あの饗宴から1年。2度目の出陣となったミュージカル『刀剣乱舞』 加州清光 単騎出陣2018が9月12日(水)から10月13日(土)までの1ヵ月間、東京・宮城・大阪・北海道の4都市で敢行された。
もちろん今回も加州清光による完全ソロライヴ。自ら打ち立てた伝説を塗り替えることができるのは自分だけ。そうイタズラっぽく笑むように、加州清光は、眩いステージライトを浴びて、歌い、踊った。その孤高の戦いを、ここに書き記してみたい。
取材・文・撮影 / 横川良明
俺だけを見てくれ。赤いダリアが暗示する加州清光の胸の内
舞台脇に、赤い花が咲いていた。花の名前は、ダリア。花言葉は、“華麗”。麗しき加州清光に、ぴったりの花だ。けれど、ダリアには別の花言葉もあるという。その美しさから、多くの人を魅了したダリア。かのナポレオン皇妃もダリアを愛し、自身の庭園で大事に育てていた。しかし、そんなダリアを巡って、知り合いの貴婦人と争いが勃発。その顛末からついた花言葉が“裏切り”。心移ろうことなど許さない。主の愛は俺が独り占めする──そう言いたげな魔性のダリアは、加州清光にこそふさわしい。
そんな想像を浮かべていると、不意に場内の灯りが落ちた。舞台上に現れたのは、バックダンサーをかしずかせた加州清光だ。革張りのソファに、赤い羽根の付いたベネチアンマスク。袖口のフリルは華やかさを強調し、頭に乗せた警帽がサディスティックな印象を引き出す。1年前の光景をデジャヴさせるようで、より蠱惑的な色香をまとった加州清光が、そこにいる。こうして加州清光と、会場に訪れた主だけの、秘密の80分が始まった。
1年の時を経て磨きがかかったのは、美しさだけではない。タンゴのリズムに乗せて踊る加州清光。そのムーブメントは1年前よりもずっとシャープで、それでいて躍動感がある。伸ばした腕は指先の角度まで艶めかしく、見えない主を抱きしめるよう。人間が内側に隠した欲望を暴発させるような、加州清光は、そんな危うい誘惑の火種だ。
開幕から3曲立て続けに披露したあと、いつものちょっと勝ち気な笑みを浮かべて「また単騎出陣で会えたね。今回も主たちを目一杯楽しませるようにって言われての出陣なんだけど、俺が言われたからやる、みたいな中途半端な戦いすると思ってる?」と加州清光が呼びかける。「今日は俺の戦う姿を見てってよね」と少しだけトーンを落として囁くと、空間を切り裂くようにバロック調のサウンドが響きわたる。加州清光はまた少し表情を変えて、音楽の中に溶け込んでいく。
恍惚のダンススタジオ。踊る加州清光に、主の心も狂わされる
今回、演出にトランプが用いられていたが、たしかにトランプは加州清光の魅力を表すうえでぴったりのモチーフだと思う。彼の持つ不遜なまでの気高さはキングのようだし、ゴージャスな美はクイーンの称号がふさわしい。そして、人を狂わせる小悪魔のような微笑はジョーカーそのもの。どのカードを引くかで、まるでイメージが変わる。だから主は、また違う表情を見たくて、ついカードに手を伸ばしてしまう、たとえそれが不吉なジョーカーでも。加州清光は、こちらの邪な心を見透かしたように、何度も客席に向かって不敵に笑む。
前回が背徳のマスカレードなら、今回は恍惚のダンスフロア。それくらいダンサブルな印象が強い。特にそのイメージを決定付けているのが、途中でのドレスチェンジ。今までの印象を覆すような真っ赤なファーコートを翻し、加州清光が現れた。着飾ることを愛する、加州清光らしいコーディネートだ。そのパンキッシュな装いに最初こそ面食らうが、踊り出せばそこはもう狂騒のナイトクラブ。激しく身体を動かすたびに、コートの裾が軽やかに舞う。そしてその瞬間、白い素肌が覗き見える。この背徳感は、麻薬だ。あまりにも刺激が強すぎて、だけど脳から分泌されるドーパミンには抗えなくて、視線が加州清光に釘付けになる。
和太鼓も、前回以上に壮烈だ。天高くバチを掲げ、勇ましく振り下ろす。身体の奥底から沸々と湧き出る衝動をそのまま叩きつけるように、何度も、何度も、バチを振るう。そのリズムはどんどん速度を増し、やがて観客も太鼓の音に直接心臓を揺さぶられるような感覚に陥る。左右に従えた奏者に視線を送る瞬間、加州清光が子供のような顔をして笑う。ちょっとキツいけど、めちゃくちゃ楽しい。そう言いたげなヤンチャな表情は、永久保存したくなる愛らしさだった。
傷つくほどに美しくなる。孤高の戦いで貫いた、加州清光の“誠”の道
そして何と言っても今回一番心を強く揺さぶったのは、殺陣シーン。トレードマークの赤い襟巻きをたなびかせ、時間遡行軍と立ち回りを演じる加州清光。戦いの最中、伸ばした襟足を何度も気にする仕草を見せた。こんなときも身なりに気を配るあたりが加州清光らしくて心憎い。
殺陣の中盤、加州清光は背中から斬りつけられる。大勢の敵に囲まれ、屈する加州清光。その姿が、踏みつけられた花に重なる。ぺしゃりと潰れた花は、みじめで無残だ。けれど、そんな花がもう一度高くまっすぐ伸びる様は、何よりも尊い。加州清光も、同じだ。「こんなにボロボロじゃあ……愛されっこないよな」と自嘲的に呟きながら、それでも這い上がる。
そこからの戦いぶりは、鮮烈だった。そして、そのがむしゃらな姿を見て、当たり前のことを思い出す。加州清光は、沖田総司が池田屋事件のときに帯刀していた刀。主のためなら、たとえその身が傷つこうと厭わない。その刀身には、大義のために戦い抜いた新選組の魂が宿っているのだ。だから、加州清光は恐れず何度も立ち上がる。
息を切らしながら、それでも刀を振るい、敵を蹴散らす。そんな加州清光の姿は、どんな着飾ったそれよりも艶やかだった。痛みを増すごとに眩しさを増す。傷つくほどに美しくなる。花吹雪舞い散るなか、堂々とセンターに立つ加州清光は、壮麗ですらあった。赤いダリアの華麗さは、誰にも侵せはしない。加州清光の華麗さもまた、誰にも侵すことなどできないのだ。
ミュージカル『刀剣乱舞』 加州清光 単騎出陣2018
東京公演:9月12日(水)〜9月17日(月・祝)TBS赤坂ACTシアター
宮城公演:9月20日(木)〜9月21日(金)SENDAI GIGS
大阪公演:10月6日(土)〜10月8日(月・祝)豊中市立文化芸術センター 大ホール
北海道公演:10月13日(土)道新ホール
原案:「刀剣乱舞-ONLINE-」より(DMM GAMES/Nitroplus)
構成・演出・振付:本山新之助
出演:
加州清光 役:佐藤流司
バックダンサー:
大野涼太 金子直行
佐々木幸希 杉山諒二
村上雅貴 山口敬太
©ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会