120 真相・1
ロープウェイの籠にあった痕跡のことを伝えると、兄さんは悲しげに目を伏せて、
「……そうか。そこまでしてしまったか……」
と言った。
そして、関係者を集めるためにイーレンス王子のもとへと向かっていった。
◆
城の食堂に、
いや、それは正確ではないかもしれない。
捜査主任であるイーレンス第二王子、コルゼー巡査騎士団長、デヴィッド・ザフラーン・キュレベル王室探偵とその助手である俺。
この4人は当然として、この場には他に、現国王ヴィストガルド1世、イルフリード第一王子、イルバラ王女がいた。
そしてその背後には
そこまではまだ、それだけこの事件が注目を浴びているということでもいいのだが、なぜかキュレベル商会の会長であるポポルスさん(ステフの実父)も呼ばれていて、食堂の隅の席に居心地悪そうに座っている。
「――さて、
王様がそう口を開いてデヴィッド兄さんに視線を向ける。
「ええ。本日こうして皆様にお集まりいただいたのは、他でもない、王都を騒がせた
デヴィッド兄さんははっきりとそう言い切った。
「
王様が静かにそう問いかける。
王様には転生者
議事進行と事実確認を兼ねて、あえて聞いているのだろう。
「いえ、それも間違いではありません。しかし、それだけで正解というわけでもありません」
デヴィッド兄さんのわかりにくいい言葉を、イーレンス王子が引き取って言う。
「要するに、
「その通りです。補足いただきありがとうございます、殿下」
デヴィッド兄さんはイーレンス王子にそう言ってうやうやしく礼をすると、一同に向かって事件の顛末を説明しはじめた。
「まず、本物の
一同が頷くのを見て、デヴィッド兄さんが続ける。
「彼女だけなら、
――でも、そうはならなかった」
「模倣犯がいたからだね?」
イーレンス王子が相槌を打つ。
「その通りです。
「……1人については聞いている。キザキトオル、と言ったか。そこのエドガー君と同じ世界からやってきた転生者だったな。もっとも、エドガー君とは違ってその男は悪神モヌゴェヌェスの使徒だというが」
「仰せの通りです、陛下。転生者キザキトオルは子飼いにしている悪魔の餌とするために、
「そのキザキトオルとやらは、そこにいる君の弟――エドガー・キュレベルをはじめとする君の家族が討ち取ったそうだね」
イーレンス王子がそう言って俺を見る。
「正直、信じがたい話だけど、巡査騎士たちの目撃談もある。信じるしかないだろう」
王子の言葉にはどこか戸惑うような響きがあった。
そりゃ、俺は実年齢が6歳で見た目が8、9歳だからな。王子の感覚の方が正常だろう。
「とすると、残るは第四と第五の事件ということか」
王様が言う。
「その通りです。そして、この2件の殺人は現場の様相が似ています。
「でも、この2つの事件は同じ夜に、旧市街と新市街で起きている。言うまでもないけど、金門橋が跳ね上げられている夜間に両市街を行き来することはできない。この謎は解けたのかい、デヴィッド?」
デヴィッド兄さんの言葉を、イーレンス王子が補って聞く。
「ええ。解けました」
「じゃあ、この二重殺人の犯人も?」
「もちろんです」
「……焦らさずに教えてくれないか、デヴィッド? 捜査責任者である僕にもこの場で明かすからと言って君は教えてくれなかった。恨むよ」
デヴィッド兄さんはしばし瞑目し、小さく息をついてから言った。
「そうですね。この期に及んでもったいぶってもしかたがないでしょう。
「っと、待ってくれ。どうして俺はこの場に呼ばれたんだ? 俺はこの話を聞いていいのか?」
イルフリード王子がそう言って兄さんのセリフに割り込んだ。
イーレンス王子がうざったそうにイルフリード王子を見るが、イルフリード王子は気づいていない。
兄さんは気を悪くした様子もなく答える。
「ええ、構いません。というより、いていただかなければ困ります。なにせ――犯人は、この中にいるのですから」
たっぷりと溜めて放たれたデヴィッド兄さんのセリフに、食堂に集まった一同の顔がこわばった。
「な、何……? この中に、
イルフリード王子が目を白黒させてそう叫ぶ。
「――デヴィッドよ。いや、王室探偵デヴィッド・ザフラーン・キュレベルよ。その名を、ここにいる皆に教えてくれ」
王様が険しい顔でそう言った。
そうか……王様はこうなることを薄々予想していたのか。
デヴィッド兄さんは王様に向かって一礼すると、一同へと向き直る。
ついに――言ってしまうのか。
そう。
そいつは誰か?
俺にも推理はできている。
デヴィッド兄さんは、愛想の欠片もないいつも通りの冷たい表情のままで、ついにその名を口にした。
「犯人は――イーレンス王子、あなたです」
そうそう、犯人はイルフリード王子で……って、へっ!?
「なっ……僕が犯人だって?」
イーレンス王子ががたりと音を立てて席から立ち上がった。
「はい」
デヴィッド兄さんは顔色ひとつ変えずに頷いた。
その表情に、イーレンス王子はデヴィッド兄さんの本気を悟る。
「……本気で言っているのかい、デヴィッド。王族に殺人の嫌疑をかけたとなれば、ただでは済まないよ?」
「それは、嫌疑が濡れ衣であれば、でしょう」
「……残念だよ、デヴィッド。君のことは友人だと思っていたのに」
イーレンス王子が悲しんでいるとも怒っているともつかない口調でつぶやいた。
その間、俺は理解が追いつかないでいた。
どうして、イルフリード王子ではなく、イーレンス王子なんだ!?
一体兄さんはどこで推理を間違えたのか。
いや、間違っていたのは俺なのか?
俺が思考停止している間に、イーレンス王子は態勢を立て直していた。
「そこまで言うなら――答えてもらおうじゃないか。一体どうやって僕が、一夜のうちに新旧両市街にまたがって2件の殺人を犯せたというのか」
噛みつかんばかりの表情でイーレンス王子が言う。
デヴィッド兄さんはそれにはまともに答えずにこう言った。
「私は第四・第五の事件――二重殺人のことを、当初『不可能犯罪』と呼びました。殿下の今おっしゃったように、一夜のうちに両市街で殺しを行うことは不可能です。それこそ、空でも飛べないかぎりは」
「残念だが、デヴィッド。僕には空なんて飛べないぞ」
イーレンス王子が引き攣った表情で皮肉を言う。
デヴィッド兄さんは王子の言葉をまったく無視して続ける。
「しかし、不可能ということはありえないのです。実際に二重殺人は起きているのですから。だとすれば、事件を不可能なものとしている前提条件の、そのいずれかが破れているのです」
「それは、そうだろうね」
イーレンス王子が、何を当たり前のことを、とでも言いたげな様子で吐き捨てる。
「では、その破れている前提条件とは何でしょうか? この場で推理過程のすべてを開陳することは致しません。私の辿り着いた答えだけで十分でしょう。それは、『
「……わからん。どういうことだ?」
イルフリード王子が焦れたように聞く。
「答えから言いましょう。犯人は、旧市街で
デヴィッド兄さんはそう言ってにやりと笑った。
自分のセリフにこめられた諧謔を愉しむかのように。
「魔法だと!? 君は何を言ってるんだ! ものを離れた場所に転移させる魔法なんて、それこそお伽話の中にしか出てこない!」
イーレンス王子が顔を赤くして叫ぶが、俺も同感だった。
魔法でなんとかしました――これじゃあ誰だって納得できないだろう。
「しかし、殿下にはそうした『魔法』が使えるのですよ。ものをある地点から別の地点へと移動させるような、特別な『魔法』がね」
デヴィッド兄さんの確信に満ちた言葉に、イーレンス王子がぎくりとしたように見えた。
「まさか君は……」
「ええ。殿下が研究されている
「あっ……!」
俺は思わず声を漏らしていた。
そうだ。すっかり忘れていたが、イーレンス王子は魔法砲の研究をしている。
「第五の事件の現場となったキュレベル商会倉庫は、新市街の海寄り、モノカンヌス湖に面した場所にあります。一方、イーレンス殿下の研究室があるのは、旧市街の海寄り、モノカンヌス湖に面した場所です。
つまり、倉庫と研究室とは、モノカンヌス湖を挟んで向き合う位置にあるのです。
2地点の間にあるのは湖だけですから、殿下の研究室からは、キュレベル商会の倉庫に、直接魔法砲の照準を合わせることが可能です」
位置関係については、兄さんの言うとおりだ。
俺は第四の事件は旧市街、第五の事件は新市街とばかり考えてみたから、第五の現場と研究室が、湖を挟んで「隣接」していることを見逃していた。
俺は研究室で見た光景を思い出す。
研究室は一方の壁が取り除かれていて、室内からでもモノカンヌス湖が見渡せるようになっていた。
その視界の海側の端は王子が発射実験に使っていた砂州。その砂州から数十度ほど頭を巡らせると、たしかにキュレベル商会の倉庫が視界に入るはずだった。
倉庫は湖に向かって背を向けて立っている。そして、第五の事件の現場はその背を向けている箇所だったのだ!
たしかに魔法砲を使えばあそこの壁面に死体を撃ち込むことが可能だ。
――いや、待てよ? それでは不可能だ! このトリックには致命的な欠陥がある!
俺と同じ結論に至ったのだろう、イーレンス王子がデヴィッド兄さんを鼻で笑いながら言った。
「おいおい、無理を言わないでくれ。
デヴィッド、君は魔法砲を買いかぶりすぎだ。君だって見ただろう? 魔法砲の射程はいいとこあの砂州までで、対岸まで届かせることはできないよ。
精度だってそんなに高いものじゃない。大軍の真ん中に撃ち込むならともかく、狙った地点を正確に砲撃するような真似は、とてもじゃないが不可能だ。もしそれができるんだったら、とっくに制式採用されている。
だいたい、弾体が問題だ。首や手足や内臓のようなやわらかいものを、どうやって魔法砲で飛ばすと言うんだい? 百歩譲って対岸まで届いたとしても、発射に使った《ファイヤーボール》で死体が黒焦げになるじゃないか」
イーレンス王子が顔をひきつらせて反論する。
その表情は追いつめられた犯人のもののように見えなくもないが、逆に濡れ衣を着せられて激昴しているようにも見える。
デヴィッド兄さんが静かに言った。
「……最後の疑問からお答えしましょう。たしかに普通の大砲で人体のようなやわらかいものを飛ばすことはできません。しかし、殿下が開発した陶器の砲弾の中に詰め込めば撃ち出すことは可能です」
「…………」
イーレンス王子は沈黙を守ったまま、傲然と顎をしゃくって続きを促す。
「次に射程ですが、魔法砲の射程はイーレンス殿下の自己申告よりも長いのですよ」
「馬鹿な。君だって見ただろう?」
「ええ。拝見致しましたとも。エドガーとともに殿下の研究室を訪れた際に、
「あれが最大射程だ。《ファイヤーボール》に注ぎ込む魔力を増やすとでも言うつもりか? そんなことをすれば砲身が溶融するし、弾体である壺も衝撃に耐えられないぞ。実際にやってみればわかることだ、嘘だと思うならいくらでも試してみるといい」
「たしかに、おっしゃる通り、出力としてはあれが最大に近いのでしょう。しかし、魔法砲の飛距離を決めるパラメーターは出力だけではありません。殿下は、魔法砲を最大出力で使って見せてくださいました。ただし、
「あっ!」
唇を歪めて放たれたデヴィッド兄さんの言葉に、俺は思わず声を上げていた。
「エド、君になら、これがどういうことかわかるだろう?」
「……大砲で射程が最大になる発射角は45度のはずだ」
「そう。実際に実験してみればわかることですが、発射角を30度から45度に上げることで、射程距離は1割以上長くなります」
デヴィッド兄さんはそう言ってイーレンス王子をじっと見つめる。
イーレンス王子はうろたえた様子で言った。
「は、初耳だ! そんな方法を知っていたなら使っている!」
「いえ、
「っ!」
兄さんが言った『物理学――運動の法則』は、俺の前世知識と図書館迷宮から発掘された知識を元に兄さんが書き下ろした理学書で、前世で言うところの古典力学に相当する内容が著されている。当然、弾道計算についても基礎的な理論が紹介されていた。
俺は、初めてイーレンス王子の研究室にお邪魔した時に王子とデヴィッド兄さんが交わしていた会話を思い出す。
『その理論を取るなら、何も対象は死霊術師である必要はないですね。それこそ、悪魔でも、亡霊でも、悪神の使徒でも、なんでもありだということになってしまいます。
『そういうことだね』
この
王子が学界で話題になった兄さんの『代数学の原理』を読んでいるのだとしたら、同じく学界で話題になった『物理学――運動の法則』を読んでいる可能性が高い。というより、読んでいないとしたら不自然だろう。何せ、王子は魔法砲の研究をしているのだ。弾道計算についての記述がある『物理学――運動の法則』を読んでいないのに、研究に直結しない『代数学の原理』を読んでいるというのはおかしい。
「そ、それは……忙しくて読む時間がなかったんだ! だいたい、君の著作は難解すぎる! 誰もが君のように頭がいいと思わないでもらいたい!」
イーレンス王子が逆ギレのように言う。
……うん、まぁ、その意見には俺もぜひ賛同したいところだが。
「より抽象度の高い『代数学の原理』が読解できる殿下が、『物理学――運動の法則』を理解できないとは思えませんね。それから、私は自分が他人より頭がいいということは十分に弁えた上で、読者が理解できるように書いたつもりですがね」
「……見解の相違だな。僕はそこに君の知的傲慢を見るよ」
イーレンス王子は吐き捨てるように言う。
しかし、たしかに兄さんの言い方はどうかと思うが、あの本を書き下ろすにあたってわかりやすさにこだわったことは事実だ。少なくともメルヴィやエレミアなら努力すれば理解できるレベルにはなっている。ステフは……途中でギブアップしてだけど。
「ともあれ、殿下が『物理学――運動の法則』を読んでいた蓋然性は高いと言えます。だとすれば、魔法砲の射程は1割以上伸びることになる。1割。小さいようでもありますが、砂州を超え、対岸へと達することのできるギリギリの距離です。というより、殿下はあの魔法砲を、
チェスター兄さんに渡したホウワ改の射程は800メートル。俺が一度試作したことがある大砲でも、なんとか300メートルを超えることはできていた。研究室から対岸までは200メートル強だったから、俺の試作した砲でも十分に届く。
もちろん俺には前世知識があった。でも、優秀な研究者であるイーレンス王子の魔法砲が、俺の試作品以下の飛距離しか出せていない。言われてみればたしかに不自然だ。
「くっ……それは、残念ながら僕の力不足ということだろうよ」
「私はそうは思いませんが、これ以上は水掛け論にしかならないでしょう。とにかく、殿下には魔法砲の射程を伸ばす方法を知っていた可能性が高いということです」
そうまとめるデヴィッド兄さんに、イーレンス王子が黙りこんだ。
俺が代わりに兄さんに聞く。
「じゃあ、殿下はあの時、わざと発射角を30度にして撃ったっていうの?」
「そう。僕たちに、魔法砲では対岸までは届かないと刷り込むためにだ。
僕たちが殿下の研究室に招かれたのは、ちょうど殿下が
「あれはそのための布石だったのか……」
一同の視線がイーレンス王子へと向けられる。
一座の焦点となったイーレンス王子はあわてて言った。
「だ、だが、問題はそれだけじゃない! 魔法砲の発射には相当な音が伴う! 深夜に魔法砲を発射したら、いくら研究室が旧市街の外れにあるとはいえ、周辺住民に気づかれる!
それだけじゃない! 今は風の鳴る季節だ! 事件当夜も強い風が吹いていたはずだ! そんな中で対岸にある倉庫に正確に砲弾を撃ち込むなんてできるはずがない!」
イーレンス王子の言葉には焦りが滲んでいた。
が、言ってることはもっともだ。たしかにその2つの問題を解決しなければ兄さんの仮説は机上の空論だったことになってしまう。
しかし、
「その答えなら、俺にもわかりますよ」
俺が言うと、イーレンス王子が弾かれたように俺を見た。
「どちらも、【風精魔法】を使えばいいんです。王子は【火精魔法】と【風精魔法】の2属性が使える優秀な魔法使いだと聞いています。風属性魔法を使って消音の結界を張ることも、矢に風をまとわせて空気抵抗を受けなくすることも、王子にとっては簡単なことのはずです」
消音の結界は、俺も銃火器の射撃訓練をする時に使っているが、もともとはジュリア母さんから教えてもらった魔法だ。母さんによればそこそこの風使いなら知っている技術だということだった。
また、俺やチェスター兄さんは矢に風をまとわせて空気抵抗をなくす魔法を銃弾にかけることで、銃の射撃精度を向上させている。この間の杵崎との戦闘でも役に立った。
この魔法は、消音結界ほどではないが高位の風魔法使いには知られているものであり、難易度もそう高くはない。実際、俺はこの魔法を護身用に拳銃を渡しているデヴィッド兄さんにも教えたが、兄さんはすぐにコツを飲み込んだ。イーレンス王子は魔法に関しては宮廷魔術師並の才能があるという。使えないとは思えない。
さらに、イーレンス王子は複数の魔法を同時に扱えるというから、【同時発動】のスキルを持っているはずだ。消音結界、空気抵抗の消去、そして発射のための《ファイヤーボール》。これら3つの魔法を同時に行使できたとしてもおかしくはなかった。
「弾道計算を複雑にする最たる要素は風の影響です。それを無視できるのだから、方向と発射角、発射速度さえ気をつけていれば、ある程度狙い通りの射撃を行うことができるでしょう。もちろん、言うは易しであって、日頃からの研究と研鑽が下地としてなければ相当な難行のはずですが」
あくまでも冷静なデヴィッド兄さんの言葉に、イーレンス王子は言葉に詰まる。
「で、でも、現場には血で描かれた印があったんだぞ! どうやって魔法砲で、壁に印が描けるというんだ、答えてみろ、デヴィッドォッ!」
王子はもともと白い肌を紅潮させ、目を血走らせていた。
「血の印ですか。それこそ、魔法砲が使われたことの証明なのですよ。印の一件がなければ、魔法砲でなくとも、何らかの手段によって旧市街から新市街へと死体を移動したのではないかということは、必ず疑われていたでしょうからね」
実は俺も冗談交じりに伝説の転移魔法が存在したら……とは考えたことがあった。が、血文字が現場にある以上、
そもそも、そんなすごい魔法が使えるなら、もっと合理的な死体の処分方法があるだろう。簡単なのは、重しをつけた上で湖か海の上に転移させるとかだな。
だからこそ俺は、デヴィッド兄さんの推理とは別のトリックが使われたと考えていたのだが……。
「詭弁だ! 何の論証にもなっていない!」
「ええ、たしかに。
しかし、血の印のネタは簡単です。
犯人――つまり、イーレンス殿下は、イルバラ姫の研究室から持ちだした呪文字を利用したのです。
魔法砲で死体を撃ち込むそばに、あなたはあらかじめ呪文字で
そして、死体を魔法砲で撃ち込んだ後、呪文字に魔力を通して、壁面に血の印を浮かび上がらせた……」
イルバラ姫の呪文字は、遠く離れたところからでも魔力を通して文字を浮かび上がらせることができる。この性質を利用してイルバラ姫は遠距離の秘密通信ができないかと考えていた。国家間の通信に利用しようとしていたくらいだから、旧市街と新市街くらいの距離なら問題なく呪文字は発動する。
話の俎上に載せられたイルバラ姫が口を開く。
「デヴィッドさんに言われて部屋を整理してみたら……呪文字の材料となる魔法薬がなくなっていました……」
イルバラ姫の部屋は、以前爆発騒ぎの時に俺も見ている。ものが乱雑に積み上がった、散らかりきった部屋だった。
たしかにあの汚部屋ならものがなくなってもすぐには気づかないだろう。在庫管理も、入る分しか記録していないと言っていた。
――魔法砲で対岸に死体を撃ち込む。
こうして説明されると、むしろシンプルな計画だとすら言えそうだ。
ではなぜ気づかなかったのかといえば、捜査の指揮を執るイーレンス王子が巧みにミスリードを行っていたからだ。
俺はデヴィッド兄さんの推理にほとんど納得しかけていた。
だが、
「たいした想像力だと言わせてもらうよ、デヴィッド。君はどうやっても僕を犯人に仕立てあげたいらしい。
しかし、仮にその方法が可能だったとしても、たしかに実行されたという証拠がない。そうである以上、結局は可能性のひとつでしかない」
あくまでも食い下がるイーレンス王子の言葉に、デヴィッド兄さんが唇の端を吊り上げた。
という感じでした。
推理が当たった、外れた、納得がいった、納得がいかない等あると思います。まぁ私ではこの程度が限界です。少しでも趣向を楽しんでいただけているといいのですが。
本職のミステリー作家の方は毎度これ以上のことをされているわけで、本当にすごいと思います。
2点、お詫びしておくことがあります。
・イーレンス王子が複数の魔法を同時に使える、という点については、公開の数日後に加筆しています。
・魔法砲の口径や飛距離の数値(94話)については公開後に何度か調整をしています。
もしこれらの描写を手がかりにして「魔法砲で死体を撃ち出すことはできない」と推理されていた方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございませんでした。
そこまで考えられていたらほとんど正解と言っていいと思います。
次話は明日予定ですが、ちょっと時間が苦しいので1日空いて明後日にずれ込むかもしれません。推理パートで待たされたら嫌だと思いますのでなるべく急ぐつもりではいます。なお、推理パートは全3話です。
至らぬ点も多いと思いますが、今後とも『NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚』をよろしくお願い申し上げます。
天宮暁