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医療

新型コロナ、PCR検査拡大は慎重に 誤判定がもたらす危険性

九州大学教授 馬場園明

2020/04/15

新型コロナ、PCR検査拡大は慎重に 誤判定がもたらす危険性

 安倍晋三首相は4月7日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡など7都府県を対象に「緊急事態宣言」を発令し、日本政府の新型コロナウイルス(COVID-19)対策は新しい局面に入った。現在、緊急事態宣言の対象地域では、外出の自粛要請・施設の使用制限など積極的な感染予防対策が採られている。これらは、新型コロナウイルス感染拡大のスピードを抑制し、重症者の発生を減らす効果がある。

 過去に例のない緊急事態宣言を発令しつつも、感染者数、死亡者数の押さえ込みは道半ばである。重症急性呼吸器症候群(SARS )と異なり、軽症、無症状の症例が多いことも予防対策を困難にしている。新型コロナウイルス感染者の多くはウイルスを他人にうつさず、2 次感染者を生み出さないが、ごく一部の感染者は 2 次感染者を数多く生み出す、いわゆるクラスター(患者の集積) が感染拡大の要因になっている。

 クラスターが発見された場合、軽症者には自宅待機、重症者には入院管理が行われる。【1】しかし、クラスター対策だけでは感染拡大は抑制できず、感染者が急増する事態に危機感を持つ人が増えている。このため、37.5度以上の発熱または呼吸困難の症状があり、感染者との濃厚接触があった人に限定してきた PCR検査の対象を無症状の人にも拡張すべきであるとの主張がある。【2】

 PCR検査を拡大しない背景には、医学的な理由がある。最も重要な点は、検査の精度が低いことである。検査の精度は、感度と特異度の2つの観点から評価する。感度は感染者を陽性と判定できる確率であり、特異度は非感染者を陰性と判定できる確率である。PCR検査の感度は最大70%とされており、感染者の30%は検査で陰性と判定される。【3】

 たとえPCR検査が改善されたとしても、ウイルスを適切に採取できなかったり、検体が変性したりする可能性があるため、感度を100%にすることはできない。感染者が当初、陰性とされ、その後の検査で陽性になるのはこのためである。PCR検査の感度が低い弊害は明らかである。検査で陰性とされた感染者はリスクの高い行動、例えば、人との接触や外出などの行動を取ってしまう可能性が高くなる。

 一方、特異度は感度より高いが、特異度が100%の検査は理論上、存在しない。理由はこうだ。仮に、特異度が99%だったとしよう。4月11日現在の日本の感染者数は、総人口1億2595万人対して6129人であるので、感染者の確率は2万人に1人ということになる。表1に示すように、PCR検査で感染者をを正しく陽性と判定できるのは計算上、0.7人になる。この場合、偽陰性者は0.3人とほとんど発生しない。

 一方、この場合の非感染者は1万9999人であるが、特異度が99%ならば、1%は誤って陽性になるので、偽陽性者が1万9999人×0.01=199.99人発生する。陽性反応的中率は、検査で陽性とされた真陽性者0.7人÷(真陽性者0.7人+偽陽性者199.99人)= 0.35%に過ぎない。この場合、数多くの偽陽性者が不適切な自宅隔離を余儀なくされることになる。

 実際の感染者は2万人に1人よりも多いと考えられ、表2に感染者の確率は2万人に10人、表3に感染者の確率は2万人に100人のケースを示した。表2のケースの陽性反応的中率は、真陽性者7人÷(真陽性者7人+偽陽性者199.90人)= 3.38%にとどまる。一方、表3のケースの陽性反応的中率は、真陽性者70人÷(真陽性者70人+偽陽性者199人)= 26.02%に上昇する。

 表2と表3の陽性反応的中率の違いは、被験者に占める感染者の数が多ければ、陽性反応的中率が高くなることを示す。半面、被験者に占める感染者の数が少なければ、陽性反応的中率は低い。37.5度以上の発熱が続く人や肺炎が疑われる人に対象を絞れば、偽陽性となる確率は低くなり、陽性反応的中率は100%に近づく。半面、被験者に占める感染者の数が増えれば、偽陰性者の数もまた増えるのである。

 新型コロナウイルス対策で日本政府が目指すべき目標は、日本国内における感染拡大のスピードを抑制し、重症者の発生をできる限り防ぐことであろう。感染者が少数にとどまる段階でPCR検査の対象を拡大し、偽陽性者を増やせば、必要な患者に医療が届かず、医療崩壊を招く可能性が出てくる。医療が崩壊すれば、新型コロナウイルスの重症患者ばかりか、がん、脳卒中、心筋梗塞など生命にかかわる患者も救うことができなくなる。

 医療崩壊といった最悪の事態を考えれば、新型コロナウイルスの感染予防対策は、無症状の感染者を発見することに重点を置くのではなく、咳エチケットの遵守や手洗いの励行などの予防、不要不急な集会・活動の自粛により、感染リスクの低減を進め、目に見えない感染の連鎖を断ち切ることこそが、感染拡大を収束させる最も適切な方法だろう。

 

 ばばぞの・あきら 1959年鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒。米ペンシルバニア大学大学院、岡山大学医学部講師、九州大学健康科学センター助教授を経て、九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。岡山大博士(医学)。

 

【1】 国立感染症研究所  感染症疫学センター、新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(暫定版)-患者クラスター(集団)の迅速な検出の実施に関する追加ー 

【2】厚生労働省健康局結核感染症課、新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について

【3】 Ai T, et al. Correlation of Chest CT and RT-PCR Testing in Coronavirus Disease.2019 (COVID-19) in China: A Report of 1014 Cases. Radiology. 2020

 

(写真:AFP/アフロ)

 

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