ただ今修業中 電車運転士・中野優梨子さん(23)高知市
「子どもや常連さんとの会話が励みになっています」と話す中野優梨子さん(高知市桟橋通4丁目)
安全・定時運行 平常心で青信号になった。
「軌道オーライ。信号オーライ」。運転席で指さし確認。がちゃこんとレバーを引くとゴトゴト、路面電車が動きだす。
とさでん交通の運転士になって3年目。女性では一番の若手だ。
「道のど真ん中を走るのが気持ちいい。季節の移ろいを感じられるのも好きなんです」と目を輝かせる。
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電車好き、だったわけじゃない。春野高校に進んだが、やりたいことが見つからないまま、気付けば3年に。将来に悩む中、進路担当の先生に勧められたのが、とさでん交通の運転士だった。
母と2人で沿線に住んでいた、幼い頃の記憶がよみがえった。「一緒に電車に乗って、日曜市とかにのんびり買い物に行くのが好きだった」。運転士という言葉に漂う「プロフェッショナル感」にもひかれ、18歳で入社した。
まずは、はりまや橋サービスセンターの窓口で切符を販売。工場で車両の構造もじっくり学び、免許取得が可能な20歳になってすぐ、試験に合格。先輩の女性運転士から2カ月ほど、マンツーマンで指導を受けた。
「全く怒らない人で、ちょっとしたことでも『さすがやね』って褒めてくれて。今も憧れの先輩です」
とさでん交通の運転士は約90人。そのうち女性は6人だけだが、「意外と居心地はいいんです。それに、良くも悪くも運転士は1人でやる仕事ですから」。
乗客の命を預かる交通機関である以上、少しの気の緩みも許されない。だが1年目に、こんな失敗があったという。
高知市大津を運行中、左の路地から飛び出してきた車が接触。けが人は出なかったが、20分ほど停車した。乗客からは「今日、就職面接なんやぞ。俺の人生つぶす気か」と怒声も。
「もうパニックになって。ひたすら『すいません、すいません』って謝るしかなかった」
後続の電車のベテラン男性運転士が対応してくれ、事なきを得たが、「たとえ数分間でも、乗客の人生を預かってることを痛感しました」。以来、より気を引き締めるようになった。
勧められて始めた仕事だが、今はやりがいも大きいという。電車に乗った母娘が下車する際、「女の人やったんやー。運転上手やねえ」。そんな会話が耳に届くことも。思わず幼い日の幸せな思い出と重ね、心がぽっと温かくなるという。
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電車の始発は午前5時台、終電は午後10時台。ローテーションで週に1度ずつ、早朝や深夜も走る。しんどい時もあるが、母や友人が支えになっている。
「母は、どんなに帰りが遅くても夕飯を作って待っていてくれる。この仕事も、母の『おもしろそうやん。やってみいや』って言葉に後押しされたんです」。休日には高校時代の友人らと1日4~5軒のカフェをはしご。仕事の悩みを言い合う時間も、いい息抜きだ。
好きな言葉
仕事のモットーは、「平常心を保つこと」。定時運行を心掛けるあまり、乗客が降り際に両替を始めると「ちょっとイラッとしてしまうこともある」といい、「まだまだ未熟なんです」と反省。「イライラしてると視野が狭まって事故のもと」と自分に言い聞かせる。目指すは、「広い心で人に優しくできる運転士です」。
写真・森本敦士
文 ・谷沢丈流