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放課後RPG 作者:グゴム

終章

83/100

83 狂気

          挿絵(By みてみん)           

83


「くらえぇぇぇ!」


 よこたてによる渾身の一撃が、ロキの頭部に直撃する。二本の鋼鉄製トンファーへ、その突進力をすべて転化させた攻撃は、ヒットと同時に周囲一体を吹き飛ばすような大爆発が発生させた。あまりの爆風に、近くにいた俺と三好はクルクルと吹き飛ばされてしまうほどだった。


「ちょーーい。やりすぎじゃない!?」


 吹き飛ばされながら叫ぶ三好。俺は着地と同時に後ろを振り向いた。そこにはさあきが、難しい顔で目の前――おそらく【解析】スキルのウィンドウが浮かんでいるであろう場所を見つめてた。


 さあきは右手で大きくピースサインを作り、嬉しそうに声を上げた。


「ロキHP0――うらなちゃんはまだ半分ぐらい残ってる。やったよ!」

「よし。【風術】【ウィンドストーム】」


 暴風を発生させ、宙に漂う粉塵を吹き飛ばす。しばらくして視界の開けた爆心地には、元の人型に戻ったロキを、勝ち誇るように足蹴にしたよこたて姉御の勇ましい姿があった。


 HPを失った人神ロキは、やがて光に包まれながら魔石へと姿を変えていく。



「はっはー。大勝利!」

「やったやった!」

「ふむ。見事だ」


 飛び上がって喜ぶさあきと、その肩に乗っかって観戦していたミル。少し離れたところで、久遠も【変化】を解いて元の姿に戻っていた。


 




 ――パチパチパチ


 エントランスに、乾いた拍手の音が響いた。


 その音――エントランスから続く階段の上から響く音の先を見ると、そこにはフードを目深にかぶった男が立っていた。薄暗い宮殿内で、男はしばらくの間拍手を続ける。そして、ゆっくりと口を開いた。


「お見事。まさか、人神ロキをこんなに簡単に倒してしまうとはね」


 表情は見えないが、若々しく、よく通る声だった。そして同時に、聞き覚えのある声だった。


「っは。やっと登場か――先生」

「……!?」


 俺のその言葉に、フードの男はびくりと体を震わせた。


「今、なんと?」

「もう、ばれてんだよ。勿体つけてんじゃねーぞ」

「……っふ」


 フードの男はしばらく黙りこんだ後、やがて爆発するように高笑いを始めた。


「アハ、アハハハハ! 驚いたな!」


 そして、おもむろにフードに手を掛ける。フードを剥いだその顔は、予想通り――毎日のように顔を合わせていた俺達の担任のそれだった。


 ――あまり当たって欲しく無かった予想が、的中してしまった。



「凄い! よく分かったね。さすがは一橋君という所か。差し支えなければ、いつ気が付いたのか、教えて欲しいな」

「っは。俺じゃねーよ。久遠の推理だ」

「そうか……久遠君もいたか。なるほどね」


 先生は、ケタケタと粘つくように笑う。黒の短髪に黒縁のメガネを掛けた、まだ若手の部類に入る担任の顔は、元の世界の時とは別人のように歪んでいた。


「久遠君は、ちょっと変わった趣味を持ってはいるけど、優秀な子だったからね。そうかそうか……」

「てめー。いきなり現れて、何のつもりなんだよ!」


 隣にいたよこたてが、突然、大声で噛み付いた。先生が黒幕である可能性は、昨日検討してはいた。だが、やはりよこたての奴は信じていなかったようだ。


 俺だって、いまだに信じられん。まさか、こんな身近な奴が黒幕だったとはな。



「アハハ。そんなに吼えないでよ、よこたて君。何のつもりか――か。そうだね……つまらなかったからかな」

「つまらなかった……?」 

「うん。だって私、強すぎちゃってさ」


 黒縁めがねを右手で掛け直し、先生は続けた。


「どこから話せば良いか……そうだね。私がこの世界に召喚された所から話そうか」



……



 先生は予想通り、俺達よりも先んじてこの異世界に召喚されていた。召喚された場所はこの天界アースガルズ――とある神殿の内部だった。


「家で一人仕事をしている時に、見知らぬ男が現れて言ったんだよ。『お前は選ばれた』ってね。私はその男――人神ロキによって天界アースガルズへと召喚された」


 人神ロキによる【異世界人召喚】――それはこの世界の連中にとっては周知の事実である。ロキが数百年に一度行っていたという異世界人召喚に、今回は先生が選ばれたのだ。


「いやー。さすがにびっくりしたよ。いきなりだったからね。でも、すぐに理解した。ここが異世界で、私は異世界に召喚されたってね」


 そこまでは、ほぼ久遠の考えた通りだった。しかし、次に出てきた先生の言葉に、場が凍りついた。


「最初に、人神ロキを殺した」


「……っな?」


 ロキを……殺しただと? 


「あっ勿論、まともで戦ったわけじゃないよ。油断を誘って、隙を突いて――そう、寝首を掻いただけだ」


 バカな。この世界に召喚された直後で、天界アースガルズの神なんか殺せる訳が無い。大体、さっき俺達と戦った奴はなんだったんだよ。


 先生は、なんでもないと言った口調で続けた。


「次にロキの神殿に居る連中を殺した。その騒ぎを聞きつけてきた天界アースガルズの兵達を殺した。逆上して現れた、天界アースガルズ一の勇者と名高い雷神トールを殺した。天界アースガルズに住む人間や天使達を皆殺しにした。最後にヴァルハラ宮殿へやってきて、そこにいた屈強なる戦士達を殺した。そして母神フレイヤを、主神オーディンを――殺した」


 うつろに光る茶色の瞳が、不気味に俺達を見つめていた。言い知れない不吉な空気が、体にまとわりつく。


「そうしたら、相手がいなくなってしまった。三日とかからなかったよ。きつかったのは最初と、一部の神々との戦いだけだった。とんだヌルゲーだったね」


 淡々と進む告白に、静まりかえるエントランス。誰一人として声を上げる事が出来なかった。



 つまりこいつは、自身を召喚した人神ロキはおろか、住人までも皆殺しにしていった。そしてついには、天界アースガルズの神々までも殺してしまった――


「で、次にどうしようかと考えた。このまま地上ミズガルズとか魔界ニブルヘイムを攻略しても良かったんだけど、余りにもつまらないだろ? だから、君達を呼んだんだ。もう一つ理由もあったしね」

「……もう一つ?」

「そうそう。スキルが欲しかったんだよ」

「スキルだと?」


 先生は懐から透明な魔石を取り出し、前に差し出した。何の変哲も無い、ただの魔石だった。


「君たちにも、一人一人にユニークスキルが備わっているだろう? それは異世界人の特性なんだけど、勿論、この私にもユニークスキルがある。【封技】だ」


 ……『封技』?


「まあ、見せたほうが早いと思うから、良く見ててね」


 そう言って、先生は右手を差し出す。手に持った透明の魔石が怪しくきらめいていた。



 ――ドン!



 瞬間、背後から轟音が鳴り響いた。


 激しい衝撃と共に、空気がちりちりと痺れるように痛む。同時に、空中に紫電の火花が飛び散っていた――振り向くと、俺の背後にいたはずのさあきが、人形のように手足をぶら下げていた。


「なっ……!」


 さあきは、巨大な青紫の矛に胸元を貫かれていた――いや、突き上げられていた。貫通はしていないようだが、さあきはピクリとも動かない。その隣で、髭を逆立てた壮年の男が、矛を逆手に持ちながらうつろな瞳を晒していた。


「さあき!」


 思わず、叫んだ。同時に俺は短剣を取り出す。ふざけんな。さあきを狙ってきただと!?


「てめぇ!」


 しかしそんな俺よりも速く、弾かれた様によこたてが乱入者に飛びかかった。髭面の男は矛を大きく振り、突き上げたさあきを先生の居る階段の上へと投げ捨てる。そして向き直り、よこたてを迎え撃った。


 よこたてのトンファーが乱入者に振り下ろされる。男がそれを青紫の大矛で受けるが、姉御【爆術】による追加効果によりトンファーが大きく爆発した。爆風で拡散する大矛――しかしそれは、一瞬空中に拡散した後、次の瞬間には元の形へと再生していった。


 こいつ、よこたての全力を簡単に受け止めやがった。逆立った髭にぼさぼさの髪、筋骨隆々な壮年の姿。それに、あの紫電の大矛。


 ――間違いない。こいつは雷神トールだ。


「トール! 貴様、なぜこんな奴に従う!」


 よこたての肩にいたミルが、いつのまにか俺の肩に移動していた。だが、その声にもトールは一切反応を見せない。何も聞こえなかったかのように、次々と繰り出される姉御の猛攻を捌き続けていた。


 やがて、トールは反撃を開始した。おもむろに雷の矛を突き出すと、その先からノータイムで極太の稲妻が飛び出す。突然の攻撃に姉御はそれをまともに喰らい、HPを大きく失ってその場にひざまいてしまった。


「姉御さん!」

「うらな!」


 なんとかHPは残っているものの、強力な雷撃を喰らったためか、姉御はびくびくと体を痙攣させていた。しばらく、動けそうに無い。


 よこたてを撃退したトールは、ひざまずく姉御を放置し階段を半ばまでると、立ち塞がるよう振り向いた。


 見上げた階段の先には、何時の間にかトールの他に二人が男女が現れていた。


「くそ。まだいるのかよ」


 その内一人は見た事がある――これまで出会った中で、最悪の相手だ。光の衣を身にまとった語り部ディオン――つまり、天界アースガルズの主神オーディンの姿がそこにあったのだ。


「フレイヤに――オーディンだと……」


 俺の肩にしがみ付いていたミルが、顔面を蒼白にしながらふらつく。どうやら三人目の女は母神フレイヤのようだ。


 一体、なんだっていうんだ。天界アースガルズの神々が次々と……いやまて、今はそれよりも――


「さあき! おい、さあき!」


 さあきがやられた。背後からの一撃。トールによって先生のもとへと放り投げられたさあきのHPバーは、すでに減りきっていた。やばい、やばい――



「アハハハ! 大丈夫だよ、一橋君。更科さらしな君は殺しやしない。ただ、暴れられると面倒だったから気絶してもらっただけだ」

「なんだと……?」


 そう言って先生は右手でさあきを抱き上げると、左手に持った魔石をさあきの胸に当てた。


「さっき言ったでしょ? 見せてあげるって。私のユニークスキル――【封技】をね」


 やがてさあきの胸に当てられた魔石は、薄い翠色に色付けされていた。続けて先生は、その魔石を高く掲げ、一気に砕いた。


 キラキラと、魔石のかけらが宙に舞う。


「フフフ……これが【解析】か」

「……まさか」


 こいつの今までの発言、魔石を砕くという行為、そして【封技】というスキル名。つまりあのスキルは――


「なるほど。【死】【爆術】【変化】【扇動】【界術】【境界神】……どれもまだ持っていないスキルだ。やはり、君達を召喚したのは正解だったようだね」

「スキルを……奪ったのか」


 俺達を見渡して、先生は嬉しそうに笑った。今の発言で確定だ。


 こいつ――先生のユニークスキル【封技】は、スキルを奪うスキルだ。さあきのユニークスキル【解析】が――奪われてしまった。


「奪うとは少し違う。対象の所有するスキルを魔石に封じるだけだ。元の使用者がスキルを使えなくなるという事は無い――更科君も、ちゃんと【解析】のスキルを持ったままだよ」


 しかし、相手のスキルを自分の物にできるという点は変わりない。どんなに優秀なユニークスキルも、我が物として使用する事が可能という事になる。


天界アースガルズの神々を皆殺し、彼らの持つスキル奪っていった――そして次は俺達か……」


 俺が言うと、先生はニヤニヤしながら答える。


「その通り。それで、私が君達と戦っても良かったんだけど、神々のスキルと称号を全て手に入れた今の私とまともに戦ったら、勝負にならなくてつまんない。だから、彼らを用意した訳」

「こいつらは……?」

「母神フレイヤのスキル【生命生成】で造り出し、私のスキルを分け与えて完成させた劣化神だ。ついでに少し洗脳もしてある。さっきのよこたて君とトールの打ち合いを見てわかっただろう? 劣化版とはいっても、強さは本物と遜色ない自信作だから安心してくれ」


 回りくどい真似を……完全に舐めていやがるな。


「……あんたの思惑通り、俺達がまともに戦うと思うか?」


 俺達が召喚された理由と、天界アースガルズで起きた事態は、全て知る事ができた。これ以上、俺達がとどまる理由など無い。


「アハハ! それもそうだ。でも、君達は元の世界に帰りたいのだろ?」


 そう言って、先生は懐から一際大きい透明な魔石を取り出した。それを右手にかかげると、先ほどと同じく光が魔石を包み、薄い灰色の魔石へと変化していく。


「【異世界人召喚】のスキル魔石だ」

「……なに?」


 鈍い輝きを放つ灰色の魔石を手に、先生は確かに言った――【異世界人召喚】と。


「私は天界アースガルズの住人達を全滅させた後、この人神ロキから奪った【異世界人召喚】スキルを用いて元の世界に戻り、君たちをこの世界へと召喚した。つまり――」

「それがあれば、俺達は元の世界に戻れる――」

「その通り」


 担任は、不気味なほど明るい笑顔で笑ってみせた。



 俺の求めていたスキルが――現実世界への帰還手段が、目の前にある。しかし、この状況では……


「この三人の劣化神と順に戦え。すべて倒せたらならば、君達にはご褒美としてこの魔石を与える事にしよう。更科さらしな君も解放する事を約束する」


 ふざけんな――たった今、こっちの主力である姉御が、雷神トール一人に軽くあしらわれてしまったんだ。あんな奴が後二人も続くなど――



 勝てる、わけが無い。



「……俺達のスキルが欲しいだけなら、いくらでもくれてやる。だからさあきと――【異世界人召喚】の魔石をよこせ」

「アッハッハ! それじゃあ何の為に君達を泳がせておいたのか、わからないじゃないか」


 そういって、担任はケタケタと笑った。狂気に満ちた、この世のものとは思えぬほどに醜い顔で。


「君達は、彼らに勝てば元の世界に帰れるんだ。逆に勝たなければ、死ぬ。私が殺す――」

「……なんだと?」

「生き残るために、戦え! 血沸き肉踊るラストバトルだ。楽しませてくれよ――アハ! アハハハハ!」








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