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魔女と野獣の極めて普通な村づくり 作者:虎走かける

二章 貨幣の流通

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四話

 とりあえず、村の連中が期待に満ちた目で変態商人を眺めていたので、服の売買だけは認める事にした。

 毎日の仕事に追われて、町まで買い物に行く余裕がなかったやつは多いし、古着を買ってもらえるならありがたいって声もある。

 とすると、「性格が気持ち悪いから」って理由だけで村から締め出すわけにもさすがにいかない。

 今後も継続して取引するかは保留だが―ー。


 ちなみに、俺の酒場は中央広場の一角にある。

 なので俺は店先の階段にのっそりと腰を下ろし、広場の屋台で繰り広げられる、祭りもかくやの大騒ぎをぼんやりと眺めていた。


「買い物……したかったんだなぁ、あいつら……」


 この状況を目の当たりにして、改めて思った。

 相互扶助の関係から抜け出した、売買という娯楽。

 この村にはそれがない。


 とても農作業では着られないような服を買って、とても鍛冶に役に立たなそうな煙草を買って、どいつもこいつも目をキラキラさせて、そそくさと家に帰っていく。

 俺は溜息を吐いた。


「酒場のついでに雑貨屋でもやるべきか……?」

「それで酒場で提供される料理の品数が減るのでしたら、私はもちろん反対です」


 俺はピンと耳を立て、声の方に顔を向ける。

 騒ぎを聞きつけてやってきた先生だ。


「人にはそれぞれ役割がある。他者をうらやみ、その範疇から飛び出すには、よほどの努力と情熱が必要です」

「しかり、しかり。そもそもこれ以上君の仕事が増えたら、我輩にかまう時間がなくなるではないか。我輩も反対だ」


 俺の隣で騒ぎを見ものにしていたゼロが、くつくつと肩を揺らす。

 俺が促すと、先生はつんと澄ましてゼロとは逆隣に腰を下ろした。


「商人がきたのですってね。どういう経緯で?」

「あー……まあ……昔のツテで……?」


 先生にあいつとの変態的な出会いについて説明するのは、さすがに抵抗がある。

 しかしそうすると、


「では、信頼のおける商人なのですね」


 こういう評価になっちまうらしい。

 俺は唸った。信頼のおける商人と、果たして言っていいのかどうか……。

 ゼロを裏切るような事をしないのは間違いないだろうが、村の連中に変態が伝染しないかが心配だ。


 それはそれとして――だ。

 ゼロが俺を肘で小突いた。

 分かってるよ、今が謝る絶好の機会だ。


「あ……あのよ」

「昨晩の事、申し訳ありませんでした。二人の会話を、軽率に人に話してしまって……まさかここまで早く噂が広まってしまうとは思わなくて」


 出鼻をくじかれた。

 そして先手を取られた。


「……俺が謝ろうと思ってたんだが」

「私を泣かせたことを?」

「いや……まあ、泣かせたっつーか……先生の仕事を侮辱したことをっつーか……」

「神父様に言われたんですか?」

「いや、こいつ」


 俺はゼロを指さした。

 ゼロは先生にひらひらと手を振って、「よく言い聞かせておいた」と笑う。


「その……言い訳になるんだが……」

「聞きましょう」

「分からねぇんだ……俺には。教えるって仕事がどんなもんで、どこからが贅沢なのか……俺にとってはそもそも、教わるって事自体がすげぇ贅沢な事だから……」

「線引きができないから、まとめて“贅沢”にくくってしまったと?」

「まあ……そんな感じ……です」


 先生は溜息を吐き、再び俺から視線を外した。

 怒っているようには見えないが、呆れているようにも見える。

 俺は何らかの助け舟を求めてゼロを見た。しかしゼロは、いつの間にか酒場から失敬してきた腸詰肉を齧るのに忙しく、俺の視線に気づかない。


「実のところ、私もよく分からないのです」

「へ?」

「報酬を取るべきだと、実は傭兵さん以外にも言われた事が何度もあるんです。ですが、報酬を取ってしまえば、村人達は学びから遠ざかる。――代筆だけ報酬をもらおうかと思ったこともあります。でも、そうすると村の人々は、遠方の知人に手紙を書くのを躊躇する。それが私はとても嫌で……どこかで一線を引かなければという気持ちはあるのです。でも、私にもその、引くべき一線が分からない」


 俺は不本意なことに、神父の言葉を思い出していた。

 新しい商売を提案すればいいのでは? という言葉を。


「……神父が言ってたんだが」

「はい?」

「代筆のとき……報酬をもらって絵とか付けたらいいんじゃねえかって。上手いんだろ? 絵。そういや、時々花をみながらなんか描いてたりするもんな」


 先生はぽかんとして俺を見た。

 そして見る見る赤くなり、勢いよく立ち上がる。


「わ……わわ、私の絵に報酬を取るほどの価値なんてありません! いやだ、もう、神父様ってば……わたしが絵を描くなんて言って回ってるの!? 恥ずかしい!」

「何を恥じる? 商品の価値は買い手が決めるものだぞ、先生。売れるかはともかく、商品を用意しておくのは悪い事ではないだろう」


 ゼロが腸詰を飲み込みながら、先生を見上げて言った。

 先生の顔はまだ赤く、「でも」とやたらもじもじしている。


「村の季節をつづった手紙に、季節の花を描けば華やかだろう。それを求める者がいるなら、提供してやればいい」

「それは……そうですけど……」

「画材や絵の具が必要なら、あいつに言えば用立ててくれるんじゃねえか?」


 俺は広場の商人に顎をしゃくる。

 ああ、そうだ。それで思い出した。


「先生に相談しようと思ってたんだがよ。あいつ、女優や役者の古着は高値で売れるし、似顔絵付きならボロボロの下着でも喜ぶ買い手が抜かすとかいう変態なんだ。村に出入りさせていいと思うか?」

「私に助言を?」

「してもらえるとありがてぇな」

「――銀貨一枚」


 先生はつんと正面を向いたまま言い放った。


「それで助言して差し上げますわ」


 メガネの奥で、先生の目が悪戯っぽく笑う。

 俺はズボンを探って銀貨を一枚取り出し、うやうやしく先生に差し出した。


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