“上級国民”の老人はなぜキレる? 被害者たちの声

日刊SPA! / 2021年3月20日 8時52分

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女性蔑視発言が世界中で問題視された森喜朗・東京五輪組織委会長

エリート街道をひた走り、70歳を過ぎても組織のトップに君臨するような、「上級国民」と呼ばれる老人がキレる事例が、ここへきて続発している。彼らは何に対して怒っているのか?「エリート老人」の心の闇に迫る。

◆エリートは一般の老人よりキレやすく、被害も甚大!

 女性蔑視発言が世界中で問題視された森喜朗・東京五輪組織委会長(当時・83歳)が、謝罪会見で記者に逆ギレしたことが決定打となり、2月12日、辞任に追い込まれた。

 妻へのDV容疑で逮捕された台湾ティー専門店のゴンチャジャパン前会長や、出会い系で知り合った女性に対する強制わいせつの疑いで逮捕されたスポーツ用品大手のアルペン前会長と、最近、組織や企業のトップに立つ有能な高齢者=「エリート老人」がキレて、暴力沙汰で騒動に発展するケースが相次いでいる。

 なぜ収入や地位が高く、人生経験も豊富な「エリート老人」はキレるのか。

 精神科医の和田秀樹氏は、一般に老人がキレる理由をこう話す。

「高齢者はホルモンの減少などにより活動的ではなくなり、いわば、怒りのアクセルの機能が低下するので穏やかになる。ところが同時に、人間らしい理性を司る前頭葉がほかの脳の領域より老化で萎縮しやすく、怒りを抑えるブレーキが利きにくくなるのです」

 駅やスーパーなどでキレる老人がよく報じられるが、’18年の『犯罪白書』によれば、この20年で65歳以上の高齢者の検挙数は実に3.4倍に急増。少子高齢化の影響は大きいが、それ以外の原因も潜んでいそうだ。

◆「エリート老人」が社長や役員として君臨する企業では、暴走がパワハラとして表れる

 特に、「エリート老人」が社長や役員として君臨する企業では、暴走がパワハラという形で表れるという。労働案件を多く手がける橋本佳代子弁護士が言う。

「企業の大小を問わずハラスメント問題は激増している。高齢者が多い中小企業、トップが独善的になりがちな士業の事業所は、パワハラがエスカレートする傾向にあります。厚労省の統計によれば、’19年度の個別労働紛争の相談内容は『いじめ・嫌がらせ』が8万7570件と群を抜いて多く、10年で倍以上に急増。

 過去3年間にパワハラを受けたと回答した人が約30%と、3人に1人が被害を受けている。このなかには、エリートで高齢の社長や上司によるパワハラも相当数含まれるはずです」

◆餌食にされる部下たち

 真っ先に被害者となるのは部下だろう。大手外食フランチャイズチェーンに勤めるAさん(49歳・男性)もそんな一人だ。

「店舗を所有するオーナーの意向を汲みつつ、チェーン本部の意向もあるので、双方の最善の着地点を探し、オーナー寄りの改装をして喜んでもらったんです。ところが、それを知って激ギレした担当役員(72歳・男性)が朝6時に電話をかけてきて、延々1時間以上も説教され、私は九州にいるのに午後に東京の本社に行って釈明させられました。

 その後、担当を外されたのですが、改装した店舗が地元で評判を呼ぶと、手のひらを返して『あれはオレの仕事だ』と社内で吹聴していた……やってられませんよ」

◆「暗黒の3要素」がエリートを暴走させる!?

 企業統治に詳しいコミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏は、エリートの高齢者が独善的な理由をこう説明する。

「心理学では、出世する人は『暗黒の3要素』という人格的特質を持っている。3要素とは、①身勝手な利益のために他人に影響を及ぼそうするマキャベリスト的な傾向、②自己本位のナルシシズム、そして③他者への共感が欠如したサイコパス的な反社会的人格。さらに、組織を率いて権力を手にすると、この暗黒面が顕著に表れる。

 自分勝手な言動が増える一方、他人に共感したり、気を使うことは減るし、キレたときにたしなめる人もいない……。エリート老人は、一般の高齢者に比べキレやすいと言えるでしょう」

◆激昂した理事長に殴られ全治3か月

 財団法人に勤務していたBさん(44歳・男性)は、「暗黒の3要素」をコンプリートする理事長(75歳・男性)に人生を壊された。

「会社や法人をいくつか持つ理事長は、一代で財を成した成功者ですが、すぐに手が出るタイプでパワハラが常態化していた。ある日、私がゴミの分別を間違えたら、激昂した理事長に殴られ、あまりの激痛に医者に行くと肋骨が折れて全治3か月でした。

 抗議すると『クビだ!』と大声で恫喝される日が続き、うつ病に……。その後、休職しましたがそれだけでは済まず、私がいない間に『詐病だ!』『あいつは横領している』と、あらぬ話を言いふらされ、退職を余儀なくされました」

 業界紙記者のCさん(26歳・男性)もまた、被害者の一人だ。

「創業社長(75歳・男性)の頭が古くて、新聞社なのに共用PCが2台しかない。購入を求めたら、『自分の給料で買え!』とキレられて、以来、昼休みを規定の1時間取ると、『給料泥棒!30分で済ませろ』と見張ってるんです」

 異常な猜疑心は、「暗黒の3要素」の一つに当てはまる……。

◆孤独で常に満たされていないからキレやすい?

 キレる「エリート老人」は、日本に特徴的な現象の可能性があるという。前出の岡本氏が続ける。

「欧米では年をとるほど幸せを感じる人が増えるが、日本では逆に幸福度が下がる。実は、人の幸福度を決めるのはお金や地位ではなく、人との繋がりであることが多くの研究で明らかなっている。

 だが、日本の男性は非常に孤独で、OECD(経済開発協力機構)の調査によれば、『友人や同僚とほとんど時間を過ごさない人』の割合は、約17%と先進国21か国中ダントツ。リーダーである『エリート老人』なら、一層孤独感に苛まれているでしょう。孤独で常に満たされていないから、キレやすいのではないか」

 2月12日、政府は孤独担当相を新設したが、主眼はコロナ禍で増えた自殺対策に置く。「エリート老人」の暴走は止まらなそうだ……。

◆「キレただけ」でも、懲役刑の可能性も!?

「キレただけ。何が悪い!」。

「エリート老人」の怒声が聞こえてきそうだが、特に職場でキレた場合、犯罪になる可能性は十分にあるのだ。前出の橋本佳代子弁護士は、最近の傾向をこう読み解く。

「近年、パワハラの被害を訴える雇用者の相談が急増しているが、特に中小零細企業には創業経営者も多く、これまでの自分のやり方に疑問さえ抱いていないワンマンな企業統治がよく見られ、パワハラが横行しやすい。

 そのうえ、経営のトップが“昭和型”のエリート高齢者だった場合、転職組の社員などは自分とは違う畑で仕事をしてきた異分子に映るので、悪目立ちしやすく、キレる標的になりやすい。さらに、コロナ禍で多くの企業は経営が厳しく、経営者はフラストレーションを溜めてキレやすい状態にある」

 被害を受けるのはいつも弱者だが、法的手段に訴えることは可能だ。文末に、キレるとどんな罪に問えるのかをまとめた。

「エリートの高齢経営者のなかには些細なミスをしただけで『明日から会社に来なくていい』『君とは合わないから辞めろ』などと口にする人も少なくないが、そう簡単に解雇は有効にはなりません。日常的に『殺すぞ』『アホ』などと言うのは当然パワハラであり、慰謝料を請求することができます。ただ、確実に裁判で勝つために、暴言を録音しておくといいでしょう。

 (前出の)『横領している』と言いふらされたBさんのケースは、名誉棄損罪に該当し、法定刑には3年以下の懲役も含まれる。また、(前出の)Cさんのケースで、昼休みを30分にしろと強制していれば、労働基準法34条1項違反で、罰則は6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金とされている。キレただけのつもりでも、民事だけではなく、刑事責任を問われることは十分あるのです」

 今後、企業の経営悪化が予想され、さらなる被害が増えそうだ。

◆キレただけで●●罪に!?

飲食店で大騒ぎする高齢者グループを店員が注意すると、「オレたちは騒いでいない!」と大声で激ギレ。机を叩いて猛抗議→威力業務妨害罪

スーパーで店員が高齢者客に品物を渡すと、コロナを恐れて「感染したらどうする!」と罵詈雑言。代金を投げつけた→威力業務妨害罪・暴行罪

老人ホームで入居者が女性職員の体を触りセクハラしたが、拒まれて逆ギレ。大勢の前で「このクズ、デブ!」と大声で罵った→侮辱罪

高齢経営者のパワハラでうつを発症した職員が休職を申し出るとキレて、休職中、「あれは詐病。横領もしている犯罪者」とあらぬことを言いふらした→名誉棄損罪

会社の方針に社員が意見すると社長が激ギレ。「黙れ!殴られたくなかったら土下座しろ」と迫った→強要罪

【精神科医・和田秀樹氏】
専門は老年精神医学など。国際医療福祉大学大学院教授。和田秀樹こころと体のクリニック院長。心理学、老人問題に精通する

【弁護士・橋本佳代子氏】
師子角総合法律事務所。労働紛争のハラスメント事案を多く手がける。マタニティハラスメントにも精通し、多岐に渡り活動

【コミュニケーション・ストラテジスト・岡本純子氏】
グローコム代表取締役社長。近著に、12万部超のベストセラー『世界最高の話し方』(東洋経済新報社)などがある

<取材・文/齊藤武宏 山本和幸 写真/朝日新聞社 時事通信社>

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