81 天界
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「じゃあ、呼ぶぞ」
「うん」
「さっさとしろー」
次の日は、まず最初に【境界のトパーズ】を手に入れる事にした。祭壇の前で、ユミールから貰った使者を呼び出す為の魔石を取り出し、砕く。するとしばらくして空間に裂け目の様なものが現れ、その中からユミールが言っていた使者が現れた。
「おぉ……」
「わぁ!」
現れた使者の姿にさあきと
……てか、こいつユミールだろ。
「我を呼んだのは貴様らか」
「……ユミール。なに、やってんだよ」
「む!? 我はユミールでは無いぞ。断じて違う」
なんで、否定するんだよ。
「じゃあ、あなたは誰? お名前を教えてくれる?」
さあきがしゃがみ、目線を合わせながら聞いた。すると少女は真剣な表情で答えた。
「そうだな。ミルとでも呼べ。お前もな、クーカイ」
「俺、まだ名乗ってないけど」
「……ユミール様から聞いておったのだ。当たり前ではないか」
何も隠しきれていないが……
「やばい……ちょー可愛いんだけど」
「ね。触っても良い?」
「構わぬぞ」
すぐに姉御とさあきの玩具にされ始めたミル。手のひらサイズでちょこまかと飛び回る少女に、二人はすぐに虜にされてしまった。
どうやらこいつ、ユミールとは別人で押し通すつもりのようだ。別にそれ自体は構わないのだが、何がしたいんだろうな。神のする事はわからん。
「……で、ミル。【境界のトパーズ】の件なんだが」
「む。そうであった」
「【境界のトパーズ】を用意するのに、どれくらい時間がかかる?」
「
「そうか。それともう一つ。ユグドラシルが完全に起動するのはどれくらい時間がかかるか知っているか? 正確には、十二個の
「さて。我も詳しい事は知らぬ。が、おそらくそこまで時間のかかる事でもあるまい。数分の事だろうよ」
なら、時間の心配は無さそうだな。俺は皆にむけ指示を出す。
「それじゃ、計画通りユグドラシルは正午に起動する。それまで自由にして良いぞ」
「よっしゃー!」
「それじゃあ、早めにランチにしようよ。ミルちゃんも、一緒に食べよう!」
「よかろう。楽しみだ」
そうして午前中一杯使って用意された早めのランチを、ミルも含めた六人で頂き、俺達は正午になるまで時間を潰した。
……
「始めるぞ。ミル」
「あい分かった」
続けてミルはそれを両手に抱え、目を閉じる。するとミルの抱えた【境界のトパーズ】が、みるみると輝きと色を失っていく。同時に、周囲の空気が冷たくなった気がした。その異変を察知したのだろうか、周囲の森からいっせいに鳥達が飛び立つ。
「完了だ。
「早かったな」
「しかしクーカイよ、急ぐがよい。この事はすぐに
ヨルムンガンドか……王子の奴が出向いているはずだが、無事だと良いな。
「王子なら大丈夫だろ。あいつ、この私より強いんだし」
「そうそう。あの王子だよ? 心配するだけ無駄無駄」
「よし。ユグドラシルを起動させるぞ」
ミルから最後の
祭壇を囲む十二の柱すべてが、それぞれ
光がユグドラシルを包み、しばらくして巨大な振動が俺達を襲った。
「きゃ!」
「地震か?」
「違う。三界が繋がるのだ。数万年ぶりだな……」
いつの間にか
さあき達がぎゃーぎゃーと騒いでいるようだが、轟音で声が聞こえない。大丈夫なのか、これ? いきなり大地が避けて、足元から
数分間、大地は大きく揺れ続けた後、ようやく地震は止まった。
「終わったか……」
「クー、すげえぞ。空見ろ!」
興奮した様子で叫ぶ
どうやら、あれが
「どうなってんだよ、あれ」
「飛んでるねー。前の空中神殿みたい」
確かに、空中神殿の様に大地が空を飛んでいる。だが、規模は段違いだ。浮かぶ大地の端が見えない。所々穴が開いて空が見えてはいるが、
「でもあれ、どうやって行くんだ?」
俺が呟くと、ミルが呆れたように言った。
「なんだ貴様ら。そこの祭壇の説明を読んでいないのか?」
「読めなかったんだよ。久遠がお手上げだったからな。何か知ってるのか? ミル」
「まったく。少し待っておれ――」
ミルは起動した祭壇の上に飛び乗ると、小さな手をチョコチョコと振り回す。すると祭壇に翠色の電子ウィンドウが現れ、古代文字の羅列と共にいくつかの選択肢らしきものが現れた。
ミルがその中で一番上の選択肢を選ぶと、画面には雄大な古城の姿が映し出された。
「これが主神オーディンが居城にして、
「……これって、もしかして
ウィンドウに表示される選択肢は、ヴァルハラ宮殿以外にもいくつかあるのが見えた。
「勿論だ。
なんだよ。すげー便利なもんがあるじゃねーか。王子の奴もついて来させとけばよかったな。もう遅いが。
「はっはー。じゃあ行くぜ! お前ら!」
「一応、リーダーはクーだから。姉御さん」
「ほらクー。指示出してよ」
「あぁ。わかってる。行くぞ」
俺達はミルが起動した、
……
「これが
「ほんと、天国みたい」
一番乗りした姉御が駆け出し、さあきがそれに続いていた。その後ろを男子三人がのんびりと歩く。
「まあ、天国ってのは間違いではないんじゃない?」という三好。たしかに、天国で間違いない。ただ、天国が俺達にとっての楽園とは限らないというだけだな。
「さあき、周囲を確認しろ。久遠、七峰に【変化】して【空術】【マーキング】を使っておけ。またここに来るかもしれない」
「はーい」
「了解した」
ワープから降り立った場所は丘のように一段高くなっており、周囲を広く見渡せた。見た感じ住人の姿は見えないが、油断は出来ない。いつ、何のイベントが起きるかわからないからな。
「ミル。あれがヴァルハラ宮殿か?」
眼下にたたずむ白亜の城を指差し、姉御の肩に腰掛けるミルに聞いた。
「その通りだ、懐かしいのう」
「じゃあ、とりあえずあそこに行ってみるか。当ても無いし」
「クー。あの城まで何もレーダーに反応は無いよ。誰もいないみたいー」
「そうか。じゃあ久遠の【マーキング】が終わったら――」
「……おかしいな」
その声は、七峰に【変化】した久遠のものだった。相変わらず、姿形は七峰そのものだが、表情と口調は久遠だからひどく違和感を感じる。久遠はその姿のまま、こちらを向いて言った。
「【マーキング】が発動しない」
「なんだと?」
【マーキング】は
その【マーキング】が発動しないという事は、もしかして――
「久遠。【シフト】は使えるか?」
【空術】【シフト】
七峰の姿をした久遠は、かるく右手を突き出して詠唱した。しかし、いつもならすぐに現れる光り輝く
「どうやら、使用不能なようだな」
その後確認すると、【空術】の中でも【シフト】と【マーキング】だけが使用不能なようだった。【空術】の他の魔術や【火術】などの基本魔術、それに
「どういう事?」
一様に首をかしげる皆。俺はこの中で唯一事情を知っていそうな少女に声をかけた。
「……ミル。何か知ってるか?」
「知らぬ。だが、おそらくはユグドラシルが起動した為では無いのか?」
ミルは興味なさそうに言った。ユグドラシルを起動させたら、なんで
まあ、仕方が無い。とりあえずピンチになる前に気が付いてよかった。【シフト】を当てにして行動して、最後の最後で使用不能だって気がつくよりは遥かにましだ。
一抹の不安は感じるが、もう後戻りは出来ない。ここまできたら、やるだけだ。
「とにかく、ヴァルハラ宮殿まで行くぞ。そこからは状況次第だが、いつでも動けるように気を張っとけ」
「はーい」
「はいはい」
「了解した」
「はっはー。楽しくなってきたな!」
みな、思い思いに返事を返す。いよいよだな。