82 人神
82
砂利道をたどり、ヴァルハラ宮殿の
「なんか、寂しいところだね。
そうさあきが呟いた。確かに、ヴァルハラ宮殿の前についてもなお、影一つ見えない。気味が悪いほどに、静かすぎる。
「ミル。
「いや。我が居た頃はこんな雰囲気ではなかったぞ。空には極楽鳥と天使共が飛び回り、地にはあらゆる種族が差別無く暮らす――まさに常世の楽園だった」
「でも、
三好の言う通り、この雰囲気は異常だ。目の前のヴァルハラ宮殿にしても、人の居る気配が全くしない。
ま、予想の範囲内だから、いまさら驚く事でもないが。
「クー。宮殿の中、入ってすぐの所に誰かいるよ」
「どんな奴だ? 一人か?」
「うん。一人だけど、えっと……名前はロキ」
「ロキだって!?」
「一橋氏。これは……」
「わかってる。さあきはロキのステータスとスキルを確認して書き出せ」
「はーい」
俺達がユグドラシルを起動した事も、人神ロキを訪ねに来た事も、おそらくここの連中にはばれている。だからこそロキが自ら現れたのだろう。敵なのか味方なのかは、判断がつかないがな。
「とりあえず俺が話してみるが、罠かもしれない。流れ次第で戦闘になるだろう。戦うにしても逃げるにしても、準備だけはしとけ」
「任せろ!」
「うん」
ヤル気満々な
俺達はさあきからロキのステータスを聞いた後、ヴァルハラ宮殿へと足を踏み入れた。
……
赤い絨毯が敷き詰められたヴァルハラ宮殿の
透き通るような白髪と緋色の瞳。褐色の肌をシルクのローブに身を包んだエキゾチックな雰囲気の優男だった。人神ロキは数段上の踊り場から、俺達を見下ろしていた。
「よく来た、異世界人達よ。我が人神ロキである」
ロキの声がエントランスに響く。小さく笑みを含んだ、乾いた声だった。俺は、一歩進み出る。
「人神ロキ。俺はクーカイだ。そして貴殿の言うとおり、俺達は異世界人だ。異世界人を召喚する能力を持つという貴殿に、聞きたい事があってここまで来た。質問してもよいか?」
「そうか、質問か。くっくっく」
ロキは頭を抱え、もだえるように笑っていた。しばらくして息を整える。
「よかろう。答えてやる」
「ありがたい。俺達を召喚したのは、貴殿か?」
「くっくっく……そうだな、間接的にはそういう事になる」
「間接的?」
「そうだ。お前たちがここに来た原因は我にあるが、召喚したのは我ではない。そういう事だ」
……どういう意味だ?
「貴殿じゃないとしたら、誰が俺達を召喚したんだ」
「さてな。どうでも良いではないか? そんな事」
吐き捨てるようにロキは言った。まるで興味が無いと言った様子だ。
「……じゃあ、俺達を元の世界に戻すことは可能か?」
「可能だ」
「だったら――」
「可能だが、無理だ。お前たちを元の世界に戻す事は出来ない」
「……?」
なんか、さっきから受け答えが奇妙な奴だ。話が噛み合わない。今まで会った神々もクセの多い連中だったが、コイツはことさらヒドイな。
その時、俺は右肩に小さな体重が飛び乗ってきたのを感じた。
「クーカイ。何かおかしい。あれは本当にロキなのか?」
「どういう意味だ?」
「ロキは、あの様な傲慢な喋り方はしない。もっと誠実な男だ。少なくとも、我が知っているロキはな」
だが、実際さあきの【解析】スキルで表示された名前はロキであり、スキルに【人神】まで持っていやがった。これで人神ロキじゃないとしたら――
「何かしらのスキルを使用されて操られているか、もしくは俺の【変化】の様なスキルで誰かが化けているかのどちらかだな」
久遠が同じく、小声でつぶやいた。つまりコイツは偽者か――または操っている奴が別にいるって事だ。
じゃあ、さっさと化けの皮を剥ぐか。
「お前、本当に人神ロキか?」
「……何を言いだすかと思えば――」
「お前が本物のロキなら、もうちょっと真面目に話すそうだ。どうやら違うみたいようでな。さっさと正体を現せ」
ロキは頭を抱え、肩を震わせて笑い出した。
「くっくっく――アッハッハ! そうか。ならば仕方が無い。茶番は終わりだな」
堪えていた汚物を、一気に吐き出すような笑い方だった。そしてロキは大きく姿を変えていった。
口はみるみると裂け、頭からは強大な角が姿を現す。肌は薄紫に染め上がり、両脚は像のように太く分厚く変質していた。そして、左右の手は無くなり、腕の代わりに無数の触手を蠢かせていた。
最終的にはロキは、巨大な
「久遠、タクヤに【変化】して魔術で奴の足を止めろ。それと即死級の攻撃に注意して、いつでも【リワインド】を使う準備をしておけ。三好はあの触手の処理。切り刻んで牽制しろ。さあきはステータス管理だ。さっきと変化した部分を報告して、その後も逐一HPを報告。周囲の警戒も忘れるな」
「了解した」
「おっけー」
「はーい」
目の前に突如現れた巨大で醜悪なモンスターに対し、落ち着いて戦闘指示を出す。他の連中も、特に緊張は無い。戦闘になるのは想定内だし、ちょっと予想外なのは巨大化した事ぐらいだからな。
「さあき。急所は?」
「んー……無いみたい。見当たらないよ」
急所は無い――つまり俺の【死】【一撃死】による速攻は無理か。
「って事は、私の出番だな」
ガチの戦闘なら、このパーティの主力はこの女だ。はぐれ魔術の【爆術】による圧倒的な攻撃力とタフネス、そして凶暴性を持つ
「そうだ。どうせ言われなくてもやる気だろうが、まあ援護はしてやる。派手に暴れろ」
「はっはー! 任せろ!」
……
「はぁ!」
結果、ロキの右足が大きくえぐれ、ロキは巨大な自重を支えきれず、バランスを崩して倒れてしまった。
前回、
「触手来るぞ! 三好、迎撃しろ。久遠と姉御は、右足再生の前にダメージを喰らわせとけよ」
久遠の『風術』『ウインドカッター』がロキの皮を剥ぎ取り、そこに姉御がガンガンと打撃を加える。ロキのHPはそれらの攻撃のたびに確実に減少していた。
「HP残り3000切った。残り3割だよ」
「おーけー。そろそろ俺も行く。お前はHP報告と支援を続けろ」
「わかった」
ここまで、順調にロキの体力を削ってきた。俺はほぼ戦闘に参加せず、後方から指示を出していたが、そろそろロキの攻撃が激しさを増している。そろそろ参戦しないとな。
「一気に決めるぞ。姉御――俺と三好が道を開くから、ロキの頭部にお前の全力をぶちかませ」
「りょーかい!」
「行くぞ、三好」
「はいはい」
この手のボスは、HPが数割という瀕死状態になると行動パターンを大きく変化させる可能性がある。それを回避するのに最も手っ取り早い手段は、瀕死状態なんかにさせずに一気に勝負を決めてしまう事だ。
姉御の一撃により腰砕け状態になったロキだが、上半身を覆う大量の触手は健在だ。いくら刈り取ってもすぐに再生する。それは先ほど抉った右脚にもいえることで、じきに再生が始まってしまうだろう。
したがって、ダメージの通りがよいロキの頭部を狙うには、素早く無数の触手を切り抜ける必要がある。そこで俺の短剣と三好の片手剣という、比較的小回りの聞く二人の攻撃で触手に対処する事にした。
サクサクと襲い掛かる触手を切り続け、やがて三好が最後の触手を片刃の剣で切り裂く。同時に俺たちは左右に飛び退き、頭部までの道を開いた。
「来い、姉御!」
「後は任せたよ。姉御さん!」
真っ直ぐに開かれたその道を、ちりちりと発火寸前の