迷子のドロドロスライム
チビドラゴンは、木々の間からニョッキリ見える塔を目指して森をぐんぐん抜けて行った。
目印があると、探し物はとっても簡単だ。
でも、ドワーフが言っていた怪物はちょっと怖いから、用心して歩いた。
チビドラゴンはドンドン歩く。
魔女の杖を持って帰ってこねこにしてもらう時の事を考えるだけで、ワクワクした。そうして歩いていく内に、いつからか後ろからジュルジュルと何か
なんだろうと振り返っても、誰も、何もいなかった。
けれど、絶対に何かがついてきているんだ。
だってチビドラゴンの足跡をなぞるように、緑色のドロドロがべとーって地面にくっついていたんだ。
なんでもドロドロに溶かしてしまう怪物に違いないと思ったチビドラゴンは、怖くなって駆け出した。
すると、
ガサガサ!
じゅるるるる……!
って、気持ち悪い音が追いかけて来た。
「わー!?」
チビドラゴンは駆けて駆けて、変な音が遠ざかり、もういいだろうというぐらい駆けて、それからサッと木の陰に隠れたんだ。
そしてドキドキしていると、じゅるじゅると音がして、ソイツが追いついて来たのが分かった。
一体どんな怪物だろうかと、こわごわ木の陰から覗いてみると……
それはお皿から床に落っこちてしまったゼリーみたいな、ドロドロのスライムだった。
大きさはチビドラゴンと同じくらいだ。
ドロドロのスライムはチビドラゴンを探しているのか、じゅるじゅると動きまわり、キョロキョロしていた。
スライムが動きまわると、地面の小枝や石ころがスライムの
(ひゃああ、本当になんでも溶かしちゃうのか)
チビドラゴンが息を
「ドラゴンの子供、何もしないから出て来てちょうだい」
その声は、女の子のかわいらしい声だった。
ちっとも姿に似合っていないから、チビドラゴンは
「さっき森の入り口でドワーフと話しているのを聞いたわ。私も塔へ行きたいのよ。でも、私ったら
スライムはそう言いながら、今にも地面に溶けてしまうんじゃないかというくらい平たくなってしまった。
チビドラゴンは呆れた顔をして、木々の間から見える高い塔をチラリと見た。
(塔はあんなに目立っているのに?)
「ここから見えている塔に行けないはずがないって思っているのでしょう?」
チビドラゴンの気持ちを読んだみたいに、スライムが言った。
「見えているけれど、めざして近づいても、いつの間にか離れていってしまうの。だから連れて行ってくれないかしら……他の人に頼んでみた事もあったけれど、みんな私の姿を怖がって逃げてしまうのよ……でも仕方がないわよね……私の身体はなんでも溶かしてしまうから」
悲し気な声に、チビドラゴンの心が痛んだ。
99年もひとりぼっちで迷子で、みんなに怖がられているなんて。
まるで未来の僕みたい。
チビドラゴンはそっと木の陰から顔を出す。
「いいよ、一緒に行こう」
チビドラゴンはそう言いながら、あの影は寂しい僕に、どうして同じように「一緒に行こう」って言ってくれなかったのかなぁって思ったんだって。
*
それからチビドラゴンとスライムは、塔へと向かいながら色々なお話をした。
スライムが塔へ行きたい理由は、スライムにもわからないらしくって、
「なぜだかとってもあの塔へ登ってみたいのよ」
と、教えてくれた。
とても立派できれいな塔だったから、チビドラゴンだって目的がなくてもそう思ったかもしれない。
チビドラゴンが子猫になりたい事を言うと、スライムは不思議そうに聞いてきた。
「どうして? あなたは立派なドラゴンになれるのに」
「でも、みんなが怖がるでしょ?」
「怖い事をしないって約束すればいいわ。さっきの私みたいに」
「僕の言う事なんて誰も信じないよ。みんな自分より強いヤツや偉いヤツが怖くて嫌いなんだ」
「あら、そんなヤツらの子猫になりたいの?」
スライムはそう言うと、じゅるじゅるっと変形をして身体の一部分だけ子猫の形になって見せてくれた。
これで、チビドラゴンは初めて子猫がどんな生き物か知ったんだ。
「わあ、かわいいね」
「にゃーんって鳴くのよ」
「鳴き声もかわいいんだね。うん、やっぱり僕、こねこになりたい」
「自分より小さくて弱いものしか認めないヤツらも、そりゃあ喜ぶでしょうしね」
「うん、僕は僕を見て怖がられるより喜んで欲しいな」
「私はあなたを怖くない。あなたは優しい素敵なドラゴンよ。こんな姿の私を助けてくれるんだから」
スライムはそう言った後、にっこり笑った。
スライムはドロドロだから、本当に笑ったのかよく分からなかったけど、チビドラゴンにはそう見えたんだ。
その時、チビドラゴンの胸に、ポッと温かいものが灯ったんだよ。
影にたくさん植え付けられた氷のように冷たいものが、ぬるくなってチビドラゴンの胸をつたうから、くすぐったかった。
チビドラゴンは小さな声で「ありがと」って言って、塔を目指して歩いたんだって。
*
それから、半年が経った。(半年は、6か月だよ。12か月で一年だ)
どういうことかと言うと、チビドラゴンもスライムと同じで目の前の塔に辿り着けなかったんだ。
塔は見えているのに、どういうわけか気づくと別の場所を歩いているんだ。
何度も何度も試したけれど、一頭と一匹は塔を囲む壁の門すらくぐれずにいた。
その間に、チビドラゴンとスライムは随分仲良くなったんだって。
一緒に焚火を囲んでお喋りをしたり、地面に絵を描いて遊んだり、おはよう、おやすみを交わしたり。
時には喧嘩したりね。
チビドラゴンは、ひとりぼっちだったらきっとくじけていた。
99年も一人ぼっちで塔への
「今日も駄目だったね」
「そうね……」
スライムは出会った頃より少し縮んでしまった。
最近は元気もどんどん無くなっているみたいだった。
かわいい声のお喋りもほとんどしなくなって、喋ってもちょっとだけだ。
なんだか言葉がわからなくなってきたの、と言うので、チビドラゴンはとっても心配だ。
スライムって本当は喋らない生き物なのかな。
それとも、寿命が100年くらいなのかも。
「元気を出して。あの塔へあんなに行きたがっていたじゃない」
「そうね。どうしてだったかしら」
「それは……だって、あんなに立派な塔だもの。一番上の階から外を見たらきっと素敵な景色が見られるよ」
「そうね」
スライムは小さくなった身体の中で、ポコポコとあぶくを作ってちょっと笑った。
ある日の朝、いつも早起きだったスライムがちっとも起きなかった。
声をかけても眠そうだったので、仕方なくチビドラゴンは一人で塔に向ってみたんだ。
どうせまた、別の場所に出ちゃうんだろうな、なんて思いながら。
でもね、あっけなく塔の周りを囲む壁の門をくぐってしまったんだ。
チビドラゴンは驚いて、塔の入口まで進んだ。
入り口には金色の扉がついていて、そっと開けてみるとカギはかかっていなかった。
覗き込むと、明り取りの窓からさす光にてらされて、くるくると続く
チビドラゴンは息が吸えなくなるほどおどろいて、そーっと金色の扉を閉めると一目散にスライムが眠っている場所まで駆けて行った。
それから急いでまだ眠そうなスライムを連れて塔へ向かったんだけど……なぜか今度は塔に辿り着けなかったのさ。
*
「きっと、私、の、せい」
スライムが千切れた言葉でそういって、さらに小さくなった。
スライムの声は千切れて、ぐじゅぐじゅと溶けちゃっていた。
「私が、いる、から」
「……」
チビドラゴンは何も言えなかった。
あれから何度も試したけど、自分だけの時だけ、塔に辿り着けるからだ。
「ひとりで、いって」
「でも、あんなに行きたがってたのに」
「いいの」
スライムが泣いてるように笑うから、チビドラゴンまで悲しくなった。
どうしてもスライムを連れて行ってあげたかった。
抱えて行ってみたらどうだろう?
でも、スライムの身体は触れると何でも溶かしてしまうから、抱えて行ってあげられない。
袋や籠も試したけれど、溶かしてしまう。
「……でも、僕はドラゴンだ。みんなが怖がるくらい、強いんだ」
チビドラゴンは決心して、スライムを抱き上げた。
スライムのドロドロした身体を抱き上げたドラゴンの手のひらから、ジュッと音がした。
火に触ったように痛かったけれど、チビドラゴンはそっとスライムを肩に乗せた。
チビドラゴンの肩には、丈夫なうろこがたくさんはえているから、じゅうじゅうと溶ける速さが他の物より少し遅いみたいだった。
チビドラゴンはホッとした。
それでも、急がなくちゃ!
チビドラゴンは急いで塔へ向かった。
塔の目の前で、道に迷う事は無かった。
そして、とても簡単に(チビドラゴンのうろこは溶け始めていたけれど)、チビドラゴンとスライムはとうとう塔へと入ることができたんだよ。