103 第六の殺人
第六の殺人の犠牲者視点です。ゲスな話が苦手な方はスルーして大丈夫です。
俺の名前はリントレット。目端が利くことで有名なCランク冒険者だ。
おふくろがエルフだったおかげで、種族はハーフエルフ。弓と魔法の腕じゃそんじょそこらの冒険者には絶対負けねぇ。まぁ、以前一度だけ、貴族出のエルフの冒険者と弓の腕比べをしてボロ負けしたことはあるけどよ……。
ま、そういう規格外の相手とは距離を置くに限る。今目の前にいる、いかにもうだつのあがらない感じの男みたいな、あきらかに俺より格下の連中の間に身を置いておけば、俺みたいな目端が利いてイケメンで腕の立つ冒険者は自然と引き立つって寸法だ。
勝った負けたなんて、結局は相手と自分の力量を比べて決まってくるもんだ。自分よりあきらかに腕のいい奴に近づきさえしなければ、周りから一目置かれて気持ちよく仕事が進められる。仕事がうまく行っていれば、女だって向こうの方から近づいてくる。小悪党くさいと言われることはあるが、俺はエルフの血のおかげでまずまずのイケメンだ。変に上を目指しさえしなければ、仕事も女も実に要領よく手に入れられる。
俺は、目の前のうだつのあがらない男に向かって自慢話をしながら、今日も気持ちよく安酒に酔っていた。
「おい、あまり遅くなると
目の前の間抜け男が、間の抜けたことをほざいた。
俺はありったけの軽蔑を視線に乗せて、その男に言い返す。
「フン。
間抜け野郎は、へっと笑って、
「女を泣かせることに関しちゃ、てめぇも負けてねぇだろうな」
褒めるともけなすともつかないそんな言葉を口にした。
「コソコソ女を殺して回るような奴に、Cランク冒険者の俺が負けるとでも? 逆にとっ捕まえてやったら一躍英雄だな。また女にモテちまう。これ以上モテても身体がもたねぇよ」
「エルフの血を引く男とヤると若返る……だったか? てめぇがモテてんのはそのデマのおかげだろ?」
間抜け野郎の言葉に、口に含んだ安酒を吹きそうになった。
「なんだ、おまえ、まだ気づいてなかったのかよ」
「何にだ?」
「あのデマ、俺が流したんだぜ? 適当な女に噂をバラ撒かせたんだよ」
「ハァッ!?」
間抜け野郎が間抜け面で間抜けた声を漏らした。
俺は、心底から痛快さを感じながら、間抜け野郎に説明してやることにした。
「ほれ、キュレベル護国卿っつーハーフエルフの貴族サマがいるだろうが」
「あ、ああ……なんとかいう傭兵団やら暗殺教団やらを壊滅させたとかいうあれだろ」
「あのイケメン貴族様は貴族のご婦人方から大人気なんだよ」
「そ、そりゃ、稀代の英雄で、国王陛下からの信頼も厚いとなっちゃモテもするだろ」
「まぁそうなんだが、そこで俺は噂話に尾ひれをつけたのさ。実は、秘密主義のエルフどもは隠してるんだが、エルフの血を継ぐ男とまぐわうと、女は少しずつ若返るのだ、ってな!」
「おいおい……相手は仮にも英雄様だろ。誰がそんなヨタを信じるんだ?」
間抜け野郎が、呆れたようにそう言った。
「たしかにそれだけなら信じねーだろうな。だから、もう一言付け加えるのさ。貴族の女どもはそれを知ってるからこそ、護国卿を追いかけ回してるんだ、とな。貴族の女が平民の女よりいつまでも若く見えるのは、実は裏でエルフの男をとっ捕まえてやりまくってるからなんだ、とまあ、このように吹き込んでやるのさ。俺自身ハーフエルフだから、多少は信憑性があるだろう?」
「なんとまあ……」
「大事なのは、噂を撒く時に金を払わないことだ。金を払って噂を広めてくれなんて女に頼んだら、逆の噂を広められかねん。口も頭も軽い女を見つけて、ここだけの話だと言って、真顔でデマを流すんだ。もちろん、デマを流した女は口説かないでおく。口説くために言ってるんじゃないかと疑われたら、デマが拡散しないからな。そこはぐっとこらえて、目の前の女は撒き餌だと割り切るんだ。そこがいちばんやりづれぇところだったが、効果は覿面だったぞ」
「なるほど、自分とヤったら若返るなんてことを直接言ったら口説くために嘘を吐いてると思われるに決まってる。だが、お偉い貴族様の下半身事情を匂わせれば、下世話な女なら喜んで飛びついてくるってか」
「ああ。当然、そんな女に護国卿に近づくツテなんてあるわけがねぇ。しかし、周りをよく見てみれば……ほれ、ここにひとり、都合のよさそうなハーフエルフの男がいるってわけだ」
俺はニヤリと笑って自分の胸を親指で突いてみせる。
間抜け野郎が、目に感心の色を浮かべて言う。
「ったく、そのずる賢さには感心するぜ。だが、そんなことばっかりやってるとそのうち女に刺されるぞ」
「そこは、
「どうせろくでもない話なんだろうが、ここまで聞いちまったら気になって眠れねぇよ。もったいぶらずにとっとと話せ」
「へっ、そいつは悪かったな。ま、話としては簡単だ。女とヤった後に、寝物語でこう囁くんだよ。『君にだから打ち明けるんだが……俺、実は
「なっ……! まさかおまえ……」
「おいおい、早とちりすんな。嘘だよ、嘘。女だって、それは嘘だと思うだろうよ。でもな、同時にこうも思う。『もしこの人が本当に
「だ、だが、その話を巡査騎士にでも漏らされたら……」
「ふん、ハーフエルフとヤると若返るなんて動機で俺に抱かれるようなバカ女なんだぜ? どの面下げて巡査騎士に通報できるってんだ。証拠なんて何もないってのに」
「そ、そりゃそうだが……」
「とにかく、半信半疑でも、9割方嘘だと思われてもいいんだよ。1割でもそんな可能性があると思ったら、俺と深い関係を続けようとは思わんだろ? 俺としちゃ、女なんて1回ヤっちまえば用済みだ。怯えて離れてってくれるんならこんな好都合なことはねえ。どうせ放っておいても、若返りのデマを真に受けたバカ女がまたすぐに引っかかるんだからよ」
「……おまえ、本当にいっぺん刺された方がいいんじゃねぇか。それこそ
「俺は殺されねぇよ。なんたって、俺こそが
俺は間抜け野郎との話を切り上げて、酒場を後にした。
「へっへっへ」
ほろ酔い気分で、ついさっきの会話を思い出し、俺はひとりで笑いをこぼす。
路地ですれ違った男が、気味悪そうに俺を避けて通って行った。
俺のことを、人は小悪党と呼ぶ。
エルフの血を引いているとはとても思えない、卑怯卑劣で、他人を食いものにすることをなんとも思わない最低な男だと。
結構なことだ。他人を騙して利益を得る。いったいそれの何が悪い? 騙される方が間抜けだってことだろう。
伝え聞くに、俺の親父も、俺同様の小悪党だったらしい。
俺はハーフエルフだが、親父の方は人間で、エルフだったのはおふくろの方だ。
違法すれすれの小商いを営んていた親父は、流れ者のエルフだったおふくろに、親切めかして近づき、たくみに契約を持ちかけて、借金まみれにした挙句、自分のものになるよう迫ったのだという。
おふくろは俺を産んだ後、親父と人間とを呪いながら自刎して果てたと聞いている。
バカな女だと思うが、俺にエルフの血を分けてくれたことに関しては感謝してやってもいい。
俺は、おふくろが死んだ後、抜け殻のようになっていた親父のもとで育った。
なんとも馬鹿げたことに、親父はおふくろのことを本気で愛していたらしかった。借金でがんじがらめにして、子どもを産ませて、ここまでやれば逃げられないだろうと思ったところで、おふくろにあの世へと逃げられちまったということらしい。
なんとも間抜けな話だ。女なんて、性欲が湧いた時に使い捨てればいい。それ以上の愛着を持ったところで、金なりモノなりをせびられ続けるばかりで、いいことなどひとつもありはしない。
俺は、親父に育てられたとは思っていない。
親父はろくすっぽ働きもしなかったから、俺はものごころのつく頃から詐欺やかっぱらいをはたらいて自分の食い扶持を自分で確保しなければならなかった。
それでも何とか生きてこられたのは、母親譲りの美貌のおかげだ。俺は10になるやならぬやの頃から年増女の相手をして小遣い稼ぎをしてきた。そうしてその日を生き延びているうちに、俺はハーフエルフとして魔法の適性を持っていることに気がついた。俺は魔法使いの女をたらしこんで魔法を教えさせ、13の時に冒険者となった。これで化粧の匂いをぷんぷんさせたいつまでも若いつもりのババアの相手をせずに済むかと思うと、生まれ変わったような気がしたもんだ。
もし俺に魔法の適性がなかったら、俺はずっとモノカンヌスの底辺で泥をすすって生きていくことになっていただろう。俺自身が若いうちは年増女の若いツバメでいられるだろうが、歳を取ったら男相手にオカマをやって食っていくハメになったかもしれない。俺はハーフエルフだけに線が細く、化粧でもすれば女に見える。実際、俺に女装させて喜ぶ年増女はびっくりするほどたくさんいた。
「けっ、それにしても、どうにもなんねえなあ」
俺がボヤいているのは、女のことではない。
冒険者ランクのことだ。
年齢からすれば、Cランクというのは悪くはない。
が、取り立ててよくもない。
魔法の才能があることもあって、実力面ではBランクでもおかしくはないはずだが、ギルドの連中は俺の素行が悪いと言っていつまで経ってもランクを上げようとしないのだ。
「マジで、
王都を騒がす話題の連続殺人犯を捕まえることができたら、頭の硬いギルドも俺を昇格させざるをえなくなるだろう。
それだけじゃない。
「おらぁ、襲ってこいやぁ、
俺は鼻歌の合間合間でそう叫びながら、酔いの回った頭で人気のない路地をずんずんと歩く。
が、酔っ払って騒いでいるせいか、喉がひりひりしてきやがった。
心なしか足がだるくなってきた気もする。
Cランク冒険者として脚力には自信があるつもりだったが、この疲れ方はあきらかにおかしい。
っていうか、俺、いったいいつまで路地裏を彷徨ってるんだ?
いくらなんでも路地裏が長すぎないか……?
その疑問に思い至ると、俺の頭がすっと冷えてきた。
この感覚には、一度だけ覚えがある。
駆け出しの頃、Aランク冒険者パーティの荷物持ちとして同行したダンジョンで、似たような空気を感じたことがあったような……。
俺はきょろきょろと落ち着きなく周囲を探る。
いきなり頭が冷えて、今俺の心を支配しているのは不安と緊張だった。
だが、俺はそれを認めまいとして、強がるように胸を張り、腰から短杖を引き抜いた。
そして、叫ぶ。
「おらああああ! っざけてんじゃねーぞ、っらぁ!」
俺の言葉が――悲鳴にも似た雄叫びが、人っ子ひとりいない路地裏に殷々と響いた。
あきらかに異常だ。これだけ騒いで、反応する気配がひとつも感じられない。ガキの頃から盗みやかっぱらいをやっていた俺は気配を読むことに関してはそれなりに自信があった。その俺にすら、気配が感じられないのだ。
――このあたりには人がいない。
そう考えるしかない状況だった。
だというのに――
「――くくっ」
突然、笑い声が聞こえた。
俺はあわてて背後へと振り返った。
そこに、さっきまではいなかったはずの人影があった。
ボロ布を被り、短剣を持ったそいつを見て、俺は直感的に悟っていた。
「……
俺のつぶやきに答えるかのように、そいつの足元から巨大な闇が噴き出した――。
次話>明日です