171 バカンス
青い海を、パステルカラーに彩られた4つのヨットが駆けていく。
俺と女神様は、その中のひとつに乗っていた。
洋上に浮かべられたブイを回るこのレースで、俺と女神様のペアは現在2位である。
「女神様! もうちょい推力を絞ってくれ! カーブで外に膨らんじまう!」
「わかってるけど、結構難しいのよ!」
すみれ色のホルターネックビキニを着た女神様が、あたわたしながらそう言った。
今俺たちがやっているのは、マギセーリングというマリンスポーツである。
魔法を使ってヨットを走らせる。
言葉にすればそれだけの競技だが、なかなかに奥が深い。
今、俺はヨットの舵を取り、ペアとなった女神様が推進装置の出力を担当している。
「エドガー君、お先!」
「お兄ちゃん、バイバーイ!」
カーブで外側に膨らんだ俺たちを、エレミア・アスラ組のヨットが抜いていく。
エレミアはシルバーのチューブトップ型ビキニ、アスラは活動的なオレンジのタンキニ姿である。
「ああっ、抜かれたわ!」
「ちょ、女神様、まだ早いって!」
抜かれたことに焦った女神様が推進装置の出力を上げる。
まだカーブを曲がり切っていなかったヨットは蛇行し、さらに速度を落としてしまう。
そのまま勝負はラストのストレートに入った。
ヨットの性能には差がないので、ここまで距離を開けられるとどうしようもない。
俺たちは3着でゴールした。
「やったね、メルヴィさん!」
「わたしたちの勝ちね!」
ゴールの先の海に浮かんだヨットの上で、美凪さんとメルヴィがハイタッチを交わしている。もちろん片方は妖精なので、サイズ的に違和感はあるが。
美凪さんはネイビーのビキニにヨットパーカーを羽織った姿。メルヴィもお手製の花柄のフリル付きワンピース水着に着替えている。
この二人は、真面目な性格同士のせいか、どうも馬が合うらしい。
「1着はメルヴィと美凪さんか。予想通りだな」
ヨットを操縦するペアの組み合わせはくじ引きによるものだ。
現在、メルヴィ・美凪さんペア、エレミア・アスラペア、俺・女神様ペアの順にゴールしている。
メルヴィと美凪さんが組んだ時点で、なんとなくこうなりそうな予感はしていた。
もっとも、エレミア・アスラペアに負けたのはちょっと悔しい。
そして――
「あああああ! もうみんなゴールしてるのだ! 始祖エルフは歳ばかり食って操舵が下手すぎるのだ!」
「あなたが馬鹿みたいに全力で推進するから舵が定まらないんです! ものごとをなんでも力で解決できると思ったら大間違いですよ、魔法神!」
ヨットの上で取っ組み合いのケンカをしながら、4着のアッティエラ・アルフェシアペアがゴールする。
「……ご主人様……」
ご主人様ラブのメルヴィも、さすがにその惨状にジト目を向けている。
「普通に考えりゃ優勝候補なんだけどな」
魔法を司る神と、魔道具作りの天才である始祖エルフのペアなのである。
魔道具の一種といえるマギセールの扱いなんて赤子の手をひねるようなもの……かと思われたのだが、そうでもなかったらしい。
だいたい、この二人は仲が悪すぎる。もとはといえばアルフェシアさんの才能を危険視したアッティエラがアルフェシアさんを結界に封印したのが原因であり、これで仲良くしろという方が難しい。
今も取っ組み合いのケンカをしているせいで、卓越した才能を互いに潰しあう形になっていた。
真っ赤なビキニを着た幼女と、水色のパレオの美女が罵り合うさまは異様である。
……なお、誰も興味ないだろうが言い添えておくと、俺もトランクス型の水着を履いている。アロハ柄のよくあるやつ。転生後の俺は肌が白いので、日焼け止めはが欠かせない。
「でも、面白かったな。ペアを変えてもう一回やろうぜ」
「賛成!」
「今度こそお兄ちゃんと組む!」
「わたしも……加木さんがいいかな」
「ご主人様かエドガーと組めれば最強ね」
「アッティエラと組むのは勘弁してほしいわね」
「あたしだってアトラゼネクとなんか組みたくないのだ!」
「メルヴィと組めればいいのですが」
エレミア、アスラ、美凪さん、メルヴィ、女神様、アッティエラ、アルフェシアさんが口々に言う。
なお、この場にサンシローはいない。魔法が使えないとか機械だから錆びるとかも理由だが、俺たちが遊んでいる間にボディのアップグレードをしたいらしい。美凪さんとサンシローがマルクェクトに魔法で再構成されるのには十年の歳月を要した。そのあいだに地球では魔法を取り入れた技術革新が進んでいる。サンシローの機体は端的に言って時代遅れになってしまっていたのだ。……いや、俺の前世の感覚からすれば、アンドロイドという存在自体が十分にSFの領分なのだが。
他にも、ナイトとシエルさんもここにはいない。
ナイト|(元アスラの別人格で、ヴァンパイアだった少女。現・妖精)は、紫外線が嫌だと言ってホテルの部屋に残っている。
聖剣〈
シエルさんの悩みも気がかりではある。
だが、他ならぬシエルさんが、
「遊ぶ時は思いっきり遊ぶことも、勇者の務めですよ」
と言っていた。
俺たちは勇者ではないが、やろうとしていることを思えば、勇者のようなものだと言ってもおかしくはない。
先輩勇者の気遣いは、ありがたくいただいておくべきだ。
「くじを引くから集まってくれ!」
声をかけると、3艘のヨットが近づいてくる。
見事に美女、美少女ばかり揃った面々が、俺の手からくじを引いていく。
「やった! ご主人様とだ!」
「ふふっ。よろしくね、メルヴィ」
メルヴィとアルフェシアさんの主従コンビが喜び、
「う……ミナギさんとかぁ」
「よろしく、エレミアさん」
エレミアが嫌そうに言うのを、美凪さんが微笑んで受け流し、
「……お兄ちゃんじゃなかった」
「あら、アスラちゃんとね。がんばりましょう?」
女神様がアスラをなだめ、
「アッティエラと組むのか」
「なんだ、不満なのか、エドガー・キュレベル! アトラゼネクなんかよりあたしと組んだほうが断然速いって教えてやろうじゃないか! あーっはっはっはぁっ!」
貧乏くじは俺が引いた。
そんな感じで、日が暮れるまで、俺たちは魔法を使った洋上セーリングを楽しんだのだった。
……えっ、二回戦の結果はって?
アッティエラの全力全開推進を根性で御した俺がまさかのトップ。
メルヴィとアルフェシアさんが2着。
エレミア・美凪さん組が3着。
アスラ・女神様が4着だった。
その後は、【不易不労】で集中力を維持できる俺と、呑み込みの早い美凪さんとエレミアの三人が頭一つ抜けた状態になり、神様二人がビリを争う不名誉な結果になった。メルヴィとアルフェシアさんは安定して上手である……アッティエラと組まなければ、だが。
夕食でハワイ料理を堪能した後、俺たちはセイメイ&クロウリー社の開発フロアにいた。
異界の魔法神アッティエラ降臨に伴い、地球では魔法による産業革命が起きた。
その中心となったのが、陰陽師安倍賢晴と元グリンプス社員にしてサンシローの開発者であったレイモンド・ウェズナーが共同創始者となったセイメイ&クロウリーである。
その本社はハワイ・オアフ島に置かれていた。
他でもない、俺たちがアッティエラに召喚された場所こそ、セイメイ&クロウリー社の本社ビルだったのだ。
「ひさしぶりだね、ミナギ! ワオ、まったく変わってないじゃないか! いや、むしろ若返って見えるくらいだ! おっと、女性には失礼だったかな」
開発フロアで、40代の白人男性が、朗らかな笑みを浮かべてそう言った。
もちろん英語である。俺が身につけた腕時計型のマジックデバイスが、【幻影魔法】に似た仕組みの魔法を使って、男性の言葉を同時通訳していた。通訳自体はグリンプス社の機械翻訳システムによるものらしいが、相手の発言を上書きして、まるで相手がこちらの言語を話しているように見せかけているのはセイメイ&クロウリーの魔法技術だという。
エレミアやアスラなどマルクェクト組がこっちの人間と問題なく会話できているのも、このマジックデバイスを使っているからだ。
(とんでもない世界になったもんだ)
俺がマルクェクトでやってきた「現代知識チート」が可愛く思えてくるほどである。
俺の視界には、目の前の男性の頭上に、「レイモンド・ウェズナー セイメイ&クロウリー代表」の文字が浮かんで見えている。もちろんこれも、マジックデバイスによるものだ。マジックデバイスによる魔力制御を、俺はスキルで覗き見ることができるが、あまりに精緻で複雑なため、その働きを完全に読み解くことは難しい。
俺がマジックデバイスに感心している間に、美凪さんが男性に答える。
「おひさしぶりです、レイモンド。サンシローがいてくれたおかげで、何度も窮地を救われました。ありがとう」
「とんでもない! ミナギの活躍は、この世界のすべての人が知っている。異世界人レティシア・ルダメイアによる陰謀を防ぎ、命を賭して世界を核戦争の危機から救った英雄だとね。……それにしても、本当に若返っていないかい? アジア人の年齢はわかりにくいが、ティーネイジャーのように見えるよ」
「異世界で再構成される時に、数歳サバを読んだのよ。レイモンドはずいぶん風格が出てきたわね」
「風格が出たかはわからないが、腹は確実に出てきたようだ。セイメイ&クロウリーの技術でも、まだ若返りの方法は見つかってないからね。魔法でテロメアを修復する技術なんかが研究中だけど、実用化はまだ先だ」
レイモンドが、HAHAHAとアメリカ人笑いをする。
「サンシローは現在アップグレードの最中だ。ここに来てもらったのは、きっと、ミナギには興味があると思ってね」
レイモンドが含みを持たせてそう言った。
「えっ、なんでしょうか」
美凪さんが首を傾げる。
「まあ、それは見てのお楽しみってことで。皆さん、こっちへどうぞ。……それにしても、なんとも多様性のある集団だね」
レイモンドが俺たちを案内しながら、美凪さんにそう言った。
俺たちのメンツは昼と変わらない。
こちらの世界の白人に近い見た目の俺は、レイモンドにとってはむしろ違和感が少ない方だろう。
美凪さんも美人ではあるが一般的な日本人女性の見た目である。
セイメイ&クロウリーの最高顧問であるというアッティエラは今さらだろうし、女神様も今は地球の服を着ているからすごい美人がいるというだけのことだ。
アスラも、素性は特殊だが、見た目はつややかな黒髪と白い肌、赤い瞳が目立つだけの少女にすぎない。
だが、妖精のメルヴィ、始祖エルフのアルフェシアさん、ダークエルフのエレミア。この三人は、地球の基準からするととてつもなく目立つ存在だ。
俺たちはレイモンドに改めて自己紹介をした。
レイモンドは、にやりと笑って俺に流し目をくれた。
「ワオ、じゃあ君が、ミナギの長年の想い人ってわけだね」
「ち、ちょっとレイモンド!」
美凪さんが慌ててそうつっこむ。
「有名な話だよ。ミナギが格闘ゲームを始めたのは、自分をかばって亡くなった彼の影響なんだろう?」
「そ、そうだけど……」
美凪さんが頬を赤らめてうつむいた。
レイモンドが俺に言う。
「エドガー・キュレベル。いや、トモノリ・カギは、格闘ゲームの大ファンだったと聞いている」
「あ、ああ。もっともあっちに行ってからは全然触れてないけどな」
「ハハ、さすがに異世界に格闘ゲームはないだろうね。もしグリンプス社の優秀なエンジニアが異世界に転生していたとしても、ゲームを作れるほどのコンピューターをゼロから組み上げるなんてことは至難の業だろう」
「俺も、知識がないなりに計算機を造ろうとはしてみたけど、簡単な電卓すら造れなかった。そろばんと簿記は、うろ覚えの知識で復元したものが、現地で改良されて普及してるけどな」
「ほう。興味深いな。僕が異世界に突然召喚されたとして、はたしてそれだけのことができるかどうか。いや、生き抜けるかどうかすらわからない。それ以前に、刃物を持って向かってくる連続殺人鬼相手に立ち向かえるかどうかすら覚束ないけれどね」
レイモンドはどうも、俺のことを値踏みしているようだった。
美凪さんの見込んだ男がどの程度かということだろう。
美凪さんの想いには応えられないが、美凪さんが恥ずかしくなるようなことはしたくない。
はたして魔法コングロマリットの代表は俺のことをどう見たのか。
レイモンドは小さく何度もうなずいた。
「おっと、目的地はこの部屋だ」
レイモンドが立ち止まり、扉のひとつを開けた。
そこは、一面が白で覆われた部屋だった。
白い壁、天井、床。
そのそれぞれに、赤いグリッドラインが走っている。
それはまるで――
「トレーニングルーム?」
俺の言葉に、レイモンドがにやりと笑う。
トレーニングルームと言っても、ジムにあるようなもののことじゃない。
格闘ゲームのトレーニングモードで使う、余計なグラフィックのない専用の空間のことだ。
もちろん、「空間」といっても実在の空間ではなく、ゲームの中の「空間」である。
そのゲームの中にしかないはずの「空間」が、今、俺の目の前に広がっていた。
「……なんか、そっけない部屋だね」
エレミアが首を傾げて言った。
たしかにその通りだ。
トレーニングルームは、相手キャラクターとの距離を把握しやすいように余計なオブジェクトが配置されていない。何も知らなければ、ただの殺風景な空間だろう。
「驚いたかい?」
レイモンドが少年のようないたずらっぽい顔で聞いてくる。
「あ、ああ……ここは何をする部屋なんだ?」
「ふむ。トモノリがこの世界で死亡した時には、まだVRゲームは普及していなかったね?」
「じゃあ、ここは……」
「そう。VRゲーム専用のプレイルームだよ。もっとも、最近のVRゲームは、周囲に障害物があっても問題なく動作するようにはなっている。ただ、最適な環境を求めるなら、このような部屋が必要なんだ。将来的にはマジックデバイスで直接脳を読み取って仮想現実に没入できるようになると思うけど、今のところはこれが限界というわけさ」
「浦島太郎にでもなったような気分だ」
俺の知ってる格ゲーは、レバーをいじり、ボタンを叩いて戦うものだ。
今のこの世界では、それはほとんどレトロゲームのようなものなのかもしれない。
「ものは試しだ。一度体験してみてもらいたい。ミナギとトモノリ。どっちから行く?」
レイモンドが俺と美凪さんにそう聞いた。
俺と美凪さんが顔を見合わせる。
「……じゃあ、俺から」
俺は立候補することにした。
美凪さんはゲームの天才である。先にやらせて、見事なプレイをされてしまったら、俺の立つ瀬がないからな。
「オーケー。じゃあ、部屋の真ん中に立って。他のみんなはこっちに寄ってほしい」
レイモンドのガイドに従い、俺は赤いラインが十字に交差している床の中央に立った。
「じゃあ始めるよ。――レジェンダリー・ヒーローズ、起動!」
レイモンドの声とともに、視界が一変した。
いや、正確には、【幻影魔法】系の魔力を感知し、思わず弾きそうになったのだが、それを抑えて素直に魔法にかかることにしたのだ。
俺は、タイ風の仏教寺院の中庭に立っていた。
俺の向かい側に魔法陣のようなものが生まれた。
特別な魔力は感じない。ただの視覚的なエフェクトだろう。
その「魔法陣」が発光し、その上に、いかつい海賊風の男が現れた。海賊帽と眼帯、濃いヒゲ、そして片手はフックである。誰がどう見ても海賊だ。
海賊の男は、フックを俺に向かって突きつけた。
――A LEGENDARY HERO ARRIVES!! FIGHT OR FLIGHT?
どこからか声が聞こえた。
昔の格ゲーならボタンを押して挑戦を受けるところだが、今俺はアケコンもパッドも持っていない。
(あ、そうか)
声で答えればいいのか。
「ファイト」
日本人英語だったが、問題なく通じたらしく、画面に「READY?」の文字が浮かぶ。
「レディだ」
俺がそう答えた瞬間、目の前の海賊が襲い掛かってきた。
といっても、動きは早くない。
いや、
(俺はスキルがあるからか)
この世界の一般人の反射速度を考えればほどよい速さなのだろう。
俺は大ぶりのフックによる攻撃を半身になってかわす。
大げさによろけた海賊の軸足を払う。
海賊がダウンする。
「ええっと……どこまでやっていいんだ?」
あまりにリアルで忘れそうになるが、これは仮想現実である。
次元収納から電磁徹甲弾を撃ち出したりしたら、セイメイ&クロウリー本社ビルが倒壊してしまう。
とりあえず、倒れた海賊の腹に向かって拳を振り下ろす。
「ぐほっ!」
と海賊がうめき、
――KNOCKED OUT!!
声とともに海賊の姿が消えた。
ついで、仮想現実が消滅し、もとのトレモ部屋へと戻ってくる。
いや、戻ってきたわけじゃないな。俺はここから一歩も動いていないはずだ。
「ワオ! 見事なもんだね! 今の敵キャラクターはかなり強めに設定したはずなんだけど」
レイモンドが興奮しながらそう言った。
「向こうの世界で揉まれてきたからな。それにしても、リアルで驚いた」
俺以外にも、ギャラリーだった他のみんなも目を丸くしている。
「今やってもらったのは、セイメイ&クロウリーが開発中のVR対戦格闘ゲーム『レジェンダリー・ヒーローズ』の開発版さ。高度なモーションセンサーとマギデバイスによる幻覚投影を駆使して、実戦さながらの対戦を楽しめるんだ。もちろん、世界規模で対人対戦も可能だよ。ついでに言えば、魔法によって、通信のラグは光回線の百分の一以下に抑えられる。地球の裏側とでも遅延なく対戦が可能ということさ」
「すげえな」
ボキャ貧で申し訳ないが、それ以外の感想が出てこない。
「既に、世界中の名だたる格闘家や武術家に協力を依頼して、彼らのアバターを用意している。誰でも『タツジン』との戦いが楽しめるというわけさ」
「なるほど、それでレジェンダリー・ヒーローズというのですね」
美凪さんがうなずいている。
「おっと、ミナギ、君にとっては他人事じゃないんだよ?」
「えっ?」
「だって、君はスラムファイターの伝説的なチャンピオンじゃないか。ぜひ君にもレジェンダリー・ヒーローズに参戦してもらいたい」
「それは……」
美凪さんがちらりと俺を見た。
「……今すぐには無理です。わたしたちにはやらなければならないことがありますので」
「うん、そのことはアッティエラから聞いている。それが無事に済んでからで構わない。むしろ、その方が宣伝効果もあるだろう。なにせ、世界の危機を救った本物の英雄と戦えることになるんだからね!」
レイモンドが無邪気に笑う。
美凪さんが苦笑して言った。
「ありがとう、レイモンド。あなたなりの励ましなんだと受け止めておくわ」
「そうしてくれるとありがたい。ところでどうだろう? ミナギもやってみないかい?」
「もちろん」
今度は美凪さんが部屋の中央に立つ。
俺は壁際にいるギャラリーたちに合流する。
「はぁ~、すごいもんね。魔法をこんなことに使うなんて」
メルヴィが心底感嘆した様子で言ってくる。
「す、すごい……この世界の魔法技術はこんな水準にまで達しているのですか」
アルフェシアさんが感動に涙すら浮かべてつぶやいた。
「わたしもやってみたいー!」
アスラが俺の腕にぶら下がりながら言い、
「ボクも腕試しにやってみたいかな」
エレミアも興味津々のようだ。
「私も身体があったらやってみたいですねー」
エレミアの背中で、〈
ナイトだけは黙ってアスラのそばに浮かんでいるが、目には隠しきれない興味の光が浮かんでいた。
女神様も驚き、その隣でアッティエラがふんぞり返っている。
その間に、美凪さんの対戦が始まっている。
「お、おいおい……マジかよ」
と、つぶやいたのはレイモンドだ。
美凪さんは、セイメイ&クロウリー社が採録した世界の「タツジン」たちと対戦し、そのすべてを打ち負かしてしまった。
仮想現実から戻ってきた美凪さんが言う。
「選択予見の魔眼が役に立ちました」
「はっはっは! さすがはあたしの見込んだ人間だ! やるではないか!」
美凪さんの言葉に、アッティエラが胸を張る。
「そうか……マルクェクトの人たちは、スキルを持っているんだったね。それが仮想現実の中でも通用するのだとすると、レジェンダリー・ヒーローズの仕様を考え直さなければ……」
レイモンドがぶつぶつと言っている。
こうしていると、世界に冠たる大企業の代表というより、一人のエンジニアという感じがある。
そのレイモンドに、アルフェシアさんが言った。
「わたしにも、協力させてください!」
「えっと、ミズ・アルフェシアだったね」
「ええ! 現在のレジェンダリー・ヒーローズは、幻覚投影のみにマギデバイスを使っているようですが、これをスキルや魔法のエミュレーションにも応用すれば――」
アルフェシアさんが、何やら息せき切ってレイモンドに説明する。
途中から俺には意味不明な話になってきた。
「なるほど、マルクェクトの英雄たちもまた、レジェンダリー・ヒーローズ上で再現できるというわけか! それはすごいな!」
どうも技術者同士、レイモンドとアルフェシアさんは話が合うようだ。
「魔法を再現するというなら、あたしの出番だな!」
「スキルをゲーム上で再現したいと言うなら協力するわ」
アッティエラと女神様まで協力を申し出る。
……ていうか、神は地上に干渉しないとか言ってたのはどうなったんだろうな。女神様は神としての力を奪われたから今は神ではないという理屈らしいが、アッティエラなんかはやりたい放題である。
「やべーゲームになりそうだな」
俺はひっそりと汗をかく。
その後、俺たちは順繰りでレジェンダリー・ヒーローズで遊んだ。
概して言うと、マルクェクトで鍛えられた人間には、現状のレジェンダリー・ヒーローズは簡単すぎるようだった。戦いに慣れてない女神様やアルフェシアさんなんかはそれなりに苦戦をしていたが、それですら一般的なレベルを越えているはずだ。
レイモンドが言った。
「決めたよ。エドガー! マルクェクト最強の英雄である君には、このレジェンダリー・ヒーローズの頂点に君臨してもらう!」
「そんなことしたら、この世界の人間は誰も勝てないぞ?」
「それでもいいのさ! 頂点は高ければ高いほどいい! もっとも、それだけじゃアンフェアと思われるから、レギュレーションを用意して、君でも他の人と対等な条件で遊べるような仕組みも作りたいね! そしてゆくゆくはマルクェクトとこの世界を魔法回線で接続して世界間対戦を実現する!」
どうやら、俺たちの存在は、レイモンドの開発者魂に火を付けてしまったようだ。