問題状況があれば対策が取られる、わけではない ―「ハローワーク求人ホットライン」の開設を促したもの―
【厚生労働省が「ハローワーク求人ホットライン」を開設】
3月24日より、厚生労働省は「ハローワーク求人ホットライン」を開設することとなった。厚生労働省職業安定局の3月20日報道発表「ハローワークでの求人票と実際の労働条件が異なる場合の対策を強化します」(こちら)に詳細が記されている。
求職者や就業者からの申出を全国一元的に受け付ける専用窓口で、一時的なものではなく、恒常的な窓口の開設のようだ。申出があった場合には、「都道府県の労働局・ハローワークは、労働基準監督署や日本年金機構、都道府県の消費生活センターなどと連携を図り、該当する企業などに対して事実確認と必要な指導などを行います」とのこと。
また、「平成26年度からは毎年、ホットラインや全国のハローワークに寄せられた申出の集計・分析を行い、求人票と実際の労働条件が異なるようなことが起こらないよう、防止策の検討や実施に活用します」とも、報道発表資料には記されている。
【開設に至る経緯】
厚生労働省報道発表資料では、開設に至る経緯が次のように記されている。
平成 24 年度に全国のハローワークに寄せられた申出で、求人票の記載内容と実際の労働条件が違うといった申出は、 7,783 件でした。申出の内容の上位は、賃金に関することが 2,031 件( 26 %)、就業時間に関することが 1,405 件( 18 %)、選考方法・応募書類に関することが 1,030 件( 13 %)でした。
このような状況を踏まえて以下の対策を行い、 求人票の記載内容の正確な把握に努め、引き続き、求職者の期待と信頼に応えられる職業紹介・就職支援を行っていきます。
これだけを読めば、問題状況があるため、対策を取ることにしました、と読める。しかし、問題状況があれば直ちに対策が取られるわけではない。求人票に虚偽の記載があるという問題は、最近になって急に生じた問題ではない。そうではなく、最近になって問題状況に各方面から光が当てられるようになったために、対策が取られるようになったと考えられる。
関連する最近の動きを筆者が把握している範囲で列挙すると、下記の通りだ。
(1)2013年3月7日~4月5日:連合山口
連合山口が求人票に係るトラブルのさらなる実態把握と世論喚起につなげるため、求人票に係る労働条件相違に関する集中相談キャンペーン「求人票110番」を実施(概要はこちら)。これをきっかけにNHK山口放送局は求人票トラブルを番組で取り上げたという。
(2)2013年7月31日:NHK
NHKが「求人票苦情 全国6600件余」をニュースで報道。NHKが全国47の労働局に取材したところ、求人票の記載内容と実際の労働条件が違うなどとしてハローワークに寄せられた苦情が2012年度に全国で少なくとも6641件に上ることが報じられた。
苦情の内容として賃金、社会保険、雇用形態にかかるものなどがあることが紹介され、日本労働弁護団の棗一郎弁護士によるコメント「国の機関であるハローワークの職業紹介制度の根幹を揺るがしかねない事態で、国は直ちに対策を取るべきだ」が合わせて紹介された。
(3)2013年9月:厚生労働省
ブラック企業問題への対応が迫られる中で、厚生労働省は9月1日に「若者の『使い捨て』が疑われる企業等に関する無料電話相談」を実施。さらに、9月を「過重労働重点監督月間」とし、若者の「使い捨て」が疑われる企業等に対し、集中的に監督指導等を実施した(実施概要はこちら)。
集中指導監督の結果は12月17日に「若者の『使い捨て』が疑われる企業等への重点監督の実施状況」として公表され(発表資料はこちら)、重点監督を実施した事業場の約8割に法令違反が指摘されたことなどがメディアで大きく報じられた。
電話相談も重点指導監督も、求人票に特に焦点を当てたものではないが、ブラック企業問題に厚生労働省が正面から向き合った取り組みとして注目される。
(4)2013年10月7日:NHK
NHK「あさイチ」が「どう身を守る!?ブラックな職場」を特集(概要はこちら)。番組の中で、労働条件の記載が曖昧な求人票の内容をキャリアセンター職員が企業に問い合わせ、学生に伝えている淑徳大学の事例が取り上げられた。
(5)2013年11月23日:ブラック企業対策プロジェクト
ブラック企業対策プロジェクトメンバーの上西充子・今野晴貴・常見陽平が無料冊子「ブラック企業の見分け方~大学生向けガイド~」を公表(冊子はこちら)。同冊子第4章「求人情報・雇用契約から見分ける――だます意図を見抜こう」で今野晴貴(NPO法人POSSE代表)が「求人票→説明会→採用面接→内定の取り交わし→本契約」のいずれかの段階で、低賃金・長時間労働の契約を「後出し」で結ばせる企業があることに注意を促した。
(6)2013年12月10日・11日:連合
連合が「全国一斉労働相談キャンペーン就職後に泣かないための、就活応援ホットライン-その求人広告・求人票 大丈夫?-」を実施。「求人票や求人広告に書かれていた労働条件と実際の労働条件が違っていたというトラブルが起きています」とリーフレット(こちら)で注意を呼びかけた。「求人広告・求人票」をテーマとした相談を連合が全国一斉で行ったのはこれが初めてという。
実施報告(こちら)によれば、430件の相談が寄せられ、「求人票には正社員とあったが、会社では契約社員となっていた」など、求人票をめぐるトラブルも多く寄せられたという。
(7)2013年12月30日:東京新聞
東京新聞が朝刊で「見込み残業違反1343件 制度悪用不払い横行 本紙調査 過労助長実態判明 昨年10都道府県」を報道(記事はこちら)。求人票トラブルを取り上げた記事ではなく、「見込みの残業代をあらかじめ給与に盛り込む『固定残業代』を悪用したサービス残業(残業代未払い)」を取り上げた記事だが、「求人広告で固定残業代を明記せず、給料を実際よりも多く見せるケースもある」と、求人の在り方も問題と指摘されていた。固定残業代の問題の広がりについては、東京新聞が固定残業代に絡んだ労働基準監督署の是正勧告書と指導票を情報公開請求し、計1343件の違反があったことを報じている。
同記事では厚生労働省の対応として、「固定残業代について厚労省労働基準局監督課の担当者は『サービス残業が発生しやすいシステムとは認識している』と説明。『問題があれば労基署の指導監督で個別に対応するもので、現時点で規制や実態調査の予定はない』と話している」と記されていた。
(8)2014年1月14日:日経新聞
日経新聞が朝刊で「『求人票と実態違う』 苦情・相談 7000件超」を報道(記事はこちら)。「厚労省によると、各地の労働局などにも2012年度、求人票に関し7783件の苦情・相談があった」ことを報じると共に、「連合が昨年12月10~11日に行った若者向けの無料電話相談では、求人票に関するトラブルの訴えが相次いだ」ことも報じている。
同記事では厚生労働省の対応として、「ハローワークで求人する企業は、厚労省が定めた申込書に賃金や就業時間、休日数などを記入する仕組み。同省の担当者は『求職者に誤解が生じないよう記載の仕方を指導している』と話す。ただ、記載内容が実態と違っても法的な罰則はなく、企業のモラルに任されている面が強い」と記されていた。
(9)2014年1月18日:TBS
TBSの朝7時からのTV番組「サタデーずばッと」が「国は抜本的な対策を講じないのか? ハローワークの求人票が実態と違う!苦情7783件」を特集(番組概要はこちら)。求人票の記載とは異なり、厚生年金と健康保険に加入できないなどの問題があった事例などを紹介。
虚偽の求人を出しても罰則がないこと、今後罰則を設けることを現時点では想定していないことなどの厚生労働省の見解がフリップで示された。
コーナーゲストの嶋崎量弁護士(ブラック企業対策プロジェクト事務局長)が「実際にハローワークを通じて働き始めた人の労働条件と求人票の内容に齟齬があるのかないのか、そこをきちんとチェックする過程が踏まえられていないのが問題」と指摘。
コメンテーターの菅原一秀衆議院議員(自民党:元厚生労働省政務次官)が「罰則を設けないと、やっぱり、後を絶たない。年間7700なんて、ありえませんよ、これは」と指摘。同じくコメンテーターの長妻昭衆議院議員(民主党:元厚生労働大臣・年金改革担当大臣)も「公的なハローワークですから、信頼を揺るがすというのは、これは、きっちりと、国会等でもやっていきたいと思います」とコメント。
(10)2014年1月21日:全国一般東京3労組
全国一般東京3労組(全国一般東京東部労組・全国一般東京南部・全国一般東京労組)が東京労働局(厚生労働省の出先機関)に対し、固定残業代制度は違法なものであるとして、その拡大を止めるよう要請(概要はこちら)。労働局の担当者は「固定残業代制度はただちに問題とは思っていないが、不適切な事案には個別に指導している」と回答したと記されている。
続く1月26日には、NPO法人労働相談センターが「固定残業代」問題に関する集中労働相談を実施している(概要はこちら)。
(11)2014年2月19日:ブラック企業対策プロジェクト
ブラック企業対策プロジェクトメンバーの嶋崎量・上西充子・今野晴貴が無料冊子「企業の募集要項、見ていますか?―こんな記載に要注意!―」を公表(冊子はこちら)。厚生労働省で記者発表を実施。初任給に残業代を組み込んだ固定残業代の問題などを指摘。第4章「わかりやすい労働条件の提示に向けて」では嶋崎量弁護士が、ハローワークの求人票トラブルの件数に触れながら、次のように国の対応を求めた。
ですから、こんな事態を改善するために、ハローワークの求人と、実際に結ばれた労働条件が異なっている場合がどれくらいあるのか、まずはきちんとハローワーク(国)が責任をもって実態調査を行うべきです。すべてを調査するのは難しくても、一定数のサンプル調査であれば、調査に必要となる人員や予算の問題も、ある程度クリアできるでしょう。
そして、その調査結果に応じて、国は、具体的な対策を講じる必要があります。問題のある企業には、求人を出させないようにする、問題のあった企業名を公表するなど、さほど予算がかからなくても、効果のある対策は考えられますし、ハローワークという公共サービスに対する利用者の信頼を高める意味もあります。
また上記の冊子の内容に関連して、3月1日に公開した筆者のYahoo!個人ニュース「就活中の学生が気づきにくい、募集要項の落とし穴」(こちら)にて、企業の募集要項(求人票)や給与支払い方法をめぐるトラブルが問題になっていることを、固定残業代に焦点を当てて紹介。厚生労働省が実態調査に乗り出していないことを上記(7)の東京新聞の記事に基づき言及。この記事は広く読んでいただくことができた。
(12)2014年2月27日:NHK
NHKニュース「募集要項「営業手当て」「裁量労働」などに注意を」にて、ブラック企業対策プロジェクト発行の上記の募集要項関連冊子が紹介され、嶋崎量弁護士のコメントがあわせて紹介された。
(13)2014年3月3日:NHK
NHKの22:30からの番組「NEWSWEB」中の「気になるニュース」で、「就活生は募集要項に注意」と題してブラック企業対策プロジェクト発行の上記の募集要項関連冊子が紹介された。嶋崎量弁護士がゲストに招かれ、コメント。
(14)2014年3月11日:日本共産党
日本共産党の吉良よし子議員が参院予算委員会で「固定残業代制」の問題を取り上げ、全国的な調査を求めるとともに、残業時間に上限規制がない労働基準法の改正を主張。「固定残業代制」について、田村憲久厚労相は「全国的に調べたい」と回答。
吉良議員は、労働者を募集する際に▽基本給と残業代を分ける▽固定残業代制をとっていることを明示する義務付けなどを提案。民間の求人業界にも行うよう求めたのに対し、田村厚労相は「紛らわしい書き方があれば監督指導したい」と答えたと伝えられている(しんぶん赤旗の3月12日記事はこちら)。
(15)2014年3月19日:労働政策審議会
第34回労働政策審議会(概要はこちら)が開催され、逢見直人委員(UAゼンセン会長)が求人票の問題を取り上げた。特に問題があるものとして固定残業代や雇用形態の問題をとりあげ、運用・制度の改善を含めて検討を求めたと伝え聞いている(議事録は今後公開予定)。
このような経緯を経てようやく、3月20日の厚生労働省による「ハローワーク求人ホットライン」開設の報道発表に至るのである。
他にも筆者が把握していない動きがあるだろう。また、ブラック企業問題を取り上げたNHK・Eテレの特集などでも、労働条件をめぐって当初の話と実態が違うという問題は事例に即して取り上げられていた。さらに、2013年10月~12月に日テレで放送された「ダンダリン 労働基準監督官」や、2014年2月にNHK・Eテレで放送された「明日から役立つワークルール~初めての労働法~」なども、労働法に関する知識の習得と権利意識の向上に寄与したと考えられる。
【求めなければ、対策は行われない】
この間の動きの何が厚生労働省を動かすことになったのかは、筆者にはわからない。しかし、いずれか単独の動きによるというよりは、上記のような様々な動きの積み重ねが、厚生労働省を動かすことになったのではないかと筆者は考えている。
言い換えれば、問題状況があっても、社会が対策を求めなければ、対策が行われるわけではない、ということだ。労働相談による問題事例の掘り起こし、独自取材による問題の広がりの把握、キャンペーンや報道や冊子などによる注意喚起と問題の周知、専門家による問題の解説、政治家への働きかけ、厚生労働省の対応への追及、国会や労働政策審議会の場での要請などが積み重ねられて、ようやく、事態は動きつつあるのだろう。
【当事者だからこそ、できること】
ただし、今回厚生労働省が取った対応は、「求人ホットライン」の開設にとどまっている。実際の労働条件とは異なる労働条件を求人票に記載することに罰則を設けるとか、固定残業代の場合はその記載を求人票に義務づけるとか、固定残業代の制度を認めないとか、そういう対応ではない。「求人ホットライン」を設けて、問題事例を積極的に掘り起こすことに乗り出した、という段階である。
さらに次の段階の対応を求めていくためには、求人票トラブルの被害者が当事者として「求人ホットライン」に申出を行い、当事者の立場から厚生労働省に対応を求めていくことが大切だろう。多くの当事者が声を上げて初めて、問題の広がりが把握され、問題の内容が明らかになり、必要な対策を後押ししていくことになる。
当事者にしてみれば、「求人ホットライン」に電話をしてみたところで自分の問題が解決するわけではないし、かえって面倒なことになりそうだ・・・と思うかもしれない。そうはならない、という保証はない。けれども、同じような被害が繰り返されることを防ぐために、「求人ホットライン」に情報を寄せていただきたいと願う。
現在、国会で成立が間近と伝えられている過労死防止に関する法律は、過労死遺族を中心とした「過労死防止基本法制定実行委員会」(団体のHPはこちら)がねばりづよく制定を求めてきたものだ。2010年10月に第1回の院内集会を開き、これまでに開催された院内集会は計9回に及ぶ。過労死防止基本法の制定を求める署名はこれまでに53万筆を超える数を全国から集めている。「過労死防止基本法の制定を求める意見書」の採択の取り組みも全国の地方自治体で続けられている。
過労死遺族の方々にとっては、家族をうしなった悲しみや生活上の苦労、労災認定を勝ち取るための闘いなど、自分達のことだけで精一杯であってもおかしくない。にもかかわらず、ねばりづよく問題提起を続け、各政党の議員への働きかけを続けてきたのは、これ以上過労死が起きてほしくない、自分達と同じ思いをする人をこれ以上増やしたくないという思いからだという。
過労死という大きな悲劇に対しても、対策は容易にはとられない。けれど過労死遺族の方々は、ねばりづよく、少しずつでも、状況を動かそうとされている。そして実際に、状況は少しずつ、動いてきている。
求人票トラブルについても同じだろう。状況は劇的には変わらないかもしれない。けれど、当事者の方々が被害実態を伝え、対策を求めないことには、状況は変わっていかない。そして、当事者の声を受け止める体制は、整いつつある。
【夜間の相談対応を・民間求人の実態把握を】
最後に、厚生労働省へのさしあたりの要望を2点、記しておきたい。
第1に、夜間の相談対応を行っていただきたい。「ハローワーク求人ホットライン」は、平日の8:30-17:15となっている。専用のホットラインを設けたことは評価したいが、この時間帯では、劣悪な労働条件の中で働いている人が申出をすることは難しい。月に何度かだけでも、夜間にもホットラインの開設を求めたい。ブラック企業被害対策弁護団とブラック企業対策プロジェクトが共催で3月20日の18時~26時に実施した「深夜のブラック企業ホットライン」(案内はこちら)には、3台の特設電話では対応しきれない数の相談が途切れることなく寄せられた。行政も本気で問題状況に対処しようとするなら、当事者が置かれた状況に応じた対応が必要だろう。
第2に、ハローワーク求人以外の求人についても、問題状況を把握していただきたい。言うまでもなく、ハローワークの求人票だけに問題があるわけではない。民間の求人広告や就職ナビにも、実際の労働条件とは異なる労働条件が書かれていることがある。また、労働条件の記載が不十分なものもある。問題が具体的に表面化していないのは、問題が掘り起こされていないからに過ぎない。求人票トラブルの蔓延を直視するなら、ハローワーク求人だけに政策対応の範囲を限定すべきではないだろう。
■2014年3月22日追記■
ご指摘をいただき、若者の「使い捨て」が疑われる企業等に関する厚生労働省の取り組みおよび「ダンダリン」放映を追記した。あわせて「明日から役立つワークルール」についても言及し、追記・修正を行った。