79 世界樹
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世界樹ユグドラシルは、王都ノルンから船で5日の距離にある孤島にあった。大陸から遠く離れているため、ほとんど知られていない島なのだそうだ。
王子から――正確にはノルン王家から貸して貰った帆船に乗り、予定通り五日目の夕方にはユグドラシルのある孤島に到着した。目的の世界樹はあまりにも巨大で、島のどこからでも見える為、ここから迷う事はなさそうである。
船が王都へ帰還した後、俺達は海岸沿いで一泊した。そして翌日、島の中心にあるユグドラシル目指して出発し、昼過ぎにはその根元近くにまで到着していた。
近くで見ると世界樹はその名に恥じず、とんでもない大きさだった。この世界に始めて来た日、高層ビルの様な高さの木に登って周囲を見渡した事があったが、あの木の比では無い。頂上の辺りは雲にかかっているから、少なくとも1000mはありそうだった。
「信じられないほどでかいな」
「伝説では
「あはは。それは大げさかもね。船からなら一応、てっぺん見えてたし」
久遠と三好――男子三人で樹を見上げながら感心する。まあ世界樹っていう位なんだから、これくらいは大きくないと名前負けするか。
ちなみに、さあきと
「それより、どこで
俺が何の気なしに言うと、三好があいまいに答えた。
「どっかから中に入れるとかあるのかなぁ。久遠、知らない?」
「さて。俺も詳しい事は知らないが、どこかに祭壇があるという話だ」
「祭壇ねぇ」
その時、先にユグドラシルに辿り着いていた女子二人が、こちらに大きく手を振っているのが見えた。そのうちの一人、短パンと水着のような薄手のシャツだけを身につけていた
「おおーい。お前ら早く来いよ! なんか祭壇があるぜー」
「……だってさ」
三好が肩をすくめる。どうやらもう見つけたらしい。悩む必要なんか無かったな。
……
二人の下へと辿り着くと、確かにユグドラシルの麓であるその場所に古びた祭壇があった。
数段高くなった祭壇の上には精密な魔法陣が描かれており、その周りにはそれぞれ
「それぞれの色の柱に
「はーい」
「一橋氏。先に魔法陣を調べておきたいのだが」
遺跡マニアの久遠が、目を輝かせていた。最初から久遠には調べてもらうつもりだったので、すぐに承諾する。
「あぁ、頼む。好きなだけ調べてくれ。明日の正午まで、まだまだ時間はあるからな」
「了解した」
魔法陣にかぶりついた久遠以外の四人で、手分けしてそれぞれの柱に
そして残るは薄い黄色の
「後は【境界のトパーズ】だけだな」
「どうするの? ユミール様を呼ぶの?」
「いや、王子達との約束の日時は明日の正午だし、明日の朝にでも呼ぶよ。今日はもう夜営準備をして休むぞ」
「そんじゃ、私はこの島を探検してくる。さあきも一緒に行こうぜ」
「クー、いいの?」
「別にいいぞ。ついでにモンスターを掃除してくれるならな。あんまし遠くに行くなよ」
「はっはー。私を誰だと思ってんだよ。任せとけって」
「やった! 任せとけー!」
そう言い残し、さあきと姉御は一緒にどこかへ行ってしまった。まあそこまで大きい島では無いし、確認した限りモンスターもたいした事無い強さだったから大丈夫だろう。
「クー、俺も行きたいんだけど……」
三好が、女子二人の背をうらやましそうに見つめていた。
「だめだ。三好、テメーはテント張るのを手伝え」
「えー……」
「久遠の奴は祭壇の解析に忙しいんだ。だったら俺達で夜営の準備するしかなかろうが」
見ると魔法陣にかぶりついていた久遠が、銀髪の老人の姿に変わっていた。調べる対象によって【変化】する人物は変えているそうなのだが、毎回同じに見えてしまう。まあ、別にどうでもいい事だが。
「へぇ。これが久遠の【変化】か。はじめて見たな」
三好が久遠を感嘆の声をあげる。そういえば久遠の奴、最近【変化】をつかってなかったからな。
「どうだ久遠。何か分かったか?」
久遠は小さく首を横に振った。
「だめだな。相当に高度な魔法陣のようだ。この姿でも、解読できる文字が所々しかない。正直お手上げだ」
「そうか」
このユグドラシルは、それこそ神話レベルの太古の遺跡だし、ルシファはユグドラシルの事を
しかしまあ、とにかく装置が生きている事に間違いは無さそうだし。明日、境界神ユミールの使いを呼び出して【境界のトパーズ】を貰って起動できれば――そして
「まあ、なにかわかったら教えてくれ」
「了解した」
「さて、夜営の準備だ。三好。さあき達が帰ってくるまでに、テント建てちまうぞ」
「はいはい。わかったよー」
持ってきた荷物をバラバラと崩し、荷物から天幕やテントを取り出す。まだ日は高いが、さっさと終らせてしまおう。
「……」
【変化】解除し元の姿に戻った後も、久遠は魔法陣の前から動かず、俺と三好が準備をする間ずっと、真剣な顔で考え込んでいた。
……
晩飯は魚料理だった。ちょっと前に、遠くから爆発音が聞こえたので、爆弾漁法でもしてゲットしてきたのだろう、
恐ろしい量の魚を持って帰ってきた時にはどうしてやろうかと思ったが、結局さあきが手際よく捌いて、フルコースに仕上げてくれた。こいつの料理スキルは、この世界に来てから上がりっぱなしである。
魚料理をつつきながら、俺達五人はテント前に起こした焚き木を囲んで談笑していた。
「この世界に来て、何日くらい経ったんだっけ?」
三好がふと、思いついたように言う。
「さあ、一ヶ月くらいだろ?」
「え、それだけだっけ? もうちょっとたってない?」
「ちょっと待ってー」
さあきが手帳を取り出して中身を確認していた。それはどうも、学校の生徒手帳のようだった。
「私の日記だと、この世界に来たのが7月5日で、今日の日付は9月9日。だから、えーっと……何日目?」
「66日目だ」
久遠が一瞬で答えた。なんですぐにわかるんだよ。
「ってかさあき。日記なんかつけてたんだな」
「うん、前からつけてたよ? この世界に来てからはこの生徒手帳に書き込んでたの」
そりゃ律儀なこった。しかしそうか。もう二ヶ月以上経ってしまっているのか。日時の感覚が完全に麻痺しちまってるな。
「え! って事は、もう夏休み終ってるじゃん!」
隣で塩焼きをがっついていた
「あ、そういえばそうだねー。もう二学期だ」
「じゃあ、もし現実世界に帰れたとしても、二学期の授業が始まってるね。夏休み無しで。あ、でも7月の期末テストも吹っ飛んだからトントンかも」
「いーや。あの担任の事だ、一学期のテストもやって、次の日から二学期に入りますとか言い始めるぜ、きっと!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始める
しかし俺、夏休みに処理するはずだった積ゲーが十本以上溜まってたんだよな……夏休みが無いとなると、どうするか……あ、突然――帰りたくなくなってきた。現実世界に。
「そっか、じゃあ二ヶ月以上この世界にいるのか。でも、最初はビックリしたよね。いきなりこんな世界に来ちゃってさ」
三好が話を戻す。たしかに、最初来たときはどうなるかと思ったがな。意外と何とかなるもんだ。
「あれって、放課後のホームルームが終った時だったんだっけ、いきなり教室から――」
「それだ!」
突然、大声で叫ぶ奴がいた。
反射的に声の方向に顔を向けると、小さな体躯を震わせて、久遠が驚きの表情と共に立ち上がっていた。
「……なんだよ、大声出して」
「やっとわかった。そうだ。これなら全て、説明できる」
いぶかしがる俺達を前に、久遠はブツブツと何事か呟き続ける。そして、考えがまとまったのか、ゆっくりといつものドヤ顔に戻っていった。
「どうしたんだよ、久遠。何がわかったって?」
「俺達をこの世界に送り込んだ犯人だ」