119 最後のピース
兄さんは新市街の発見現場に行った後イルバラ姫に会いに行くと言っていた。
しかし、なぜ今更犯行現場に?
いや、それは現場百回みたいな話かもしれないけど、俺的には容疑から完全に外れているはずのイルバラ姫に会いに行くに至っては完全に謎だ。
ひょっとしてデヴィッド兄さんは間違った方向に推理を進めているんじゃないか?
てっきり、この件の探偵役はデヴィッド兄さんが務めることになるものと思っていたが、この様子ではどうやら俺の方にお鉢が回ってきそうだ。
今から推理を開陳する際の段取りを考えておかないといけないな。
兄さんに、金門橋の橋塔に聞き込みに行くと言ったら、イーレンス王子に報告してから行くようにと言われた。
思わずけげんな顔をすると、
「君が真相に迫っていることを知ると、動き出す者がいるかもしれないからね」
とのこと。
俺の身の安全を心配してくれてるのかと思ったが、俺の実力は兄さんもよく知っている。杵崎がいなくなった今、心配なんていらないはずで、兄さんらしくないなと思ってしまった。ひょっとすると推理が煮詰まってるのかもしれないな。
その時兄さんは真剣な顔で割れた壺の破片を色んな角度から観察していた。
あれで何かわかるんだろうか。あれはおそらく第五の現場であるキュレベル商会倉庫にあったものだと思うが、壺自体は倉庫にもともとあったもので、
「もう一度考えてみるか」
俺は道すがら、これまでの事件を振り返ってみる。
まず第一から第三の事件。
これは真正
死体の解体の問題も、エリアさんにはミリア先輩と同じ【身体透視】のスキルがあったし、治療のために必要な身体の構造についてもミリア先輩から教わっているという。何度かはミリア先輩に成り代わって訪問診察もこなしているらしい。さらに、どこからか手に入れた
さらに、第七の事件――王立劇場での事件では、悲鳴を上げられるという不手際を犯したため、エリアさんは第一発見者兼治療者を装うことでその場をごまかした。この時は観劇に来ていたので、ナイフはともかくボレロを持ち込むことはできなかったのだろう。ナイフを素早く服の中に隠し、返り血は治療のためについたように見せかけることで、エリアさんは急場を凌いだのだ。
「ここまでははっきりしてるな。エリアさんの動きで不審な点があるとしたら、貴重な
ただ、それが他の事件に関わっているとは考えにくいだろう。
一番ありそうなのは杵崎がエリアさんに接触して提供したという可能性だが、杵崎自身が
「その杵崎の動きについても、大体わかってるな」
シエルさん=杵崎の動きについては本人の自供がある。
悪魔の餌とするために2人の人間を殺し、現場には
そしてもちろん、前世で外科医であり大量殺人鬼でもあった杵崎亨ならば、喉と腹を裂いた上で子宮を「摘出」することなど造作もないことであるに違いない。
杵崎による「
第八の事件では、エリアさんの証言によって俺たちはいもしない「襤褸をまとった少女」を追いかけた。
俊哉のおかげでカースをたどることができ、俺たちは意図せずして杵崎が悪魔を呼び出して犯行を行っていた現場へとたどり着く。
しかし杵崎は、シエルさんの勇者としての能力によって俺たちの接近を察知して既に現場から離れていた。
そのまま逃げ出せばいいものを、杵崎は大胆にも俺たちの前に姿を現した。
疑われることはないと踏んだのか、それともヒントのひとつでも与えなければつまらないとでも思ったのか。あるいは、シエルさんの人格が抵抗して、逃げるための時間を奪われたのかもしれない。
とにかく、第六と第八の「
「……どうも頭がぐちゃぐちゃになるな」
デヴィッド兄さんならともかく、俺の頭では考えてるだけだと情報が整理しきれない。
俺は足を止め、手帳を開いて要点をまとめてみる。
第一の事件(新市街):エリア(=真正
第二の事件(新市街):エリア
第三の事件(旧市街):エリア
第四の事件(旧市街、城壁の陰):???(=
第五の事件(新市街、キュレベル商会倉庫):???
第六の事件(新市街):杵崎(=
第七の事件(旧市街、王立劇場):エリア
第八の事件(旧市街、王立劇場の裏路地):杵崎
要するに、第四と第五の事件――デヴィッド兄さん言うところの二重殺人だけが未だに解決していない。「模倣犯A」の正体がわからないということだ。
エリアさんや杵崎が模倣犯Aを兼ねているという可能性はないと言っていいだろう。
エリアさんは新旧両市街を行き来できないし、杵崎は自分の行った「
杵崎の証言を疑うこともできるが、模倣犯Aが犯人であると思われる第四、第五の現場と、杵崎が犯人である第六、第八の現場では、現場の様相が微妙に異なっていた。それは簡単にいえば、「ただのバラバラ殺人」と「人を悪魔に食わせた事件」との違いだ。
ついでにいえば、エリアさんが犯人だった第一から第三、第七の事件と、それ以外の事件とも様相が違う。エリアさんは喉を裂き、子宮を切り開いてはいたが、死体をバラバラにはしていない。このことも、二重殺人が模倣犯の犯行である傍証のひとつだと言えるだろう。
とにかく、模倣犯Aと模倣犯B(杵崎)のそれぞれが、自らの犯行を
「だけど、これも言うほど簡単な話じゃないんだよな……」
第四、第五の現場にも、
この印については、犯人特定と模倣犯排除のために捜査機密とされている。
にもかかわらず、二重殺人が真正
そうすると容疑者は、捜査関係者及び、捜査情報を入手できる立場の人物に絞られることになる。
「……逆に犯人が絞られたとも言えるけど」
だが、仮に容疑者を見つけたとしても、二重殺人の謎を解かなければ事件の真相を暴いたとは言えない。
「二重殺人の謎か……」
二重殺人の謎は、前世のミステリー風に考えれば、密室殺人の変種だと言えそうだ。
夜の間、モノカンヌスの新市街と旧市街を行き来する方法はない。両市街を結ぶ唯一のルートである金門橋が跳ね上げられているからだ。夜間の旧市街は、巨大なひとつの「密室」だったのだ。
旧市街から新市街に移動したにせよ、その逆にせよ、模倣犯Aにはこの「密室」をどうにかする手段があったということになる。
しかし、俺には既に、二重殺人を可能にする方法についてアイデアがあった。
もっとも、これまでの話を注意深く読んでいれば気づくはずだと思う。
これから行おうと思っているのは、その検証と証拠探しだった。
聞き込みに先立って、俺がイーレンス王子に話を通すと、イーレンス王子はまずは巡査騎士団長であるコルゼーさんに聞いてみるべきだと言った。
それはその通りなので、用事があると言う王子とは分かれ、コルゼーさんに聞き込み内容について照会した。
すると、意外な話を聞かされた。
「えっ……イルフリード殿下の飲み仲間?」
「ああ。旧市街側の金門橋の当直は、竜騎士ではないが、イルフリード殿下とよく酒を飲みに行く間柄らしい」
「でも、殿下は王族なのに」
「殿下の方が気にするなと言って引っ張り回しているうちに、根負けして飲み仲間になったようだね。それだけに殿下に対する忠誠心はかなりのものだ」
旧市街側の橋塔の当直がイルフリード殿下のシンパだった――これは重要な情報だ。
俺はコルゼーさんに別れを告げると、金門橋を渡って、今度は新市街側の橋塔で聞き込みをすることにした。
が、その前に橋塔の裏手へと回ってみた。
そこには持ち手が革で補強された籠が5、6個まとめて置いてあった。
籠のサイズは前世のスーパーマーケットの買い物カゴくらいの大きさだ。
俺はその籠に近づき、
すると――
「これは……」
籠のひとつに、赤黒い血がべったりとくっついていた。
血は生乾きらしく、指で触るとずるりと伸びた。
俺はこの籠を次元収納へとしまいこむ。橋塔の騎士に声をかけてからとも思ったが、もし事件当夜当直に立っていた騎士が居合わせていたら面倒なことになると思ったのだ。
それから俺は、何食わぬ顔で橋塔の詰め所を訪れた。
俺は、自分の身分を説明してから、事件当夜の当直の騎士がいないか聞いてみる。
すると、俺に対応していた騎士が、まさにその当直の騎士だったことがわかった。
「あの夜、しばらくの間、持ち場を離れたということはありませんか?」
やや失礼な質問になってしまったが、騎士は気にした様子もなく答えてくれた。
「何度か用足しには立ったが、すぐに戻ったぞ」
「その間、代わりに他の人が立っていたりはしませんでした?」
「それはないな。そもそも橋はまだ降りてない時間なんだから誰も通れない。それに、当直騎士に用事があるなら詰め所で待っていてもらえばすぐに戻ってくるんだからな」
たしかにトイレに行くくらいの時間じゃ無理があるか。
それなら、もうひとつの可能性だろう。
しかし、これについては自然に聞き出すのが難しいな。
ミステリー小説では必要な情報は確実に明示してくれるが、自分が捜査するとなると自分で聞き出す必要があるから大変だ。
「騎士さんは、いつもここで門衛をやってるの?」
「いや、ここは持ち回りだ。さすがに毎日ここの番ばかりやらされたら誰でも飽きちまうよ」
「それもそうだね。普段はどんなことをしてるの?」
「おう、ここだけの話だけどな、俺、今度竜騎士になれそうなんだ」
「えっ、それはすごいね! おめでとう!」
「ありがとよ。それもこれも、イルフリード殿下が目をかけてくださったおかげさ。俺も最初はどうして目をかけてくださるのかわからなかったんだが、殿下が言うには、門衛みたいな地味な仕事でもサボらずにやってるのを見て感心してくださったんだそうだ。見る人は見てるってことだよなぁ。ああいうお方のことを、カリスマっていうんだろうな。
俺、あの方のためならなんだってやってやろうと思うぜ。時と場合によっちゃ、命を賭けたっていい。汚れ仕事だってなんだってやってやる。そう思わせるお方だよ、イルフリード殿下は。
こう言っちゃなんだけど、イーレンス殿下が上じゃあ、ここまでの気持ちにはなれないだろうな。たしかに切れ者なんだろうが、あの人のために何かをやってやりたいと思う人はあんまりいないだろう。人望ってもんが欠けてるんだ。なまじ頭が切れるもんだから、人をいいように利用して、使えなくなったら捨てる、そういう発想をしかねないってことが、下の者には自然にわかる。誰だって調子の悪い時もあれば、年を食えば頭も身体も鈍くなる。そういう時にどっちが守ってくれそうかっていやぁ……決まってるだろ。
やっぱり次の王様はイルフリード殿下がふさわしいと思うよ」
「……なるほどね」
騎士の言うことは正論のような気がした。
しかし、それにしても、「なんだってやってやる」か。
ずいぶんイルフリード王子に入れ込んでるんだな。
竜騎士に取り立ててもらったというから、個人的なつながりもあるんだろう。
そして、ここの門衛をやっているのを見て、目をかけられた、と。
俺が顎に手を当てて考え事をしていると、門衛の騎士が鬱陶しそうに手で空中を払った。
「またハエか……しっしっ」
例の、季節外れのハエのようだ。
ハエは騎士の手の甲に叩かれて見えなくなった。叩き落としたんだろうか? 〈仙術師〉のおかげで動体視力はいいはずなのだが、叩き落とされたハエを見ることはできなかった。
騎士もそれは同じらしく、手の甲を確かめながら愚痴をこぼす。
「事件とは関係ないが、最近気味の悪いハエが増えてないか?」
ハエか。最近妙にその話を聞くな。
〈バロン〉や〈クイーン〉がアンデッドを作ってたせいかと思ったが、2人はそれについては否定していた。まだ寒い時期なのにこんなにハエが湧くものなんだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
今の会話で、俺は自分の推理が正しかったことに確信が持てた。
今こそ、このセリフを言うべき時だ。
「――謎は、すべて解けた!」
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