75 王都到着(前編)
大陸全体の形としては、前世におけるイタリア半島と房総半島を、縮尺を調整した上で足して割ったような形をしている。大陸のサイズは、正確な情報がないため推測になるが、おそらく前世における北米大陸よりやや狭い程度なのではないかと思う。
竜蛇の舌のように長くねじくれていることからその名がついたと思われるが、日常的によく聞くたとえは、「ファー付きの短靴」というものだ。つま先とかかとの他に、中ぶくれになった部分があり、そこをファーでたとえているらしい。
サンタマナ王国は、その短靴のかかとから足首までと、かかとから土踏まずまでをその領土としている。
最近まで内紛状態にあった北のソノラート王国は、位置的にはくるぶしからすねの下半分までが領土で、そのさらに北、ファーにあたる中ぶくれ地帯には大小の都市や国家が割拠する中央高原――中原が存在する。中原をさらに北へと向かうと、今度は北限帝国と呼ばれる大きな国家がある。そして、この帝国をさらに北へと突き抜けると、そこはフロストバイトと呼ばれる、北極へと至る大陸橋である。
フロストバイト以北は、気候が急激に厳しくなるという話だが、これは女神様が言っていた、女神様たちがこの世界にやってきた時に精霊によって人間が居住可能な地域を作り出したという話と符合する。つまり、北限帝国までは火の精霊力がそれなりに存在していて、緯度の割に気候は温順なのだが、フロストバイトへと差し掛かると火の精霊力が急激に衰える。そのため、フロストバイト以降は魔族しか住むことのできない極寒の地となってしまう。
また、大陸の西側は、南部は密林、中北部は入り組んだ山岳地帯となっているため、人間の都市や国家は大陸の東側に偏って存在している。西側には、エルフ、ドワーフ、獣人の集落や、魔物の生息地、自然発生したまま放置された未踏のダンジョンなどが数多く存在するというが、その実態は東側にいる人間にはよくわからないという。
しかしさしあたっては、そんな大陸の事情は関係がない。
当面関わってくるのは、現在俺たちがいるサンタマナ王国であり、その王都であるモノカンヌスだ。それ以外では、せいぜい北のソノラートの政情不安くらいを頭に入れておけばいい。
そう。
――サンタマナ王国王都モノカンヌス。
俺たちキュレベル子爵一家は、今まさにその都市へと馬車で乗り入れようとしているところだった。
「うわぁ……賑やかだな」
「わたし、こんなにたくさんの人間を一度に見たのは初めてだわ」
馬車の窓から殷賑を極める王都の様子を伺いながら、俺とメルヴィがそう言った。
モノカンヌスについての、俺の第一印象を一言で言えば、「とにかくデカい」である。
モノカンヌスは、
モノカンヌスには、前世における北海道のサロマ湖のように、海と結びついた大きな湖があり、その湖の上にある大きな島に国王ヴィストガルド1世以下王族の暮らす王城と貴族街からなる「旧市街」が存在する。
「旧市街」というからには「新市街」もある。「新市街」は、湖の島に収まりきらなくなった街が湖の対岸に発達したもので、旧市街の3倍以上の面積があるらしい。
ちなみに、モノカンヌスには城壁がない。
湖の島という天然の要害にある王城には城壁が必要なかったからだ。そして、旧市街は後から自然発生的に発達した街であるため、城壁では覆われていなかった。
モノカンヌスに入る時にも、衛兵の詰め所くらいは見かけたが、入ってくる人間のチェックを行っている様子はなかった。つまり、新市街までなら誰でも自由に入ってくることができるってことだな。
そもそも、城壁がない以上、無秩序に広がっている新市街への出入りを制限すること自体が不可能なのだ。
正確には、ずっと昔に築かれた城壁が残っているのだが、街が城壁の外にも広がっていったため、現在では城壁としての機能を果たしているとは言えないらしい。
その旧城壁の門をくぐり、俺たちの乗る馬車は進んでいく。
「父さん、出入りが自由なのはいい面も悪い面もあると思うけど、敵が攻めてきた時はどうするの?」
「旧市街だけなら、湖が天然の城壁になっているから問題ないよ。ただ、新市街は放置するしかないね。もっとも、国の要人は軒並み旧市街住みだから、敵軍としても新市街の住人を積極的に虐げる理由はあまりない。……とはいえ、略奪なんかが行われる可能性はあるから、新市街を囲む新しい城壁――大城壁を建設するという計画が進められているね」
俺の疑問に、アルフレッド父さんがそう答えてくれる。
「モノカンヌスにはどのくらいの人が住んでるの?」
「正確な統計はないけど、およそ15万と言われているね。旧市街に3万、新市街に11万、近衛軍が1万」
馬車には、俺とメルヴィ、父さんの他に、ジュリア母さんとエレミアが乗っている。
エレミアの扱いは養女となる予定なのだが、貴族の養子縁組には国王の認可が必要だということで、今のところは宙ぶらりんな状態だ。そのせいもあってか、エレミアは馬車の中では緊張しているようだった。
気を利かせたつもりで、エレミアに話を振ってみる。
「エレミアは王都に来たことはある?」
「……えっと、任務で来たことはあるよ」
つまり、〈
なんという藪蛇。
馬車の空気が一瞬悪くなった気がしたが、たびたび王都へ来ているアルフレッド父さんは別として、ジュリア母さんもエレミアもそして俺も馬車の窓から見える風景に気を取られて、空気のことはすぐに忘れてしまった。
フォノ市では考えられない人通りの中を馬車は進み、やがて巨大な門の前で止まった。
いや、これは門じゃない。
橋だ!
「大きいだろう? 大陸広しといえど、このモノカンヌス金門橋にまさる橋はほとんどないはずだ」
橋――モノカンヌス金門橋は、入り口であるここから見ると、パリの凱旋門とロンドンのタワーブリッジを足して割ったような建物だ。
高さは50メートル以上あるだろうか。門はちょうど「H」の字のように上の方では2本の塔となっていて、その壁面にはさまざまな彫刻が施されていた。
塔のてっぺんからは、ぶっとい鎖が、対岸目がけて伸びている。
「……あの鎖で橋を吊ってるの?」
父さんに聞くと、
「そのとおりだけど、それだけじゃないよ。あれは、橋を巻き上げるためのものでもあるんだ」
「えっ……あの大きさで跳ね上げる橋なの!?」
俺は驚いた。
てっきり、瀬戸大橋やレインボーブリッジのように吊り下げているだけかと思ったら、橋を跳ね上げることもできるとは。
橋はここからでは出口となる対岸が見えないくらいに長いのだ。
「跳ね上げる時に橋が折れないの?」
「跳ね上げると言っても、真ん中からこっちを全部持ち上げるわけじゃないんだ。こう、ジャバラのようにいくつかに折れ曲がってこっち側に引き寄せられるような感じだね」
「えっ……この世界の技術でそんなことができるの?」
「……エド、そういう言い方はあまりよくないよ? とくに、プライドの高い貴族の前では、この世界を下に見るような言い方は慎むこと」
「うん……ごめん」
たしかに失言だったな。
「とはいえ、エドの疑問はもっともだ。実際、今のこの世界の技術でこんなものを作ることはとてもできない」
「じゃあ……」
「この橋は、もともとは古代の遺物なんだよ。
これがあるおかげで、サンタマナの王城は城壁がなくても安心していられるんだ。
湖は海の満引きの関係で潮流がかなり激しくて、生半可な船では対岸に辿りつけないから、橋を上げてしまえばそれ以上攻め込むことはできないからね」
「あれだけ大きな橋を、どんな動力で跳ね上げるの?」
「詳しいことはわからないけど、潮汐の力を蓄えておくような大掛かりな仕掛けが橋塔の地下にあるらしいよ。なんでもそれは魔法じゃなくて純粋に物理的な仕組みで動いてると聞いたことがある。その関係で1日1回は橋を上げ下げしないといけないらしくて、日が没してしばらくしたら橋を上げ、日が昇り始めた頃に橋を下ろすことになってるんだ」
父さんがそう説明する間に、馬車が再び動き出した。
馭者の人が橋――というか門のところにいる騎士に何かを見せている。
そうか、新市街は城壁がないから、ここで旧市街に入る人間のチェックをしているのか。
騎士の敬礼に見送られながら、キュレベル子爵家の馬車はいよいよ橋へと車輪を進める。
「うわぁ……!」
ジュリア母さんが窓にかぶりつきながら感嘆の声を上げる。
橋の上からは、海に向かって広がっている湖がよく見えた。
冷静沈着なエレミアも目を見開いて窓の外をうかがっている。
「この湖は海とつながっているから、潮の匂いがするはずだ」
と父さんが言う通り、開け放たれた窓からは潮の匂いがした。
「本当ですねっ」
エレミアが小鼻をぴくぴくさせながら、心持ち浮かれた声でそう言った。
「あれ? エレミアは来たことがあったんじゃ?」
「……その時は商人の馬車の荷に紛れて出入りしてたから」
またしても余計なことを聞いてしまった俺に、母さんがちらりと咎めるような視線を送ってくる。……うぅ、わざとじゃないんだが。
「あっ! ねえ、対岸が見えてきたわ!」
メルヴィが橋の向こうを指さしながら声を上げる。
馬車が進むに連れて、湖の向こうに見える新市街が近づいてきた。
茶色い屋根瓦が並ぶ奥、小高くなっている辺りに、瀟洒な城が建っているのが見える。
湖という天然の城壁があるせいか、以前見た砦に比べてずっと洗練されたたたずまいをしていた。
「綺麗だろう? あれが金門橋と並ぶ王都モノカンヌスのシンボル、サンタマナ国王城だよ」
「綺麗だねぇ~」
父さんと母さんが、肩を寄せあって景色を見ている。
父さんは時々、「あれが劇評で有名なサーガスティン侯爵の屋敷で……」などと説明しているようだ。
エレミアは、王城ではなく、橋の隣を走る綱のようなものを見つめていた。
綱は、手前から奥に徐々に下がっていくものと、その逆に奥から手前に向かって下がっていくものの2本がある。
「あの綱がどうかしたの?」
「うん、さっき、あの綱の上を、籠みたいなものが滑っていったの」
「へえ……じゃあ、あれはロープウェイなのかな」
「ロープウェイ?」
「前世だと人を運べるようなロープウェイもあったけど、こっちの世界でも谷間の集落なんかで使われてるらしいよ。ああやって高低差のあるところに綱を張ってものを送るんだ」
と説明していると、ロープウェイを籠が駆け抜けていった。
速度はかなりのもので、【見切り】がなかったらはっきりとは見えなかっただろう。
籠はそんなに大きくはなく、小包がなんとか収まるくらいの大きさだ。
それでも、この長い橋を渡って人力でものを運ぶよりはずっと楽に違いない。
橋の入口にあった門の塔は50メートルはあったから、その上の方から対岸の塔の下の方へと綱をつなげば十分にロープウェイとして機能しそうだ。
「そのロープウェイは、急ぎの伝達がある時に使われるんだ。あれなら橋が上がる夜間でも使えるしね」
「……何かあったのかな?」
「わからないけど、ひょっとしたら僕たちのことかもね」
ああ、キュレベル子爵到着の連絡が行ったかもしれないのか。
橋を渡りきった所で、旧市街側の騎士が敬礼とともに馬車へと近づいてきた。
騎士は、馬車から顔をのぞかせた父さんにもう一度敬礼をしてから言った。
「――国王陛下がお待ちです。王城へとご案内致します」
「家族が一緒なんだけど、どうしたらいい?」
「よろしければご家族もご一緒に、とのことです」
えっ。俺たちもか。
父さんも少し驚いたようだったが、それが命令とあらばしかたがない。
「……わかった」
「お疲れでしょうから、お食事とご休憩のできる場所を用意致しております。食事は旧市街で好きに取られてもよいとのことですが、いかがなさいますか?」
「せっかくだし、城でいただくよ」
「かしこまりました。それではご案内致します」
騎士に先導されて、馬車が再び動き出した。
「……ああ言われてしまったからには、最低でもジュリアは連れて行かないといけないだろうけど、エドとエレミア、メルヴィさんはどうする?」
父さんが聞いてくる。
「……ボク……いえ、私は遠慮しておきます」
エレミアはそう言って辞退した。
たしかに、エレミアはまだ正式には父さんの養女になっていないから、その方がいいだろう。
「わかった。でも、僕たちの前ではボクでいいんだよ?」
「は、はい……わかっているのですが……いえ、わかってるんだけど」
「うん、すぐには無理だと思うけど、引き取った以上は、僕とジュリアのことを親だと思ってくれていいんだからね」
「ミアちゃんは本当、いい子だよねぇ」
ジュリア母さんが、エレミアを抱き寄せながらそう言った。
エレミアは借りてきた猫みたいになってるが、母さんは頓着していない。
いや、頓着してるのかもしれないが、母親としてここは強引に行くところだと思ってるのかもしれない。
「ちょうど女の子がほしかったのよね~」
などと嘯く母さんが、本当にそこまで考えているかは謎だけどな。
さらに母さんは父さんへと流し目を送りつつ、
「……ねえ、アルくん? わたしも女の子を産みたいなぁ?」
「ごほげほ」
父さんが噎せ、エレミアが頬を赤くして目をそらす。
うん、エレミアが意外と耳年増だということはわかった。
「あ、わたしはエレミアと一緒に待ってるわよ。話がややこしくなりそうだし」
メルヴィが言う。
偏見かもしれないが、裏で悪いことをやってる貴族もいるだろうからな。メルヴィが人によって見えたり見えなかったりしたら面倒なことになるかもしれない。
「エドはどうする?」
父さんが仕切り直すように聞いてくる。
「もちろん、行くよ。王様を見てみたい」
「わかった。念のため言っておくけど、人前では『国王陛下』と呼ぶようにね」
その他、父さんが謁見の際に気をつける細々したことを説明している間に、馬車は王城へと到着した。
◇
「――キュレベル子爵。遠いところ大儀であった」
謁見の間の奥、飾り付けられた玉座に収まったままそんなことを言ったのは、言うまでもなくこのサンタマナ王国の国王ヴィストガルド1世だった。
年齢は40手前というところだろうか。がっしりとした体格の上にトランプのキングのような衣装をまとっているが、髭はきれいに剃っている。意志の強そうな濃い眉と筋の通った鼻梁を持つなかなかの美中年だ。彫りの深い眼窩の奥にある瞳は強く輝いていて、謁見の間にひざまずく俺たち親子を興味深そうに見つめている。
「この度、キュレベル子爵を王城へと召喚したのは、〈黒狼の牙〉及び〈
ざっくばらんな王様の言葉に、王様の左右に並ぶ重臣の何人かが渋い顔をした。
謁見の間は、広さとしては体育館くらいだろうか。広いようでもあり狭いようでもあるが、天井は5メートルくらいはありそうだ。壁は大理石のような石の上に、華美でない程度に絵画が飾られ、緞帳が引かれている。天井には刺繍の施された布が張られているようだ。足元には玉座の前へと続く赤いカーペットが敷かれている。
玉座の周囲は他より1メートルくらい床が高くなっていて、前と左右とになだらかに階段が広がっている。重臣たちが立っているのもこの階段の上だった。
「今謁見の間でやるべきことは、キュレベル子爵への褒賞の決定だ。
――おい」
王が呼びかけると、重臣の一人が書類のようなものを盆に載せて王に差し出す。
「ふむふむ。ランズラック砦に攻め寄せた傭兵団〈黒狼の牙〉を相手に寡兵で砦を守ったばかりか、反撃を加えて団長ゴレスを討ち取った。団長を討ち取られた上、奥方の魔法で手痛い打撃を受けた〈黒狼の牙〉はまとまりを失い、実質的に壊滅状態となった。残党討伐の手配も迅速かつ的確であったため、サンタマナ側へ逃げ込んだ残党に関しては、その多くを捕らえることに成功した。
……大戦果だな、おい」
「……陛下。謁見の間ではお言葉遣いを……」
重臣の1人が苦言を呈す。
「そして、フォノ市では屋敷を暗殺教団〈
ハッハッ、こっちも大概だぞ」
重臣が何か言いたそうにしたが、諦めたようにうなだれた。
「こうしてみると、運がいいんだか悪いんだか。
功績を上げた面じゃ運がいいんだろうが、〈黒狼の牙〉だの〈
あっ、そうか、こういうのは悪運が強いっていうのか」
そう言ってガッハッハと笑う王様は、一国の王というより野盗の親分みたいである。
――《
父さんが事前に教えてくれた二つ名の通り、サンタマナ王国国王ヴィストガルド1世はざっくばらんであけすけで飾らない性格のようだ。3人の王妃を心から愛する親しみやすい王様、というのが、王都における評判らしい。
「他にも、領地の気候特性に合った作物への転作を推進して、穀物の収穫量を叙爵前の5割増にした功績。最近じゃ、季節風の影響で夏期に高温多湿となるトレナデット村で綿花の試験栽培に成功したなんてのもある。
軍事も内政もこなすとは、当代キュレベル子爵は優秀だな、おい」
「は、ははっ。恐縮でございます……」
さすがの父さんも、どう返したらいいかわからないような様子だ。
というか、父さんはそんなこともやってたのか。
「ついでといっちゃなんだが、おまえの息子も活躍してるぜ」
「ベルハルトですか?」
「いや、デヴィッドの方だ」
「デヴィッドが……ですか」
以前【鑑定】で知ったところによれば、デヴィッド兄さんは王立図書館の司書補だったと思う。「活躍」ということなら近衛騎士団にいるというベルハルト兄さんの方が、功績を上げる機会はありそうだ。
「うむ。王都に切り裂き魔が出没するという噂は知っているか?」
切り裂き魔、と聞いて俺はぎくりとした。
ガゼインがフォノ市で俺に仄めかした王都の噂のことだ。
また、前世で通り魔を行ったもうひとりの転生者・
「切り裂き魔……ですか。たしか、風の鳴る季節に出るという辻斬りのことだったと思いますが。姿の見えない小人がナイフで人を切りつけて回るとか。
荒唐無稽ですが、実際に鋭利な刃物で切りつけられたような傷を負う市民が毎年いるのでしたね」
「その正体を、デヴィッド司書補が解明したんだよ。
例の切り裂き魔だが、あれは自然現象だったというんだ。風の鳴る季節には風の精霊力が過剰になり、上級【風魔法】の《ウィンドスラスト》と同等の効果が自然発生してしまうというのだ」
「魔法が、自然発動ですか」
それは俺の感覚では「自然現象」とは呼ばない気がするが、この世界の人々にとっては魔法もまた自然現象の範疇なのだろう。
「正確には、切り裂き魔に怯える都市民の妄想が、過剰な精霊力に干渉して、意図せずして魔法として発現する……ということだったな。
このデヴィッド司書補の仮説を元に、俺はちょっとした実験をしてみることにした。いや、その実験内容すら、デヴィッドの提言なんだけどな」
「どのようなご実験を?」
「デヴィッドの仮説を公表した上で、切り裂き魔について無責任な噂を流したものには銀貨1枚の罰金を科す、という布告を打ったのだ」
銀貨1枚は、前世の円に換算すれば、だいたい千円くらいだろう。
罰金としてはかなり軽い。噂を鎮圧するための便宜上の罰金という感じだろうな。
「その結果として、今年の冬は切り裂き魔の報告が十分の一以下になったのだ。
デヴィッド司書補には報奨金とともに《行動博物学者》の二つ名を与えておる。ゆくゆくは正規司書になるであろうな。図書館の探索でも、最年少での最前線――第4階層への単独到達を成し遂げている」
……なんか今、とても違和感のある言葉がしれっと口にされた気がする。
図書館って……デヴィッド兄さんが司書補をしているという王立図書館のことだと思うが。図書館の最前線ってなんだよ。
俺の困惑をよそに、話は別の方向へと向かう。
「ベルハルトも、むろん近衛騎士団で十分な働きをしているから安心しろ。
とはいえ、キュレベル家の勲功第一位は、なんといってもおまえだな、アルフレッド。
……いや」
王様はそこで言葉を切って、俺の方へと意味ありげな視線を向けてきた。
「ま、詳しいことはあとで聞く。
で、これだけの手柄だ、当然昇爵ってことになるが、どうしたもんかな。
いっそ、公爵にでもしてやろうか?」
「ぶっ! げほげほ……」
王の言葉に父さんが噎せた。
そりゃそうだ、サンタマナ王国の爵位は前世とだいたい同じで、偉い順に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵となっている。
父さんは現在子爵、それが公爵にとなったら3段階の昇爵となる。
位人臣を極めるにも程があるというものだ。
父さんに、重臣たちの視線が集中した。
その視線には、「断れ!」という念がこれでもかというほどに込められている。
父さんを疎んじて、というのもあるだろうが、禍福は糾える縄の如しで、3段階昇爵なんて横紙破りをやったらその後の貴族生活?にさまざまな支障が出てきそうではある。
「お、お気持ちは忝なく存じますが、非才の身なれば……」
「断るというのか、無礼な!」
王の背後にいる重臣の一人が父さんに向かってそう叫んだ。
どっちやねん。
「何を言う。おまえが非才だったらこの国に才人などおらぬわ。
だいたい、2年前のゴルハタ戦役での功績だって、周囲の反対でたいして報いてはやれなかったしな」
「せ、せめて伯爵で」
「公爵と言っておろうが。余の言葉を否定する気か? ん?」
王は実に愉しそうに笑いながら、父さんへと凄んでみせた。
そこに、王の背後に控える大臣?がたまりかねたかのように口を挟んだ。
「し、子爵から公爵への昇爵など先例がございませぬ!」
「先例など俺が作ればよい。先例を墨守するだけなら王などいらん」
「キュレベル子爵にとっても必ずしもよいことではございませぬぞ!
あまりに早すぎる出世は周囲の妬みを買います!」
「ううむ。一理はあるか。
妬むのはおまえらだろうというツッコミは入れないでおいてやるが。
――どう思う、キュレベル子爵よ」
「は。では伯爵で勘弁していただければ」
父さんが額にびっしりと汗を浮かべながらそう言った。
「ハッハッハ! 『勘弁』か、それはよい」
「では?」
「だが、綸言汗の如しと言うだろう?
俺も簡単には言葉を翻せぬ。
ではこうしよう。公爵と伯爵の間を取って侯爵でどうだ?
少し前までなら、侯爵並みの扱いの辺境伯という爵位があったんだが、廃止してしまったのでな」
侯爵、の言葉に貴族たちがざわめく。
アルフレッド父さんを睨んでくる貴族もいるが、さすがにこの場でこれ以上遠慮するのはかえって不敬になりそうだ。
「あ……ありがたき幸せ……」
父さんが引きつった顔で、侯爵への昇爵を受け入れる。
背後の重臣たちも、さすがに今度は口を挟んでは来なかった。
「爵位に見合った領地を与えるのはもちろんだが……ついでだ。二つ名もつけてやろう。
そうだな、『キュレベル護国卿』とでも呼ばせるか。
皆、これから公式の場ではキュレベル
二つ名をつける、とは変わった言い方だが、王様が命じて皆にそう呼ばせれば、二つ名付与の条件である「その名を畏怖を込めて呼ぶ者の数が一定数を超える」を簡単に満たせるだろう。
呼ばせるだけならお金もかからないから、功績への褒章としてはたしかにうまい仕組みだな。
以降は、父さんが儀礼的な挨拶を述べて、王との謁見は終了となった。
◇
……と思っていたのだが、謁見の間を出てすぐに、文官が父さんへと話しかけてきた。
なんでも、国王陛下が夕食を共にしたいとおっしゃっているとのこと。
夕食までもう1、2時間というところなので、文官は俺たち一家を城内の待合室に案内して軽食を用意させてくれた。
そして、1時間ほどの後、俺たち一家は国王一家が食事を取るという私的な食堂へと案内された。
緊張しながら待っていると、程なくして先ほど謁見の間で見た顔が食堂へと入ってきた。
その隣には、上品そうな中年の女性が連れ添っている。様子からしてこの女性が王妃なのだろう。
俺たちが立ち上がって挨拶しようとすると、「そのままでよい」と言いながら国王は席につく。
「さっきから見ちゃいたが、その子が新しい子どもか」
王様、いきなり俺へと視線を向けて、そんなことを言ってきた。
ええっと、どうすりゃいいんだ?
とりあえず、
「エドガーです。名高い英明王に拝謁できて光栄です」
と言って小さく頭を下げてみた。
「ハッハッ。英明だなんて照れるな。事実だけどよ」
「調子に乗らないでください」
豪快に笑う国王陛下の脳天に、隣りに座った王妃様がゴツンと音を立てて拳を落とす。
俺とジュリア母さんは目を丸くするが、父さんは少し苦笑しただけだった。
「……それで、そちらの女性が、アルフレッド君の新しい……?」
王妃が遠慮がちにジュリア母さんに目を向けて問いかける。
「はい、ジュリアと申します。元冒険者ゆえ、不調法な面もあるかと思いますが、どうかお許しくださいませ」
しおらしくそう言ってジュリア母さんが会釈を返す。
「へえ、きれいな嫁さんをもらったじゃないか。アルフレッドも隅には置けないな」
「でも、よかったわ。カナンを亡くしてからのアルフレッド君は、その……」
「その節はどうもご心配をおかけしました」
アルフレッド父さんが2人にそう答える。
カナン、というのは、父さんの前妻の名前だ。
「ジュリアさんやエドガー君は知らないだろうが、俺とアルフレッドとエリザとカナン――俺たち4人は士官学校の同期でな。よくつるんで悪さをしたもんだよ。冒険者ギルドに偽名で登録して魔物を狩りに行ったりな」
「同期と言っても、専攻は見事にバラバラだったんだけどね。ちなみに、ヴィスが武芸科、アルフレッドが兵法科、私が魔法科で、カナンは神術科だったわ」
王が説明し、王妃がそう補足する。
なるほど、それで王は父さんに対してやたらと気さくなのか。
――ヴィストガルド1世。
事前に聞いていた話では、改革派の王様で、複雑怪奇になっていた領地と家名の不一致を解消したり、金銀銅の三貨制を王法で定め、金銀銅の交換比率を固定するなど、国王となって以来精力的に進歩的な政策を打ち出しているということだった。
「さて、それで、ここにおまえたちを呼んだのは、もちろん久闊を叙するためでもあるのだが、それ以上に非公式の場で〈黒狼の牙〉や〈
俺もあちこちに人を派遣して調査は行っているのだが、ところどころ信じがたいような証言が複数筋から寄せられて困惑している。
情報源については俺はこれまでの実績から全幅の信頼を置いているのだが、彼らからもたらされた情報を総合すると、傭兵団の団長を仕留めたのも、〈
国王の諜報網か。そこまで把握しているとは、相当に優秀な組織なんだろうな。
そして、目の前にいる国王陛下のご関心は、どうやら俺にあるらしい。
国王の言葉に、父さんと母さんは表情を固くした。
「何も取って食おうというわけじゃない。そんな顔をするな。
単刀直入に言ったほうがいいだろう。アルフレッドの息子……エドガーと言ったな」
「はい」
王は、俺の目をじっと見つめながら、その言葉を口にした。
「――君は、異世界からの転生者なのではないか?」
長くなったため、2話に割って1日前倒しで投稿しました。予告と違って済みません。
次話、明日(5/15)投稿です。