(cache)シリウスのように輝く 自分らしい表現求めて 4日間の挑戦岩田光央さん 特別朗読劇講座:朝日新聞DIALOG:声の力
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「声の力」プロジェクト

2021年03月02日公開

シリウスのように輝く 自分らしい表現求めて 4日間の挑戦
岩田光央さん 特別朗読劇講座

By 溝口恵子(DIALOG学生記者)

 シリーズ企画「声の力」。今回は特別編ということで、筑波大学附属視覚特別支援学校高等部と筑波大学附属高校の生徒たち計10人が、朗読劇「シリウスくんの不思議かいけつ日記」に挑戦しました。指導したのは、アニメ「AKIRA」の主人公・金田正太郎役や、「ONE PIECE」「呪術廻戦」の人気キャラクター役などで知られる、声優の岩田光央さんです。4日間をかけて真剣に取り組んだ結果、それぞれの生徒の個性が光り、劇中のセリフにある通り「みんな違って、みんな良いんだ」ということが伝わる朗読劇ができあがりました。

 本来は2泊3日の合宿を通して指導から収録までを行う予定でしたが、感染症対策のためオンラインに切り替えての実施となりました。画面越しに手探りでのコミュニケーションを取りながら、みんなで作り上げた朗読劇の舞台裏をお伝えします。

筑波大学附属視覚特別支援学校の参加生徒のみなさん
■「声の力」プロジェクト
 文化庁の「令和2年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。

Day1  西友? 声優業が認知されない悔しい過去

 最初の顔合わせは1月9日。画面に映る特別支援学校高等部の生徒5人と附属高校の生徒5人は緊張しているのか、表情は硬く、言葉も少なめです。そんな生徒たちに対して、岩田さんが明るく呼びかけます。「オンラインでの実施となり、僕も手探りですが、みなさんが『やり切ったな』と実感できる朗読劇を一緒に作りたいと思っています。今日は僕のことを知ってもらいたいし、みんなのことも知りたいです!」

 自己紹介の後、まずは生徒から岩田さんへの質問コーナーです。「今まで担当した役で一番気に入っているキャラは何ですか?」「コロナで仕事に影響は出ていますか?」などの質問を投げかけて、少しずつ交流を深めていきます。また「声優になったきっかけを教えてください」という質問に対して、岩田さんは経緯を話しながら、約40年前は今ほど知られていない職業だったことを説明しました。忘れられないエピソードとして、近所の人に「何の仕事をしているの?」と聞かれた際に、岩田さんが「せいゆうです」と答えると、その人は「どこの?」と尋ねてきたことを紹介。「『声優』ではなくスーパーの『西友』と勘違いされたんだよね。そんな扱いで悔しかった」と話すと、生徒たちからは「えー!」と驚きの声が上がりました。

 次は、岩田さんから生徒たちに質問です。「みんなの趣味は?」と問いかけると、「アニメや漫画」「お笑い」「フィギュアスケート」「おいしいご飯を食べに行く」など様々な答えが返ってきました。「そんなに詳しくないのですが……」と自信がなさそうに話す生徒に対して、岩田さんは優しくアドバイスをします。「好きなものを誰かに伝えたいという思いが大切。どう伝えたら相手に分かってもらえるんだろうって考えて、『こういうところが好き』ということを意識してみるといいよ。このことは、これから先の朗読の稽古にも役立ちます」

 この日の最後は、台本の読み方についてのレクチャーがありました。「台本はいっぱい読んでください。まずは書かれていることを読解して、次に自分なりの映像を浮かべてください。それから、誰にどのようにその文章を届けるかを考えていきます。みなさんが緊張しているとお客さんに伝わっちゃうので、とにかく楽しく取り組んでください。僕もお手伝いをするからね」と背中を押しました。

筑波大学附属高等学校の参加生徒のみなさん

Day2 いい緊張と悪い緊張 分かれ道は……?

 朗読劇講座2回目の1月23日には、配役発表を行いました。両校の生徒が交じり合う形でAとBの2チームに分かれて、約15分の朗読劇に取り組みます。「セリフをかまないか心配です」などの不安を漏らす生徒に対し、岩田さんはこう答えます。「緊張には、『いい緊張』と『悪い緊張』の2つがあります。僕の経験でいうと、準備をおろそかにしてしまって、人の目ばかりが気になるのが悪い緊張。しっかりと事前に準備ができていて、『さあ、私を見てください』っていう自信があるときにはいい緊張が生まれることが多いです。みんなには、いい緊張を持ってほしいです」

 続いては発声練習です。五十音のそれぞれの音を出すときの口の形や舌の動きを説明しながら、一音一音はっきりと音にする大切さをアドバイス。岩田さんが「あいうえお」と話すと、生徒たちは真剣な表情で一斉に「あいうえお」と続き、まるで合唱のようです。また、各キャラクターの表現の仕方も伝授。「例えばシリウスくんを身近な人に例えたらどんな人かな? 自分が演じる役のイメージを楽しみながらつけていってね」という言葉に、生徒たちはワクワクした様子でした。

シリウスくんの不思議かいけつ日記(作・内田健)のストーリー
 宇宙を舞台に、主人公のシリウスくんは「どうして、僕の近くには、星がひとりしかいないんだろう。太陽くんのまわりには、あんなにたくさん星がいるのに」と不思議に思い、地球ちゃんや太陽くんなどの星たちに相談。星たちとのやりとりを通じて、シリウスくんは自分にも良さがあることが分かり、自信を持って生きていこうと決意する。

Day3 点字や拡大文字…台本違って戸惑い でも大丈夫

 そして1月30日、講座の3回目を迎えました。30日の練習で仕上げに近づけ、翌31日の収録に臨むというスケジュールです。まず、感情を込めずに台本を読む「素読み」を行おうとしたところ、岩田さんは想定していなかったことに気づきます。点字や拡大文字の台本は、岩田さんが持っている台本とは1ページあたりに書かれている分量が異なるため、ページ数も違うので、ページ番号で指示することができないのです。この事態に、岩田さんは「臨機応変にいこう! ストーリーを追いかけていけば、みんなで共通認識を持てるよね」と提案。その方法で、その後スムーズに指導は進みました。

 また、各自のパソコンに付いているカメラの位置の調整でもリモートならではの苦労がありました。台本を読む際、弱視の生徒は台本に顔を近づけたり、ルーペで文字を大きくしたりして読みます。そのため、表情が見える位置にカメラを動かす必要があります。「パソコンをもう少し自分側に立ててみて」などと、みんなで伝えながら調整していきました。

 カメラの位置が整い、練習スタートです。両チームの朗読を聞いた後、岩田さんは一人ひとりにアドバイスを送りながら、朗読のポイントを伝えます。例えば、間の取り方について。語り役の村田芽唯さんが「どこまで気持ちを込めていいのか悩んでいる」と話したところ、岩田さんは「語りには心情と情景描写の2種類があって、心情の部分は感情を込めても大丈夫。わざと間を多く取って『たくさんたくさん考えて……でもやっぱりわかりません』としたほうが心情を引き立たせることができるよ」と話しました。その後、村田さんが間を意識して読むと、語りに引き込まれるような雰囲気に変わりました。

 また、声の大きさと相手との距離の関係も大事なポイントです。シリウスくんが地球ちゃんのもとへ向かって飛んでいくシーンについて、岩田さんは「大声で『地球ちゃん地球ちゃん!』と言った後に、ささやくように『分からないことがあるんだ』と表現すると、遠くから声を掛けた後、ものすごく近くへ移動したように聞こえるよね」。岩田さんが声の大きさや読むスピードを変えて色々なパターンを演じてみせるのに刺激され、生徒たちの表現もどんどん広がっていきます。

 この日の講座は、休憩を挟みながら約3時間半に及ぶ長丁場。休憩中には岩田さんが「こういうときは甘いものが食べたくなるよね。僕はプリンが食べたい。プリンは硬めと軟らかめ、どっちが好き?」と話しかけると、生徒たちは「硬めかな」「プッチンプリンはどっちだろ?」など、和やかな雰囲気で講座は進みます。

 アドバイスは続きます。「シリウスくんと太陽くんは久しぶりに会うという設定にして、『超うれしい!』という気持ちを表してみて」など、岩田さんは生徒たちの想像力をどんどんかき立てます。「この朗読劇は映像がない分、自由です。頭の中でどれだけイメージできるか、そしてそのイメージをどれだけ豊かに表現できるか。みんなの作品だから、楽しんで作っていいんだよ」という言葉に、生徒たちはうなずいていました。

Day4 想像超える豊かな表現 岩田さん興奮

 そして迎えた最終日の1月31日。いよいよ朗読劇を収録する日です。発声練習では、「あー」「フゥ!」「ヘイ!」「ヤッホー!」など、岩田さんのユニークで思い切りのよい大きな声に生徒たちは思わず大笑い。みんなの緊張がほぐれたところで、1回目の収録が始まります。

 両チームともに前日よりもパワーアップした演技を披露。自分の番ではなくても、みんな背筋を伸ばしてチームのメンバーの朗読に耳を傾けていて、チームで朗読劇を作り上げていることが伝わってきます。「カット!」の声が掛かると、岩田さんは大きな拍手を送りながら「みんな、どうしたの? 表現も、表情も、びっくりするくらい豊かになっています! 本当に感心しました」と興奮した様子で話しました。

 さらに、2回目の収録では1回目よりさらに表現が深まり、岩田さんを驚かせました。間の取り方や声のトーン、読むスピード、音の強弱など、生徒全員がそれぞれの役になりきって、朗読劇を作り上げました。終了後、岩田さんは生徒一人ひとりの名前を呼んで「イメージしているものが伝わってきたよ」「役の使い分けがすごくキュートだったよ」など、良かったところをそれぞれ挙げると、生徒たちは自分の表現に自信を持てた様子でした。

 最後は、朗読劇に挟む効果音を収録します。褒められて頬が赤くなるときの「ぽっ」という音や、シリウスくんが飛んでいくときの「ビューン」や「ビュビューン」といった音を、岩田さんの合図で全員同時に発声します。特に「シリウスくんはうきうきしながら帰りました」というセリフの後の効果音「ウッキウッキビューン」ではみんなで大爆笑する場面もありました。

 すべての収録を終えた後、岩田さんは生徒たちにこう語りかけました。「リモートでうまく意思疎通ができるか心配でした。でも、短い期間の中でみなさんがみるみるうちにうまくなっているのを肌で感じ、いい顔になっているのを見てホッとしました。楽しんでいただけましたか?」。全員が「はい」とうなずくと、岩田さんは「良かった。みなさんと関わって、僕もいっぱい学ぶことができました。本当です。表現って何が大事なのか、再度確認することができました。この先、声優にならなくても、言葉でのコミュニケーションは続きます。今回経験したことが生かされて、言葉を大切にすることはもちろん、そこに表情がついて、コミュニケーションにおける表現が豊かになればいいなと思います」と締めくくりました。

終了後、生徒たちは……
筑波大学附属高校
・村田芽唯さん(語り担当)
 語りはセリフが多くて失敗したらどうしようと思って緊張したけれど、シリウスくん役の田中さんがとても上手で助けてもらいました。彼女のおかげで、自分も最後まで頑張ることができたと思います。「何を伝えるか」よりも、「どう伝えるか」で周りへの響き方が違うと分かったので、言葉に思いを乗せて伝えるコミュニケーション術をこれからも意識していきたいです。
・谷澤優香里さん(シリウスくん担当)
 コロナの影響で人と会う機会が減る中で、リアルな声で気持ちを伝える大切さを実感しました。視覚障害がある人は画面での自分の映り具合が分からないので、岩田さんたちが支援学校の生徒のパソコンのカメラの角度を言葉で伝える作業をしていたのが印象的で、言葉で具体的にきちんと伝え合えば一緒にできることが増えるんだなと思いました。
筑波大学附属視覚特別支援学校
・川本一輝さん(太陽くん担当)
 附属高校の生徒と一緒に授業を受けて、みんなで朗読劇を作れたことがうれしかったです。朗読をする際に、状況や気持ちを考えて間を取るということが一番印象的でした。台本に書いてある通りに読まなきゃいけないと思っていたけれど、台本にはない間をつけることで臨場感が出て、自由な表現をしていいんだなと思えました。
・田中紫音さん(シリウスくん担当)
 楽しくてあっという間でした。岩田さんのアドバイスを受けて、みんなの朗読がどんどん上手になっていくのを感じて、ワクワクしながら自分のセリフを読みました。岩田さんが教えてくれた、ちゃんと勉強してから挑めば緊張感は良いものになって頑張れるというのは、何事にも精通していると感じました。

白杖のおじいさん 次に会ったら
溝口恵子(DIALOG学生記者)

 先日、駅で白杖を持っているおじいさんに出会いました。電車の入り口が分からなくて困っている様子だったので、声を掛けて電車の座席へと誘導しました。

 「ありがとう」とお礼を言われた後に「いえ」とだけ言ってその場を去ってしまいました。誘導するのに必死で、明るい声や分かりやすい言葉を考える余裕がなかったのです。

 思いやりのあるコミュニケーションは、簡単なようでとても難しいです。でも、日々意識すればきっと少しずつ変わっていく。そう思えたのは、今回の生徒たちの成長ぶりを見たおかげです。私も頑張っていきたいと思います。

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