はじめに

劇場版名探偵コナンの犯人を判定する。以下の6作について新しい方から取り上げていく。
「時計じかけの摩天楼」
「14番目の標敵」
「世紀末の魔術師」
「瞳の中の暗殺者」
「天国へのカウントダウン」
「迷宮の十字路」
この記事では「名探偵コナン 天国へのカウントダウン」の犯人について MBTI に基づいて判定を行った。
作品についてネタバレを含むので、それを好まない方は読まないように。 また、私は最近視聴したわけではあるが、詳細についての記憶は怪しい。単純に事の経緯を間違うことは有り得ることなので、その点は留意してほしい。
如月峰水 : ISTJ

Dominant: Introverted Sensing (Si)
Auxiliary: Extraverted Thinking (Te)
Tertiary: Introverted Feeling (Fi)
Inferior: Extraverted Intuition (Ne)
犯行時の計画性も判断基準の一つだが、元来の行動傾向、画家として単一のモチーフに集中する点が、極めて ISTJ 的である。
E と I
かなり単純に I らしい。明白に社交的でなく、反感を持っていたとしても取り繕うということを好まない。正直で真面目な人柄だが、同時に不器用で誤解されやすい所があり、概ね I かつ Te を使う人物らしい。
本質的に偏屈な画家、というよりも無口で怖く見えるおじいさんといった所。調子の良い、世俗的な大人・世間を嫌い、孤独で静かに過ごすことを好んでいるといった様子。 ISTJ はある程度、外界への適応力が高い I ではあるが、こういった生き方を選んだとしても不思議ではない。
ハッキリ言って好奇心旺盛過ぎる少年探偵団の非礼をたしなめるが、その上で自室に上げ、わざわざ土産を持たせるあたりは Fi の公平・寛容が出ているようにみえる。とにかく表情に出さないが、温かい心がある。
また、何よりも Si が大きい。ある一点から眺めた富士山に強い感銘を受け、多大な年月をその絵を描くことのみに捧げた。最終的にはそこに家を建て、余生を過ごすことにした。極めて集中的で習慣的な行動であり、 Si そのものと言ってよい。彼にとってはその富士山の景色だけが人生とも言える。ただ、それだけで良いとわかった、ように見える。
N と S
前項で説明したとおり Si が明確に強いということが S である理由となる。また、彼は芸術家といえるが、その表現する所は抽象的なものではなく、現実的なものである。私は芸術学に通じているわけではないので、これ以上踏み込むことはできないが、素直に捉える限り遥かに S 寄りの感性と見える。
F と T
大前提として Si が Dominant であろうとすると、自ずと ISTJ か ISFJ かという話になる。こうなると峰水先生はどう考えても Fe とは取れず、 ISFJ は無い。単純な話だが他人に対して冷静に反感を示し、愛想を示さない。この行動は Fe としてはなかなか無い。
また、先にも話したように子供に対しても真っ当に厳しい。締める所は容赦なく締めるというのが、 Te 流で外と比べてまどろっこしい、誘導的な教え方をしない傾向にある。ただ、別に怒っているわけではないので、注意を受け反省を示した後は普通の態度に戻る。
自宅を訪ねてきた少年探偵団に対して、寛容な優しい大人と言えるが特に T であることを否定するものではない。わかりやすく Te の奥に Fi が隠れているタイプといえるかと思う。
また、犯行の動機についても Fi による美の追求・美への感動が原動力だっただろう。あまり劇中で経緯を描写されなかったので難しいが、本来温厚な彼を侮るような立ち回りでビルを建造するに至ったのだと思われる。犯行を暴かれた後、描いた富士を真っ二つに叩き割る彼の様子を見ると、それこそ想像を絶する無念だったとわかる。
J と P
Si を前提とすれば、 J であるしか無い。改めて峰水先生の行動を振り返り、どういった所がそれらしいと感じたか、考えたい。
ISTJ は高い計画性を好む。峰水先生についてどうだったか。少なくとも殺害する人物を完全に決定し、お猪口を残して犯行の意図を暗に示す事は、事前に決めていた。やや、ポイントはずれるが、お猪口を残す点は SJ らしい真っ直ぐとしたモノを感じる。
一件目は確か、事前に二人きりで話す予定を作っていたように思う。二件目は不明だが、原が自宅に居ないとどうにもならない作戦なので恐らくは予定を作っていたのではないか。三件目は大道具・小道具ともかなり入念に準備していないと無理だ。
まあ、かなり細かく計画していたのではないだろうか。二件目については既に他者によって殺されていたが、お猪口だけ残すという機転を見せた。柔軟な機転というのはある種、強固な計画性とは矛盾する印象を受けるが、むしろこの場合は事前に十分に計画を立てていたからこそ、チャンスを活かせたように見える。三件の殺人事件を期日を決め、共通してお猪口を残すことを元より決めていた事が功を奏した。
また、犯行を完遂した後、場合によっては自ら命を断つための毒を用意していた。このあたりの往生際の良さも、なんというか J というか STJ というか。結構突発的暴れるとか、特に何も用意していなかったので無理やり火を放って自殺を図るとか、そういう人のほうが多い気はする。
おわりに
峰水先生の行動は ISTJ としては比較的スポットの当たりにくい、Fi への忠誠心のようなものが、伝わったのではないだろうか。元々、激情に駆られるタイプではないが、奥底には深甚な Fi がある。
また、芸術家と言えば ISFP もよく言われる方であるが、それと比べると ISTJ は遥かに積み重ねていく感じがあり、それを繰り返しながら表現していくというのも考えさせられた様に思う。
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