<4>治療費の明細書を公開 2130万円かかっても自己負担ゼロ

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 昨年8月6日、新型コロナの発病で緊急入院し、年が明けた2月9日ようやく退院した槌田直己さん(57=仮名)は、一命は取りとめたものの、右足麻痺による歩行困難や肺機能低下といった重い後遺症を負った。発病前まで経営コンサルタントと親の介護をしていた槌田さんだが、同じコロナ感染で90代の父親を亡くし、その直前には70代の母親を失った。独り身となり、重い後遺症を抱えた今、なかなか仕事は再開できずにいるという。ところで、コロナ治療に要した経済負担はどれほどのものだったのだろうか。槌田さんは「これから感染してしまった人のために」と、つまびらに説明してくれた。(編集/構成=岩瀬耕太郎/日刊ゲンダイ)

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 入院中の記憶は、後になればなるほどハッキリしてきます。ただ医療関係者に負担をかけたのは入院した直後から数週間が一番大変で、後になればなるほど負担は減ってきたと思います。特にPCR検査の結果が陽性だった頃、医師や看護師の負担は大変なものだったでしょう。残念ながら大変な時期ほど記憶がなく、またわずかにある記憶も定かではありません。退院が近い頃は記憶がハッキリしてきましたが、余り手をかけていなかったと思います。しかし手がかかる患者を世話している医療関係者の姿をハッキリとした意識で見てきました。皆さん、本当に優しくてがんばっていらっしゃいました。

 看護師さんに「大変ですね」「がんばってますね」というと、ほとんどの看護師さんからは「槌田さんの方が頑張ったんですよ」と答えを返してくれました。私は冷たいビジネスの世界で生きてきたので、医師や看護師、補助員の方まで優しいなと感じます。今、病院関係者は全員マスクをして、眼鏡かフェイスシールドをしています。顔がよくわかりません。記憶がハッキリしてきても一人一人の顔を思い出せなくて申し訳ないのですが、とても頭の下がる想いです。

■苦しむ父を見捨て自分だけ助かったことに対する自責の念

 治療を終えて実感しているのは、死ねなくなったな、ということです。お恥ずかしながら以前は生きているのがイヤになって死んじゃいたいな、とか思ったこともありました。でもこれだけ多くの方に世話になって死にそうになっても生かしてもらったんです。私は入院当日、目の前で苦しむ父に延命治療はいらないと言って父の命を見捨てておきながら、自分が助かったんです。死にたいだなんて思っちゃ命を助けてくれた方々や父に申し訳ない、これから極力長く生きなきゃいけないと感じてます。

 今の私は24時間酸素吸入が必要で、満足に歩けなくなって、要介護3です。そんな私の状態を聞いて生きているのがツラいでしょうとお感じの方がいらっしゃるかもしれません。とんでもありません。これからどう生きようかと、楽しくて仕方ありません。営業マンが高いノルマをどうやってこなすか楽しんでる感じでしょうか。確かに選択肢は狭まったと思います。普通の人なら当たり前にできることができなくなってます。実際は厳しいはずです。でも人間はどんなときも目標が持てるんです。目標を持った方が気力が湧くんです。だからこそ、これから何ができるのか、何をやろうか、とどんな目標を立てるか楽しく思索してます。この年になっても、子供が成長するように昨日できなかったことが今日できるようになることは楽しいです。

■「医療費のお知らせ」を見てビックリ

 退院後知人に今回の入院のことを話すと「あなたには生きてやるべき事があるから生かされたのです」とおっしゃってくれる方がいます。ありがたい話ですが、本当かな?と疑問も感じます。こういった話は人生観等に深く影響しますからこれ以上語りませんが、私はこれからも精一杯生きようと思います。

 入院に関して気持ちの上では感謝感謝なのですが、現実的なお金の点でも感謝感謝です。日本の健康保険制度って本当にありがたいです。このことをお話しします。断っておきますが、前回寄付金を求められたという幻覚を見たと書いたのですが、寄付金なんて発生してません。どうかお間違えのないようにお願いします。

■リハビリにかかった387万円も…

 どなたも年に1回健康保険協会や市区町村から「医療費のお知らせ(健康保健医療費通知書)」が届くと思います。1年間に健康保険を使ってどんな医療機関に行き、総額でいくらかかって、窓口でいくら払ったかというのが記載された一覧です。誤りがないかどうかを確認すると同時に、自分や家族がかかった医療費を理解しなさいという意味で届くのでしょう。私の手元にも令和2年1月~12月までに通知書が届きました。

 見てビックリしました。なんと今回の新型コロナの治療で2526万635円かかってました。2500万円ですよ。実際こんなにかかってしまうものとはご存じなかったのではないでしょうか。皆さんも新型コロナに感染すると治療費を国が負担してくれるということは聞いたことがあるかもしれませんが、全額を国が負担してくれるのではありません。私の場合、集中治療室に居た約2カ月の費用は国の負担でしたが、一般病棟に移った後の4カ月弱は3割負担となっています。治療費総額のうち2138万7195円は国が負担してくれて、窓口負担“0円”です。残りはリハビリ代ということでしょう。

 リハビリ代の387万3440円は窓口負担の対象となりますが、病院の方で標準負担額減額認定(1カ月ごとの自己負担額の合計額が一定の限度額を超えた場合は、超えた額を支払わなくてよい制度)申請を出してくれたので3割負担ではなく、もっとずっと少ない額です。例えば10月の治療費は167万1440円+6万550円ですから3割負担だと51万9597円となりますが、実際そんなに払っていません。しかもこの通知書に記載されている金額は12月末までの金額で、実際は2月まで入院していましたから、総額ではもう150万円くらいかかってるはずです。こんなありがたい制度であったとは。私としてはますます死ねなくなります。今回、日刊ゲンダイDIGITALに原稿を書かせて頂いるのは様々な恩返しの意味もあります。こうして入院時の感想は気持ちの上でも金額面でも感謝感謝と感じ入っています。

私自身はコロナ差別を経験していないものの…

■現実に向き合おうとすると生じる様々な問題

 では退院後の感想はどうでしょう。まだ現実がよくわかっていないので気持ちの上では明るいのですが、現実を考えると頭が痛くなりそうです。まずはなんといっても今後の収入です。入院前の仕事は経営コンサルタントでしたが、実態は面倒くさい作業のアウトソーシングや雑用を請けていました。今の私の見た目は鼻に酸素吸入チューブが挿入されていて、足が不自由で歩くのも遅い。こういった人に対してお金を払って経営コンサルタントの仕事を依頼する人がどれくらいいるでしょうか。以前は顧客から話を聞いたら翌日にはすぐ現場等に動き出してましたから、今までと同じように仕事を請けることはできないでしょう。だから今後どういった仕事をするかは考えなければなりません。障害者認定がとれれば障害者枠で就職する方法もあるのでしょうが、下手な自信やプライドが邪魔して、障害者としての仕事を受け入れられる自信もないのです。多少の蓄えはあるのでしばらくは大丈夫そうですが、長期的には課題ありありです。

■生きるために不可欠な酸素吸入器は保険適用の3割負担でも月2万3000円

 支出は結構多くなってしまいます。24時間酸素吸入していますが、健康保険適用の3割負担であっても毎月2万3000円余りかかります。毎月の医療は訪問診療に変わり、医者がわざわざ来てくれて診療内容も増えるわけですから医療費は以前よりずっと多いです。要介護3認定で、介護保険サービスも請けられますが、元々なかった出費で、当然自己負担分は生じます。毎月の固定費は確実に増えました。

 また不自由な体での一人暮らしですからちょっとしたことでお金がかかります。例えば蛍光灯が灯らなくなった場合、自分で交換できません。交換しようと思えば便利屋さんなどに頼まないと交換できないかもしれません。住居も築40年の建物ですから、維持費が増えてくるでしょう。

 車も心配です。右足が不自由になったため、左足でアクセル&ブレーキを踏むよう改造した車で運転しなければなりません。私は仕事に車で行くことが多いのですが、移動距離が片道50kmを超える場合も多々あります。タクシー等を使って行ける距離ではありません。車の運転はとても好きなので時間をかけて休みながら行けば気分転換にもなって良いとは思っているのですが、正直アクセルとブレーキを踏み間違いそうになることはあります。 お金の件や生活上の心配事は今後たくさん出てくるでしょう。その都度対処していくしかないので、今から余り心配しないようにしています。

■私のせいで濃厚接触者となった非正規雇用の姪はクビに

 ところで新型コロナ感染者に対する差別や偏見があると世間では言われてますが、ありがたいことに私自身はまだ経験していません。ただ私の兄弟や姪はいやな思いをしました。

 驚いたことに、私が聞いた一番いやな経験は私の兄弟が親戚から受けたものでした。私の母は入院する2週間前の7月22日に亡くなり、27日に告別式でしたが、告別式は親戚関係だけの総勢12名しか参加しない葬儀でした。この10日後、今度は父が亡くなり、私が新型コロナで入院することとなりました。父の死を私の兄弟が親戚に告げたところ、母の葬儀に来てくれた親戚の一人が「もし自分(親戚)が感染してたらどう責任をとるつもりだ!」と深夜12時位に1時間以上クレームを言い続け、なかなか電話も切らせてくれなかったようです。比較的仲の良い親戚だったので意外でした。退院後、母の葬儀に来てくれた親戚に私が電話を入れたところ、他の親戚は優しく対応してくれたのですが、クレームを入れた親戚へは携帯にかけても電話に出ず、その後電話を躊躇してかけなかったのですが、先方からもかかってきませんでした。

 また姪の職場関係でも悪影響がありました。姪は自分の親や私が新型コロナ感染者となったので濃厚接触者に該当しました。彼女は非正規雇用者だったのですが、職場に濃厚接触者に該当した旨連絡を入れると解雇されてしまいました。本人も余り好きな職場ではなかったせいか転職を選び、今は別の職場で働いています。立場の弱い非正規雇用者は泣き寝入りすることも多いのでしょうね。

 コロナの感染者や濃厚接触者になったら職場への報告義務がある会社が多いと思いますが、報告したらクビになってしまう会社だったら報告できないですよね。私は3人兄弟ですが、兄弟の一人は感染者となり、もう一人は濃厚接触者となりましたが、二人とも職場では他の人にわからないように一部の管理職だけが事実を知っていたとのことでした。テレワークが増えたことも幸いして、今も引き続き同じ職場に勤めています。私のせいで身近な人に最低限の迷惑しかかけずにすんだので感謝感謝です。

 次回は2500万円以上かかったコロナ治療の記憶とリハビリについてお話ししたいと思います。

(文・槌田直己=仮名)※ぜひ動画もご覧ください。

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