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放課後RPG 作者:グゴム

終章

82/100

82 人神

          挿絵(By みてみん)    

82


 砂利道をたどり、ヴァルハラ宮殿の玄関エントランス前までやってくる。繊細な装飾がなされた巨大な門も、美しく整形された広大な庭も通ったが、ここまで誰一人として天界アースガルズの住人を見かけなかった。


「なんか、寂しいところだね。天界アースガルズって」


 そうさあきが呟いた。確かに、ヴァルハラ宮殿の前についてもなお、影一つ見えない。気味が悪いほどに、静かすぎる。


「ミル。天界アースガルズはこんなに人が居ないものなのか?」

「いや。我が居た頃はこんな雰囲気ではなかったぞ。空には極楽鳥と天使共が飛び回り、地にはあらゆる種族が差別無く暮らす――まさに常世の楽園だった」

「でも、更科さらしなさんのレーダーでもなにも見えないんでしょ? 半径数キロ以内に誰もいないなんて、あり得るの? なんか怪しいよね」


 三好の言う通り、この雰囲気は異常だ。目の前のヴァルハラ宮殿にしても、人の居る気配が全くしない。天界アースガルズで何か異常事態が起きたのだろうか。


 ま、予想の範囲内だから、いまさら驚く事でもないが。



「クー。宮殿の中、入ってすぐの所に誰かいるよ」

「どんな奴だ? 一人か?」

「うん。一人だけど、えっと……名前はロキ」

「ロキだって!?」


 よこたてがオーバーに驚いてみせる。人神ロキ――俺が天界アースガルズに来た目的の人物である。いきなり――しかも一人でご登場とはな。


「一橋氏。これは……」

「わかってる。さあきはロキのステータスとスキルを確認して書き出せ」

「はーい」


 俺達がユグドラシルを起動した事も、人神ロキを訪ねに来た事も、おそらくここの連中にはばれている。だからこそロキが自ら現れたのだろう。敵なのか味方なのかは、判断がつかないがな。


「とりあえず俺が話してみるが、罠かもしれない。流れ次第で戦闘になるだろう。戦うにしても逃げるにしても、準備だけはしとけ」

「任せろ!」

「うん」


 ヤル気満々なよこたてと、気合を入れなおすさあき。ニヤニヤと愉快げに状況を楽しむ三好と、いつも通り謎の自信に満ちたまま胸を張る久遠。それに小人姿のまま、姉御の方にしがみつくミル。


 俺達はさあきからロキのステータスを聞いた後、ヴァルハラ宮殿へと足を踏み入れた。



……



 赤い絨毯が敷き詰められたヴァルハラ宮殿の玄関エントランス。先に続く、横幅数十メートルはある巨大な階段で、その男は俺達を待ち構えていた。


 透き通るような白髪と緋色の瞳。褐色の肌をシルクのローブに身を包んだエキゾチックな雰囲気の優男だった。人神ロキは数段上の踊り場から、俺達を見下ろしていた。


「よく来た、異世界人達よ。我が人神ロキである」


 ロキの声がエントランスに響く。小さく笑みを含んだ、乾いた声だった。俺は、一歩進み出る。


「人神ロキ。俺はクーカイだ。そして貴殿の言うとおり、俺達は異世界人だ。異世界人を召喚する能力を持つという貴殿に、聞きたい事があってここまで来た。質問してもよいか?」

「そうか、質問か。くっくっく」


 ロキは頭を抱え、もだえるように笑っていた。しばらくして息を整える。


「よかろう。答えてやる」

「ありがたい。俺達を召喚したのは、貴殿か?」

「くっくっく……そうだな、間接的にはそういう事になる」

「間接的?」

「そうだ。お前たちがここに来た原因は我にあるが、召喚したのは我ではない。そういう事だ」


 ……どういう意味だ?


「貴殿じゃないとしたら、誰が俺達を召喚したんだ」

「さてな。どうでも良いではないか? そんな事」


 吐き捨てるようにロキは言った。まるで興味が無いと言った様子だ。


「……じゃあ、俺達を元の世界に戻すことは可能か?」

「可能だ」

「だったら――」

「可能だが、無理だ。お前たちを元の世界に戻す事は出来ない」

「……?」


 なんか、さっきから受け答えが奇妙な奴だ。話が噛み合わない。今まで会った神々もクセの多い連中だったが、コイツはことさらヒドイな。



 その時、俺は右肩に小さな体重が飛び乗ってきたのを感じた。よこたての肩に乗っかっていたはずのミルが俺に飛び移って来たのだ。そのままミルは、耳元でささやく。


「クーカイ。何かおかしい。あれは本当にロキなのか?」

「どういう意味だ?」

「ロキは、あの様な傲慢な喋り方はしない。もっと誠実な男だ。少なくとも、我が知っているロキはな」


 だが、実際さあきの【解析】スキルで表示された名前はロキであり、スキルに【人神】まで持っていやがった。これで人神ロキじゃないとしたら――


「何かしらのスキルを使用されて操られているか、もしくは俺の【変化】の様なスキルで誰かが化けているかのどちらかだな」


 久遠が同じく、小声でつぶやいた。つまりコイツは偽者か――または操っている奴が別にいるって事だ。


 じゃあ、さっさと化けの皮を剥ぐか。



「お前、本当に人神ロキか?」

「……何を言いだすかと思えば――」

「お前が本物のロキなら、もうちょっと真面目に話すそうだ。どうやら違うみたいようでな。さっさと正体を現せ」


 ロキは頭を抱え、肩を震わせて笑い出した。


「くっくっく――アッハッハ! そうか。ならば仕方が無い。茶番は終わりだな」


 堪えていた汚物を、一気に吐き出すような笑い方だった。そしてロキは大きく姿を変えていった。


 口はみるみると裂け、頭からは強大な角が姿を現す。肌は薄紫に染め上がり、両脚は像のように太く分厚く変質していた。そして、左右の手は無くなり、腕の代わりに無数の触手を蠢かせていた。


 最終的にはロキは、巨大な怪物モンスターへと変貌してしまった。



「久遠、タクヤに【変化】して魔術で奴の足を止めろ。それと即死級の攻撃に注意して、いつでも【リワインド】を使う準備をしておけ。三好はあの触手の処理。切り刻んで牽制しろ。さあきはステータス管理だ。さっきと変化した部分を報告して、その後も逐一HPを報告。周囲の警戒も忘れるな」

「了解した」

「おっけー」

「はーい」


 目の前に突如現れた巨大で醜悪なモンスターに対し、落ち着いて戦闘指示を出す。他の連中も、特に緊張は無い。戦闘になるのは想定内だし、ちょっと予想外なのは巨大化した事ぐらいだからな。


「さあき。急所は?」

「んー……無いみたい。見当たらないよ」


 急所は無い――つまり俺の【死】【一撃死】による速攻は無理か。


「って事は、私の出番だな」


 よこたてうらなが、腰に差したトンファーの取り出す。そして次々と支援魔術バフを使用し、戦闘準備を整えていた。


 ガチの戦闘なら、このパーティの主力はこの女だ。はぐれ魔術の【爆術】による圧倒的な攻撃力とタフネス、そして凶暴性を持つよこたてに、攻撃は全て任せる。


「そうだ。どうせ言われなくてもやる気だろうが、まあ援護はしてやる。派手に暴れろ」

「はっはー! 任せろ!」


 よこたては弾丸の様な勢いで飛び出した。



……



「はぁ!」


 よこたての全体重を乗せたトンファーが、ロキの巨大な右足にヒットする。狙いすました重たい一撃は、打撃ダメージに加えて姉御の能力【爆術】により打撃地点に大きな爆発を引き起こした。


 結果、ロキの右足が大きくえぐれ、ロキは巨大な自重を支えきれず、バランスを崩して倒れてしまった。


 よこたての戦闘力は、昔一緒に戦った頃と比べても、格段に上昇していた。ただでさえ凶悪な性格と攻撃力に加え、【爆術】の威力がとんでもない事になっていやがる。


 前回、泥人間(アダマ)との戦いでは室内での戦闘だったため、巻き添えを避けるためか姉御は王子に活躍の場を譲っていた。だが、何の枷も無しに戦ったら、もしかしたら姉御の方が強いかもしれない――そう思わせるほどの攻撃力だった。


「触手来るぞ! 三好、迎撃しろ。久遠と姉御は、右足再生の前にダメージを喰らわせとけよ」


 久遠の『風術』『ウインドカッター』がロキの皮を剥ぎ取り、そこに姉御がガンガンと打撃を加える。ロキのHPはそれらの攻撃のたびに確実に減少していた。


「HP残り3000切った。残り3割だよ」

「おーけー。そろそろ俺も行く。お前はHP報告と支援を続けろ」

「わかった」


 ここまで、順調にロキの体力を削ってきた。俺はほぼ戦闘に参加せず、後方から指示を出していたが、そろそろロキの攻撃が激しさを増している。そろそろ参戦しないとな。


「一気に決めるぞ。姉御――俺と三好が道を開くから、ロキの頭部にお前の全力をぶちかませ」

「りょーかい!」

「行くぞ、三好」

「はいはい」


 この手のボスは、HPが数割という瀕死状態になると行動パターンを大きく変化させる可能性がある。それを回避するのに最も手っ取り早い手段は、瀕死状態なんかにさせずに一気に勝負を決めてしまう事だ。


 姉御の一撃により腰砕け状態になったロキだが、上半身を覆う大量の触手は健在だ。いくら刈り取ってもすぐに再生する。それは先ほど抉った右脚にもいえることで、じきに再生が始まってしまうだろう。


 したがって、ダメージの通りがよいロキの頭部を狙うには、素早く無数の触手を切り抜ける必要がある。そこで俺の短剣と三好の片手剣という、比較的小回りの聞く二人の攻撃で触手に対処する事にした。


 サクサクと襲い掛かる触手を切り続け、やがて三好が最後の触手を片刃の剣で切り裂く。同時に俺たちは左右に飛び退き、頭部までの道を開いた。


「来い、姉御!」

「後は任せたよ。姉御さん!」


 真っ直ぐに開かれたその道を、ちりちりと発火寸前のよこたてがミサイルのように突き進んできた。










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