83 狂気
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「くらえぇぇぇ!」
「ちょーーい。やりすぎじゃない!?」
吹き飛ばされながら叫ぶ三好。俺は着地と同時に後ろを振り向いた。そこにはさあきが、難しい顔で目の前――おそらく【解析】スキルのウィンドウが浮かんでいるであろう場所を見つめてた。
さあきは右手で大きくピースサインを作り、嬉しそうに声を上げた。
「ロキHP0――うらなちゃんはまだ半分ぐらい残ってる。やったよ!」
「よし。【風術】【ウィンドストーム】」
暴風を発生させ、宙に漂う粉塵を吹き飛ばす。しばらくして視界の開けた爆心地には、元の人型に戻ったロキを、勝ち誇るように足蹴にした
HPを失った人神ロキは、やがて光に包まれながら魔石へと姿を変えていく。
「はっはー。大勝利!」
「やったやった!」
「ふむ。見事だ」
飛び上がって喜ぶさあきと、その肩に乗っかって観戦していたミル。少し離れたところで、久遠も【変化】を解いて元の姿に戻っていた。
――パチパチパチ
エントランスに、乾いた拍手の音が響いた。
その音――エントランスから続く階段の上から響く音の先を見ると、そこにはフードを目深にかぶった男が立っていた。薄暗い宮殿内で、男はしばらくの間拍手を続ける。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お見事。まさか、人神ロキをこんなに簡単に倒してしまうとはね」
表情は見えないが、若々しく、よく通る声だった。そして同時に、聞き覚えのある声だった。
「っは。やっと登場か――先生」
「……!?」
俺のその言葉に、フードの男はびくりと体を震わせた。
「今、なんと?」
「もう、ばれてんだよ。勿体つけてんじゃねーぞ」
「……っふ」
フードの男はしばらく黙りこんだ後、やがて爆発するように高笑いを始めた。
「アハ、アハハハハ! 驚いたな!」
そして、おもむろにフードに手を掛ける。フードを剥いだその顔は、予想通り――毎日のように顔を合わせていた俺達の担任のそれだった。
――あまり当たって欲しく無かった予想が、的中してしまった。
「凄い! よく分かったね。さすがは一橋君という所か。差し支えなければ、いつ気が付いたのか、教えて欲しいな」
「っは。俺じゃねーよ。久遠の推理だ」
「そうか……久遠君もいたか。なるほどね」
先生は、ケタケタと粘つくように笑う。黒の短髪に黒縁のメガネを掛けた、まだ若手の部類に入る担任の顔は、元の世界の時とは別人のように歪んでいた。
「久遠君は、ちょっと変わった趣味を持ってはいるけど、優秀な子だったからね。そうかそうか……」
「てめー。いきなり現れて、何のつもりなんだよ!」
隣にいた
俺だって、いまだに信じられん。まさか、こんな身近な奴が黒幕だったとはな。
「アハハ。そんなに吼えないでよ、
「つまらなかった……?」
「うん。だって私、強すぎちゃってさ」
黒縁めがねを右手で掛け直し、先生は続けた。
「どこから話せば良いか……そうだね。私がこの世界に召喚された所から話そうか」
……
先生は予想通り、俺達よりも先んじてこの異世界に召喚されていた。召喚された場所はこの
「家で一人仕事をしている時に、見知らぬ男が現れて言ったんだよ。『お前は選ばれた』ってね。私はその男――人神ロキによって
人神ロキによる【異世界人召喚】――それはこの世界の連中にとっては周知の事実である。ロキが数百年に一度行っていたという異世界人召喚に、今回は先生が選ばれたのだ。
「いやー。さすがにびっくりしたよ。いきなりだったからね。でも、すぐに理解した。ここが異世界で、私は異世界に召喚されたってね」
そこまでは、ほぼ久遠の考えた通りだった。しかし、次に出てきた先生の言葉に、場が凍りついた。
「最初に、人神ロキを殺した」
「……っな?」
ロキを……殺しただと?
「あっ勿論、まともで戦ったわけじゃないよ。油断を誘って、隙を突いて――そう、寝首を掻いただけだ」
バカな。この世界に召喚された直後で、
先生は、なんでもないと言った口調で続けた。
「次にロキの神殿に居る連中を殺した。その騒ぎを聞きつけてきた
うつろに光る茶色の瞳が、不気味に俺達を見つめていた。言い知れない不吉な空気が、体にまとわりつく。
「そうしたら、相手がいなくなってしまった。三日とかからなかったよ。きつかったのは最初と、一部の神々との戦いだけだった。とんだヌルゲーだったね」
淡々と進む告白に、静まりかえるエントランス。誰一人として声を上げる事が出来なかった。
つまりこいつは、自身を召喚した人神ロキはおろか、住人までも皆殺しにしていった。そしてついには、
「で、次にどうしようかと考えた。このまま
「……もう一つ?」
「そうそう。スキルが欲しかったんだよ」
「スキルだと?」
先生は懐から透明な魔石を取り出し、前に差し出した。何の変哲も無い、ただの魔石だった。
「君たちにも、一人一人にユニークスキルが備わっているだろう? それは異世界人の特性なんだけど、勿論、この私にもユニークスキルがある。【封技】だ」
……『封技』?
「まあ、見せたほうが早いと思うから、良く見ててね」
そう言って、先生は右手を差し出す。手に持った透明の魔石が怪しくきらめいていた。
――ドン!
瞬間、背後から轟音が鳴り響いた。
激しい衝撃と共に、空気がちりちりと痺れるように痛む。同時に、空中に紫電の火花が飛び散っていた――振り向くと、俺の背後にいたはずのさあきが、人形のように手足をぶら下げていた。
「なっ……!」
さあきは、巨大な青紫の矛に胸元を貫かれていた――いや、突き上げられていた。貫通はしていないようだが、さあきはピクリとも動かない。その隣で、髭を逆立てた壮年の男が、矛を逆手に持ちながらうつろな瞳を晒していた。
「さあき!」
思わず、叫んだ。同時に俺は短剣を取り出す。ふざけんな。さあきを狙ってきただと!?
「てめぇ!」
しかしそんな俺よりも速く、弾かれた様に
こいつ、
――間違いない。こいつは雷神トールだ。
「トール! 貴様、なぜこんな奴に従う!」
やがて、トールは反撃を開始した。おもむろに雷の矛を突き出すと、その先からノータイムで極太の稲妻が飛び出す。突然の攻撃に姉御はそれをまともに喰らい、HPを大きく失ってその場にひざまいてしまった。
「姉御さん!」
「うらな!」
なんとかHPは残っているものの、強力な雷撃を喰らったためか、姉御はびくびくと体を痙攣させていた。しばらく、動けそうに無い。
見上げた階段の先には、何時の間にかトールの他に二人が男女が現れていた。
「くそ。まだいるのかよ」
その内一人は見た事がある――これまで出会った中で、最悪の相手だ。光の衣を身にまとった語り部ディオン――つまり、
「フレイヤに――オーディンだと……」
俺の肩にしがみ付いていたミルが、顔面を蒼白にしながらふらつく。どうやら三人目の女は母神フレイヤのようだ。
一体、なんだっていうんだ。
「さあき! おい、さあき!」
さあきがやられた。背後からの一撃。トールによって先生のもとへと放り投げられたさあきのHPバーは、すでに減りきっていた。やばい、やばい――
「アハハハ! 大丈夫だよ、一橋君。
「なんだと……?」
そう言って先生は右手でさあきを抱き上げると、左手に持った魔石をさあきの胸に当てた。
「さっき言ったでしょ? 見せてあげるって。私のユニークスキル――【封技】をね」
やがてさあきの胸に当てられた魔石は、薄い翠色に色付けされていた。続けて先生は、その魔石を高く掲げ、一気に砕いた。
キラキラと、魔石のかけらが宙に舞う。
「フフフ……これが【解析】か」
「……まさか」
こいつの今までの発言、魔石を砕くという行為、そして【封技】というスキル名。つまりあのスキルは――
「なるほど。【死】【爆術】【変化】【扇動】【界術】【境界神】……どれもまだ持っていないスキルだ。やはり、君達を召喚したのは正解だったようだね」
「スキルを……奪ったのか」
俺達を見渡して、先生は嬉しそうに笑った。今の発言で確定だ。
こいつ――先生のユニークスキル【封技】は、スキルを奪うスキルだ。さあきのユニークスキル【解析】が――奪われてしまった。
「奪うとは少し違う。対象の所有するスキルを魔石に封じるだけだ。元の使用者がスキルを使えなくなるという事は無い――更科君も、ちゃんと【解析】のスキルを持ったままだよ」
しかし、相手のスキルを自分の物にできるという点は変わりない。どんなに優秀なユニークスキルも、我が物として使用する事が可能という事になる。
「
俺が言うと、先生はニヤニヤしながら答える。
「その通り。それで、私が君達と戦っても良かったんだけど、神々のスキルと称号を全て手に入れた今の私とまともに戦ったら、勝負にならなくてつまんない。だから、彼らを用意した訳」
「こいつらは……?」
「母神フレイヤのスキル【生命生成】で造り出し、私のスキルを分け与えて完成させた劣化神だ。ついでに少し洗脳もしてある。さっきの
回りくどい真似を……完全に舐めていやがるな。
「……あんたの思惑通り、俺達がまともに戦うと思うか?」
俺達が召喚された理由と、
「アハハ! それもそうだ。でも、君達は元の世界に帰りたいのだろ?」
そう言って、先生は懐から一際大きい透明な魔石を取り出した。それを右手にかかげると、先ほどと同じく光が魔石を包み、薄い灰色の魔石へと変化していく。
「【異世界人召喚】のスキル魔石だ」
「……なに?」
鈍い輝きを放つ灰色の魔石を手に、先生は確かに言った――【異世界人召喚】と。
「私は
「それがあれば、俺達は元の世界に戻れる――」
「その通り」
担任は、不気味なほど明るい笑顔で笑ってみせた。
俺の求めていたスキルが――現実世界への帰還手段が、目の前にある。しかし、この状況では……
「この三人の劣化神と順に戦え。すべて倒せたらならば、君達にはご褒美としてこの魔石を与える事にしよう。
ふざけんな――たった今、こっちの主力である姉御が、雷神トール一人に軽くあしらわれてしまったんだ。あんな奴が後二人も続くなど――
勝てる、わけが無い。
「……俺達のスキルが欲しいだけなら、いくらでもくれてやる。だからさあきと――【異世界人召喚】の魔石をよこせ」
「アッハッハ! それじゃあ何の為に君達を泳がせておいたのか、わからないじゃないか」
そういって、担任はケタケタと笑った。狂気に満ちた、この世のものとは思えぬほどに醜い顔で。
「君達は、彼らに勝てば元の世界に帰れるんだ。逆に勝たなければ、死ぬ。私が殺す――」
「……なんだと?」
「生き残るために、戦え! 血沸き肉踊るラストバトルだ。楽しませてくれよ――アハ! アハハハハ!」