白色のスナッパーを震わせて   作:本醸醤油味の黒豆

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もしかしたら次回でしれっとEp.〇になってても怒らないでね。


EP.2:R.I.O.T

 チュチュがプロデューサーとして集めた……世界最強のガールズバンド、になる予定の私たちRAISE_A_SUILENの初顔合わせが行われたのは十月の終わりごろ、花ちゃんが加入することになって数日後、すぐのこと。

 

「お前がレイの言ってたギタリストか! アタシは佐藤ますきだ、んで今はRASのマスキングだ。よろしくな!」

「……キング」

「おう」

「かっこいい……!」

「お、おう……」

 

 ふふ、花ちゃんは相変わらずだった。あんまりいい思い出を積み重ねられてなかったことも聴いたからもう少し変わってるかな、とも思ったんだけど。それは杞憂だったみたい。というか、再会してここ数日で花ちゃんはまるで息をすることを思い出したように笑顔が増えた。

 

「パレオです〜♡」

「わぁ、髪の毛、それウィッグ? かわいい」

「おお、わかっていただけますか! この二色はピンクが──」

 

 花ちゃんが加わったことで和やかな空気になる。だけどその様子に少しだけ機嫌が悪そうなのが一人だけ。スタジオの定位置で座って、ジャーキーを食べながらちょっとだけ語気を強めてパレオの名前を呼び、呼ばれた彼女がびくっと背中を反らしてから慌てたように振り返った。

 

「あ、ああ! ジャーキーでございますね、ただいまお持ちします〜」

「ハリー!」

「了解で〜す」

 

 言葉通り素早い動きで冷蔵庫から新しいジャーキーを取り出して机に置いたタイミングで、チュチュは腕組みをした。ピリっと空気が張り詰めたような感覚がして、誰も何も言わなくなった。

 

「チュチュ?」

「ワキアイアイ、結構よ。()()()()()()()にそんなものは必要ない。お友達を作るためにやってるんじゃないわよ」

「別にそんなつもりねぇけどよ」

「そうだよチュチュ、これで五人揃ったんだからさ」

「──メンバーが揃ったのはゴールじゃないスタート! いえスタートラインにようやく立とうとしてるだけ! こんなことしてる間にもRoseliaは音楽を磨いてる日々進化し続けてる! これ以上置いてかれるワケにはいかないわ!」

 

 Roseliaが夏前に行った主催ライブは、確かに凄かった。けど、今までギターを打ち込み音源に頼っていた私たちも着実にファンの心を掴んでいた。チュチュの言う通りメンバーが揃ったことで漸く、スタートの準備が整ったということ。でも、いくらなんでも焦りすぎだよ。

 

「落ち着けよチュチュ。カッカしてたらいい音になんねぇだろ」

「う、うるさいわよ! 第一、タエ!」

「私?」

「あなたは一ヶ月以内にR.I.O.Tをパーフェクトに、ワタシが満足できるレベルに弾きこなすこと、と言ったはずよ!」

「あー、うん。そうだった」

 

 チュチュの苛立ちをぶつけられた花ちゃんだったけど、そんな惚けた顔で頷いてそのまま黙ってスタジオでチューニングし始めた。そして……ギラギラした目で、誰かに今の成長を見て欲しいというワクワク、バンドとして誰かとセッションできるということへの飢え、チュチュの作りだした震える音楽への期待、色んな感情がせめぎあった目を向けて、たった一言を呟いた。

 

「早く弾きたい」

「……うん、そうだね」

「よっしゃ! ヤリ合おうぜ!」

「行ってまいります、チュチュ様」

 

 花ちゃんの一言が、みんなの心に火を灯した。ああ、私もワクワクが止まらない……! こんな日が来るなんて、左隣に花ちゃんがいて、視線を交わして、始まろうとしている。

 これが始まりだ。私は、RASのレイヤは、ここから生まれる。生まれ変わる! 

 

「いつでもいいよ」

 

 チュチュに合図を送るとイントロが始まる。そして、ますきのドラムが激しいビートを刻んでいく。その数秒で身体が、血が急速に全身を駆け巡っているかのように熱くなる。今日は……とりあえず目の前で拗ねたような顔をしてる私たちのプロデューサーにぶつけよう。()()()の力と、熱さを! 

 私は実のところ、花ちゃんの練習を少し手伝っていたから知っていた。あの子がチュチュに一ヶ月でモノにならなかったら、と言われたことを()()()()()()()()()()()()

 

「今の私じゃ、チュチュを震わせることができなかった」

「でも、初見で知らない曲で、あそこまでチュチュに言わせられるだけで十分だよ」

「それじゃ……そんなんじゃ、()()()()

「花ちゃん……」

 

 花ちゃんの飢えは私のソレを遥かに上回っていた。でも、無理もないことだった。

 私はこれでもまだ、夢を()()()()()だけだ。熱を失い、それをますきやチュチュに再び点けてもらっただけ。でも花ちゃんの夢は、憧れだったSPACEで信じあえる仲間とステージに立ちたいという夢はもう……永遠に叶わなくなった。

 

「私まだ、()()()()()()()。やりきった、って言えなきゃ、足りない」

 

 それから数日、花ちゃんは絶対に、どんなにバイトがあろうと何があろうと一日十二時間もの間、ギターを鳴らし続けてきた。しかも最高じゃなくて、最低十二時間。そんなストイックで、路上で歌いすぎて喉を傷めるほどにまっすぐ、彼女は音楽に向き合い続けていた。そんな花ちゃんが奏でる音楽が、あの子の、常に頂点でありながら挑戦者であろうとするチュチュを震わせることができないなんてこと、ありえない。

 

「──エクセレントッ! タエ、あなたどんなマジックを使ったの!? バイブレーション! 音一つひとつが足元からビリビリ来たわ!」

「ん、やった」

「いや、マジで良かったぜ」

「はい! とても熱くなれました!」

「やったね、花ちゃん!」

 

 やっぱり間違いじゃなかった。花ちゃんの朗らかさと飢えは私たちにとって、RASにとって風を吹かせるような、そして五人をチームとしてつなぎとめるような力がある。ちょっとしたものから作詞作曲をする自由な発想力、マイペースでどんな時も堂々とステージに立てる胆力。それを支える確かな努力。花ちゃんならきっと、最高のギタリストになれる。

 

「……タエ」

「ん?」

「ソーリー」

「なんでチュチュが謝るの?」

「正直、ここまでやれるなんて予想してなかった。それで呑気なもんだって、ナメてたわ」

 

 チュチュ様が素直に頭を下げました! と手で口を覆い抑えるパレオと目を見開いて、マジかとつぶやくますき。でも、私も驚いた。チュチュが自分の言葉を翻すことがあるなんて。それだけ、花ちゃんの演奏に魅せられた、ということなんだろうけど。

 ──でも、花ちゃんはケロっとした顔で予想してもらったら困ると口にした。

 

「え?」

「予想されてたら、震わせられないと思った。チュチュが思ってるよりも、上手になりたかったから」

「……ハハ、アハハハ! 認めるわ、タエ! あなたが、ワタシたちRAISE_A_SUILENのギタリストよ!」

 

 チュチュが手を差し出して、花ちゃんがそれを強く握りしめた。仲直りの握手って以上に、こんなメンバーでバンドができるってことに、私たちみんなの口角が上がっているのがわかった。

 私は、一人前に花ちゃんを闇の中から救い出したんだと思っていた。笑顔が増えていくあの子を見る度に、救えてよかったと思っていた。でも、本当は、RASという旗がたなびくための風を探していたのかもしれない。旗を立てるための星を探していたのかもしれない。

 ──救われたのは、私たちの方なのかも、しれないと思い始めていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 顔合わせから数日後、RASはホームのライブハウスであるdubのステージに立っていた。『R.I.O.T』は毎回演奏している、と聴いたからすごく気合を入れていたけれど、ようやく揃った楽器とその違いにお客さんは満足してくれたみたい。メンバー紹介の前にいきなり演奏して、さらに畳みかけるようにカバー曲である『激動』を演奏しきってからMCを挟む。ドラム、キーボード、DJ、ベース&ボーカルの紹介の後、満を持してのギター! ()()()という声に応えてソロパフォーマンスを披露してから拍手の中で頭を下げた。そして、最初ということでマイクに顔を近づけて観客に挨拶をした。

 

「みなさん、初めまして! この度RASのメンバーに加わったオタエです!」

 

 メンバーはそれぞれチュチュ、パレオ、マスキング、レイヤって名前があるから私はどうなの? とチュチュに問いかけたらう~ん、と少し悩む素振りを見せてからこのオタエって名前になった。

 

「おたえ? なんで、おってつけるの?」

「タエって和風じゃない! ジャパニーズ!」

「……チュチュって日本人だったよね」

「はい! アメリカ育ちにバリバリの日本人ですよ~?」

「だよね」

「コホン! それにぶっちゃけ、タエって呼びにくいのよね、だからといってハナゾノも」

「私の名前、呼びにくいんだ……しゅん」

 

 落ち込んだ。花ちゃんなら呼びやすいってそういう問題じゃない。私は今自分の名前を改名するのかちょっと悩んでるところだから。えっと、たえが呼びにくいなら別の名前、うーん、うーんと、サエとかどうだろうというとパレオに確かにたえ、よりは口になじみやすいですねと言われ、追い打ちにさえちゃんは確かに呼びやすいとレイに言われてますます落ち込んだ。

 

「──というわけでお話が逸れ気味ですが、漢字にすれば一文字のたえ、よりも江戸時代の女性名風におたえ、としてみれば愛らしい印象も増しますしおたえさんと三文字にすることで若干聴き取りやすいというメリットを、チュチュ様はご指摘なされているのですよね?」

「そ、そうよ! さすがはパレオ! イチゴンイック、ワタシの思考をトレースしてくれたわね!」

「いえ、チュチュ様のお褒めにあずかれるほどのことではございません♪」

 

 なんだ、そういうことなんだ。よかった。なんだかレイが微妙な顔をしてチュチュを見ている気がするけれどそんなの気にならないくらいにほっとした。おたえ、おたえ、うん私的に気に入った。今度は頭文字におをつけるみたいな曲作ろうかな? 

 

「まぁ、花ちゃんがそれでいいなら」

 

 そんな経緯で生まれたのがおたえ、みんなアルファベット表記にするとちょっとカッコいいけど私はOTAEなのかぁと一瞬考えたけど、そこは慣れだ。だいたい目で見ること少ないし。あでもそれだと慣れないのか。

 

「──それじゃ、新しい子の紹介も終わったところで、次の曲行くよ」

 

 レイがMCを引き継いでますきに合図を送る。メンバーがそろったってことでテンションの上がったチュチュが見せてきたのはあふれんばかりの曲の数々だった。私のお披露目ライブってこともあって、チュチュは始まる前もすごくテンションが高かった。ううん、それはチュチュだけじゃなくてみんなだった。それはもう、この曲の通り止まるところを知らないくらいに。

 

「アガれ──!」

 

 そんなレイの煽りに会場の熱気も昂ぶりを見せていく。初めて知る、観客がアツくなるのをステージから見る興奮と、観客のレスポンスがあることでの楽しさ。みんなが一体になって私たちの音楽を心の底から楽しんでくれているという嬉しさ。それはその後に演奏した『EXPOSE 'Burn out!!! '』にも言えることだった。

 しかもこっちの曲にはチュチュが本格的に参戦してくる。DJ台に足を掛け、音だけじゃなくて動きでも観客を盛り上げていく。その姿をちょっと見て、やっぱりチュチュの言ったことは正しかったんだなと思った。

 

「オタエはパフォーマンスが少ないわね」

「……パフォーマンス」

「そう! レイヤは不動のボーカルがあるからいいケド、パレオやマスキングは音楽だけじゃなくて動きでもオーディエンスのボルテージをアゲるのよ」

「みんなは、どういうのをやってるの?」

「例えばになるんですが、UNSTOPPABLEですとパレオのソロでただ弾くのではなく、こう……キーボードから背を向けまして、こんな感じです」

「それで、弾くの?」

「ハイ!」

 

 確かにマイクパフォーマンスや動きというのを使っているバンドはいっぱいあったけど、そこまで派手なのは見たことがなかった。パレオは極端すぎる例だけど、と前置いたうえでチュチュは聴かせるだけじゃなくて見せることもまた、観客に魅せることにつながるとアドバイスをくれた。それから色々と練習して音を増やしてみたり、ステップ踏んでみたりと自分が今まで疎かにしてきたものを必死に身に着けていった。おかげで筋肉が増えて食べる量と体重もちょっと増えた。

 

「……嘘つきじゃん」

 

 ただ、ただパレオに関してはそう思わずにはいられなかった。なにが背面弾きとか、なんだろうか。あの子は常に動いてる。手を挙げるとかそんなのもう当たり前で回転するしツーステップ踏みながら伴奏してるし、なんなら背面で弾いてる間も頭振ってるし。ますきやレイも最初は驚くよと笑ってたけど。さっきからずっと、お客さんを魅了してる。そしてなによりますきやレイも歌が入らないところでは積極的に頭を振って盛り上げていく。

 

「私も……あんなふうに!」

 

 オーナーの言ってた、やりきるっていうのはただ自分の演奏を完成させるだけじゃないんだなってことを痛感させられたライブだった。イマまで……路上ライブでは一切必要なかった一体感と呼ぶべきもの、演者と観客の両方がRASという一つの空気を生み出しているということ。今のままじゃおとなしすぎて悪目立ちしかねない。でも、何をしたらいいのかはわかる。理解できた。

 ──私の楽しいを身体でみんなに伝えればいいんだ。それがステップであり、頭を振るってことであり、盛り上げるってこと。きっとそうだよね。

 

 

 

 


 

 

 

 

 結果として、ライブは今までにない盛り上がりと熱を孕んだまま終わった。アンコールはなしっていつも事前に言ってるんだけど、そろそろ数十分経とうというのに、観客が出ていく気配はなかった。

 

「うう……やっぱりもう二曲くらいやりましょうよ~」

「いやパレオ、お前と……いやチュチュもだけど、法律に引っかかるからアンコールできねぇんだろ」

 

 イマイチ忘れがちだけどますきの言う通り、パレオもチュチュもまだ十三歳、今年十四歳になる年齢になるため出歩ける時間が制限されている。かくいう私、ますき、花ちゃんもまだ今年十七歳だから二曲やったら危なくなるけど、この二人は今の時点でもかなりギリギリだ。

 

「アンコールに応えられない……残念だね」

「ですよねですよね~、みなさまに申し訳がないです……あれ、チュチュ様は?」

 

 そういえば、いつの間にかいなくなってる。そう気づいた瞬間、タイミングよくあの子の声が聞こえた。声のした方角、物販のコーナーでチュチュと向い合せに立っているのはRoseliaのボーカル、湊友希那さんだった。終始表情の動きがない友希那さんに対して、チュチュは後ろ姿でもわかるほどに前のめりに、敵対心を剥きだしにしていた。

 

「そういえば、なんでチュチュってあんなに友希那先輩がキライなの?」

「キライ、というか……レイヤさんの前にスカウトしたことがあって」

「確か即答で断られたんだっけか」

「はい、渾身のR.I.O.TもUSBを押し付けただけ……という感じですね」

 

 そんなあっさりとしゃべっちゃっていいことなんだろうか。でも、私より前、つまりパレオだけがメンバーだったころにチュチュが見つけていたボーカリスト。でも門前払いを受けてから、チュチュはしきりにRoseliaの名前を出すようになったらしい。

 

「演奏、よかったわ」

「──っ! へぇ、イマサラ後悔しても遅いわよ?」

「別に、前にも言ったけれど、あくまで私はRoseliaとして頂点を目指している。あなたのプロデュースも、世界最強のメンバーとやらも必要ない」

「くっ……! なら、指をくわえて見てることね! ()()()()()()()が頂点に立つ瞬間を!」

「──それは、無理よ」

「なっ……なんですって……!」

 

 透き通った声で断言され、チュチュの絶句が伝わってくる。無理、か……それは、私も、いやここにいる全員が思ってることでもある。このバンドには決定的で致命的なナニカが足りてない。でもそれがなんなのか、私にもわからなかった。ただ漠然と、Roseliaには勝てないという理不尽な現実だけが目の前に横たわっていた。

 

「な、なら! 対バンしてみればわかるわ! 直接対決してみればわかるハナシよ!」

「……残念だけれど、それも無理」

「ホワイ!」

「今、私たちは詩船オーナー……元オーナーに頼まれて、ガールズバンドチャレンジ、という大会に参加しているの」

 

 アレか、とますきが口にした。そっか、ますきの家は確か商店街の地下でやってるライブハウスを経営してるんだっけ。それよりも私が驚いたのは都築詩船さんだって? あの有名な、そして元SPACEのオーナーで……横目に伺うとやっぱり私よりも驚いているのは花ちゃんだった。

 

「頼まれたからには、やりきらないといけない。そういう覚悟を持って私たちは大会に望んでいるの」

「な、なら……ワタシもその大会に」

「それなら……()()()()()()()決着するのではないかしら」

 

 その会話を最後に、あくまで友希那さんは涼しげに、チュチュに対してまるで現実という刃を突き付けるようにして、去っていった。それを、私は遠くで見守っているしかない。

 ──チュチュの痛みを、苦しみを、私は知らないから。ううん、私は何も知らない。ますきのことも、パレオのことも、チュチュのことも。メンバーがどんな過去を持っていて、どんな飢えを感じてこのRASという旗に集ったのか。いやもっと単純に普段どんな生活を送ってるのかとか、どんな音楽が好きかも知らない。私たちは、バラバラだ。

 




今回演奏が描写されている曲
『R.I.O.T』:おたえの中のヒトであるさえチが弾いてるのは神戸(へぶあす)のみ。まさに幻。
『激動』:ディーグレの曲。激動だけカバー。原曲はUVERworldです。ライブなんかでも実際にカバーしていますが、DJやキーボードが増えるだけでイロが変わるってことで割とお気に入りだったりする。あとチェルさんカッコよ。
『UNSTOPPABLE』:作中にもある通りライブだと最初の『SOMEBODY HELP』の後にアガれ~! って言うんですよね。本当にアレを聴くと血が沸騰します。
『EXPOSE 'Burn out!!! '』:アニメでは二曲目。頭が自然に前後や左右に動く曲。RAS!って感じが好きカウントダウンでジャンプしような!


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