 あえて分類するとすれば、ショートソードということになるのだろうか。


 俺が訓練を受けてきたのは、反りの入った短剣なので、諸刃の直剣などというものは、尚更慣れていない。

 殆ど興味を失いながら、どれほどのものかと、地面を使って剣を反らせてみた。


 ……全く反らない。


 まるでカッターナイフの刃を重ねたような、ギシギシとした感触が腕を撫でた。

 赤熱するまで焼いた剣を、冬場の水にボチャンと落として、そのまま引き上げて軽く研いだ。といった感じだ。


 こんなものでは、剛槍の一撃でも受ければ、枯れ枝が折れるようにポキッと折れてしまうだろう。

 あまり期待もしていなかったが、幾らなんでもこの剣を使おうとは思えなかった。


 他の荷物を漁る。


 食料の他に、腹に巻いたポーチのような袋からは、何故か鉄砲道具がでてきた。

 男は、鉄砲を持っていないし、見た限りでは近くに置いてある様子もない。


 ポーチには、鉛の粒が詰まった袋と、それとは別に火薬がはいっており、火縄袋には火が燻ったままの火縄まであった。

 鉛の粒は、熱して溶かして弾丸にするものだ。


 鉛の粒を弾丸にするための器具というのは、簡単に言えばたい焼き器のような形をしていて、たい焼きの代わりに丸い弾丸を作る空洞が開いている。

 大きさはさほど大きくはなく、手のひらサイズのものが一般的だ。


 鉄砲の口径は共通規格で何ミリなどと決まっているわけではないので、作りおきのものを一万個持って行って各兵に配っても、その弾丸は鉄砲の口に入らないかもしれないし、小さすぎて使えないかもしれない。


 なので、鉄砲には予め口径を合わせてある器具がセットになっていて、兵には鉛粒を配り、弾は各々が鉛を溶かして製作する。

 鉛は三百度少しの温度で溶けるので、熱源は焚き火で十分だ。

 小さいオタマのような器具を火にかざし、鉛粒を溶かして、たい焼き器の中に注ぎ込めば、弾丸は完成する。


 男は、鉛の粒はもっていても、肝心のたい焼き器のほうは持っていなかった。

 そっちのほうは火縄銃と常にセットで扱われるものなので、回収していったのだろう。


 火縄と鉛粒、そして火薬を置いていっているのは、それらは足りているのでいらない。という判断からだろうか。


 敵方は、少なくとも二丁以上の鉄砲を持っているわけだ。


 一瞬、ズンと心が重くなった気がした。


 すぐに気を取り直す。

 暗くなっている場合ではない。


 考えてみれば、こいつがここまで道具を持っているということは、こいつは射手と考えていい。

 誰かが継ぐ形で鉄砲を持っているとしても、そいつは元々鉄砲手ではないだろう。


 ともかく、火薬が手に入った。

 なんとか利用できないだろうか。


 火薬は、別に鉄砲にしか使えないわけではない。

 一握りほどの火薬を、ただ燃やしただけでも、至近距離で肌を晒していれば、熱に晒され火傷を負うほどの熱量を発する。

 単に燃やしただけでも、目眩ましくらいにはなるだろう。


 少しの間、考えこむ。

 五分ほど考えていただろうか。


 思うところあって、男の荷物を再び漁ると、調度良いものがあった。

 銅の皿だ。

 普段乱暴に磨いているのか、傷だらけの上、緑青(ろくしょう)まで浮いていた。


 行軍にあたっては、陶器の皿では割れてしまうし、木の皿では厚みがあってかさばるので、薄く作れる銅の皿は、なにかと便利なのだろう。


 これがあれば、多少使い道のあるものが作れそうだ。


 俺は、周辺の林を少し歩いて、大きめの石を探した。

 少し歩くと、人間の頭ほどの大きさの岩が、地面に顔を出していた。


 使うのを諦めた、男が持っていた剣を岩に乗せる。

 俺はもう一つ片手に収まる石を探すと、それで剣を叩いた。


 石に挟まれた剣は、パキンッ、と簡単に二つに折れた。


 破片が数個、勢い良く飛ぶ。

 今更ながら、たいへん危険なことに気づいた。


 破片が目にでも入ったら大変だ。

 服の中に入っても痛い目を見る。


 男の死体があるところに一度戻り、服を脱がすのは抵抗があったので、背負っていたバッグを回収し、中身を全部捨て、代わりに剣を突き刺した。

 丈夫な布なので、突き抜けて飛散するといったことはないだろう。


 石のところに戻り、ボロ布で手を包んで、作業を続行する。


 ぱきん、ぱきん、と剣を砕いていった。

 だいたいのところが終わると、穴だらけになったバッグに包み、持ち帰った。


 死体のところに戻ると、折れた剣の柄の部分を使って、銅板に一直線に溝を入れた。

 何度か繰り返して、溝を深くする。

 そして、剣の破片を並べた。

 火薬袋から少し火薬を出し、ボロ布に火薬をふりかけると、それを導火線として、火薬袋に差し入れる。

 それを皿の真ん中に置いた。


 そこでふと気づいた。

 鉛粒もいれとこうか。

 散弾のようになるかもしれない。


 一掴みほど鉛粒を入れようとして、少し考えてやめた。

 ほんの少しにしておこう。

 あまりに質量が大きくなりすぎると、力が分散されすぎ、肉どころか皮で止まってしまうかもしれない。

 それでは流石に意味がない。


 最後に、銅板を切れ目にそって力任せに曲げ、導火線を挟んで折りたたみ、火薬と鉄片と鉛粒の銅板サンドイッチを作った。

 こういった爆発物は、入れ物がある程度強固なほうが威力を増す。


 大分時間がかかってしまった。

 時間をかけた甲斐があればいいが。


 急がなければ。

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