横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 22

Column

ミュージカル『刀剣乱舞』は進化を止めない。新作公演で明かされたこの物語の核心とは

ミュージカル『刀剣乱舞』は進化を止めない。新作公演で明かされたこの物語の核心とは
今月の1本:ミュージカル『刀剣乱舞』 ~葵咲本紀~

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月はミュージカル『刀剣乱舞』 ~葵咲本紀(きしょうほんぎ)~をピックアップ。刀剣男士と人間たちが織りなす心揺さぶるドラマの魅力を語り尽くします。

※今回のコラムでは物語上における重要な展開にもふれます。未見で、Blu-rayやDVDが届くのを楽しみに待っているファンの方は、ご注意ください。

文 / 横川良明


史実の余白から編み出される渾身の人間ドラマ

これまでの物語は、壮大な序章だったのか。晴れやかな終幕を迎えた本編を観て、そう膝を打った。

久々の新作本公演となったミュージカル『刀剣乱舞』 ~葵咲本紀(きしょうほんぎ)~。ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年(みほとせ)の子守唄~ に登場した千子村正(太田基裕)と蜻蛉切(spi)に加え、明石国行(仲田博喜)、鶴丸国永(岡宮来夢)、御手杵(田中涼星)、篭手切江(田村升吾)の4振りが新たに顔見せとなり、どんな物語が待ち受けているのか、多くの審神者が期待に胸を膨らませたが、そこで描かれたのは、年表を追うだけでは見えてこない結城秀康(二葉 要※)と永見貞愛(二葉 勇)という双子の兄弟の物語。そして、正史では父・徳川家康(鷲尾 昇)に切腹を命じられた長男・松平信康(大野瑞生)と、兄の秀康を退け、二代将軍に就いた徳川秀忠(原嶋元久)を含めた兄弟の絆の物語だった。

※結城秀康 役は9月25日より加古臨王の代役にて上演。

『刀ミュ』の面白さは、刀剣男士のドラマであると同時に、歴史を生きた人々のドラマであることだと思う。御笠ノ忠次の綴る脚本は、刀剣男士の葛藤や成長と同じぐらい、彼らが出陣の折に出会う史実の偉人たちの内面描写にも愛情が注がれている。しかも、それが史実の余白をうまく活かしたつくりになっているところが巧みだ。

今回で言えば、秀康が双子であり、片割れである貞愛が忌み子として永見家に預けられたのは史実どおり。また、幼い頃より秀康が家康に冷遇され、羽柴家、そして結城家と二度に渡って養子に出された末、異母弟の秀忠に後継者の座を奪われたのも史実にのっとっている。

その上で、事実だけを並べれば数行ですむ彼らの生涯にどんなドラマを見出すのか。そこに「刀剣乱舞」というコンテンツの特色をどう掛け合わせるのか。その独自の着眼点と大胆な発想力が、劇作家・御笠ノ忠次の武器だ。

今回は、すでに歴史から消えたはずの信康を絡ませることで、同じ父を持ちながら、その血筋ゆえに複雑な運命を強いられた4人の人生を、見事に融和させた。しかも、鍵を握る信康の信条が、「三百年の子守唄」で語られた笑顔あふれる太平の世であることに、胸が熱くなる。死んだはずの信康が「掛川の吾兵」と名乗った瞬間、涙で視界が揺れる。やっと彼は自分の思ったとおりの人生を歩むことができたんだ。そのことが嬉しかったし、身の上を伏せ、弟たちのために奔走する信康を見て、千子村正や蜻蛉切と同じように温かい気持ちが広がった。こんなにもいい子に育ったんだ、と。

すべての登場人物が、刀剣男士の引き立て役でも、物語を盛り上げるための駒でもない。誰も彼もが、それぞれの時代で、何が正しくて何が間違っているのかわからないけれど、それでも自分の信念に従って熱く生きた人間たちなのだ。それは、子どもたちの目からは非情に見える家康とて同じこと。その血の通った人物造形が、『刀ミュ』の感動の秘密だ。

俺が覚えている。その言葉が、悪夢を斬り払う一太刀となる

そして、刀剣男士もそんな魅力的な人間との関わりを経て成長を遂げる。今作で言えば、徳川の家系から消された貞愛との出会いによって、御手杵に大きな変化が生まれる。

昭和20年の東京大空襲によって焼失した御手杵は、すでに実物は存在しない。もう自分がこの世にはいないという事実は、明るい御手杵の心に深い影を落としている。そして、貞愛もまた徳川家からは「いないことになっている」存在だ。

そんな貞愛から御手杵にかけられる言葉が、愛と誇りにあふれていて、胸が奮い立つ。たったひとりでも覚えてくれる人がいるなら、決して存在が消えることはない。その力強い肯定の言葉は、悪夢にとらわれていた御手杵にとって、心を照らす光となった。

そもそも歴史なんて曖昧なものだ。突きつめて言えば、人の記憶の集合体でしかない。史実が真実かなんて誰にもわからないのだ。私たちの人生だってそうで、自分のことを覚えてくれる人がこの世からみんないなくなったら、自分がいたことを誰にも証明できなくなる。どんなにがむしゃらに生きても、悩んで、苦しんで、そこから這い上がっても、みんな幻になる。人生なんて、儚く、無常だ。

だからこそ、忘れない。ずっとずっと覚えている。その誰かの強い一念が、人を救うのだ。貞愛や刀剣男士のような特別な事情はないけれど、誰だってふと自分の存在が心もとなく思えてしまう夜もあるだろう。けれど、人のまっすぐな想いが、孤独や苦悩を断ち切る一太刀になるんだと、『刀ミュ』は教えてくれる。

その他の刀剣男士のドラマも感慨深い。「三百年の子守唄」ではコミックリリーフ的な役割を担っていた千子村正が、今作では一変。信康を喪った悲しみを家康への憎しみに変え、復讐の機を探る妖刀そのものとなっていた。我を忘れて検非違使に刀を振るう姿は悲痛だけれど、その必死さこそが信康を深く愛していた証拠。そんな千子村正を温かく支え見守る蜻蛉切との友情は今作の大きな見どころのひとつだ。

一方、「先輩」が秀康に取り憑いていることに勘づいた篭手切江と、篭手切江の動揺をいち早く見抜き、皮肉めいた京言葉で厳しくも的確に刀剣男士としての道を説いた明石国行の関係も良かった。刀を向けたくない相手に刀を向けざるを得なくなることは、これまでの『刀ミュ』でも描かれ続けた刀剣男士の因果。その宿命に立ち向かう篭手切江の純粋さが眩しく煌めいていた。

いざ新展開へ! 今明かされる三日月宗近という機能

そして最後に大きなインパクトをもたらしたのが、今作には登場しない三日月宗近だった。これまでもその片鱗をわずかに見せていたが、彼が水面下で進めていた“企み”が明かされたとき、この物語の全容が初めて姿を現したように思えた。

これまでもそれぞれのエピソードの間に断片的なリンクは見られたが、このミュージカル『刀剣乱舞』そのものが、いくつもの物語を編纂した長編絵巻であり、むしろ三日月宗近の計画が明らかになった今こそ、本章突入と言えるのかもしれない。

三日月宗近の真意は何なのか。この壮大なドラマが最後にどんな結末に辿り着くのか。その行方はまだまったく想像がつかない。だけど、どこに行き着くにせよ、その最終地点を見逃すことだけはならないと改めて確信させられたエンディングだった。

再び三日月宗近が現れたとき、彼は何を語るのか。その瞬間を心して待ちたい。

ミュージカル『刀剣乱舞』 〜葵咲本紀(きしょうほんぎ)〜

東京公演:2019年8月3日(土)〜8月18日(日)天王洲 銀河劇場
大阪公演:2019年8月30日(金)〜9月8日(日)サンケイホールブリーゼ
兵庫公演:2019年9月14日(土)〜9月28日(土)AiiA 2.5 Theater Kobe
福岡公演:2019年10月4日(金)〜10月6日(日)アルモニーサンク北九州ソレイユホール
東京凱旋公演:2019年10月19日(土)〜10月27日(日)TOKYO DOME CITY HALL

原案:「刀剣乱舞-ONLINE-」より(DMM GAMES/Nitroplus)
演出:茅野イサム
脚本:御笠ノ忠次
振付・ステージング:本山新之助 桜木涼介

出演:
明石国行 役:仲田博喜
千子村正 役:太田基裕
蜻蛉切 役:spi
鶴丸国永 役:岡宮来夢
御手杵 役:田中涼星
篭手切江 役:田村升吾

徳川家康 役:鷲尾 昇
松平信康 役:大野瑞生
結城秀康 役:二葉 要
永見貞愛 役:二葉 勇
徳川秀忠 役:原嶋元久

ほか

※結城秀康 役は9月25日より加古臨王の代役にて上演。

主催:ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
(ネルケプランニング ニトロプラス DMM GAMES ユークリッド・エージェンシー)

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@musical_touken)

©ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

Blu-ray&DVD発売

発売日:2020年予定
価格:Blu-ray ¥8,500(税別) DVD ¥7,500(税別)

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