▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚 作者:天宮暁
162/186

158 西の果て

 海に向かって突き出した岬の岸壁を、波濤がゆっくりと洗っている。

 俺は、岬の先端に立ちながら、果ての見えない水平線をただじっと眺めていた。


 俺の背後から、リリアとメルヴィの囁き声が聞こえてくる。


「……彼、どうしちゃったの?」

「しっ! 放っておいてあげなさい」

「でも、ここに来てからずっとああだよ? もう半日も経つじゃない!」

「エドガーは疲れないから、ああなっちゃうといつまでもあのままよね」

「それなのに、放っておくの?」

「ひとりになりたい時だってあるでしょ?」

「わたしはお母さんと一緒が落ち着くけどなー」

「まだまだお子様ね」

「何をーっ! メルヴィのがちっちゃいじゃない!」

「わたし、これでも長生きしてるのよ?」

「子ども扱いするなぁ!」


 二人の会話を聞き流しながら、俺はじっと考え続ける。

 忙しい毎日の中では考えられないこともある。

 だから、むりやりにでも頭をからっぽにして、そこに浮かんでくるものをただじっと待ち続ける。


 俺は、人の期待に応えられているだろうか?

 人の期待に応えようとするあまり、自分を見失ってはいないだろうか?

 俺のことを大事に思ってくれる人たちに、ちゃんと向き合えているだろうか?

 できていないとしたら、その原因はどこにあるのか?

 どうしたら、好意を向けてくれる相手のことを尊重することができるだろうか?

 好きだと言われて、舞い上がって関係を持つことが、本当に相手のためになるのだろうか?

 自分は相手のことをどう思っているのだろうか?

 相手に対する同情を、愛情と勘違いしていないだろうか?

 逆に、安易な同情を避けようとするあまり、愛情を表現することに臆病になっていないだろうか?


 思考がループする。

 何度も行ったり来たりを繰り返す。

 そのくせ、答えらしきものが一向につかめない。


 それでも、俺は考え続ける。

 考えることに行き詰まりを感じたら、考えを放り出して潮風を感じる。

 そして再び考える。

 そんなことを繰り返すうちに、ループする思考は(わだち)を生み出し、轍は徐々に深くなって水路となる。

 繰り返した思考が、徐々に確信に変わっていく。

 水路のどこが行き止まりになっていて、どこが外に通じているかがつかめてくる。

 暗く細い水路を、何度も障害物にぶつかりながら抜けていく。


 抜けた先にあった結論は、光り輝くようなものではなかった。

 ごくごく常識的なこと。

 それだけに、温かみを感じられるものだった。


(そうか……当たり前のことを忘れてたんだな)


 自分勝手に基準をこしらえて、あれはいい、これはよくない、そう言って他人を選別し、切り捨てる。それは傲慢だし、冷酷だ。

 そういうことはしたくないと思っているのに、そうしなければならない、そうするのが相手のためでもあるのだと、自分を誤魔化そうとしてきた。


(俺は、頭でばかり考えてたんだな)


 大事なのは気持ちだ。

 そんなことも、いつのまにか見えなくなっていた。

 なまじ24時間活動できるだけに、常に効率を考えるばかりで……いや、それも言い訳か。


 何もかもがそれでうまくいくとは思えないが、現状を考えるに、そうするのが当然だし、そうしなければ後悔するだろう。


 要するに、自分なりにしっくりいく答えが出た。


 俺は顔を上げる。

 いつのまにか日が暮れ、空には月がかかっていた。

 そういえば。

 この世界で最初に目を覚ました時も、空にかかる月を見た。

 月の名は、ルラヌスという。それを知ったのは、俺が覚えた最初のスキル【鑑定】のおかげだ。


 俺は振り返り、岬の突端を後にする。

 メルヴィはそこで待ってくれていた。……リリアは岩の上で横になって寝ているが。


「もういいの?」

「ああ。逃避の旅はここまでだ」

「……そうね」

「メルヴィ、頼みがあるんだけど」

「なんとなくわかるわ。ご主人さまに今の状況を伝えて、東方領域にあるらしい水の精霊核をなんとかしてもらうのね」

「よくわかったな」


 東方領域は、この大陸――竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)から東に海を超えた先にある多島海だ。リリアによれば、そこに水の精霊核があるという。


「手分けした方が早いもの。外洋航海のできる船なんて、この大陸にはほとんどない。モノカンヌスに行って王様に貸してもらうのが早いでしょ。で、悪魔に対抗できるのは、あんたとエレミア以外ではご主人さまくらいだろうし。まぁ、魔導具を使っていいならわたしもなんとかできるけど」


 俺が直接出向いた方が確実だが、あいにく俺はひとりしかいない。

 俺が風の精霊核に向かう間に水の精霊核を誰かに見てきてもらう方が早いだろう。東方領域は閉鎖的だと聞くが、ヴィストガルド1世に一筆書いてもらえば、問答無用で追い返されることはないと思う。


「俺は、ミトリリアと一緒に風の精霊核に向かう。ただ、場所が場所だから」

「エルフエレメンタリストの支配領域のまっただ中なんだっけ」

「それならまだいいけど、どうやら連中の聖域のど真ん中らしい。精霊至上主義を謳ってるんだから、風の精霊核が聖地になってるのは、むしろ当然なのかもしれないが」


 俺は連中に異端者認定されている。問答無用で戦いになる可能性も高い。

 もっとも、向こうから仕掛けてくるなら、なんとでもしてから話を聞かせればいい。

 ……って、どうも力で解決するのが当然のようになってしまってるな。国民的アニメのいじめっこじゃないんだから、なるべく穏便に済ませたい。……本当だよ?


「妖精のわたしが行った方が話が早いんじゃない?」

「どうだろ? 下手すると、メルヴィが見えない可能性もあるし」


 悪い人には妖精は見えない。この世界の常識だ。

 だから、妖精さんを見てみたいなら、常日頃からいい子にしてなくちゃいけないんだぞ☆ お兄さんとの約束だ。


「そっか、その可能性があったか……」


 メルヴィがため息をつく。


「さいわい、リリアがいるからな。アグニアの名前も出して、精霊核の危機を訴えれば、俺たちを通さないまでも、現状の確認くらいはしてくれるだろう」


 確認して、精霊核に悪魔の杭が刺さっていたら、俺にその排除を頼む気になるかもしれない。

 もしまだ敵の手が及んでなかったとしても、精霊核の警備を厳重にするくらいはやってくれるだろう。

 タフな交渉になるが、不可能とまでは思わない。

 これが前世で勤めていた会社の仕事だったら面倒だと思うところだが、今は不思議とそういう気持ちにはならなかった。この世界には守るべき価値があると、心の底から信じられているからだ。


「エレミアやアスラのことはどうするの?」


 メルヴィが聞いてくる。


「もしアルフェシアさんに合流できるようならそうしてもらおうかな」

「あの子たちはあんたの方に来たがると思うんだけど」

「といっても、今いるのは西の果てで、東側みたいに鉄道があるわけでもないし」

「いやー、あんたはあの子たちを甘く見てると思うわよ? きっと、あの子たちはあんたのことを追っかけて来てる。それこそ、地の果てまでだって追いかけてくるでしょう」

「う……」


 メルヴィの言うとおりだ。

 うぬぼれではなく、二人は俺に恋愛感情を抱いている……のだと思う。

 二人ともいろいろな事情のもとに、俺に助けられて自由になった。

 通常の恋愛と比べると、状況に左右された部分もあると思う。

 俺のことを救い主としてあがめるような形で恋愛関係を持つのにはずっと抵抗を感じていた。

 なまじ、義理の妹として家族になってしまったのも関係してる。身近すぎていまさら……という感じだな。

 実を言うと、アルフレッド父さんは「エドの婚約者として迎え入れてもいいんだよ?」なんて言ってたんだけど、俺もエレミアもアスラも子どもだったし。前世的には未成年の相手と婚約を結ぶなんてちょっとどうかと思うだろ?


「わたし、思うんだけど……そこまで律儀に考える必要があることなの? あの子たちはあんたのことが好きで、あんたもあの子たちのことは大切に思ってる。それなら、そういう関係になったっていいし、その方が自然じゃない?」

「うん、そうだね。結局、俺の側のこだわりなんだろうな。そのせいで、二人には迷惑をかけた」

「じゃあ?」

「ようやく心が決まったよ」


 メルヴィが俺の顔をまじまじと見た。


「……ふぅん? 本心で言ってるみたいね?」

「メルヴィに嘘はつかないよ」

「どうするつもりなのかはわからないけど……今のあんたはすっきりして見えるわ」

「それは、妖精としての意見?」

「あんたの相棒としての意見よ」


 メルヴィが胸を張る。


「……ねぇ、精霊核のことも忘れないでよ?」


 蚊帳の外に置かれたリリアがぼそりと言った。

いつもお読みいただきありがとうございます。


拙作『焰狼のエレオノラ』、本日発売となりました!

講談社ラノベ文庫からで、燃えるようなオレンジのイラストと、青いタイトルの表紙です!

書店にお立ち寄りの際はぜひチェックしてみてください!


詳細は↓の活動報告にて。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/441610/blogkey/1538003/


それでは、今後ともよろしくお願いします!


天宮暁

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。