このようなMAPPAの姿勢は、代表を務める大塚学が言う「面倒くさいことを言う人の、面倒くさい希望をあえて叶える」精神を体現しているように感じる。これは創立者である丸山プロデューサーから受け継いだという。旧虫プロダクション出身で、漫画家としてもアニメの先駆者としても偉大な手塚治虫という存在と身近に接していた丸山プロデューサーならではの説得力のある言葉だ。
さて同社のターニングポイントとなる作品といえば、2016年の片渕須直監督の『この世界の片隅に』だろう。もともとMAPPAは同作を制作するために設立された会社であり、当初集まった人材も片渕監督や丸山プロデューサーたちと仕事がしたいと思った者たちが多かった。
それでいて公開まで5年の年月が必要だったのは、シリアスな内容的に資金調達が困難だったことと、片渕監督のこだわりの強さによる。舞台となる戦中の呉の町並みや当時の天気など徹底的にこだわり、作品に昇華させたのは有名な話だ。
そんなこだわりを持つ監督とのMAPPAのつきあい方を象徴するエピソードとして、主役の北條すず役に女優のんを起用する際の話がある。片渕監督は最初からのん以外の起用を考えていなかったが、彼女が契約期間の途中で所属事務所から独立しようとしたため、前事務所からの横槍で出演交渉さえ難しい状態が続いていた。
そんななか制作も佳境に入り、これ以上の制作期間の延長は赤字に直結するという時期にさしかかった。それでものんを起用したいという片渕監督の意をくみ取り、彼女と前事務所との契約期間が終了し出演を依頼できるようになるまで、MAPPAは制作延長に同意したのだ。これはビジネス的に極端な例としても、「面倒くさいことを言う人の、面倒くさい希望をあえて叶える」好例といえるだろう。