子育ての後ろめたさ。

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わたし、
子育てしてないから、
後ろめたかったんですよ。


それ、
最近気づいたし‼️


先日、
Dady.Jの打ち合わせが
ありまして、


なんで、わたしは、
Dady.Jの宣伝・告知が
できないのかなあ~と
思い返してみたの。


Dady.Jってこちらね✨


子供を
産んでも産まなくても、
育てても育ててなくても、
産めても産めなくても、


子供が赤ちゃんでも、
子供が大人になっても、


子供が側にいても
遠くにいても、


子供がこの世にいても、
この世にいなくても、


なんか、
後ろめたい。


集合意識だと思うんだけど、


わたし個人的には
どうだろう?


息子は可愛いし、
前の夫には感謝してる。


以上。


以上、なんだよ。


息子や前の夫に
好かれようと
嫌われようと
わたしには関係ない。


息子は可愛いし、
前の夫には感謝してる。


以上。


で、子育てしてない、
って思ってたけど、
誰だって自分なりの子育てしてるよね。


わたしもしてた爆笑


いつでもウェルカムな環境を準備して、
養育費は1000万円払ってます✨


自分に還るって
大事だわ。


Dady.Jの打ち合わせがなかったら
ずっと気付かぬモヤモヤを
抱えるとこだった。


そもそも、
Dady.Jのコンセプトが、
“息子のために”と限定してたから、
わたしが苦しかったのよ。


で、息子じゅんせーを
本当に可愛いと思うなら
もっと真っ正面から、
もっと俯瞰して見なきゃ!
って思った。



彼の家に捨てられてた
前足が生まれつき未熟な
障害犬のはるちゃんが
我が家に来た。


可愛いから
おっきなおうちを
つくってあげた。


おうちは彼のアイディア、
お金はわたし担当。




近々、
保健所からもう一匹
兄弟を連れてこようかと♥️


わたし、
はるちゃんが可愛い。


以上。


で、はるちゃんが来たことにより、
子供がいない家庭や
独身の人が動物を飼う気持ちが、
わかった気がした。


寂しいから、
ではなくて、


育む楽しさが
そこにはあってさ。


彼が入院した時、
連日の世話を初めてやってみた。


楽しかったおねがい


やってあげてもあげても、
時に後ろめたさがある。


はるちゃんの幸せは
これで合ってるのかな?
って。


でもさ、
そればっかりは
わたしはわからないよ。


じゅんせーの幸せだって
じゅんせーが決めることだもの。


それでさ、
犬のはるちゃんと
じゅんせーを重ねると
見えてくる共通点ってある。


犬のはるちゃんは、
前足が未熟な障害犬である上に、
捨てられていた。


じゅんせーは、
父親がわからない上に
母親が風○嬢。


このシナリオは
世間一般的には
あってほしくない不幸よね。


でもさ、
どうしようもないくらい
すっごい愛されてるじゃん、現実。


本人たちは
どう思ってるか知らんけど、
丁重にこの地球に招かれて、
大切にされてると思うんだよね。


でもそれって、
はるちゃんやじゅんせーだけの
話じゃなくってさ、


うちら一人一人が
本当はそうなんだよね。


敏感な人と
鈍感な人がいるけれど。


外から判断された状態がどうであれ、
本人の心が決めること。


だから、
Dady.Jのコンセプトを
変えることにした。


Dady.J
誰もが生まれながらに愛されている。
人生は愛に気付くための冒険。


新生Dady.Jをお楽しみに♥️


八木さや
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リブログ(20)

  • ”子育ての後ろめたさ。” もそのままに。

    私ね、本当にしょうもない母親だったんですょ。だった、と過去形にできるほどその後成長したかどうかわからないけれど。先日、そのことをあらためて思い起こさせられる様な出来事があったの。先週木曜日の夜からずっと自宅の片付けをしてました。週もまたぎ、すっかり元どおり、以上になった引っ越しか?と思うくらい大学受験を終えた長男の参考書類。私の、めったに着ない服もう読まないだろう本息子たちの幼い頃の写真・アルバムで家の廊下が足の踏み場も無いほどになってました。本人の参考書類はともかく。その他のものは長男の部屋の収納に入れさせてもらっていたもの。いつかは退けなければと思いつつ今日まで放ったままになってましたもう何年も。大学受験が終わって〜 まだ結果待ちのところがあるけれど〜新生活に向けて自室を模様替えしたいと話していた長男。“俺のじゃない荷物、退けてね ”と言われていたところだった。 。久しぶりに家族4人揃って夕飯食べて、お茶を飲んでいた時のこと。部屋の模様替えの話から。流れで“ そういえば、😋入学祝い?ってないの?”と、軽く聞いた長男に、夫が“ 〇〇大学じゃないんだから、そんなものないぞ。” と。〜 (そう教育された) 本人も、家族も。遡れば、おじいちゃんおばあちゃんも。中学受験のときから目標にしてきた大学から今回も、合格通知が届かない。〜・・・・・・夫のその言葉に長男の顔色が、サーっと変わったのがわかってあぁぁ・・・それは仮に冗談でも言われたくなかっただろうにと思った。。案の定。。急に黙りこんだ長男がリビングのドアをバタンと閉めて出て行って、自室にこもってしばらく後。。自分のものじゃない荷物を全部廊下に投げ出し始めたんですすごい勢いだった。・・・・・・“ お願い。ものを投げないで。足の踏み場がなくなるよ?家が壊れる。落ち着いてよ。”“ お祝いもらえないことで?そんなに暴れるなんて。”と、いま思えば的外れにオロオロする私に。。“ お祝いなんていらねえよ。どうでもいいよ。そういうことじゃねえよ。これから俺が4年間行こうとしている大学のことをさどうせ、〇〇大学なんてって思ってんだろ?そう言う目で見られてることが嫌なんだよ。” と。その時たまたま、長男の積年の傷みに触れる言葉を吐いたのは、夫だったけれど母である私にも向けられたきっと長男が幼い頃から感じてきただろう〜 〇〇ができると、褒められて〇〇ができないと、もっともっとと求められて〜本当の意味で、自分を見てもらえていない切なさ何ができてもできなくても在るままのそのままの自分でいさせてもらえない辛さそう言うものから来る溜まった怒りみたいなものが一気にバーンと爆発したんだろうなぁ。。と。じわじわと。そうおもいました。・・・・・・自分のものじゃない荷物を全部投げ出した後、家を出て行った息子。本当に、足の踏み場も無く山積みの本と服とアルバムを目の前にどうしたものか?息子の部屋の向かいのトイレのドアが開かない。。とりあえず投げ出された本を片付け始めました。。。もう本当に皮肉にも、幼児教育、英才教育の本ばかり。。片付けながら、あらためて自分のしてきたことにああなんてくだらないことを。。私はこの子の何をみてきただろう?自分ができなかったこと、期待を、押し付けてこの子はどんな思いだっただろう?。もう何度も感じてきたけれど。あらためて、ことの重さに。後悔するも。仕切れない。。長男が浪人生活をしてきたこの1年は、とにかく、口を出さない持論を押し付けない。それだけを思ってきました。そこまで、必死になって勉強していないことは分かっていた。だけど、もういい加減に彼には彼の考え、彼のやり方がある。もうハタチになろうとしている青年よ?私とは、何もかもが違う。思考回路も能力(私なんかよりずっと優れている)も心の動きも存在そのもの、何もかも。よく考えたら、当たり前のこと。私のそんな気持ちを知ってか?息子も、勉強していないことを隠すこともなく。〇〇時間しかやらなかった。。どうすればやる気出るんだろう?と、正直に自分の考えていること思っていることを折に触れ話した。この1年。まだ夏の頃、“ お母さんがもう少し早く、今のお母さんみたいだったら僕の人生も変わっていたかもしれない。”と言われたことがあって。“ それを言われるとツライゎ。。本当。。申し訳なかったね。。”と言った私に“ まぁまぁ。でも今の僕がこうなのは僕のせいですから。お母さんを責めてるわけじゃ無いよ。”と、息子。そんなやり取りもあった。今でこそ、お腹を痛めた我が子でも彼の人生は彼のもの。よかれと思って転ばぬ先の杖を付くことはかえって遠回り。彼が彼の人生をまっすぐに進めるよう、邪魔しないよう。そう、心から思うけれども。何故何故?どうしてか?在るままをそのままに受け入れることが一番難しい存在なのが、我が子。特に、長男・長女。第一子。よりよい道を教えたい。しかも、最短コースで。よりよい、最短と言うよりもより安全安心、失敗苦労の無いコース。よね?よかれと思う、それが彼の行き先を迷わせる。そんなとき、ちょうど目にしたこの記事に救われた。自分をまた凄く責めたから。もちろん、もっともっと他の在り方があったと思う。でも、どの道、後ろめたいのかもしれない。。子供を産んでも産まなくても、育てても育ててなくても、産めても産めなくても、子供が赤ちゃんでも、子供が大人になっても、子供が側にいても遠くにいても、子供がこの世にいても、この世にいなくても、なんか、後ろめたい。集合意識だと思うんだけど、こどもに期待して執着して。私自身が私自身の人生を生きること。“母” とか “妻” とかそう言う役割を超えて私が、“私” を生きることから目を逸らすための言い訳にしているのか?と、問いかけてもみたけれどどうもそう言うことでもない。なのに何故?どうしてこうも、何もせずそのままにしておくことが難しいのだろう?良くも悪くもやってあげてもあげても、時に後ろめたさがある。はるちゃん(←八木さやさんの飼っているわんちゃん)の幸せはこれで合ってるのかな?って。でもさ、そればっかりはわたしはわからないよ。じゅんせー(←八木さやさんの息子さん)の幸せだってじゅんせーが決めることだもの。そう言う意味では、息子たちがこうして折に触れ思っていることを話してくれたり時に溜まった思いを爆発させてくれたりすることは“子育て” の範疇に限らず私が大切にしていること、価値観を見直すきっかけになる。あ、間違ってたんだなって。息子たちからしてみれば多大なる迷惑でしかないのだけれど私は彼らを通して本当に、変わってきたと思う。有難い、と言う言葉ではとても言い尽くせないほどに。それで、これを書きながらふと思い出したことがある。オーラソーマ®︎の話なんだけれど。〜 よかったらお付き合いください〜オーラソーマアカデミーのマイク学長に私の “今生の役割” について話してもらったことがあって。“今生の役割” と言えば、オーラソーマコンサルテーションで選ぶ4本のイクイリブリアムボトルの1本目のボトル・その色に現れる。〜 私がその時選んでいたボトルとの関連で 〜“ あなたは何生にも渡って「地上に天国をもたらす」ことをしようとしてきた。いま正に、あらためてそのことにコミットしようとしている。”と、そう言われたのだった。その時の話の流れから、「地上に天国をもたらす」の意味は、世の中のあらゆる条件付け(自動反応)のパターンから自由になること。起こることに対してその都度、自分で感じ考えることもせず、当たり前のように、疑いもなく〜 例えば、常識、社会通念 〜お決まりのパターンで反応する。のではなくて、都度都度、時々感じる、自分のセンサーを頼りに決める、動く。同じようなことが起こっても自分の状態によって決定も行動も変わりうる。それでいい。それが自然。“「地上に天国をもたらす」ことにいま正に、コミットしようとしている。”“ それについてあなたはどう思う?”と、マイク学長に聞かれた時に、「「地上に天国をもたらす」と言う名のボトルはよく選ぶし、言葉の響きもしっくりくる。でも、具体的にどうやって?何を通して?それをすればいいのかわからない。」と、そうこたえた私に、マイク学長は、さらに、こうこたえてくれたのでした。「方法が2つある。1つは、あなたの語る言葉、そして触れる手を通して。もう1つは、」「あなたの息子たちを通して」と。そう、思い出したのは、このこと「息子たちを通して?」と聞く私に「少なくともあなたの息子たちはあなたの胎内に10ヶ月づついただろう?そうだろう?」と。その時、それ以上のことは聞けなかったし今でも、そのことの意味がよーくは、わからない。でも、いま書きながらマイク学長が私に伝えたかったことが少しわかったような気がするのです。私なりの理解だけれど。オーラソーマコンサルテーションで選ぶ1本目のボトルの、上の層には両親から引き継ぎ・引き受ける、遺伝系統としての色があってその色を通して自分自身の、魂の色を生きていく。それが、1本目のボトルの下の層の色。つまり、自分の魂(の使命・役割)の色を表すボトルは、“自分の魂の” 色でありながらどんな色の両親から、影響を受けようか?決めてきている。と言うこと。親からの影響、遺伝というものは、両親から正に、血を分けられて母親の胎内で10ヶ月も育まれ生まれてくる以上どうしたって避けられないもの。もっと言えば本人が、そうとわかって選んだ両親。と言う考え方だってある。誰もが “両親” から、確かに何かを引き継ぎながらも、超えてゆく。誰もが “両親” から生まれ、育まれるその経験・選んできたストーリーを超えて、なお生きてゆく。最も色濃く影響を受けた“両親” のそこに繋がる、遺伝的家系的な連鎖の辿り行き着くところは、人間の歴史のパターンを超える。そのことを、息子たちを通して目の当たりに、体験する機会を与えられているのかもしれない。「あなたの息子たちを通して」2年経って、よみがえる現時点での、理解最後は、オーラソーマに寄せて理屈っぽくなったけれどいま、縦にも横にも大っきくなった息子を何であれ、可愛いと、ただ心からそう思う。そう思えることが何より変わったなぁと思うこと。何よりうれしいこと。きっといつになっても子供が大人になっても、子供が側にいても遠くにいても、子供がこの世にいても、この世にいなくても、気になって、相変わらず“後ろめたさ” を感じるかもしれない。でもそれをもそのままに。抱えたまま生きていくのだろうなと思うしそれでいいと思う。そう言うものなんじゃないかと思う。「オーラソーマ®︎Level 1」コースご参加募集しております。▶︎詳細は、こちら★からどうぞ。こちら★もどうぞ。▶︎11月に開催しました、「オーラソーマ®︎レベル1」コースの様子はこちら★からどうぞ。★和尚アートユニティさんのメルマガにも寄稿させていただきました。▶︎ご参加ご希望、またお問合せは、下記 ↓ からご連絡くださいませ。「 チャクラバランストリートメント Using Aura-Soma®︎」コースご案内中です▶︎ただいま予定されているコースは、こちら⬇︎です。▶︎「チャクラバランストリートメント using AURA-SOMA®︎」 コースへの思いを綴っています。こちら★からどうぞ。▶︎詳細はこちら ⬇︎ です。*このコースは、オーラソーマを学んでいない方でも。ボディワークの経験のない方でも。どなたでもお受けいただけます。●日時 4日間のコースです。10時(初日は11時)~18時半(途中ランチ、ティーブレイク2回をはさみます。)●場所 *2月のコースは、「 on your side 」 (JR・京成日暮里駅より徒歩5分弱)*4月のコースは、「アトリエラシュエット」 (いろは横丁・仙台駅より徒歩10分)* 詳細、お申込み時にご案内いたします。* 出張開催も承っております。●講師 オーラソーマ®ティーチャー level1オーラソーマ®チャクラバランストリートメント ティーチャーon your side 中村紀子●参加費 83000円(税込み) (テキスト代、終了証代を含みます。)(既にヴィッキー。エンゲハム先生の「チャクラバランストリートメント」コース受講済みの方の再受講料は、58000円となります。)●持ち物 ・筆記具 ・タオル (シーツ大 2枚、バスタオル1枚、フェイスタオル(手拭い大)4枚)・ティンシャ等、音の鳴るもの・ペンジュラム・チャクラストーン* 詳細、お申込み時にご案内いたします。●服装 動きやすい格好(ジャージ、スエットなどオススメです。)●特典 コース終了までに、50mlのチャクラボトル7本ご購入お申込みいただきます と定価より37.5%offにて、ご購入いただけます。●定員 4名(2名様より開催いたします。)みなさまのご参加、心よりお待ちいたしております。love&intentionon your side ☆ 中村 紀子●ご予約ご希望、またお問合せは、下記 ↓ よりご連絡くださいませ。Facebook messengeronyourside.noriko@gmail.comlove_and_light.n.n@docomo.ne.jpのいずれからも承ります。▶︎ご提供中のメニューはこちらからどうぞ。▶︎ご予約(可能日)についてはこちらからどうぞ。▶︎on your side は、完全予約制とさせていただいております。ご予約お問合せは、こちらからどうぞ。▶︎お電話でのご連絡は、こちらまでどうぞ。<p align=">「 on you side 」 はオーラソーマ®のプロダクトを使ったオイルトリートメント(チャクラバランス他)とコンサルテーション(カウンセリング)を通してあなたがほんとうのあなたへと還る気づき、そして寛ぎをご提供しています。

    on your side ☆ 中村 紀子

    2020-03-14 15:00:00

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