121 真相・2
「それについては、いくつか証言がありますよ。
――入っておいで」
デヴィッド兄さんが食堂の扉に向かって呼びかけると、扉のノブががちゃりと回った。
扉の向こうから現れたのは――
「アスラ……と、エレミア!?」
思わず声を上げた俺に、エレミアがちらりと視線を向けてきた。
アスラの方はエレミアに手を引かれたままぼーっとしている。
「最初の証人は、このアスラです。彼女の生い立ちについては、ここにいる皆さん――コルゼーさんとポポルスさん以外の方は既にご存知ですね」
兄さんの問いかけに、王族の面々が小さく頷く。
「彼女は何度か、エレミアのことを特殊なアビリティで眠らせて、夜中に空を飛んでいました。ある晩、彼女は奇妙な音を聞いたそうです。高速で何かが飛んで行くような音と、その直後に何かが割れるような音がしたと言っています」
「そのある晩というのは……」
「ええ。二重殺人の行われた当夜のことです」
王様の言葉に頷き、兄さんが言う。
アスラの聞いた音については、俺が初めてアスラの第二の人格「ナイト」と出会った晩にアスラから聞いている。そのことは兄さんにも話した。
俺はこのアスラの聞いた「音」について別の推理を組み立てていた。が、デヴィッド兄さんが今アスラの証言を取り上げた理由はよくわかる。魔法砲によって発射された「弾丸」が空を切る音と、キュレベル商会倉庫へと着弾した音だったと言いたいのだろう。
「そ、そんな小さな子どもの証言が当てになるものか!」
イーレンス王子が即座にその証言を否定した。
「証言は、これだけではありませんよ。――ポポルスさん、いいですか?」
兄さんはこれまで壁の花?と化していたポポルスさんに声をかける。
「はい。壺の件ですね?」
兄さんが頷くと、ポポルスさんは証言を始めた。
「デヴィッド様がお尋ねになられたのは、現場で発見された壺の破片が、本当にその倉庫に置かれていた壺のものかどうか、ということでした。デヴィッド様は、現場で発見された破片の中に、2つの異なる種類の破片があるとご指摘になられました。そこで、私どもの方で破片の鑑別を行うことになったのです」
「ほう……して、その結果はどうだったのだ?」
王様が聞く。
「はい。デヴィッド様のご指摘通り、破片には2種類がありました。
この破片は、2種類ともイーレンス殿下の魔法砲の砲弾として使うために特別に作ったものでした。片方は旧型の壺、もう片方は新型の壺でございます」
「新型の壺、だと? おまえがそれを持ってきたのは、事件の数日後ではなかったか?」
イーレンス王子が怪訝そうに言った。
「あの日、イーレンス殿下が砲弾について新しいアイデアを思いついたとおっしゃったので、私は早速部下の職人に命じてご注文の壺を試作させたのでございます。全部で30個。ご指示通り、それぞれ微妙に形状や重心、着弾時に割れやすくするためのヒビなどを変えて作りました」
俺がイーレンス王子の研究室を見せてもらった時、うっかり「砲弾に割れやすい細工をすれば」云々とヒントを漏らしてしまった。王子はそれを聞きつけて、その場でさっそくポポルスさんに壺の改良を依頼していた。仕事が早くてそつがないポポルスさんは、その日のうちに職人に指示をして新型の壺を作り上げてしまっていたのだ。
「……? それがどうしたというのだ?」
イルフリード王子が頭に疑問符を浮かべて言った。
「倉庫のあの辺りは、イーレンス王子に納入するための壺を保管する場所となっております。
ただし、あの日あの場所に保管していた壺は、すべて新型の壺だったのです。
にもかかわらず、死体の周りにあった壺の破片には、旧型の壺のものが混ざっておりました」
ポポルスさんの――いや、デヴィッド兄さんがこの証言を通して言わんとしていることがようやくわかった。
イーレンス王子のもとには、まだ新型の壺が届いてはいなかった。だからイーレンス王子は旧型の壺に死体を詰めて魔法砲で倉庫目がけて撃ち込んだ。
もちろん王子は、倉庫のその場所が王子へ納入する壺を置いておくためのスペースであることを知っていた。だからこそ、現場に砲弾の欠片である壺の破片が残留することを気にせずに魔法砲を撃ち込むことができたのだ。
だが、その日、倉庫のその場所には新型の壺が並んでいた。
新型の壺は、王子の狙い通り、魔法砲による砲撃で砕け散り、砲弾の破片と入り混じって区別がつかなくなった。
しかし、破片を詳細に調べてみれば、2つの種類の破片が混ざり合っていることに気づく。
どうして新型の壺しかない場所に旧型の壺の破片が混ざっているのか?
これこそ、魔法砲によって旧型の壺が撃ち込まれた証拠ではないか?
デヴィッド兄さんが暗示しているのはそういうことだ。
「我々の自信作だったのですが、事件で割れてしまいましたので、新たに作り直して後日殿下にお見せしたという次第です」
ポポルスさんが複雑そうな顔で言った。
イーレンス王子の指示を重視しての善意の仕事が、王子の犯行を裏付ける証拠となってしまったとは、なんとも皮肉なことだ。
アスラの証言に加えて、ポポルスさんによる壺の鑑別結果。
疑うには十分な証拠が揃ったといえるだろう。
一同のイーレンス王子を見る視線も、徐々に険しくなっていた。
が、王子はまだ諦めるつもりはないようだった。
「そ、そんなことが何の証拠になる!? 大方、管理がいい加減で古い壺が混ざっていただけだろう!」
イーレンス王子が叫ぶが、その言葉に頷く者はいなかった。
王子は室内を見回して、イルフリード王子へと視線を止める。
「そ、そうだ、兄上なら、騎竜を使って新市街にも出られる! 魔法砲で撃ち込んだなどという詭弁ではなく、そっちの可能性こそ追求すべきだろう!」
「……捜査指揮を取っておられる殿下はご存知でしょう? あの日、竜騎士団の厩舎には我が兄であるベルハルトが泊まり込んでいました。理由はパピーの体調不良。これについては騎士団付きの医師と他の竜騎士たちの証言があることから疑うことはできません」
「そ、そんなことは、竜騎士団長である兄上にならなんとでも……!」
「大抵のことなら、イルフリード殿下の命令で通るでしょうが、その晩に
「な、何のことだ……?」
イーレンス王子が目に見えてうろたえた。
「イーレンス殿下は、もともと騎竜を使うことでしか実行できない新旧両市街の二重殺人を仕組むことで、イルフリード殿下を陥れる計画だったのです」
「な、何だとっ!」
イルフリード王子が椅子を蹴倒して立ち上がる。
兄さんはイルフリード王子をちらりと見てから続けた。
「イーレンス殿下の計画は、パピーの体調不良という偶発事によって窮地に追い込まれることになりました。殿下は当然、厩舎に寝泊まりする人員がいること自体は想定していたでしょう。しかし、その人数は交替で1人ずつだと想定していたはずです。それならば、イルフリード殿下が、殿下に心酔している、あるいは殿下に取り入りたい竜騎士を取り込んで偽証させ、秘密裏に騎竜を使ったのではないかと疑うこともできました。しかし、事件当夜厩舎には当直の他に我が兄であるベルハルトまでが居合わせることになった……」
「ベルハルト・キュレベルは兄上の従士だ! 偽証する可能性はある!」
「……ということですが、どうです、兄さん?」
デヴィッド兄さんがベルハルト兄さんに視線を向ける。
「俺が殿下に頼まれたら偽証するかどうかだって? 殿下には申し訳ないが、それはできないと言うしかねぇだろう。偽証なんてしたら、法と秩序を司る神ヴィズ・ロー様の加護が吹っ飛んじまうよ」
「我が兄ベルハルトが仮面騎士であったことは、イーレンス殿下には内密にということでお伝えしました。仮面騎士が法と秩序を司る神ヴィズ・ロー様の加護を受けていることは、仮面騎士が
とにかく、偶然にも我が兄ベルハルトが居合わせたことで、イルフリード殿下のアリバイが成立してしまいました。せっかく苦労してイルフリード殿下付きのメイドをおびき出して殺したというのに、このままではイルフリード殿下が疑われることはありません」
「何だとっ! では、メリーは……あの素直で優しい娘は、そんなことのために殺されたというのか!?」
イルフリード王子が激昴した。イルフリード王子は拳をきつく握りしめ、激しい怒りの衝動をこらえようとしている。
「それだけではありません。メリー嬢は単に殺されたのみならず、大変な不名誉を着せられてしまいました」
「不名誉……?」
じっと成り行きを見守っていた王様が呻くように言う。
「おわかりになりませんか? メリー嬢は妊娠していました。いえ……正確には、妊娠していたことに
「……? では、イルフリードのメイドは妊娠していなかったというのか? だが、デヴィッドよ、おぬし自身がメイドの遺体を検分しているはずだろう?」
「ええ、たしかに旧市街の現場に残されていた死体の子宮の中には胎児の死体がありました」
「それなのに、メイドは妊娠していなかった、というのか……?」
王様が困惑したようにつぶやいた。
……俺は、この時点でようやく事件の真相を察することができた。
「――死体をバラバラにしたのは、そのためでもあったのか……」
俺の声が、沈黙の落ちていた食堂に響いた。
皆の視点が俺へと集まる。
「『旧市街の現場に残されていた死体の子宮』――デヴィッド兄さんは今、そんな慎重な言い回しをしたね?」
「ようやくわかったかい、エド」
「ああ。つまり、こういうことだろ? 兄さんが言うところの『旧市街の現場に残されていた死体の子宮』は、
誰かが「あっ」という声を上げた。
俺は説明を続ける。
「『旧市街の現場に残されていた死体の子宮』は
兄さんは俺に向かってこくりと頷いてみせると、自身の推理の核心部分を口にした。
「イーレンス王子はメリー譲とキャロル嬢を
「……なぜそんなことをしたのだ?」
皆を代表して、王様が俺に聞いてくる。
王様の表情を見るに、その答えを既に察しているような気もする。
「メリー嬢が妊娠していたと誤認されれば、誰がメリー嬢を妊娠させたのかということになります。メリー嬢は身持ちの固い少女だったようですから、接触のある男性は限られてきます。一方、イルフリード殿下は普段から自身のメイドであるメリー嬢の働きぶりについて高く評価していて、それを周囲にも漏らしていました」
「……俺がメリーの相手だと疑われるように仕向けたということか」
イルフリード王子が、獅子が唸るような凄まじい声でそう言った。
「さらに、イルフリード殿下は新市街の酒場で遊ぶのが好きだということは、その気になって調べればすぐにわかります。いくら微行していたとしても、殿下は目立つご体格をされていますから、いずれイルフリード殿下とキャロル嬢に接点があったことも判明する。
そうすると、どうなるか。イルフリード殿下は、殺されたメリー嬢とキャロル嬢の両方と親しかった上に、新旧両市街を往復できる唯一の存在である竜騎士団の長なのです。イルフリード殿下は一躍、
デヴィッド兄さんの視線を受けて、コルゼーさんが手帳に目を落としながら口を開く。
「調べてみたところ、キャロル嬢とおぼしき女性が、別の名前で、金門橋を渡って旧市街へとやってきていたことがわかりました。平民が金門橋を渡るには国の発行する通行証が必要です。橋塔で記録された通行証の番号を確認してみると、この通行証はイルフリード殿下が管理しているものであることがわかりました」
コルゼーさんの言葉にイーレンス王子が反応した。
「……っ! それこそ、兄上がキャロル嬢を殺害した犯人である傍証ではないか!」
「……とおっしゃっられておりますが、どうでしょうか、イルフリード殿下」
デヴィッド兄さんがイルフリード王子に視線を送る。
「あれは、旧市街が見てみたいというキャロルにせがまれて用意したものだ。国の規則に違反するものだから言い出せなかったのだ」
イルフリード王子が苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。
「キャロル嬢のその日の足取りについて、何かご存知ではないでしょうか?」
「ああ。あの日、キャロルは昼すぎにやってきて、微行した俺と旧市街を見て回った」
「デートなさったということですね?」
「……そうだ。俺とキャロルは貴族向けの服飾店などを見て回ったのちに軽食を取って夕方には別れた」
「おや、夜のご予定はなかったので?」
「……キャロルがその日のうちに新市街に戻りたいと言ったのだ。だが、こうなってみると――」
「ええ、キャロル嬢はその足で今度はイーレンス殿下に会いに行った、ということでしょう」
キャロル嬢は、なんと王子2人を相手に二股をかけていたのか。
「キャロル嬢は妊娠していました。本人の申告を信じるならイーレンス殿下の子どもだったのでしょう。その報告を受けたイーレンス殿下は慌てました。一方、イルフリード殿下は、キャロル嬢に対して責任を取るおつもりがあった」
「……ああ。さすがに正室にはできないが、できるなら側室に、それも不可能だったとしても、将来子どもができることがあったら認知を行って、子どもが将来貴族籍を持てるようにしてやろう……そう思っていたのだがな」
「しかし、イーレンス殿下にはそのような覚悟はなかった。イーレンス殿下にとってキャロル嬢のことはただの火遊びでした。体質が改善され、自由に動けるようになった殿下は、身分を偽って新市街の酒場に出入りするようになりました。
そこに近づいてきたのがキャロル嬢です。彼女はイルフリード殿下をたらしこんだ技術を使ってイーレンス殿下に近づいていった。これまでそのような遊びの経験がなかったイーレンス殿下は彼女のペースに呑まれてしまった。そしてとうとうご懐妊、というわけです」
兄さんの態度は王族に対してかなり無礼ともとれるものあったが、皆兄さんの推理に心を奪われてそこにつっこむ者はいなかった。
「キャロル嬢は、お2人が高位の貴族だろうと目星をつけていたのでしょうが、さすがに王子だとまでは思っていなかったのかもしれません。しかし、逢瀬を重ねるうちにお2人が王族かそれに近しい存在であると察するようになったのだと思います。
そうと知ったキャロル嬢は、畏れおののくどころか、野心をさらに膨らませていったのでしょう。金離れのいい貴族の相手をするだけでは飽き足りなくなり、この国の王妃に成り上がるという大それた野望を持つようになった。
そしてキャロル嬢はイーレンス殿下に、妊娠したと言って責任を取るよう迫りました」
兄さんは言葉を区切り、イルフリード王子に向かって言った。
「この時、キャロル嬢にはある計算がありました。もしイーレンス殿下が認知を拒むようなことがあったら、今度はイルフリード殿下のところに行って、殿下の子どもを身ごもったと主張しよう――そう思っていた可能性があります。だからこそ、殿下に通行証をねだり、子どもの認知を求める前に別の男とデートするなどという行為に及んだのでしょう」
「くっ……キャロル……!」
イルフリード王子が悔しそうに唸る。信じていた愛人が不貞を働いていたばかりか、その相手が自分の弟だったのだ。しかも、イーレンス王子に袖にされた場合のいわば「保険」として利用しようとまでしていた。
男性を翻弄していいように利用する能力のことを女子力と言うのだとしたら、キャロル嬢はシエルさんなど足元にも及ばない魔性の女だったことになる。
「これ以上は想像に想像を重ねることになりますが……そもそも、キャロル嬢がイルフリード殿下に通行証をねだったのも、イーレンス殿下の差金だったのかもしれません。自分は立場があるから通行証を渡せない、他に付き合いのある貴族から通行証をねだれとでも言ったのでしょう。そうすれば、キャロル嬢はイルフリード殿下にねだることになります。
もっとも、キャロル嬢が3股以上をかけていなければ、の話ではありますが。とはいえ、お忍びの貴族を3人以上も捕まえておくのは、さしものキャロル嬢にとっても大変でしょうから、まず大丈夫でしょう。もちろん、イーレンス殿下は寝物語にでも浮気の可能性を確かめていたのかもしれませんが……」
「そもそも、新市街の酒場で遊んでいることをイーレンスに聞かせたのは俺なのだ……」
イルフリード殿下が言う。
「酒場の女とよろしくやっているという話もした。男同士の隠し事のない関係をイーレンスとは築きたいと思ってのことだった。竜騎士団でも、竜騎士同士でそんな話をしていることがよくあるのだ。しかし俺は団長だし王族だ。男同士のそんな馬鹿話に憧れつつも参加することはできなかった。イーレンスが元気になって、ようやくそんな話ができる相手が見つかったと思ったのだ……」
「なるほど……でしたら、キャロル嬢がイーレンス殿下に近づいたことも、ひょっとしたらイーレンス殿下の作為だったのかもしれませんね。身分を匂わせ、イルフリード殿下の愛人に近づき、王位継承権競争に利用しようと考えていたのか。あるいは、単にイルフリード殿下の女を奪うことに興味がおありだったのか」
「イーレンスぅっ!」
イルフリード王子は射殺さんばかりの視線でイーレンス王子を睨みつける。
イーレンス王子は顔を俯けたまま一言も発さない。
しかし、観念したわけではなく、なんとかしてこの場を切り抜けようと知恵を巡らせているように見えた。
デヴィッド兄さんはそんなイーレンス王子を一瞥してから話を戻す。
「ともあれ、キャロル嬢はイルフリード殿下と別れた後、イーレンス殿下と落ち合った。殿下はキャロル嬢を王城へと案内します。おそらく、将来の側室候補として父である国王陛下に引き合わせるとでも言ったのではないでしょうか。後の展開を考えると研究室に連れ込む方が楽だったと思いますが、王城の方が人目につかずに通行できる王族用の通路等の面で都合がよかったのかもしれません」
ベルハルト兄さんの【事件察知】は王城で2件の事件が起きたことを察知していた。だから、キャロル嬢殺害は研究室ではなく王城で行われたはずだ。
「……キャロルのことだ、研究室などつまらない、お城の中が見たい、などと駄々をこねたとしても不思議ではないな」
イルフリード王子がつぶやくように言った。
なるほど、そういう可能性もあるのか。聞けば聞くほどとんでもない女性だったようだ。
「それに、城の中に入るのならば、口実を設けてキャロルを着替えさせたり変装させたりもできるだろう。それこそ、その日俺が買ってやった貴族向けの服に着替えさせ、顔にヴェールでもかけてやれば、貴族の令嬢に早変わりだ。父に会わせるという名目があったなら、なおのこと変装はさせやすかったはずだ。キャロルとて、自分が日陰者である自覚くらいはあっただろうからな」
イルフリード王子の言葉に小さく頷き、デヴィッド兄さんは話を続ける。
「イーレンス殿下は、そうしてキャロル嬢を自分の居室へと招じ入れると、この先の展開に浮かれているキャロル嬢を、隙を突いて殺害します。そしてそれから間を置かず、イルフリード殿下付きのメイドであるメリー嬢を呼び出して殺害した……」
イーレンス王子がメリー嬢を呼び出すのは簡単だろう。
来客で手が足りないから手伝ってくれ。イルフリード王子が呼んでいる。あるいは、王子が騎士団の訓練で怪我をした。なんとでも言いようがある。また、多少不審に思ったところで、メイドであるメリー嬢に王子の要請を断ることは難しい。
「そして2人の死体を、荷運び用の台車に積んで研究室へと運び出します。台車はイーレンス王子の研究室にもともとあったものです」
たしかに研究室には、魔法砲の砲弾が載せられた台車があった。以前捜査会議の時にコルゼーさんが寄りかかってカバーを取ってしまい、壺を転がしてしまったのを覚えている。あの大きさなら、人を2人乗せて運ぶこともできそうだ。
「2人まとめてでは殿下には重すぎるかもしれませんので、2回に分けて運ばれたのかもしれません。もちろん、死体の上には覆いをかけていたことでしょう。常日頃から殿下は居室と研究室でものを運んでいましたから、仮に目撃されたとしても言い訳が立ちます。王子は健康になられてからは自分のことは自分でなさっていましたから、王子自ら台車を押してもおかしいとは思われません」
一同は沈黙して、兄さんの語る情景を想像しているようだった。
「そして、研究室で2人の死体をバラバラにしました。殿下は【風精魔法】で《エアロスラスト》を使うことができますから、死体の切断は容易でしょう。もちろん、子宮はナイフで抉り出す必要があるでしょうが……。研究室は湖に面していますから、血臭が残らないよう、外に出て作業をした可能性が高いでしょう。時刻は既に夜ですし、消音結界で音は漏らさずに済みます。夜中に旧市街の外れにある研究室のそばまでやってくる貴族はいません。そして――」
「……魔法砲の砲弾に死体を詰めて発射した……か」
王様が顎に手を当てながらつぶやいた。
「イルバラ姉さんが僕の魔法砲を使った可能性だってある!」
「【風魔法】が使えないイルバラ姫が、どうやって夜中に発砲音を聞かれずに魔法砲を使えるというのです? それに、イルバラ姫には魔法砲の正確な弾道計算はできませんよ。仮にイルバラ姫が光栄にも私の著作を読まれていて、力学について一定の知識をお持ちだったとしても、とうていぶっつけ本番でできるような仕事ではありません。
唯一ありうる可能性としては、イーレンス王子とイルバラ姫が共犯関係にある場合ですが、イルバラ姫には、弟の言うところの『アリバイ』があります」
デヴィッド兄さんがイルバラ姫に目を向けると、イルバラ姫が口を開く。
「あの日は……宮廷魔術師と徹夜で【呪術】の議論をしていて……気がついたら寝ていました」
「それがアリバイだと!? 寝たふりをしてやりすごしたのかもしれないじゃないか! そうだ、姉さんはきっとその宮廷魔術師とデキてたんだ! だからその魔術師は証言を歪めて――」
「……その方は女性です……」
さすがにムッとした様子でイルバラ姫が言う。
「殿下の策は、二段構えだったのですよ。殿下は単に犯行を
なお、この仕込みがうまく機能するためには、二重殺人が模倣犯の仕業であることが判明しなければなりません。そのための捜査指揮でもあったのでしょう。ご自身でやられるつもりだったのか、私にやらせるつもりだったのかはわかりませんがね。王位継承のライバルはイルフリード殿下の他にもう1人いるわけですから、手柄を立てておくに越したことはありません」
デヴィッド兄さんが締めくくるように言った。
イーレンス王子にはまだ諦めた様子はなかった。
「そ、そもそも、デヴィッドの主張する策が行われたという決定的な証拠がないではないか! あやふやな証言や状況証拠だけで王子である僕を裁くつもりか!」
鋭く反論するイーレンス王子に、兄さんが小さく頷いた。
「もちろん、そんなつもりはありません。これから決定的な証拠をご覧に入れますよ」
兄さんはそう言うと、イルバラ姫に視線を向けながら言う。
「私はイルバラ姫に依頼して、第四・第五の事件の被害者の血液を鑑定してもらいました」
「……血液には、その人固有の魔力が宿っています。その魔力を比較することで……その血液が誰のものであるかを判定することができます……」
イルバラ姫はぼそぼそと言ったが、大変な内容だった。
要するに、姫は前世のものに似た血液鑑定ができると言っているのだ。
「……血液を染み込ませた試験紙に魔力を通すと、血液の主の適性に応じた属性成分が浮き上がります……」
イルバラ姫はそう言うと、手にしていたポーチの中から一枚の試験紙を取り出した。前世の名刺くらいの大きさだ。
そして、ポーチから小ぶりのナイフを取り出すと、自身の人差し指へと押し当てる。そこから溢れ出した2、3滴の血液を、イルバラ姫は試験紙の中央へと滴らせる。
「――
イルバラ姫の言葉とともに、試験紙に【呪術】の魔力が通るのがわかった。
イルバラ姫は手にした試験紙を一同に見せる。
試験紙は中央の血痕から上下に向かって赤、青、黄、緑の4色が、滲むように縦に伸びている。赤、緑は短く、青と黄が長かった。そして試験紙の下半分が薄いグレーに染まっている。
「……赤、青、黄、緑の色は、それぞれ火、水、地、風に対応しています……私の場合、水属性と地属性の適性が高いということです。……下半分が暗く染まっているのは闇属性への適性を示しています。私の場合はこうですが、光属性に適性のある方の場合、試験紙の上半分が明るく染まります……。
そして、この色のパターンは、個人の適性によって変わるので、まったく同じパターンを持つ人はいないと言っていいでしょう……。
この性質を利用して、私は第四・第五の事件の被害者――メリー嬢とキャロル嬢の血液を鑑定しました……もちろん、バラバラにされた頭部、胸部、腕部、腹部、脚部、それぞれ別に血液を採取して鑑定しました。……ああ、当然、子宮については特に念入りに鑑定を行っています……」
「墓を……掘り起こしたというのか?」
イルフリード王子が、信じられない者を見る目でイルバラ姫を見た。
たしかにこの国の宗教観ではそれは禁忌に近いものだ。前世の司法解剖でも遺族が拒む場合もあるっていうくらいだしな。
イルバラ姫は、イルフリード王子の視線を受け止めて言った。
「墓を暴くことに関しては……遺族から強い反発があったわ……。
だから、デヴィッドさんではなく、私が表に出て、捜査に必要なことだと説得したのだけれど……【呪術】の実験台にされるのではと勘ぐられて、かえって話がこじれてしまったの……」
そう言ってイルバラ姫が薄く笑った。
冗談のつもりなんだろうけど、笑い方が薄気味悪くて背筋がぞっとしてしまった。
「結局、デヴィッドさんに説得をお願いして事なきを得て……何とか血液鑑定を行うことができたわ……」
そこでイルバラ姫はデヴィッド兄さんを少し頼もしそうに見上げた。
……おや?
ルーチェさんには振られてしまった兄さんだが、意外なところに春の兆しがあったのかもしれない。
イルバラ姫も、黙っていれば華奢な感じの美人さんだからな。黙っていれば……。
イルバラ姫は、ポーチの中からB5くらいの冊子を取り出して開いてみせる。
そこには、メリー嬢、キャロル嬢の各部位の名前と鑑定に使用された試験紙が貼付されていた。
左のページにメリー嬢、右のページにキャロル嬢だが……その結果は明白だった。
どちらのページでも「子宮」とキャプションのある試験紙だけが異なる色彩を見せている。しかも、その色彩は反対側のページにある子宮以外の部位の結果と一致していた。
「結果から言えば……2つの死体は、子宮だけが別人のものだったわ……。
そして、子宮ともう1体の死体を相互に比べると……同一人物のものであることがわかったの……。
つまり、2つの死体の子宮はすりかえられていた……ということね……」
イルバラ姫の静かな言葉に、イーレンス王子が言葉に詰まる。
さすがにこれを捏造であると言い張ることはできなかったらしい。
「もう想像がつくかもしれませんが……国王陛下に許可を得て、イーレンス王子の研究室を調べさせていただきました。結果、台車の隙間と部屋の隅にこびりついた小さな血痕を発見しました。この血液もイルバラ姫に鑑定をお願いしています。結果は……言わずともおわかりになるでしょう」
イーレンス王子が、がっくりとうなだれた。