122 真相・3
王の命令を受けて、2人の巡査騎士がイーレンス王子の両腕をつかんで食堂を出て行く。
デヴィッド兄さんは、連行されるイーレンス王子に痛ましそうな目を一瞬だけ向けてから、一同に向かって言った。
「さて、論証としては以上で十分なのですが、いくつか補足しておくべき事柄があります」
一同の注意が再び兄さんに集まった。
「まずはエド、君の推理を聞かせてごらん?」
「えっ……俺の?」
これまでのデヴィッド兄さんの推理を聞いて、俺は認めざるをえなかった。
俺の推理は、間違っていたのだ。
にもかかわらず、兄さんは俺の推理を聞きたいという。
今更それを聞いてどうするというのか。
「そう、君の
にやりと笑って言ってくる兄さんを、俺は思わず睨み返す。
こうなってみるとすべてが恥ずかしい。
探偵役が俺に回ってきたんじゃないかと思ったことだとか、「謎はすべて解けた!」と断言してしまったことだとか、思い出すだけで顔から火を吹きそうだ。
「そう睨まないでくれ。君の考えた可能性についても検討しておく必要があるんだ。それが
兄さんは譲らなそうなので、俺は気が進まないままで話し始める。
「……俺は、犯人は金門橋のロープウェイを使ったんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど、つまり、犯人が死体をバラバラにしたのは、ロープウェイの籠に収める必要があったからだというんだね? しかし、その推理には難点がある」
「うん。ロープウェイはその両端――金門橋の旧市街・新市街の橋塔で当直の騎士によって管理されている。だから、夜間といえど自由に使うことはできない」
「その通りだね。でも、君はその難題を解決した。……いや、正確には解決したと
俺は気まずい思いでイルフリード王子をちらりと見てから言う。
「……旧市街側の当夜の当直騎士は、イルフリード殿下の飲み仲間だった。新市街側の騎士に至っては、最近イルフリード殿下に竜騎士へと抜擢されている」
俺の言葉に、イルフリード王子が反応した。
「ほほう。つまり、俺がザナックとミナエルを買収するなり恫喝するなりして共犯者に仕立て上げた、ということか」
不機嫌そうに言う王子から微妙に視線を逸らしつつ、俺は答える。
「え、ええ……二重殺人の時に竜騎士団とイルフリード殿下にはアリバイがありました。しかし、ロープウェイで死体を移動させたのだとしたら、そのアリバイは崩れることになる……」
「ふん、気に入らんが、それもまた王室探偵助手としての仕事だからな」
イルフリード王子はまだ怒った様子ながらもそう言って俺を許してくれた。
その言葉を拾って、デヴィッド兄さんが言った。
「しかし、その『助手の仕事』に目をつけた人物がいたのです」
「俺の仕事に目をつけた人物……?」
「エド、君は今朝、動かぬ証拠を発見したと報告してくれたじゃないか」
デヴィッド兄さんがそう言ってくる。
俺ははたと思い出した。
「そうだ! ロープウェイの籠にあった血痕はなんだったんだよ!? 事件にロープウェイは使われてないはずじゃないか!」
俺が旧市街側の橋塔詰め所裏で見つけたロープウェイの籠には血痕が付着していた。
あれこそがロープウェイが犯行に使われた証拠でなくてなんだというのか。
「よく思い出してごらん、エド。君はその『動かぬ証拠』を得る前に何をしていたか」
「何を……って、兄さんに言われてイーレンス殿下の所に行って……って、あっ!」
「わかったみたいだね。君から橋塔の当直騎士のアリバイについて質問されて、イーレンス殿下は閃いたんだ。竜騎士団には意図せずしてアリバイが成立してしまった。このままではイルフリード殿下に罪を着せることができそうにない。しかし、君が検討していたトリックを使えば、イルフリード殿下は二重殺人を実行できたことになる」
まさか……あの一瞬で、イーレンス王子は俺の考えていたことを読み取って、利用しようと考えたっていうのか。
「イーレンス殿下と話した後、君はどうした?」
「それは……殿下に言われた通りにコルゼーさんからも捜査について話を聞いた。時間にして半時刻くらいかな」
「半時刻。それだけあれば十分だ。イーレンス殿下は君と分かれた後、大急ぎで変装し、旧市街の食料品店へと駆け込んだ」
「食料品店?」
「鶏を買うためだよ。殿下は鶏を抱えて自分の研究室へと駆け込み、鶏の首を切ってその血を小さな壺へと流し込んだ。それから先は……わかるね?」
「……旧市街側の橋塔の詰め所へと先回りして、ロープウェイの籠に鶏の血を付着させたっていうのか」
だとしたら、俺はとんだ間抜けだったことになる。
先回りされたとも知らず、籠に残された鶏の血を見て「動かぬ証拠」を手に入れたつもりになってしまったのだから。
「僕はエドを送り出してから、巡査騎士の1人に頼んで、イーレンス王子が動きを見せるようなら尾行するよう頼んだ。変装した王子が鶏を買う場面や、研究室に入った場面、そして橋塔の脇にすばやく近寄って何らかの細工を行った場面。いずれもその巡査騎士が目撃証言をしてくれるよ」
証拠を集めるだけじゃなく、そんなことまでしていたとは。兄さんの周到さには恐れ入る。
感心する俺に、兄さんは冷ややかな眼差しを向けてきた。
「そもそも、エドがそれを発見した時、血は固まりきっていなかったと言っていたじゃないか。事件からの日数を考えれば、おかしいと気づきそうなものだけど」
「うっ……」
「それでも疑うのなら、イルバラ姫に血痕を鑑定してもらえばいい。何らかの特殊な条件で血が固まらなかった可能性もゼロではないからね。
というか、実はもう姫には頼んで、エドの発見した血痕についても鑑定してもらっているんだ」
「……結果から言えば、あれはメリーさん、キャロルさんいずれの血でもありませんでした……。そもそも、人間の血でもありません。あれは鶏の血です……」
「よほどの『たまたま』がなければ、イーレンス王子の偽装工作の結果としか受け取れないね。
もっとも、尾行につけた巡査騎士は、王子の手元までは見ていないんだ。この点で、とぼけられる余地はあった。
実際に事件にロープウェイが使われたが、その際に痕跡は残らず、後から何らかの偶然によって鶏の血が付着した可能性も検証だけはしておくべきだ。門衛の騎士がロープウェイをチキンのやりとりに使っていた可能性もゼロではないからね」
「う、うん……ロープウェイで首を運んだって、必ず痕跡が残るわけじゃないし。っていうか、痕跡を残さないように気をつけるだろうから、残らない方が自然だよね」
「それはエドの言う通りだね。でも、ロープウェイ説が成り立たない最大の理由が別にあるんだ」
「成り立たない別の理由……?」
俺がそう問い返すと、兄さんはこれみよがしにため息をついて言った。
「これについては、エド。僕は君の捜査の恣意性を指摘せざるをえないね。
君は自分の仮説に有利な証拠ばかりを集めていたようだ。不利な証拠については、目をつぶったとまでは言わないけど、積極的に集めようとはしなかったんじゃないかい?
だから、こんな単純極まりない
いいかい、事件の当夜、あのロープウェイは『切り裂き魔』現象によって切断されていたんだ。もちろん、ここでいう『切り裂き魔』は自然現象の方の切り裂き魔だけれど」
「――えええええええっ!?」
そ、そんなバカな……。
「えええ、じゃないよ、エド。君自身の仮説を持っているのは悪いことじゃない。悪いことじゃないが……そのせいでこんな簡単な事実を取りこぼしているようではダメだ。君は君自身の仮説に囚われていたという他ないね」
「で、でも、『切り裂き魔』現象は、兄さんが原因を特定したことで終息したんじゃ?」
「それが、
「だけど、兄さんが門衛の騎士にロープウェイに異常がなかったかと確認した時には、何もなかったって」
第四、第五の二重殺人が発覚した後、兄さんは旧市街から新市街へ移動する途中、金門橋の橋塔の騎士に、ロープウェイに異常がないかと聞いていた。
その答えは、「早朝に点検があったが異常はなかった」だったはずだ。
「あの騎士は、ロープウェイが時たま切れることは異常のうちに入らないと思っていたんだよ。
あの時僕は、もっと慎重に質問を選ぶべきだった。『あの夜ロープウェイは使えたか』と聞いていれば、あの騎士も『ロープウェイは切れていて使えない状態だった』と答えただろう。実際、昨日改めて確認してみたところ、あの騎士はあっけなく『ロープウェイは切れていた』と答えてくれたよ。
あの朝ロープウェイの点検を行ったのも、夜の間にロープウェイが切れていたからなんだ。切れたロープウェイの復旧までをも含めて、あそこでは『点検』と呼んでいるそうだ。そもそも、あのロープウェイはきわめてシンプルな仕組みなんだから、そう頻繁に点検を行う必要があるとも思えないだろう? わざわざ点検した以上、あの晩に何かがあったはずなんだよ」
アンフェアだ! と叫びたいところだが、捜査をしたのは他ならぬ俺自身だ。
それに、ロープウェイが切断されてなかったとしても、俺の推理が成立していなかったことに変わりはない。
血痕が生乾きだった時点で、俺はロープウェイ説が犯人によって企図された虚構の正解であることに気づくべきだったのだ。
「ウチの愚弟と同じく、イーレンス殿下もロープウェイがその晩切断されていたことはご存知なかった。
しかし、エドガーがロープウェイについて関心を持ち、当直の騎士への聞き込みを行いたいと言ってきたのを聞いて閃いたのでしょう。イルフリード殿下がロープウェイを使って協力者に死体を渡し、それを
このシナリオなら、騎竜が使えなかったとしても関係ありません。いやむしろ、騎竜を使えない状態にしておいたことはアリバイ工作だったのではないかと疑うことすらできてしまう。
二重殺人が起きれば騎竜を擁する竜騎士団は真っ先に疑われる。それを見越したイルフリード殿下は騎竜を使えなくしておいたうえであえてロープウェイを使ったのだ――そんなアリバイ工作付きのシナリオが出来上がるというわけです」
「くそっ……どこまでも悪知恵の回る奴だ」
イルフリード王子がそう吐き捨てる。
「物理的証拠としては以上で既に十分かと思いますが、心理的な裏付けもあることを示させていただきましょう」
デヴィッド兄さんは懐から小さな本のようなものを取り出した。
「これは第四の事件で殺されたメリー嬢の日記です。彼女の両親にお願いして貸していただきました。……少し読み上げましょう」
『イーレンス殿下が着飾った女を研究室へと誘いこむのを見てしまった。女は着飾ってはいたが、挙措から察するに貴族ではないだろう。私はつい好奇心に負けて、イーレンス殿下の研究室を覗いてしまった。研究室は湖・海側に大きく開けた壁面がある変わった作りだから、ちょっと離れた立ち木の陰に身を潜めれば、中を覗くことはできなくもない。そこでイーレンス王子と女は不潔な行為に耽っていた。詳しいことは書きたくない。美形ながら病弱で浮いた噂のないイーレンス殿下にそんな相手がいたとは意外だった。初めはイーレンス殿下が女をなぶるような激しく粘着質な責めをしていたが、やがて殿下が体力を使い果たすと、たちまち上下が逆転した。女は殿下の子種を一滴も逃すまいとするように限界まで行為を続けようとしていた。汚らわしい、と思った。私はその時足元の小枝を踏んでしまった。その音に、女にされるがままになっていた殿下の、快楽にぼやけた目がこちらを向いた。すぐに身を隠したが、ひょっとしたら正体に気づかれたかもしれない。どうしよう……大変なスキャンダルを知ってしまった。イルフリード様に相談すべきだろうか。でも、大切にされている弟御のことだ。私の言葉なんかを信じてもらえるかどうか……。あとは、イーレンス殿下と直接話して、私に事情を口外するつもりのないことを信じてもらうしかない。イーレンス殿下は儚げな容貌と使用人に対しても優しく接することで有名な方だから、ちゃんと話せば信じてもらえるかもしれない』
「……別の日にはこんな記述があります」
『イーレンス殿下から呼び出しを受けた。あのことについて話したいと言われた。あのことと言ったらあのことだろう。殿下は釈明に終始し、相手は真面目にお付き合いをしている貴族の娘だと言った。でも、メイドとして行儀作法を徹底的に仕込まれた私からすれば、それはどう考えても嘘だった。あの挙措の乱暴な女性はどう見ても貴族ではない。
結婚されるのですか? と私は殿下に聞いてみた。殿下は一瞬虚をつかれた顔をしてから『……そのつもりだ』と絞り出すように答えた。私でなくてもそれが嘘だということはわかったと思う。しかし、殿下が続けてこう言うので私は混乱した。『今度彼女を父上に紹介しようと思ってる。ことを秘密裏に運びたいんだ。こんなこと頼める筋合いじゃないけど、協力してくれないか? 君のご実家へは便宜を図らせてもらうから』
できればそんな頼みごとは断りたいところだった。しかし、王族が頭を下げてまで頼んだことを断っては、面子を潰したことになってしまい、処罰はされないまでも激しく恨まれることになるだろうう。将来イーレンス殿下が国王になることは難しいとしても、王室に入ることは確実だ。家のためにも、ここで恨みを買うわけにはいかない。私は『はい』と答えるしかなかった。
日記を付け終えたら、これからイーレンス殿下とあのいやらしい女に協力するために、人目を忍んで王城に行かなければならない。英明なる国王陛下がお二人の結婚を許すとは到底思えないのだが……』
「メリーさんの日記はこの日を最後に途絶えています。この日記の日付は事件当夜のものです」
静まり返った食堂の中で、王様が小さく手を上げた。
「ひとつ、解せんことがある」
王様が口を開く。
「魔法砲が使えるなら、海にでも撃ち込んで証拠を隠滅してしまえばよかったのではないか?」
「殿下は、死体を発見させたかったのですよ。
キャロル嬢が行方不明になって、何かの拍子にイーレンス殿下のお手つきだったことがバレては困ります。
また、メリー嬢は偶然イーレンス殿下とキャロルさんの逢引を目撃してしまっていたから消す必要があった。キャロル嬢はともかく、貴族の令嬢で王城に出仕しているメリー嬢が行方不明になったら大々的に捜索されるでしょう。イーレンス殿下はメリー嬢に口封じをしていたでしょうが、メリー嬢が本当に誰にも言っていないかはわからない以上、メリー嬢が行方不明になって疑われることがあれば、最悪キャロル嬢のことまで発覚する。
その点、
そして事実、妊娠が発覚した……ことにされてしまったメリー嬢はともかく、平民であるキャロル嬢については、
もちろん、捜査主任であるイーレンス殿下の指示ですが、犯人が
メリー嬢、キャロル嬢双方の事件前の足取りについても、ごく形式的な捜査が行われただけで済まされていました。メリー嬢はともかく、キャロル嬢の足取りについて本気になって洗われれば、王子2人との密会が露見するおそれがありましたからね。
さらに、
「もうひとつ? わからん、一体何だ?」
「
つまり、キャロル嬢は妊娠などしていなかったことが、
もし仮に、キャロル嬢の背後を洗われて、殿下との関係を疑われたとしても、キャロル嬢が妊娠していなければ、殿下は疑われにくくなります。キャロル嬢は殿下の子どもを身ごもったと主張していたが、それは事実無根であったということになるわけですからね。
もちろん、子宮の交換によって、メリー嬢の方はいないはずの子どもがいたことにされてしまうわけですが、メリー嬢はイルフリード殿下のメイドですから、イーレンス殿下に取っては痛くも痒くもありません。
それどころか、メリー嬢に『手を付けた』のはイルフリード殿下ではないかという出所不明の噂も流れています。
これもひょっとしたら――」
「俺を陥れるためにイーレンスが意図的に流したデマだというのか……」
イルフリード王子は憤懣やるかたない様子でため息をついた。
それはそうだ、実の弟が自分を
「あくまでも可能性ではありますが……」
とデヴィッド兄さんがイルフリード王子を気遣うが、確信のないことならここで口にはしなかっただろう。相応の証言なり証拠なりを得ていると見るべきだろうな。実際、噂の元を辿っていけばすぐにわかることだし。
「では、デヴィッドよ、おぬしは、当初から二重殺人は
「ええ。まず疑問を感じたのは、死体の状態です。
それまで
それに対し、二重殺人では、たしかに喉と腹が裂かれ、子宮が取り出されていましたが、その上死体がバラバラにされていました」
「しかし、それは
「それはどうでしょうか?
であるからには、子宮を取り出した後に、身体をバラバラにする必要がないのです。既に目的を達している以上、速やかにその場を立ち去るべきでしょうね。そして事実、他の事件で
つまり、それまでの事件と二重殺人との間には、一貫性がないということです」
「一貫性……か。
だが、相手は狂人ではないか」
「たしかに
ただし、彼――いえ、結果的には彼女でしたが、彼女には彼女の論理があった。
そもそも、場当たりに人を殺して回る狂人でしたら、警戒の厳しくなった王都でいつまでも捕まらずにいられるはずがありません。
ですから、彼女は少なくとも、自分の置かれた状況を理解し、巡査騎士の警戒をかいくぐれるだけの理性は有しているはずなのです」
「むぅ……」
「それまで一貫して子宮に執着していた彼女が、急に死体をバラバラにしだしたのだとしたら、彼女にそのような行動を取らせるような論理の変化がなければおかしいのです。
死体をバラバラにするというのは、とんでもない重労働です。とても思いつきでできる作業ではありません。その重労働をあえてしたのであれば、そこには理由が必要です。それも、その重労働に見合うだけの重大な理由が。
もちろん、そのような論理の変化が起きた、ないし、重大な理由が発生した可能性も、完全には否定できません。
しかし私には、かように異常な殺人へと彼女を駆り立てている狂気が、何の前触れもなしに変化したとは考えられませんでした。
むしろ、
――以上が、私が二重殺人を別人の犯行であると推理した理由となります」
一同、声もなくデヴィッド兄さんの推理を反芻している。
兄さんは、自分の言葉が一同に染みこんだ頃を見計らって続けた。
「さて、二重殺人が
まず第一に言えるのは、この人物は非常に狡猾な人物だということです。
次に、この人物は、被害者と顔見知りである、ということが言えます」
「ま、待て……どうして、二重殺人の犯人が、被害者と顔見知りだと言えるのだ?」
王様が、困惑したように頭を振りながら聞いた。
「犯人が、
そうすると、一般的な殺人事件として、殺されたキャロル嬢とメリー嬢の身辺が調べられます」
「そうか、身辺を調べられたら足がつくからこそ、
「そういうことです。
もうひとつ可能性としては、この2人目の犯人も、
「しかし……そんな異常者が何人もいるものか?」
「たしかに可能性は低いですが、ゼロではない以上、検証は必要です。
とはいえ、検証自体は簡単なもので済みます。
それには、1人目の
2人目の『
それがいかなるものであれ、その行為には、1人目の
「ふむ……」
「2人目の『
そうでなければ、こうして別人ではないかと疑われることになってしまいますからね。
ですが、2人目の『
いえ、
2人目の『
その理由とは何か?
この点を考えていけば、答えに行き着くまでにさして時間はかからないでしょう」
涼しい顔でデヴィッド兄さんが言う。
……それで「さして時間がかからない」のは兄さんだけだと思うぞ。
「いや……バラバラにした理由が必要という論理から、魔法砲で対岸に撃ち込んだのではないかと思いつくのは、容易なことではないと思うがな」
王様が呆れたように言った。
「じゃあ、手足が折り曲げられた状態で縛られていたのも?」
ふと俺が思い出して聞くと、
「単に、魔法砲の砲弾に詰め込むために折り曲げたのにすぎません。
そもそも、身動きできなくするだけなら、もっと面倒のない縛り方があるでしょう。手足をべつべつに折り曲げて、それぞれを別の縄で縛るというのは不可解な縛り方です。このような場合、両手首、両足首をまとめて縛るというのが一般的なやり方ではありませんか? しかし縄目はそうはなっていませんでした。
なお、もっとも大きい胴体部分については、内臓を抜き取って別の砲弾に詰めた上で、肋骨と骨盤の一部を金槌のようなもので粉砕することで砲弾に押し込んだようですね。
また、このままですと体の部位によって砲弾の重さが変わってしまい、飛距離がズレる可能性がありますので、被害者の内臓や血液、実験室にあった壺の欠片などを組み合わせることで重量を加減したものと思われます」
「着弾の時にもそれなりに大きな音がするのではないか?
……ああ、いや、それはわかるな。風が鳴る季節だからか」
「ええ。風の鳴る音は王都の民の冬の安眠を妨げるほどのものですからね。着弾の音程度ならごまかせます。仮にその音が響いてしまったとしても、王都の民は風で何かが倒れたのだろうとしか思わなかったでしょう。
もっとも、発砲の音については、さすがに【風魔法】による消音が必要でしょう。
――さて、私の推理は以上となります」
他に質問はありませんか、とデヴィッド兄さんが聞くが、一同から質問が出ることはなかった。
◇
帰り道。
俺はいまだに腹を立てていた。
もちろん、デヴィッド兄さんに対してだ。
「……兄さん、俺を餌にしたね?」
俺が言っているのは、イーレンス王子の鶏の血を使った偽装工作のことだ。
デヴィッド兄さんは苦笑しながら言った。
「それについては悪かったと思ってるよ。でも、エドなら不慮の事態が起きても安心だろう?」
そう言われては俺も黙るしかない。
「イルバラ姫の血液鑑定だけでは殿下を落とせない可能性があると思っていたからね。新しい技術だけに、裁判でその証拠性を証明するのは難しい。相手は王子なんだからなおさらだ」
「それで、偽装工作をさせて現場を巡査騎士に目撃させたんだね?」
「そういうこと」
デヴィッド兄さんがそう言って薄く笑う。
「俺は完全にイルフリード殿下がやったとばかり思ってたよ」
「イルフリード殿下は、疑わしすぎた。まず、騎竜があることで君の言うところの『密室』に自由に出入りできる特権的立場にあったこと。動機の面でも、調べれば被害者双方との接点がすぐに見つかってしまう。これでは疑ってくれと言っているようなものだ。まるで、イーレンス殿下に手柄を立てさせるために犯罪を行ったかのようだ。
要するに、今回の事件とその捜査を通じて利益を得るのは誰かということさ。その筆頭は、手柄を上げながら有力なライバルを蹴落とすことができるイーレンス殿下だ」
俺を指さしながら、兄さんが言った。
「だいたい、イルフリード殿下のご気性は、エドだって知ってるだろう? この事件の犯人像には似ても似つかないじゃないか」
「ぐっ……」
「可能性のあるすべての者を疑うのは正しい姿勢だけど、優先順位というものがあるだろう?」
それを言ってしまうか、兄さん。
ミステリーだったらどんな人物が犯人でもおかしくない。いや、むしろ犯人は意外であればあるほどいいくらいだ。
しかし、これは現実なのだから、犯人がプロファイルから大きく外れた人物である可能性は当然のように低くなる。
「じ、じゃあ、デヴィッド兄さんは、イーレンス殿下のことをいつから疑っていたの?」
「とくにイーレンス殿下を疑っていたわけではないよ。ただ、犯人は上流階級の人間だが、交友関係が狭く、人望のある方ではない、しかし被害者とは顔見知りである、というくらいのことは推測がつくさ」
「……どうして?」
「エドの言うところの、『トリック』を用いているからさ。ことが露見すると困るのは、他の
「上流階級の人間というのは?」
「メリー嬢は第一王子のメイドだ。近づくには相応の身分がいる」
「交友関係が狭くて人望がないっていうのは?」
「それだけの身分があるのに、手足となって動いてくれる者がいないということだよ。信頼できる手下がいるのなら、死体の処理にトリックなんて必要ない。人目のつかないところに埋めてしまえと命令するだけで済む。その間に鉄壁のアリバイを作っておけば、多少疑われたところで逃げ切れる。死体が見つからなければなおさらね。だから犯人は、1人か、ごく少数のグループである可能性が高い。しかも、手下がいないということは、爵位を継承していない若い貴族だと考えるのが自然だ。
そして、犯人あるいは犯人たちは、被害者たちを殺害しなければならない切羽詰まった事情を隠している。手の込んだトリックを案出せざるをえないほどにね。
では、その『切羽詰まった事情』とは何なのか? これは、そこまで難しい推測じゃない。被害者の1人は妊娠していた。そして犯人は十中八九高位の貴族だ」
「遊びのつもりで手を出して妊娠させてしまった、ということか」
「そう考えるのがいちばん自然だろう? しかも、メリー嬢だってそれなりの家柄の娘なのだから、相手は高位の貴族だということになる」
「でも、妊娠していたのはメリー嬢ではなくキャロル嬢だった」
「その場合でも同じだよ。嫌な話だけど、高位の貴族なら庶民の女には手切れ金を渡しておしまいさ。認知すると言っていたイルフリード殿下は、まだしも立派な
でも、庶民の娘を妊娠させたことが問題になる場合もある。後継者レースの最中にある高位の貴族、あるいは王族だ。ついでに言うなら、後継者レースの本命よりは、微妙に不利な立場にある二番手が怪しい。スキャンダルには敏感になっているだろうからね。この線で考えていけば、イーレンス王子の他、数名の若い男性貴族にまで容疑者が絞られる」
俺がトリックばかりを考えていたのに対し、デヴィッド兄さんは動機の面から絞り込んだ上で、彼らに実行可能なプランを考えていたってことか。
「ちなみに、浮き名を流すほどに容姿のいい容疑者の筆頭は、やはりイーレンス殿下だよ。というか、他にはいないという感じだね」
「……そういえばシエルさんが出会った頃に言ってたな。今のサンタマナには適齢期の未婚のイケメン貴族は少ないって」
――そんなわけで、俺は名探偵にはなりそこねてしまった。
後日自分のステータスを確認してみたら、《
誰だ、俺のことをそんな二つ名で呼んでる奴は。
とにかく、これで一連の
……と思ったのだが、王都モノカンヌスを本当の波乱が襲ったのは、むしろこの後のことだった――。
もう少しだけ、王都編は続きます。
次話はお時間をいただいて12/11予定となります。お待たせして申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。
ある方より、被害者の足取りについての情報がない、とのご指摘をいただいたので、投稿前にその部分を加えさせていただきました(「メリー嬢、キャロル嬢双方の事件前の足取りについても~」の段落です)。時間が許すようなら話を遡って伏線を整理したいところですが、更新優先なので先になると思います。
この方はメッセージで自身の推理を教えてくださったのですが、子宮が交換されていたことや呪文字によって血文字を浮かび上がらせたことなどをズバリと言い当てていました。
なお、挑戦状で書いた「我らが探偵」とはエドガーのことではなくデヴィッドのことでした、というオチです。
このあいだ、新連載を年内にでも出したい云々とここで書いたことから、「杵崎も倒したしNO FATIGUE終わるの?」と心配してくださった方がいました。
たしかにそう読み取れるタイミングと書き方でした。ご心配をおかけして申し訳ないです。
NO FATIGUEは王都編以降もまだまだ続きます。最短でも200話は超えそうな気がしています。
更新ペースはリアルの都合等で変動すると思いますが、最後までちゃんと書ききるつもりでいますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。