スポーツというビジネスNo.3
2014/06/25
東京オリンピック・パラリンピック
(東京2020)とマーケティング
2013年9月7日アルゼンチン・ブエノスアイレス。IOCジャック・ロゲ会長が「TOKYO」の名前を読み上げた時の感動は忘れられない。まさにオールジャパンの勝利。国際ロビー力が弱いといわれていた日本が堂々と勝利した瞬間、日本人の顔が笑顔になったような気がするのは私だけではないと思う。
[Photo: Arne Dedert/dpa]/出典:dpa/時事通信フォト
2014年1月24日、2020年の東京大会に向けて、一般財団法人東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(森喜朗会長、以下組織委員会)が設立した。今後、2020年まで組織委員会が中心となって大会の準備に取り組んでいく。同年4月17日、電通は正式に組織委員会の専任代理店に任命され、今後マーケティングパートナーとしてスポンサーシップの募集をしていくことが決定した。私も電通の2020東京オリンピック・パラリンピック室に所属しマーケティング担当として日々クライアント各社と情報交換をさせていただいている。
今回組織委員会が掲げた1500億円以上というマーケティング目標は、先日閉幕し過去最大のマーケティング収益を確保したといわれているソチオリンピック・パラリンピックの1330億円を10%以上も上回る極めて高い目標だといえる。組織委員会が立候補時のマーケティング目標943億円を1500億円に上方修正したのは、スポンサー企業の関心の高さによる期待値もあるが、オリンピック効果もあいまった最近の資材費の急騰による開催経費の見直しも影響している。いずれにしても、日本のスポーツマーケティング史上最高の目標数字であることは間違いない。
オリンピックマーケティング
ここで、意外と知られていないオリンピックマーケティングを整理してみる。オリンピックを活用した権利ビジネスには、①IOC(国際オリンピック委員会)、②OCOG(大会組織委員会)、③NOC(各国オリンピック委員会)の3つの権利元が存在する。それぞれの権利元が、別々の権利内容でスポンサーセールスを実施している。
①IOC(国際オリンピック委員会)=TOPプログラム
IOCが販売するのがTOP(The Olympic Partners)プログラムだ。最上位概念のスポンサーで、現在コカ・コーラ、マクドナルド、GE、P&G、オメガなど10社(別表参照)が決定していて、日系企業では唯一パナソニックが2024年まで契約を締結している。それぞれの企業は、IOCと自社の保有する商品のカテゴリーで契約していて、そのカテゴリーにおいて、②大会組織委員会マーケティング、③各国オリンピック委員会マーケティングに対してカテゴリー独占権を有する。
②OCOG(大会組織委員会)=大会スポンサー(ジョイントマーケティングプログラム)
OCOGが販売する大会スポンサー。大会の運営費用を賄うために、TOPと競合しない範囲でIOCからカテゴリーをリリースしてもらい直接スポンサーに販売することができる。一般的に協賛階層はTier1~3の三階層のヒエラルキーに分かれ、階層ごとに金額、権利内容、契約期間が異なるのが一般的で、ロンドン大会の場合はTier1、2ともに7社ずつのパートナーが決定。リオデジャネイロ大会でも、現在Tier1が6社、Tier2が5社決定している。Tier3はサプライヤーと呼ばれ、大会に必要な物品提供を含むスポンサー群で、基本的に大会開催の2~3年くらい前からの販売になる。OCOGスポンサーは最長で6年間の契約を有し、東京2020のケースでは、2015年1月1日~2020年12月31日の契約期間になる予定。
オリンピックマーケティングの全体構造(東京大会の例)
東京大会については、東京大会に関する権利と、日本代表選手団に関する権利が一体となった「ジョイントマーケティングプログラム」が展開されます。
期間は、決定時期、Tier(階層)によって異なりますが、2015年1月から2020年12月まで、最長で6年間です。
③NOC(各国オリンピック委員会)=JOCパートナープログラム(日本の場合)
NOCが販売するのが各国の選手強化プログラムで、日本の場合JOCが販売するオリンピック日本代表応援プログラム(JOCパートナープログラム)である。かつてがんばれニッポンプログラムとしてスタートした本プログラムも、2013年~2016年で第11次となりすっかり定着してきた。現時点で7社のゴールドパートナーと22社のオフィシャルパートナー(2.5億円/4年間)が決定している。
一方で、②のOCOGマーケティングが2015年1月から権利行使期間に入ることに伴い、JOCプログラムは2014年12月で終了することも決まっている。これは、オリンピックの開催国においては、②と③を別々のパートナーに販売してはいけないというIOCとの契約があり、今後②と③をパッケージにして再度販売をすることから、ジョイントマーケティングプログラムと呼ばれている。2016年まで契約を締結しているJOCパートナーも今年いっぱいで契約を終了することになる。
できる限り少ない企業で最大の収益を
今後企業が東京2020をマーケティング利用するためには、ジョイントマーケティングプログラムのスポンサーになる必要がある。ジョイントマーケティングプログラムには、東京大会のスポンサーシップ(オリンピック、パラリンピックを含む)と合わせて、期間中のオリンピック・パラリンピック3大会(2016年リオ、2018年冬季ピョンチャン、2020年東京)とユースオリンピック3大会(2016年リレハンメル冬季、2018年ブエノスアイレス、2020年冬季<開催地未定>)の6大会の日本代表を応援する権利(JOCスポンサーシップ、JPCスポンサーシップ)が含まれる。
オールジャパンで招致を勝ち取った日本国内では、多くの企業から東京2020への協力希望が出ることが想定される。事実ブエノスアイレス以降、200社以上のクライアントからの問い合わせを受けている。しかしオリンピックマーケティングの原則は『できる限り少ない企業で最大の収益を』であり、ジョイントマーケティングスポンサーも最大で40社~50社程度に収まると思われる。これはTOPパートナーの権益を薄めないというIOCとの基本了解事項があるためだ。
オリンピックスポンサーの最大の権利は『オリンピックを応援している』と言える呼称権である。よく比較されるFIFAワールドカップサッカーの場合、公式スポンサーにはもちろん呼称権も付与されるが、最大の権利は世界300億人が視聴するテレビ放送に写りこむ看板の露出権がある。スポンサーヒエラルキーごとに露出場所・枚数の違いはあるが、SEEスポーツマーケティングの基本である看板や肖像権がメリットの中心にある。一方でオリンピックは全ての競技会場にスポンサー露出はなく、クリーンベニュー、クリーンスタジアムが徹底されている。各パートナーは高額の協賛金を出しても呼称権を保有するだけで、広報しなければスポンサーであることさえ露出されることはない。呼称権を自ら活用して初めて東京2020のスポンサーとして認知される。
よく、オリンピックスポンサーの媒体価値を聞かれることがあるが、看板掲出があるFIFAワールドカップや世界陸上などと違って、自動的に権利元が保証する(しかも金額換算できる)メリットがないため、協賛価値を説明できる資料はほとんど存在しない。ならばなぜスポンサーに興味を持つのか。それは、『できる限り少ない企業で最大の収益を』『一業種一社』の価値。最終的に40社~50社しか東京2020のスポンサーになれないという現実が、最大にして最も貴重な価値を生み出していると言える。
東京2020を一過性のムーブメントにしないために
ソチ2014が成功裏に閉幕し、2年後に迫ったリオ2016も選手の活躍によって盛り上がるだろう。ただし、どちらの大会も開催直前まで競技施設の建設の遅れなどの運営面での問題を抱え、本大会の実施で手いっぱいで、オリンピックムーブメントや大会後のレガシーまでは十分な対応ができていないのではないか。東京は招致の段階から大会自体の運営は当然のこととして、世界に向けたムーブメントの発信と明確なレガシーの構築を約束してきた。それは、十分な運営能力に基づく自信であり、東京2020が世界のスポーツ界のためにどのような貢献ができるかを全力で考え実施するという国際公約である。世界の課題先進国としてオリンピック・パラリンピックの抱える未来の課題を解決し、将来のスポーツ界の発展のための土台をつくる。その中心にあるのが「スポーツの力」であり、それができるのは震災によって「スポーツの力」の本当の意義を知っている日本だけであると訴えてきた。東京2020が果たすべき責任は重たい。
東北復興との連携も必須課題である。一部の競技の開催や聖火リレーなどは既に計画されているが、組織委員会が単独でできることには限界があり、より積極的な被災地支援との連携を実現するためにも、パートナー企業とコラボレーションした現実性の高い事業展開が重要になる。
パラリンピックの発展も重要な課題である。招致プレゼンテーションの佐藤真海さんの感動的なプレゼン以降、パラリンピックの注目度は飛躍的に高まっていて、パラスポーツ(障がい者スポーツ)への協賛希望も急増はしているが、企業にとってもパラスポーツへの支援をCSR=Responsibility(企業の社会的責任)の場として考えるだけではなく、CSO=Opportunity(企業の社会的責任を果たすための絶好の機会)として位置付けてほしいと考える。佐藤真海さんの言葉を借りると、都市インフラなどの物理的なバリアフリーだけではなく、精神的な垣根が取り払われることで初めて本当の意味のバリアフリーが生まれるだろう。東京2020は都市整備にとって最高の機会であると同時に、人々の意識を変える機会でもあってほしい。
「スポーツの力」の先にある無限の可能性
第2回で触れたように、東京マラソンをはじめとするマラソンイベントは視聴者(SEE)と参加者(DO)の距離を一気に縮めたことで、スポンサー企業にとって新しいマーケティング価値を生み出した。現在のマラソンブームを支える上でスポーツマーケティングの果たした役割は大きい。
2020年東京オリンピック・パラリンピックはどうだろう。視聴型か参加型かで分ければ、オリンピックは最も典型的なSEEスポーツである。ただし、東京大会は、単に観戦するだけのオリンピック・パラリンピックに終わらない。多くの国民が何らかの形で大会に参画することで、日本人の生活習慣や文化、世界観までもが大きく変革する巨大なムーブメントが起こる可能性を秘めている。企業にとっても近未来のショーケースとして最新技術を世界に示す絶好の機会になることは間違いない。もちろん大会運営費の半分近くをマーケティング収入が占める以上、協賛収入の最大化という課題もあるが、東京から地方へ、東北復興、パラリンピック、本当の意味でのバリアフリーの実現等々、組織委員会や国や東京都だけではなく、スポーツマーケティングの価値を最大化することで多くのスポンサー企業と連携しながら、一つ一つ「スポーツの力」の先にある夢を実現していかなければはならない。
2020年東京オリンピック・パラリンピック、そこにはスポーツマーケティングの限りない可能性があると同時に、2020年とその先に続く大きな責任が待っている。