子猫になりたいチビドラゴン
雪がキラキラ光る冬の日の事だった。
晴れ渡る空を二つに割って、青い
世界中に積もった雪が舞い上がって、もう一回空から降りなおすほどのすごい稲妻だったんだよ。
この稲妻は、ドラゴンの卵が
卵の殻を割って、小さなドラゴンがひょっこり顔を出した。
かわいい男の子のドラゴンだ。
チビドラゴンは丸くて大きな目玉を開き、辺りをキョロキョロ見渡した。
けれど、ドラゴンの秘密の巣の周りには深い森が広がっているだけ。
チビドラゴンはひとりぼっちだった。
チビドラゴンはふるふるふるえて、一番大きな殻の欠片に隠れて一晩を過ごした。
夜の森は底なしに深くて暗くて、寂しかった。
朝が来て、また夜が来たけれど、チビドラゴンはやっぱりひとりぼっちだ。
そのうちチビドラゴンの身体が少し大きくなって、来る日も来る日もゆりかごにしていた殻が割れてしまうと、チビドラゴンはピーピー泣いた。
大きな泣き声を聞けば、誰かが見つけてくれると思ったんだ。
けれど、声を聞きつけてやって来たのは不気味な影だった。
「おー、おー、そんなに泣いて。秘密の巣の場所がバレてしまっているぞ」
不気味な影は、そう言ってニヤニヤ笑った。
影の口からは、太くて鋭い牙がゾロリとそろっているのが見える。
チビドラゴンは、ようやく自分以外の誰かに会えたけれど、怖いと思った。
「ひとりぼっちなんだろう、かわいそうに。友達になろう」
影はそう言って、チビドラゴンの小さな影に
そしてそれからというもの、チビドラゴンにヒソヒソささやくんだ。
おまえはこれからどんどん大きくなって強くなる。
みんながおまえを怖がって、みんながおまえを嫌いになるぞ。
おまえと並ぶものはなく、一生ひとりぼっちだ。
「どうしてそんな事を言うの?」
「友達だからさ。おまえの為に言っているのだ。見てごらん、自分の鋭い牙と爪。みんな怖がっておまえをやっつけにくるぞ。なんてひどいヤツらだ」
影はそう言って、毎日朝から晩まで『かもしれない』いろんなものの悪口を言いつづけた。
全部チビドラゴンを守る為に教えてくれているのだと言うけれど、チビドラゴンは嫌な気持ちになるばかり。
ある日とうとう、影の悪口を止めて聞いてみた。
「これからそんなにも嫌われる僕はどうしたらいいんだろう?」
「どうしようもないさ。その牙と爪とどんどん大きくなる身体がある限り」
「怖い事はしないと約束したらどうかな」
「おまえの言う事は、誰も信じてはくれない」
「そうなの」
しゅんとするチビドラゴンに、影はニヤニヤして言った。
「みんな、自分より強かったりえらいヤツが大嫌いなのだ。おまえを無視するか、悪い所を探して言いふらすぞ。そしてきっとやっつけに来る。……でも、そうだな。おまえがただの子猫だったら好きになってくれるかもな」
「こねこ? じゃあ僕、こねこになりたい」
「それがいい。この森を出て、西の方へずっと進むと魔女の住む塔がある。その塔にある魔女の杖を取って来るんだ。そうしたら、その杖で俺が子猫になる魔法をかけてやろう。なあに、塔に魔女はいないから簡単だ」
チビドラゴンはそれを聞いて喜んだ。
こねこが何かわからなかったけれど、みんなに好かれるというのだからきっと
「でも、魔女の杖を勝手に持ってきてしまっていいのかな?」
「大丈夫だ。魔女はずっと昔に塔を去った」
「そうなの。杖を持ってきたら、絶対こねこにしてね」
さっそく、チビドラゴンは杖を探しに、西の魔女の塔をめざして旅に出たんだ。
*
そうそう、チビドラゴンの影にもぐりこんだ不気味な影は、旅にはついてこなかった。
なんでおまえの為に苦労しなくちゃいけないんだよって、どこかへ消えてしまったんだって。
だからチビドラゴンは一人で旅をした。
たまに人間の旅人やエルフの商人を見かけたけれど、チビドラゴンは隠れて見つからないようにした。妖精の子供たちが仲良く遊んでいるのを見かけた時は、さびしかった。
嫌われるのが怖かったし、もしかしたら乱暴されるのかもと思うと、挨拶なんてとてもできなかったんだ。
早くこねこになって、あの人たちに挨拶したりお話をしたりしたいなぁって、チビドラゴンは西の魔女の塔へ急いだ。
そして、いよいよ西の魔女の塔が見えてきた。
塔は深い森の奥からニュッと頭を出していて、これなら迷わないなってチビドラゴンは安心して森の中へ入って行こうとした。
すると、森の入口にある大きな岩と岩の間から声が聴こえてチビドラゴンを止めた。
「子供のドラゴン君、この森へ入らぬ方がいいぞよ」
「どうして?」
チビドラゴンは岩と岩の間をそっと覗いた。
岩と岩の間には、深い横穴が開いていた。その暗闇でたくさんの目玉がキョロキョロしている。
きっと、岩と大地にもぐるドワーフだ。
ドワーフたちは口々に教えてくれた。
「この森は昔魔女が守っていたのじゃが、魔女がいなくなってしまった」
「魔女がいなくなって、
「なんでもドロドロに溶かしてしまう怪物じゃ」
「なんでもドロドロに? 僕は見てのとおりドラゴンです。この硬いうろこも溶けますか?」
岩と岩の間から、コショコショ話し合う声が聴こえた。
ドワーフたちは、答えがわからないみたいだった。
そのうちコショコショ話を終えて、一人だけの声が聴こえた。
「なぜ森へ入りたいのか」
「魔女の杖を見つけて、こねこにしてもらうんです」
「……」
またドワーフたちはコショコショと話し合った。
何を話しているんだろうと、チビドラゴンはそっと耳を近づけてみたんだ。
すると、ドワーフたちはこんな事をコショコショ言っていた。
「こねこになりたいと」
「ドラゴンなのに」
「バカのドラゴンじゃ」
「大きくなったらやっかいじゃ」
「バカの大きいドラゴンはやっかいじゃ」
「行かせよう」
「それがいい」
チビドラゴンはムッとして、もうドワーフたちの声にかまわない事にした。
そして、まだコショコショ聴こえてくる岩を通り過ぎて、森へと入って行った。