92 援軍
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一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、続けてオーディンの周囲に現れた無数の雷球を見て、この現象が【雷術】によるものだという事を理解した。
――【雷術】を使えて、俺達の味方をするような奴は一人しか居ない。あいつらだ。
「うおおおおおおお」
「
野太い声と共に、先ほどの雷で破壊されたホールの天井部分から現れたのは、ドキュンネ三兄弟の一人、
大斧を振りかぶり、落下の勢いに任せてオーディンの脳天に叩きつける。それは岩さえも粉砕してしまいそうな一撃だった――が、オーディンの周囲に展開されていた光の衣が衝撃の方向を受け流し、斧は足元の床をえぐりとるだけに終った。
オーディンは、素早く反応した。流れるように神槍グングニルを操ると、一瞬にして
「ふはははは! 効かん!」
しかし
しかし、奇妙な事が起きていた。
さらに、HPもほとんど減っていない。いや――オーディンが槍を引き抜こうと力を込めるたびに減少はするのだが、少しでも減少するたびに、HPバーが急激な速度で回復しているのだ。
やがて前に出た
その時、俺達の前に二人の男が降り立つ。それは残りのドキュンネ三兄弟の二人、
「山本君! それに旭君も!」
「やあ王子。それに皆さんもお揃いで」
王子の声に、きざっぽく身振りをして答える
「
俺が聞くと、
「どういうつもりもなにも。楽しそうな事になってるじゃないか」
聞けばこいつら、王子の後をつけて、
「……世界を救う戦い……俺達もかませろ」
そう言って、うつむきつつ呟いた
このスキルを用いて部屋中の床を液体に変えてしまい、
「おい。どうする気なんだよ」
一体何をしているのか。その質問には、最後に残った
「あの男――オーディンといったか。倒せないのだろう? だが、それは【再生】をもつ
それは、オーディンの動きを封じる作戦だった。今の状態を保持したまま、オーディンを
まさか、ドキュンネ三兄弟に助けられるとは、予想外だった。
「
「何も言わなくていいぞ、牧原。後は俺達に任せたまえ。最後に、みんなの役に立ちたいのだ」
「――!?」
何か言いかけたタクヤを抑え、
あの――自分勝手で傍若無人で、他人の迷惑など一切気にかけないドキュンネ三兄弟が、人の役に立ちたい……だと?
あり得ない。全員が同じ事を思った。どうした? ドキュンネ三兄弟――と。
俺達が揃っていぶかしむ顔をすると、さすがに
「お前らの言いたい事は、ひしひしと感じる。だが、その話はすべてが終わってからだ。とにかくここは俺達に任せろ。オーディンを全力で食い止めてやるよ」
そう言って、
「山本君……」
王子が神妙な顔で声をかける。王子もまさか、ドキュンネ三兄弟が手助けしてくれるとは思っていなかっただろう。複雑そうな表情だった。
「王子。この世界に来てから数ヶ月間、楽しかった。元の世界に帰っても、相手しろよ」
「……はい、必ず!」
王子が応えると、
……
オーディンの居たホールを抜けた後、幾つかの通路と部屋を通過した。二人目の劣化神が現れたのは、巨大な食卓の置かれた絢爛豪華なダイニングルームだった。母神フレイヤが、巨大なテーブルの一脚に座っていたのだ。
フレイヤは完璧と言って良いほどの美人だった。整った目鼻に、絹の様に美しい銀髪。薄い黄緑色をしたドレスの胸元は、はち切れんばかりに主張し、すらりと伸びた手足からは異常なまでに魅力を感じた。
「へぇ。おいしそうな男の子ばかり」
艶かしい声でぺろりと唇を舐めるフレイヤ。そんな行為に反射的にビクついてしまう男子。男が戦えば、簡単に悩殺されてしまいそうだが、今回こいつの相手するのは男ではない。
「下品ね」
そんな
「俺とクアラが都合余ってるから、俺達がやってもいいけど――」
「あなたは最後の戦いに必要な方。ここは予定通り、私達が担当します」
手にした長大な槍――自身の背の倍はあろうかという長さを持つ
「もう
「あら、やらないのですか? 立夏」
「べつにー」
霞は懐から教鞭のような短い魔法杖を取り出すと、それをフレイヤに向けて突き出した。
「淳に頼まれた事だし、当然やるけど。それになんか、この女――生理的にムカツくし」
それがどういう意味なのかは、よく分からない。ただ何はともあれ、やる気は十分ようだ。
「そう。あなた達が相手なのね。残念だわ」
そして言うとフレイヤは両手を開いた。同時に複数の魔法陣が現れる――しかし、その魔法陣は完成したと同時に、色を失ってしまった。
「あら……おかしいわね」
フレイヤが首をひねる。どうやら【生命生成】が発動しなかったらしい
。
そういえば、【生命生成】を封じる【デエンチャント】がヴァルハラ宮殿全体を覆っていたのだった。これはもしかして、楽勝かも――
「まあ良いわ、それなら、この子達を使うだけよ」
フレイヤが軽く指を鳴らす。すると天井の辺りから、真っ白な全身鎧を着込んだ白騎士と、同じく真っ黒な全身鎧を着込んだ黒騎士が、隊列を組んで降り立った。
「行きなさい」
フレイヤが右手を払うと、それら騎士共が一斉に襲い掛かってきた。
「はぁ!」
その突進を、フレイヤはひらりとかわす。優雅な回避だったが、休む間もなく
慌ててフレイヤは呼び出した騎士たちを盾に、
霞の【火術】【フレイムランス】が発動し、騎士達を横薙ぎにしてしまったのだ。にやにやと無邪気な笑顔を見せながら、霞は
「今の内に」
王子が指示を出し、俺達は二人が切り開いた道を駆け抜けた。
呼び出した騎士達が、一瞬にして葬られる。そんな状況でもなお、フレイヤは余裕げな表情を崩さなかった。「少しは楽しめるようね」――そう言って、フレイヤは再び大量の騎士達を呼び出していた。
どうやらまだまだ余裕があるようだ。
「霞さん、
部屋を出る直前、王子が二人に声をかける。
「まったく、淳は心配性なんだから。私がこんな女に遅れをとると思う?」
「すぐに片付けて後を追います。淳君もお気をつけて」
霞と
俺達は二人と別れ、ヴァルハラ宮殿の最奥へと足を踏み入れた。